第15話:中の人とストーカー
霜田に聞いたポストの開け方を頭に叩き込んで、俺は集合玄関の方に向かう。
玄関にはオートロックのインターフォンと、集合ポストがあった。
得意の作り笑顔で、彼に話しかけた。
「あの……誰か待ってるんですか?」
「あ、いや、えっと……」
びくっと肩を跳ねさせてストーカー(仮)はおずおずと反応する。
話しかけられるとは思わなかったらしい。
「あ、すみません。俺はここの住人なんですけど」
「べ、別に……」
ちぐはぐな返答だ。軽く会釈して立ち去ろうとするそいつの手首を咄嗟に掴む。
「いやいや、お兄さん」
なるべくヘラヘラと笑ってみせた。
「このタイミングで立ち去ったら怪しいじゃないですか。別に不審者だと思ってるわけじゃないです。冷えてきましたし、ずっとここに立ってると、監視カメラに映っちゃいますよ?」
「監視カメラっ……?」
バッと周りを見回す不審者。実際にそんなもんがあるかは知らないが、まあオートロック付きのアパートで無いっていうのも変だろう。
「うちのマンションの管理会社、なんでか分からないんですけど、セキュリティにはめちゃくちゃうるさいんですよ」
これももちろんハッタリだ。
芸能人が住むようなマンションには特別なセキュリティがあるかもしれないから、それを匂わせる。
「もし良かったら、うちで待ちます? 俺の知り合いってことにしておけば変な疑いかけられることもないですよ。結構寒くなってきましたし」
「いや、だから……」
手首をがっちり掴まれている彼は、ここから離れられない。
そう簡単に放してたまるか。
俺の目的は、脅すことでもなければ、追い払うことでもない。
「ちなみに、何号室の人を待ってるんですか?」
「別にいいでしょう」
「困ったな。言ってくれないなら、ちょっと俺も不審者認定せざるを得なくなっちゃうんですけど……」
「……203号室」
……まじか、こいつ。それは、霜田の家の部屋番号だった。
そんなことまで知ってやがった。もしくは、テキトーな部屋番号を言っただけか?
「203? それ、俺の部屋ですけど?」
「え? そんなはずは……」
動揺するストーカー(確定)。
「あ、もしかして、俺の前に住んでた人ですかね? 俺、昨日引っ越してきたばっかで」
「そんなはずは……」
「そんなはずも何も、本当ですもん。あ、そうだ。前住んでた人に会う用事とかありますか?」
「え?」
「いや、住所変更ギリギリかなんかで、うちに届いちゃった手紙とかあって。もし会うことがあるなら、うちに来てた手紙渡して欲しいんですけど」
俺は集合玄関にあるポストから、203号室のところを、霜田に聞いた通りに開ける。
「あ……開いた……?」
それは、俺が203号室に住んでいることの証拠にはなったようだ。
俺は心の中でそっと、すまん、霜田とつぶやいて、軽くポストを見せてもらう。
その中に、切手の貼っていない封筒を見つける。……まじか、こいつ。
「これとか、僕宛じゃないのに家に持ち帰るの悪いなって思って」
「……お前、ねごんちゃんの彼氏か?」
そいつは俺を睨みつける。
「ねごんちゃん……? なんですか、それ? ゆるキャラ?」
「あ、いや……」
俺もそいつを睨み返す。もう、この場での証拠としては充分だろう。
「もしかして、あんた、前の住人のストーカーか?」
「ひっ……」
俺はぐるりと周りを見回して、お目当ての物を見つける。本当にあってよかった。
「ほら、あそこにあるカメラに、あんたばっちり映ってるよ。俺、一応あんたのこと管理会社に言っておくから、もう一回以上来たら今度こそ逮捕だな」
「そ、そんなの、証拠になるもんか! 返せ!」
俺のもう片方の手にあった切手のない手紙を引ったくって、そいつは逃げ去る。返せって。
実際、警察に連れて行ったところで証拠としては不十分だっただろうし、そもそも本当には俺は住んでないわけだから、訴えてる俺が霜田のストーカーじゃねえかってことにもなりかねない。
ストーカーじゃないってことを証明するためには、霜田と本当に知り合いだってことを話さないといけないし、それがあの男の耳に入るのはもっと上手くない。
こんなの、あいつのいう通り、本来は彼氏か、同等に親しい人間の役割だ。
要するに、ここにはお目当ての相手が住んでいないってことが伝われば来る意味がなくなる。
監視カメラの脅しは、「でもやっぱり俺が嘘をついてたんじゃ……」と思ったストーカーがもう一度ここに来ないように、というための保険だ。
それにしても。
俺は霜田の人生を勝手に憂う。
……夢を追いかけるのって、こんなに大変なものなのか。
「おかえりなさい、マネージャーさん!」
「お、おかえり……!」
「とりあえず、追っ払ったし、もうあそこには来ないと思う」
家で待っていてくれた二人に、俺はかくかくしかじかと行った作戦の話をした。
霜田は説明を聞き終えると、「はあ……!」と強めのため息を吐く。
「本当にありがとう、阿久津……!」
「いや、別に」
「じゃあ、あたし、帰るね、ごめんね……!」
「は?」
予想外の言葉に俺は耳を疑う。
すると、
「茜さん!」
ルリががばしっと霜田を引き止める。
「今日は、ここに泊まって行ってください!」
「え、でも……」
「いや、どう考えてもそれがいい。びっくりしたわ。今からあそこに一人で帰るつもりなのか」
そこまで言って、気が付く。
……そりゃ、俺だって男性だもんな。
俺は玄関に向かい、再度靴を履く。
「俺は、駅前の漫画喫茶にでも行ってるから、ガールズトークに花を咲かせたらいいんじゃないか? 12時間以内なら、ルリの体調も大丈夫だろ」
幡ヶ谷に漫喫があるかは分からないけど、まあカラオケとかそういう近しいものはあるだろう。
「ちょ、ちょっと!」
霜田は俺のシャツの裾を掴む。
「阿久津は出ていかないでよ……!」
きっと、「あたしが追い出すみたいじゃん……!」とでも思ってるのだろう。
「別に、霜田のせいじゃないから。霜田だって被害者なんだから、俺のことなんか気にしなくていいって」
「そうじゃなくて!」
拗ねたように、上目遣いで俺を見る。
「……あたしは、今夜、阿久津といたいの」




