103話「崩壊の招き人16」
ー レイジ、ミサキ、マーダ、ハクレイ vs アレックス ー
「⋯⋯あ?」
アレックス の一撃。逃れなれない運命を感じ諦めた先で視界に映ったのは天国でもなければ地獄でもない。先程まで戦っていた場所であり、憎々しげにこちらを睨む アレックスである。
「これで都市での借りは返したぞ」
声がしたのは マーダ のすぐ後ろ。首を上げ顔を向ければそこには片手に蛇腹の剣を持った レイジ の姿があった。よく見れば自身の腰辺りに剣が巻き付いている。
「⋯⋯なんだ⋯⋯助けてくれるのか?」
「言ったはずだ。借りを返したぞ、と。それとコレ」
そう言って レイジ が差し出してきたのは一本の瓶。中にはドロッとした液体が入っている。
「これは⋯⋯」
「回復薬だ。それも超が付く奴だ」
「⋯⋯」
マーダ は レイジ の言わんとしていることが分かった。つまり、これは勇者から助けた時の借りであり、飲んで傷を治せと言うことだと。
「⋯⋯これで借りは全部チャラかな」
マーダ はどこか安心した様に口を綻ばせ瓶の蓋を開けた。
飲んだ瞬間から溢れ出てくる力。身体中の傷はたちまちに塞がり、深く切られた太腿も痒みを感じていたが飲みきる頃には完全に塞がっていた。
「ほぉ⋯⋯これがダンジョンマスターが持つ回復薬の効果か。いやはや、恐れ入るな」
「『恐れ入る』ではありませんわぁ!」
回復薬の効果に心底驚いた マーダ に怒りを露わにした声が襲来した。目を向けて見ればそこには⋯⋯
「お兄様を助けたのは感謝致しますが私は納得できませんのよぉ!」
「だ、ダメっす エイナ先輩! 今ここで喧嘩したって意味ないっす!」
「あ、あなたに言われたくはありませんわぁ!」
「⋯⋯どうどう」
今にも食ってかかろうとする エイナ を羽交い締めし何とか落ち着かせる ハクレイ と身内同士で勃発しない様に収める ミサキ。
そのどこか日常の様な風景に マーダ はフッと小さな笑みを零した。
「なんともまぁ⋯⋯賑やかな連中だな、お前たちは」
「賑やかすぎて困るくらいだ。⋯⋯で、今の状況は?」
三人の少女達の騒ぎに両肩を竦ませて呆れを現しながら レイジ は本題へと注意を向けた。
レイジ は注意を向けたことに エイナ やハクレイ、ミサキ もまたじゃれ合いを止め勇者へと視線を送る。
「まったく⋯⋯次から次へと邪魔ばかりだ。だが、今回は手間が省けたか」
そう言いながら アレックス はゆっくりと近づいてきた。その姿が表すのは余裕。絶対に殺されない、むしろ攻撃を仕掛けてきた所に完璧に反撃できるぞ、と言う強者の姿勢だ。
「貴様等が何人か来ようが俺の敵ではない」
「簡潔に言う。アイツが今使ってる技能は世界関数だ」
「世界関数?」
「ああ、簡単に言うと⋯⋯未来予知、だ」
「な!?」
ーー 世界関数。
それはラプラスの悪魔と称されるもの。
この世界は全て分子レベルの物で構成されている。大地も空気も目に入る道具であっても。当然、人間も然りである。
そして、それ等の分子には必ず動きが存在する。人間が一つの動作を行うにしても必ず動きが存在する。
そこでもし、その動きを全てを完全に把握し、全てを完璧に測定することができたとしたらどうなるだろうか?
それ即ち
全ての分子の動きが分かったのならそれは流れてきた動き、つまり過去を見ることに相当するだろう。
全ての分子の動きが分かるだろうならそれは流れる動き、つまり未来を見ることに相当するだろう。
人間の一つの動作をとっても数十などという優しい数の動きではない。億か兆か、それ以上か。それ等全てを把握し、計測する。
それは言い換えれば未来予測だろう。しかし、本当にできるのならそれは マーダ の言う通り未来予知と言っても過言ではないのかもしれない。
だが、この世界では量子論を発見される程に科学が発展していなかった。故に、理由はわからないが経験と勘でそうだろうと マーダ は結論づけていた。
「原理は謎だ。だが、アイツの動きがそんな風にしか見えない」
「未来予知⋯⋯そんな敵にどうやって⋯⋯」
「ッ! 来るぞ!」
対策を考える レイジ。だが、それを邪魔するように光の奔流が レイジ達を襲った。
光が晴れた先には⋯⋯
「フン、今ので消し炭になっていれば良かったものを」
剣を振り抜いた姿勢でそう呟く アレックス。
そして、レイジ と マーダ 、エイナ と ハクレイ を隔てる様に生まれて大きな溝。たった一振りにして溝を隔てる程に地面を抉りとった現実に全員は戦慄を隠せなかった。
だが、この場で一人だけ姿が無い。
「⋯⋯一人⋯⋯か」
そう呟きながら アレックス は流れる水の様に剣を背中に持って行った。そして次の瞬間⋯⋯
ガキンッ! と大きな金属音と共に ミサキ が姿を現した。
「⋯⋯ッ! やっぱり⋯⋯さっきは⋯⋯ぐうぜんじゃない⋯⋯!」
「また貴様か。鬱陶しいわッ!」
まるで蝿を払うかの様に大きく振るわれる西洋剣。しかし、その大振りは ミサキ にとっては隙間でしかなかった。
「⋯⋯ん!」
振るわれる一瞬の内にしゃがみ込み両手で持つククリナイフで攻撃するが、それを分かっていた様に アレックス の蹴りが ミサキ の動きよりも早く襲来する。
「ハッ!」
「うっ⋯⋯」
蹴り飛ばされた ミサキ。その強烈な一撃は数度のバウンドと共に10m程を転がり、ようやく止まった。間一髪のところで両手をクロスすることで直撃は防いだものの口からは血が流れ出る。
「今回は防ぐか⋯⋯」
ミサキ が飛ばされた方へ視線を向けながら アレックス は感心したかの様に呟いた。そして、その体勢のままユラユラと体を揺らした。
その不自然な動き。しかし、その動きに合わせて アレックス を通り過ぎる様に何かが通過した。
「な!?」
驚きの声を上げたのは エイナ。その驚愕の理由は見ていないのにもかかわらず影の槍を全て避け切られたことだ。
アレックス は終始 エイナ に背中を向けていた。それにも関わらず エイナ の魔法の発動を感知し、なおかつ完璧に避けたのだ。
「くっ⋯⋯このぉ!」
悔しさか、怒りか エイナ は強く歯を噛みながら アレックス を視界の中心に置き、憎悪の眼差しを向けた。すると⋯⋯
「呪魔法か」
アレックス の足元から黒い蔓が這い出てきた。うねる様に体をくねらせながら アレックス に巻きつこうとするが⋯⋯
「無駄なことを⋯⋯」
蔓は掴めど掴めど アレックス を捉えることができない。それは必然的に避けている、と言うわけではなくすり抜けるのだ。
「なん⋯⋯!?」
「⋯⋯『己を戒める節制』。今の俺にその手の攻撃は効かん」
そして、アレックス は動いた。
「消えッ!?」
エイナ にとっては視認できない速度。その高速を持ってして アレックス は エイナ の懐まで近づいていた。
「消え⋯⋯」
「させるかよ!」
「させないっす!」
距離があったためか何とか アレックス の攻撃に反応した レイジ と ハクレイ。
直剣の蛇腹と鎖が アレックス の剣を振るう右腕と右足に絡みついた。
その僅かな戸惑いの中で エイナ は後方に跳び アレックス との距離を取る。
「チッ⋯⋯ウザったい」
そう愚痴を零しながら蛇腹の剣が絡みついた右腕を頭上に掲げた。
そして次の瞬間はまたもや大きな金属音。マーダ が音もなく アレックス の頭上から奇襲をかけるがそれすらも防がれる。
「これもダメか! しっかり抑えとけよ!」
「できたらやってるわ!」
「チッ!」
自分なりに自信のあった一撃だったのだろう マーダ が悪態を吐き出す。そしてそのまま連続的な攻撃に移る。
しかし、それ等全ての攻撃も動かしにくさを全く感じさせない力技で捌き切り、お返しとばかりに右足に絡んでいた鎖を引き千切り突き上げる様な蹴りをお見舞いした。
「ガハッ」
蹴りを胸に食らった マーダ は肺の中の空気を一気に吐き出さされながら空中を舞った。一応は、空中で姿勢を正し着地はしたものの苦しそうではあった。
「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯」
無くなった空気を得ようと肩で息をする マーダ。
「大丈夫⋯⋯うお!?」
マーダ の様子を見ようと アレックス から視線を離した瞬間 アレックス は直剣の蛇腹を引き千切り、その反動で レイジ は飛ばされた。
「フゥ⋯⋯」
退部呼吸が落ち着いた マーダ。吹き飛ばされる レイジ を脇目に死んでないことを確認すると懐から懐中時計の様なものを確認した。
(残りは⋯⋯二分⋯⋯逃げ切れるか⋯⋯?)
一秒一秒が長く感じる戦闘の中、未だに現れない終わりが永遠に続く様に感じ マーダ の焦りだけが加速して行った。




