第8話
忘れたころにあいつはでてくる。
「ふんぬうううう!!」
ズボッ!ゴロゴロゴロゴロ…ドシャッ!!
轟音を立てて頭から壁に激突したそれは、涙目で頭を抑えながら唸り声をあげていた。
「ふぉおおおおおおお!!」
ゴロンッゴロンッゴロンッゴロンッ
そいつが動くたびに地響きが鳴り響く、が、天井からは塵一つ落ちてくることはなかった。
本来ならばここで天井が崩れても、ましてや床に当たる地面がひび割れて、最悪倒壊していてもおかしくない所である。
寧ろそうでなければおかしいだろう。
だが、地面…否、部屋には体長5メートルを超える獣…いや、魔物が暴れているのにも関わらず、傷一つ付いていなかった。
それが迷宮という”生きた建物”では当たり前の事なのだ。
他の生き物の血肉を喰らい、それを己が糧として、宝という餌を作り出し獲物をおびき寄せる。
それが迷宮……ダンジョンと呼ばれるモノの実態である。
そんな迷宮の中のありふれた、たくさんある部屋の一つの中で、魔物―――ネメアは唸っていた。
「これは絶対にタンコブが出来ました!!」
見た目にあるまじき人間臭い言葉で、誰もいない一室で一人叫び声をあげる。
それくらいのダメージではネメアには傷一つ付かないのだが、それでも痛いものは痛いのである。
「ふっふっふ……これでやっと自由です。主よ、本当に私をあっさり置いて行ってしまうなんて…私は放置プレイに喜ぶ変な性癖は持ち合わせていないですよ!」
痛みから立ち直ったネメアは、誰も居ない一室で一人ぷりぷり怒りながら愚痴る。
「でもこれでやっと主を追えま―――」
そこでネメアは気づいた。
なぜ自分はまた部屋の中に居るのか、と。
「あれ?……おかしいですね、なんでまた部屋の中に居るのでしょう」
それは自分で部屋側に力を入れて引っ張っていたからであるのだが、それを指摘してくれる人はここには居ない。
「もしかしてこれは…もしかしなくても振り出しに戻っただけですか!?」
しかも今度は主も居ない。
文字通り一人―――いや、一匹だ。
「何で難易度上がって最初からなんですか!せめて最初からやるのなら主との出会いからやり直したいです!これは無茶ぶりです!断固抗議しますよ!」
誰も居ない一室で一人叫ぶネメア。
その咆哮だけで簡単な建物なら吹き飛ぶのだが、やはり部屋に影響はない。
「大体なんでこんなに入口が小さいんですか!どうせなら私の事を視野に入れて設計してくださいよ!」
無茶苦茶な事をネメアは叫んだ。
どこに3メートルを超える大型の獣を考慮して設計する奴が居るのだろうか。
居るのであればそれは相当の変人であろう。
ましてやここは迷宮であって人工の建物ではない。
だが、そこはネメア、まったく気づいていなかった。
そのまましばらく唸って考えるが何もこの状況を打開する術は思い浮かばなかった。
「仕方ありません、ここはやっぱり強行突破ですね!」
長時間考えて考えた結論は強行突破。
さすがは獣の王である。
思考回路が残念であった。
結果は火を見るより明らかだ。
だが、残念なことにそれを指摘するものはここにはいない。
「さっきは助走が足りなかったんですよ、きっと!行きますよ―――」
部屋の端まで後退したネメアはそのまま勢いよく駆け出し、そして―――
「ふぬううううっ!!」
見事に挟まった。
入口周辺の壁はネメアの体当たりをあっさりと受け止めると、そこにネメアを容赦なく嵌め込んだ。
先ほどの再現が成功した記念すべき瞬間である。
「……どうしましょう」
ネメアはなまじ勢いをつけたからか、先ほどよりピッタリと見事に嵌り込んだ。
まるで迷宮が今度は逃がさないぞと言っているようである。
「……グスッ…誰か…誰か助けて下さい…!!……主―――――!!!!」
ネメアは半泣きになって叫んだ。
しかし返ってくるのは痛いほどの静寂である。
そのままネメアのすすり泣く声がしばらくの間響き渡ること暫し、ネメアは気づいた。
「って、私が小さくなれば良いじゃないですか!」
そんなことが出来たのかよ!と、ここにネメアの主コクランが居たらツッコんでいたようなことを叫ぶと、ネメアはボンッと音を立て、すぐさま体長1メートルもないサイズに変わった。
「何で気づかないですか私!まったく馬鹿ですね!」
まったくもってその通りである。
「…今までの時間を返して下さいよ。まあ、いいです。こういったうっかりは主だってやるでしょうし、まったく、私のお茶目さん♪」
本人がいないのを良いことに好き放題喋りだすネメア。
本人が居たら間違いなく怒っていたであろう。
だが、幸いここにはネメアしかしない。
まったく、運の良い獣である。
そもそも、普通の人間は大きさを変えること等出来ないであろう。
まったく、自分を基準にして考えないでほしいものである。
「さあ、早く主に合流しないといけません!きっと今頃一人で寂しがっている筈です!」
またも本人がいないのを良いことに好き放題言いつつ、ネメアは主を追うために主が歩き出した方向に向かって走り出した。
そして直ぐに分かれ道にぶつかる。
「むっ…分かれ道ですね。しかし私にはわかってますよ!主はこっちです。だって主の臭いがしますもん」
まるで犬の様な事を言い出す、猫科。
「今行きますから待っててくださいね!我が主!」
ネメアの合流は近そうである。
まさかの新事実、ネメアは猫科!
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