第16話:推しキャラと引っ越し蕎麦
「茜さんっ! ようこそ!」
「ルリちゃん、ありがと〜!」
霜田の新居の玄関口で霜田とルリがハグをする。
ストーカー出現の約1週間後、霜田は本当にうちのアパートに引っ越してきた。(俺が103号室で霜田が201号室)
ストーカー出現の翌日から今日までは、事務所のマネージャーさんが、なんやかんや上手くやってくれたらしい。
さすがは芸能事務所、対応も慣れているのかもしれない。
元々こういったことも想定して、霜田は最低限の荷物しか持たないようにしているとかで、引っ越しの荷造りもそんなに大変じゃなかったとかなんとか。
朝食に卵焼きと焼き鮭と白米と味噌汁(ルリが作ってくれた。美味しい)を食べていると、外に引っ越しのトラックが停まる音を聞きつけたルリが、
「茜さんのお引っ越しを手伝いましょう!」
などと無邪気にいうので、俺もついてきてみたわけだが。
「あ、阿久津も来てくれ……来たんだ?」
一度嬉しそうに目を見開いてからジト目になるねごんちゃん。
「っていうか、勘違いしないでよ? 別にあんたが住んでるからここに引っ越したわけじゃないんだからね? ルリちゃんが住んでるからなんだからっ!」
「お、おう……」
なぜか霜田はあれから、こういう憎まれ口を無駄に叩くようになった。別に元々そういう話だったから勘違いも何もないんだけど。
「せっかく来たなら、手伝ってもらってもいいかしら?」
「『かしら?』って」
「な、何かしら!?」
この1週間といえば、ルリの方にも変化があった。
というのも、少しずつではあるが、一人でも行動出来るようになってきたのである。
12時間を超えなければ、べったり俺と一緒にいる必要もないので、はじめはリハビリ的にルリ一人で最寄りのコンビニに行ってみたり、逆にルリを家に残して俺一人で買い物に行ってみたり。
今ではもう、俺は大学やバイトにも一人で行けるし、ルリもその間に一人で買い物をしたり、音無カフェに行って本を読んだりしているみたいだった。
俺が幡ヶ谷駅に着く頃に、カフェから出てきたルリと待ち合わせをして、一緒に夕飯の買い物をしたりもする。
「あ、今日は鶏肉が安いです!」と俺の手を引くルリ。
「えっと、マネージャーさんがよければ、焼き芋、はんぶんこしませんか……?」と遠慮がちに聞いてくるルリ。
「ふは、ふは、はついでふ(熱いです)」と焼き芋を口の中でほくほくした後に、
「美味しいです、秋ですね」と笑うルリ。
どれもスクショ……じゃなくて写真に撮って引き伸ばして飾りたいほど至福である。完璧じゃないか。
「……って、なんでそんな話を聞かされなきゃいけないわけ?」
「そりゃ、ルリの保護者は俺と霜田しかいないからだろ」
ジト目で聞かれて、俺は霜田に当然のことを諭す。
「うーん……なんだかなー」
「マネージャーさん、そんな風に思ってたんですか……」
霜田は眉間に皺を寄せて、ルリは赤面する。
俺は向かい側に座った二人を見ながら、ざるそばをすすった。
霜田の引っ越し作業がひと段落ついた俺たちは、3人で幡ヶ谷駅の蕎麦屋に来ていた。
引っ越し蕎麦ってそういうことなのか?とは思うものの、手伝いの御礼として霜田が奢ってくれるらしいので、素直に御相伴にあずかることにしたというわけだ。
「あのさ、あたし、ちょっと考えたことがあるんだけど」
蕎麦をすすりながら霜田が言う。
「あたしと阿久津以外にも、ルリちゃんのこと知ってる人って本当にいないのかなって。ていうか、いるんじゃないかって」
「え、そうなのか?」
「どなたでしょうか?」
俺とルリは同時に首を傾げる。
「そもそも、阿久津は特例として、あたしがどうしてルリちゃんのことを憶えてたかってことには、2つ可能性があると思ってて」
「はいっ……!」
ルリは興味津々で前のめりになる。
「1つ目は、あたしがマネージャーランキング2位だからっていう説。1位の阿久津に次い
で2位のあたしにも、憶えてる権利くらいは与えられてたっていう」
「なるほど。だとして、何位くらいまでのランカーが憶えてるんだろうな?」
「あたしもそれはどうなんだろうって思った。ていうか、自分で言っててなんだけど、この説はあんまなさそう」
「どうして?」
首をかしげる俺に、
「あくまで一般論ね? 別に自意識過剰とか思わないで欲しいんだけど……」
と前置きをしてから、
「ランカーになるほどルリちゃんに課金をしている人は、あたしのtwitterをフォローしてる可能性が高いから」
と説明した。
「ああ、たしかに」
だとしたら、霜田が書いたルリのイラストにも反応してるだろう、ということだ。
「では、もう1つの説が有力ということですね?」
「そう」
ルリは、ごくりと唾を飲む。
「もう1つの説は、あたしが『中の人』だからっていう説」
「だろうなあ。それで?」
だとしても、小鳥遊ルリの担当声優は、霜田茜しかいないはずだけど。
「で、中の人ってあたしだけじゃないと思うんだよね」
「え、そうなのか?」
「うん、考えてもみてよ」
霜田は人差し指で上を指す。
「キャラデザした人とか、そもそもキャラクターの性格とか考えた人も、中の人って言えると思わない?」
「ああ、たしかに……!」
ゲームだから少しわかりづらいけど、これが漫画や小説のキャラクターだとしたら、むしろ声優よりも、それを書いていた人の方が『中の人』度合いは高いかもしれないくらいだ。
「じゃあ、キャラデザの人とか、シナリオ担当?の人に会えればって感じか?」
「あの……!」
ルリがおずおずと手を挙げる。
「茜さんがおっしゃることは、その通りだと思うのですが、でもその人たちもtwitterでは反応する可能性があるんじゃないでしょうか?」
「それが、キャラデザのmiraiさんはtwitterやってないんだよ。SNS全般でのやりとりがあんまり好きじゃないらしくて。イラストレーターさんでtwitterやってないの珍しいんだけどね」
それで仕事が来るんだからすごいよねえ、と、霜田はため息をつく。同じ芸事に身を置く者として感心する部分があるのだろう。
「じゃあ、シナリオの人は?」
「ゲームだと、そこのシナリオを誰が書いてるかって、それこそ運営さんに聞かないとわかんないんだよね」
「なるほどな……」
だとしたら難しいか、と思っていると、
「運営さんに聞いてみることは出来ないのでしょうか?」
とルリが尋ねる。
「ルリちゃん。あたし、この世界だと、『アイドル・プロミス』に出てないんだよ?」
「あ、そうでした……。すみません、無神経なことを言ってしまいました」
「全然いいってば」
反省してうなだれるルリと、気にしないで、と笑う霜田。
「ま、つまり、結果的には、miraiさんを探すくらいしか、あたしたちには出来ることはないんだけど。とはいえ、miraiさん、超人気のイラストレーターだからね。一介の声優が一方的に会いたいとか言っても会うのはかなり難しいかな。メディアにも出ないから、番組に呼ぶとかも無理だし……」
「なるほど……」
せっかく良い着眼点だったのに、座礁に乗り上げてしまった。
うーん、と3人で振り出しに戻っていると、机の上に置いてあった霜田のスマホが震える。
「あ、マネージャーさんから電話。ちょっと出てくるね」
「おう」
彼女は「はい、霜田です」と受話しながら蕎麦屋の外に出る。
「わたし、声優さんの顔の茜さん、好きなんです」
霜田を見送りながら、自分の姉を自慢するような笑顔でルリがつぶやく。
「声優の顔? 今みたいな?」
「はい。今とか、番組配信の時とかです」
にへら、とはにかむルリ。
「茜さんと2人の時に色々お話聞かせてくれたんです。茜さん、中学生の頃から本当に声優になりたかったそうで、それでいかにわたしの役をもらえた時に嬉しかったかって話をしてくれました」
「たくさん話したいことあるって言ってたもんなあ」
霜田からしたら、ルリがこっちの世界に来てくれたのは、本当に実の妹が出来たように嬉しかったんだろう。
「それで、今の目標は、指名で仕事をもらえる声優になることだそうですよ。オーディションを受けても受かることが少ない中で、指名でお仕事をもらえるようになったら、それは自分の力で掴んだ仕事だって胸を張って言えるからって」
「そっか」
この間のこともあって、それでも夢を追い続けることの困難さを思う。
「……かっこいいな、霜田は」
「むう……」
「ん?」
不満げな声の方を見ると、
「そうですよねー、茜さんはかっこいいですよねー」
と拗ねたように頬を膨らませるルリ。さすが二次元の子だ。
「自分だって好きだって言ってたじゃん」
「そうですけど! そう、ですけど……」
やがてルリはうつむく。
「それは、わたしもそうなのに……」
「……?」
可愛いヤキモチとかではなく、何かもっと根本的な悩みに思い当たったように、ルリは憂鬱な表情を浮かべはじめる。
「ルリ……?」
俺が声をかけたその時、ガラガラと蕎麦屋の引き戸が開いて、霜田が戻ってくる。
「霜田?」
その表情は、ルリが今しているよりもさらに、狼狽するような、助けを求めるような、それでいて……夢が叶ったかのような。
「どうしよう、阿久津、ルリちゃん……!」
「ん……?」
霜田は周りを見回してから、耳を寄せて、と手招きする。
そして、二人だけに聞こえる声で、ビッグニュースを告げた。
「『アイドル・プロミス』の新キャラクターの声優に抜擢された。……指名で」




