第2話
投下~。
「待ってください我が主!置いて行かないでください」
後ろからドスドスやかましい足音を響かせてネメアが追いかけてくる。
「……とりあえずその呼び方を止めろ。このデカブツ」
「デカッ!?」
さっきからその呼び方に無性にイライラする。
きっとこいつの巨体に見合わない、無駄に情けない声音の所為だろう。
「乙女に向かって何たる言い様!断固撤回を要求します!」
……あ?
「乙女?」
「あ~~!何ですかその何言ってんだコイツって顔は!私は花も恥じらう”お・と・め”ですよ!」
花も恥じらうって…。
そんなに牙を剥き出して威嚇されながら言われてもな…。
つーかコイツ、メスだったのか。
「お前の場合、花を踏み散らして嗤ってそうだけどな」
「なっ……!?」
俺の返答にネメアは絶句しその巨体をブルブル震わせる。
「いくら我が主でも言って良いことと悪い事があるんですよ!?」
敬語が崩れてきている。
こっちが素か?
ネメアの喚き声を耳を塞いで受け流していると不意に何かの気配を察知する。
おかしい。
スキルはエラーが出ていて閲覧できなかったはずだが【気配察知】が生きているのか?
「……とりあえずそのやかましい口を閉じろデカブツ」
「また言いましたね!?……ふふふ、いい度胸です。その言葉―――ギャン!」
まだ何か喚こうとしているネメアを塵芥の入った鞘で殴って黙らせるが、もう遅い。
気配はどんどんこちらに向かって急速に接近してくる。
「ちっ!見つかった!」
そりゃ、あれだけ大声で騒がれたらどうぞ見つけてくださいって言ってるようなものだ。
俺が元凶である馬鹿を睨むと、奴もようやく状況を把握したのか、自分の所為で見つかったと解って無駄にでかいその巨体を縮こまらせ、シュンとする。
……早い。
油断なく塵芥を鞘から抜き放ち、広い場所を確保しながら構える。
ちょうどいい、スキルが使えるのか試してやる。
時間にして数秒、そいつは姿を現した。
「グルルルル!!」
<ブラックウルフ>
暗い所を好み森の奥地に生息する。
集団で行動をし獲物を追いつめ捕食する為、知能が高い。
噛みついたら食いちぎるまで放さない強靭な顎を持ち、その素早い動きで獲物を翻弄する。
「ブラックウルフか」
相手を見つめ、コイツの情報は……と思い出そうとした所、自然と頭に情報が浮かび上がった。
スキルは使っていないが、俺の知っている通りの情報が表示された。
ブラックウルフ。
割と序盤に出てくる敵で、その習性ゆえに初心者殺しと言われている。
まあ、中堅以上になってしまえば鼻歌を歌いながら狩れる雑魚である。
「ちょうどいいのが来たな」
俺が塵芥を構えてスキルを発動しようとしたら、ブラックウルフは突然何かに怯えるかのようにブルブル震え、俺には見向きもせずに逃げ出した。
「は……?」
俺は突然の事で面喰い、それを呆然として見送った。
「いきなり何だ?」
俺はそう呟いて…おもむろに後ろを振り返った。
そこには―――
「……はあ、主にご迷惑を掛けてしまいました…。戦いでいい所を見せて『はっはっは…!流石俺の下僕、頼りになるな!』って言ってもらおうと思っていたのに」
両手を器用にツンツンしていじけつつ変な声真似をしている馬鹿が居た。
もしかしてそのセリフは俺のマネ……なのか?
あいつの中で俺は一体どんなキャラなんだ?
そんな俺の視線には気づかず、奴はなおも何事かを呟いている。
その姿には俺がやっとの思いで倒したあの【百々の獣神ネメア】の面影は無かった。
何というか、色々と台無しである。
まあ、今更な気もするが。
「……次こそは主のお役に立って見せます…!」
グッと両手(肉球だが)を握りしめる動作をして、俺と目が合う。
「!?……主。その、いつ頃から見て……?」
「……まあだいたい最初から…?」
「乙女の呟きを黙って見ないでください…!!」
ネメアは涙目(になぜか見える)で俺に怒る。
だから歯を剥き出しにするなって。
というかなぜ俺が怒られなきゃいけないんだ?
「乙女心(笑)は複雑だな」
「…なぜでしょうか。馬鹿にされた気がしました」
ネメアのジトッとした目が俺に突き刺さるが、俺はそれを無視して答える。
「気のせいだろ」
ネメアはうーと納得いかなさそうに獣の唸り声をあげて唸っているがそれをスルーしつつ俺は考える。
さっきブラックウルフが逃げ出したのはコイツが獣神だからだろうか、それとも格の違いを本能が悟ったんだろうか。
どっちもありそうだな。
こいつの中身が残念すぎて半ば忘れていたがコイツは仮にも迷宮アルカナのラスボスである。
一応獣達を束ねる立場だ。
まったく、こんなのに怯えなければいけないとか、あいつらも大変だな。
———可哀想に。
「我が主よ。なぜか今、物凄い勢いで馬鹿にされた気がするのですが何か心当たりはありませんか?」
ネメアが不愉快そうに顔を顰め、その強面に迫力が増す。
こいつの人格ゆえか、不思議と全然怖くないが。
流石、野生に生きる獣の王だけあるな。
鋭い。
「……主、今何か失礼なことを考えませんでしたか?」
「いいや、お前は凄いなって思っただけだ」
そういう所だけだが。
「本当ですか!?」
途端に今までの態度が嘘のように尻尾をブンブン振って機嫌がよくなった。
ちょろ過ぎだろう。
そんなネメアを見つめて俺はため息を一つ。
何というか―――
残念な奴である。