22話「歩み止められぬ者達2」
レイジは全てをゼーレに話した。
そして、そのゼーレの反応は...
「そっか...」
とても簡単で短い言葉だった。
だがそれは、レイジにとっては相容れぬ物だった。
「そっか...だと?...それだけなのか?そんだけなのか!?」
レイジの語気は荒くなってしまった。
先程、確かに諭されたのだが無理もなかった。
倫理観が、価値観が違ったのだから。
「...そんだけなのかよ」
「ねえ、お兄ちゃん...」
「...なんだよ?」
「餓鬼はさ...お兄ちゃんの役に立ったんだよね?」
「あたりまえだろ...」
「お兄ちゃんを活かすために死んだんだよね?」
「...そうだよ」
「お兄ちゃんに最後...言葉をもらえて、看取ってもらえたんだよね?」
「そうだよッ!」
ゼーレの意味のわからない質問にレイジはゼーレを睨みつけた。
「...餓鬼は...最後...幸せそうだったんだよね?」
「そうだよッ!、それが何だってんだよッ!」
「お兄ちゃんッ!」
「ッ!」
ゼーレの突然の怒鳴り声にレイジは気圧された。
一体この小さな体にどうしてそれ程の怒りを伝えることができるのか疑問に思ってしまうくらいに。
「聞いて、お兄ちゃん...。ゼーレ達魔物はね...そんな幸せは簡単には手に入れられないの...」
「それって...どういう...」
「魔物はね、すぐ死んじゃうんだ。殺されちゃうんだ。いるだけで害だからって...のうのうと生きてる人間達に!」
ゼーレの瞳には涙が溜まっていた。
「餓鬼みたいに何度も廻る存在なら尚更、ゼーレ達は幸せになれない...。強くならないといけない、殺されないために...。どんな手を使おうとも。
それが、弱い者を、同族を、恩人を殺してでも!」
ゼーレの我慢は限界であった。
もう既に幾筋の涙が流れている。
「幸せになれない!報われない!感謝されない!...ゼーレ達はそんな存在なんだよ...」
ゼーレは項垂れてしまった。
「お、おい...」
「私は魔界で育ちました」
ゼーレを気遣おうとするレイジにパンドラが語りかけ始めた。
「私は強くなるために同族であった小さな存在を罠に嵌めました。
生き方を教えてくれた方を裏切り背後から襲い、殺しました。
そして、私は贖罪にために魔王を殺そうとしました」
パンドラはどこか遠い場所を見ながら語り続ける。
「ですが、私は魔王を殺すには至りませんでした。しかし、その魔王は私を生かしました。死を求めていた私をっ!」
徐々にパンドラの表情は険しくなっていった。
「魔王は私に言ったのです。
『いつか報われる。だから殺さない』と」
だが、やがてその険しい表情は綻び始めた。
「今ではわかるのです。貴方様のような方に出会える、これが私の幸せだったのだと。
これが、私が覚えている範囲でのことです」
話し終えたパンドラの表情は幸せそうだった。
「...俺は...」
「ます..たー...わた...しは...イジメ...られて...た」
「え!?」
「変...異種....だから....殺せば...強く...なれ...るって」
「そ、それは...」
「それ...以外...思い...出せな...い...けど...今...幸せ...」
レイスはフードの下の骸骨を笑って歪ませた。
「(フリフリ)!」
ファントムも身振り手振りで何かを伝えようとしている。
「(バッ!フリフリ...スッ!)」
おそらく、パンドラやレイスの様に何かしらの過去があったことが伺える。
「...ね?ゼーレ達魔物はダンジョンで生まれる以外は皆んな魔王の元で生まれ、統治下に入り、配下となる」
「ッ!」
それは、レイジは先の戦いの中で深く疑問に思った内容だった。
魔物は何処から来るのか?
魔物はどうやって生まれるのか?
「そこで、大半の子達は人間に殺されるか他の魔物に殺される。でも、例外があるの...」
「それが...召喚なのか?」
「そうだよ。召喚されればダンジョンに行ける。勿論、そこでも同じような境遇になるかもしれない。でも、希望があるの」
いつの間にか、ゼーレの拳は強く握られていた。
「お兄ちゃんの様なマスターに会えるかもしれない!誰かのために役立てるかもしれない!誰かを守れるかもしれない!そして...」
苦痛と、苦悩。
何度も何度も考え、想像し、夢見た少女が目の前にいた。
「...幸せになれるかもしれない。だから、皆んな餓鬼のことが羨ましいの」
「でも...俺は...」
「いいの。わかってる、お兄ちゃんには無い価値観だから。でも、それでも...ゼーレはお兄ちゃんにお願いしたい!」
「お...願い...?」
ゼーレの顔には一切の迷いはなかった。
「魔物達を救って欲しいの。魔王の下にいる間は忠誠心が優先される。そんな中でも気づいて絶望する子達は一杯居るの!
だから、たくさんの魔物を召喚して欲しいの!
仮に死んでしまっても感謝の言葉をかけて欲しいの!
でも、死んでしまった子達を思って悩まないで欲しいの!
ゼーレ達はこれ以上、お兄ちゃんの足枷にはなりたくないから!」
周りを見れば全員が頷いていた。
目を輝かせていた。
望んでいた。
そして、期待していた。
「すまない...」
だが、レイジの答えはその期待とは違っていた。
「ッ!、ど、どうして!?」
「俺はお前達を救うために努力する。たくさんの感謝を伝える」
「ならッ!」
「だが!」
レイジの言葉にゼーレは困惑する。
そして、レイジは言葉を続けた。
「俺はお前達と笑い合いたい。役に立たないかもしれないけど共に戦うし、同じ時間を過ごす。だがら、俺はお前達の死を素通りなんてできないッ!」
「お、お兄ちゃんッ!」
ゼーレの頬に大粒の涙が一粒、また一粒と伝った。
「約束するよ。俺は一体でも多くの魔物を救うように努力する。そして、共に過ごし、共に笑い合うんだ!」
「...うぐ....ひぐっ」
「お前達を絶対に死なせない、そんな言葉は言えない...でも、お前達の死をなかったことには絶対にしない!忘れたりはしない!」
ゼーレは涙を流した。
「うわあああああああぁぁ!」
拭っても、拭っても止まらないほど沢山の涙を。
レイジはいつかその涙が収まるまで、そっと見守っていた。




