第7話
俺は目の前の惨状を見て優先順位を変える。
「まずはこいつらを片付けるか、お前も手伝ってくれ」
なんか血の臭いで他の魔物が寄って来そうなんだよな。
こいつら消えないし。
「そ、そうだな。他の魔物がやって来ては大変だ」
動揺しつつも女騎士はハッとして動き始める。
「……おい、お前何しているんだ?」
女騎士はダークウルフに突き刺そうとしていたナイフをピタリと止めると、こちらに向かって心外そうな表情を浮かべながら抗議する。
「私は誇り高き騎士だ。これが貴様の獲物だということは理解している。他人の獲物を奪ったり何て下種なマネはしないぞ」
「は?」
予想外の返答にこいつ、何言っているんだと思いながらも俺は反論する。
「そうじゃない、お前は何をしているんだ?」
「……剥ぎ取りだが?」
見て分からないのか?という訝しげな眼差しをして女騎士は答える。
「剥ぎ取り?」
内心インベントリに入れれば良いだろうと思いつつ、ああ、インベントリに入れられることを知らないのかと一人納得する。
「とりあえずステータスを開いてくれるか?」
「すて……何だ?」
「いや、だからステータス」
女騎士は不思議そうな表情を浮かべた。
「貴様は何を言っている……まさか私をからかっているのか?」
そう言った女騎士はどんどん表情を険悪にしていく。
「何でそうなるんだよ…。そういう冗談は良いから、早く開けって」
「貴様!しつこいぞ!その、すて…たす?というのを私は知らん!無知で悪かったな!!これで満足か!?フンッ!」
そう言って不機嫌そうに鼻を鳴らす女騎士。
どうやら嘘を言っているようには見えない。
本気で言っているようだ。
「……まさかお前、本当に知らないのか?」
「だからそう言っているだろう!くどいぞ!」
そこで、最悪の予感が思い浮かぶ。
まさかなと思い、恐る恐る俺は尋ねた。
「お前、プレイヤーじゃないのか?」
だがNPCにしては表情も会話のレパートリーにしても豊かすぎる。
何かのイベントの可能性もなくはないが、その可能性は低いだろう。
他人の会話に律儀に答えるNPCなど聞いたこともない。
「ぷれ…?また訳の分からない事を言って私をからかうのか…!無知な私を馬鹿にしてそんなに楽しいか?満足したか!?」
何をヒステリックに喚き散らしているんだこいつは。面倒くさいな。
こういった奴とはあんまり関わり合いになりたくないな。
頃合いを見つけたら適当な理由をつけて逃げよう。
うん、そうしよう。
「あー、もうその反応で十分だ。お前がNPCじゃなさそうなのは分かった。悪かったよ」
とりあえず謝っておく。
押し問答なんて面倒なだけだ。
「さっきから貴様は、口を開けば人の事をお前、お前と。失礼だぞ」
いや、お前も俺のことを貴様って言ってるからイーブンだろ。
でも今のは俺もカチンときたぞ。
「それは悪かったな。名乗らずとも私の名前なんて分かるでしょうって超上から目線で内心思っていたであろう、自称誇り高い騎士様?名前を知らない俺が無礼でした。ごめんなさい」
あんまりな言い様に少しイラッと来たので俺も嫌味で返す。
「なっ…!」
絶句して口をパクパクさせている女騎士に俺は畳みかける。
「だいたい、被害妄想激しいんだよ。俺がいつお前を馬鹿にしたよ?自分が知らない言葉を他人が使っただけで私を馬鹿にして?お前何様?なに自分は被害者ですオーラ全開にしてんの?それで誇り高い騎士?ハッ、お前が言う誇り高き騎士ってのは随分と自分本位な騎士様なんだな。俺が知ってる騎士様とは大違いだ」
女騎士は咄嗟に反論しようと口を開くが、自分の発言に負い目があると自覚でもしたのか、グッと拳を握りしめて悔しそうな表情を浮かべているだけで何も言わない。
「確かにお前呼ばわりは失礼だったかもしれないが、名前も名乗っていない奴が自分は相手に対して貴様呼ばわりしているのに、その事実は棚上げしておいて相手に失礼って、自分本位も大概にしろよ」
その言葉に女騎士はハッとして顔を顰めた。
言い過ぎたか?
まあ、言ってしまったものは仕方ないが、俺は聖人君子じゃない。
我慢の限界というものがある。
沸点が低い自覚はあるが。
俺も気がついたらここに居て、色んなことがありすぎてごちゃごちゃしているのだ。
不安定な精神状態だったのだろう。
混乱していた感情を多少なりとも彼女にぶつけた気がする負い目もあり、申し訳なかったりする。
…女の子に当たるなんてらしくないな。
寧ろ最低だ。
「……言い過ぎたな、悪い。じゃあな。そいつらはやるよ。剥ぎ取り?でもなんでもして持っていって良い」
そういったこともあり、俺はそう告げると女騎士がいる方向とは逆方向に歩き出した。
「……った」
「……は?」
後ろで何か聞こえたので振り返る。
「……すまなかった。今のは私が悪い…この通りだ、どうか許してほしい」
そう言って女騎士は頭を下げた。
自分の非は素直に認め、頭を下げる所は好感が持てるな。
「いや、言い過ぎた俺も悪いから気にしなくていい。じゃあな」
そう言って俺は歩き出そうとする。
「待ってくれ!あなたが怒っているのは理解している、それでこんなことを言うのは恥だということも理解している。だが、出来れば少しだけ、少しだけでいい、私に時間をくれないか」
こいつは何を言っているんだ?と思いつつ俺は先ほどの言葉を繰り返す。
「いや、だから気にしなくて良いって言っているだろう?」
そう言って俺は歩き出そうとして、今度は腕を掴まれる。
こんどはなんだよ。
「どこに行く…あ、すまない、またこのような言い方を、でも私の話を聞いてほしいんだ」
「いや、どこって……」
迷宮探索だけど?
別に言葉遣いなんてこの際どうでもいい。
本音は、居心地が悪いのが嫌だからここからいなくなるというのを隠す体の良い言い訳だ。
「私なんかと居たくないのは承知している、だけど、本当に待ってほしい」
今にも泣きそうな表情を浮かべ、女騎士は懇願する。
そこには、今までの凛とした雰囲気が消え失せた年相応の少女の顔があった。
……それは反則だろう。
ワザとやっていない分、なお性質が悪い。
俺はため息を吐くと女騎士の頭にポンと手を載せ、なるべく優しい声音を心掛けて話しかける。
「別にお前と一緒に居るのが嫌だなんて言ってないだろう?寧ろ可愛い女の子に出会えて嬉しいさ」
最初嫌だと思いはしたが、別に今は何とも思っていない。
根が素直なのは今の態度で十分理解したしな。
もうガキじゃないんだから、こんなことで自分勝手に振る舞うのもどうかと思うし。
諦めたとも言うが。
俺は女の子を泣かせて逃げるほど鬼畜ではない。
明らかに原因は俺だろうしな。
「とりあえずこいつ等を片付けるぞ、ほら、泣くな。可愛い顔が台無しだぞ」
そっと涙を拭ってやる。
「!?……っ~~」
女騎士は突然、かぁあああと顔を真っ赤にするとプルプル震え始めた。
また何か怒らせたか?
そう思った俺は触らぬ神に祟りなしと女騎士から遠いダークウルフの元へ移動した。
女ってのは怒る基準がよく分からないな。
割と切実にそう思う今日この頃だ。
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