第9話
「こんなもんか」
周りのダークウルフを全てインベントリに入れて振り返ると、女騎士はダークウルフの牙を抜き取ったり毛皮を剥いだりと額の汗を拭いながら忙しそうにしていた。
見るからに大変そうである。
俺が回収したダークウルフだけでも8匹はいた。
俺はただ回収しただけだから特に疲れている訳ではないが、女騎士は一人で重労働をこなしている。
着ている鎧もあって凄く暑そうだ。
「それが剥ぎ取りって奴か?」
「見れば分かるだろう…って、どうした?もう終わったのか?」
女騎士はそう言うと振り返って固まる。
「どうした?」
「いや、数が減ったと思ってな。すまない、少し疲れているようだ」
そう言って腕で目をゴシゴシ擦る女騎士。
いや、気のせいじゃないけどな。
そしてもう一度辺りを見回して、女騎士は思わずと言った感じで呟いた。
「私は幻覚でも見ていたというのか?あんなにたくさん居た筈なのに……貴殿は何か―――」
―――知っているかと尋ねようとして女騎士はまたもや固まった。
「ん?」
俺は付近のダークウルフを回収しつつ、不自然に言葉が途切れた女騎士にどうしたのか思い振り返る。
「……!…!」
女騎士は俺を指さして声にならない声をあげていた。
「なんだよ?というかいきなり人に指を差すなって教わらなかったのか?」
そう返すが、女騎士は俺の言葉が聞こえていないようで口をパクパクさせているだけだった。
「…それ……」
「それ?」
周りを見回してみるが特に変わったところはない。
強いて言うなら壁に付いているダークウルフの血くらいだろうか。
別に今更だろう、特に驚くようなものでもない。
「今のはなんだ!?」
「今のって?」
「今のは今のだ!何をした!?」
どうやら語彙が不足しているようで言葉からは主語が抜けていた。
何をそんなに慌てているんだ?
「落ち着けって、ほら深呼吸。吸ってー…吐いてー」
俺の言葉に女騎士は深呼吸を繰り返す。
それで落ち着いたのか若干頬を赤らめてコホンと咳払いを一つすると改めて俺に尋ねる。
「それで今のは何なんだ?貴殿がダークウルフに触れたらダークウルフが消えたぞ!?」
ああ、それに驚いていたのか。
「これはインベントリって言って―――えーとなんて言ったら良いんだ?これはほら、アイテムを入れたりする―――そう!アイテムボックスだ!」
「あいてむ……なんだって?」
まさかの返しに俺の表情が固まる。
え?アイテムボックスで通じない?
我ながら会心の返答だと思ったんだが。
どうしたら良い?
「えーとだな、うーんと、空間に一定量しまえる倉庫?みたいなもの…かな?」
思わず疑問形になってしまったのは勘弁してほしい。
でもこれで通じたのか、女騎士は頷く。
「なるほど、空間魔法か。初めて見たが凄いな」
なんで空間魔法で通じるのにアイテムボックスが通じないんだよ!
そんな風に俺が心の叫びを上げていると、何やら女騎士は感心していた。
「ふむ、貴殿は魔導士だったのか、さっきの腕を見る限り剣士だと思ったんだが、私と対して年が変わらないのに凄いな」
そう言ってうんうん頷いている女騎士に俺は困惑して返す。
「いや、俺は魔導士じゃないぞ。魔法なんて一つも使えないし」
そっち方面のスキルは習得してないからな。
そんな俺の返答に女騎士は固まる。
「え?」
「え?」
何で驚かれたんだ?
「いや、今空間魔法を使っていたではないか!」
「いや、今のは魔法じゃないって」
「まほうじゃなひ!?」
プルプルプルプル
舌を噛んで涙目で蹲っている女騎士を見て俺は苦笑する。
驚きすぎだろ。
まあ、見てて面白いからいいけどな。
「まあ、詳しい説明は後でな。とりあえずこいつらしまうけど良いか?」
コクコクッ!
女騎士は未だ涙目のままで黙って頷いた。
というかそんなに強く噛んだのか。
俺がインベントリに全てのダークウルフをしまい終えると、ようやく立ち直ったのか女騎士は顔を赤くしたままこちらにやってくる。
「うぅ、迷惑をかけたな」
「気にしなくていい、取り敢えず移動するぞ」
「分かった」
女騎士は頷くと、自分の装備を確認して困った顔を浮かべた。
「すまない。さっきの戦闘で盾が壊れてしまってな」
「盾?」
俺が見つけた時は何も持っていなかった筈だが…。
どうやら、俺が見つける前にすでに盾は壊れていたようだ。
「ああ、長年愛用していたのだが攻撃を受け過ぎて遂に寿命が来てしまったらしくてな」
そう言われてみれば鎧や剣も結構年季が入っている様に見受けられた。
確かに寿命が来てもおかしくないな。
ゲームだと耐久度だった筈だが。
まあ、これも何かのバグだろう。
…そう思いたい。
一瞬考えた最悪な考えを打ち払うように俺は意識を女騎士に集中する。
「それなら確か―――」
俺はインベントリを捜索してそれを取り出す。
―――淵源の盾―――
等級:伝説
備考:全ての根源に存在したと言われている盾。原始から存在が確認されていたと言われている。材質が何で作られているかは不明で、どんな特殊攻撃でも打ち消す力を持つと言われている。
効果:あらゆる特殊攻撃を無効化する。
「……これは?」
女騎士は突然何もない所から出て来た盾を見て一瞬固まるも、俺がダークウルフをしまっている光景を思い出したのか、ため息を吐いてその盾について尋ねた。
「これは固有ボスを倒したときにドロップしたんだが、俺は盾使わないし一応レアっぽいから知り合いに売りつけようと思って持っていた物だ。等級は伝説級だったから効果は悪くないぞ?」
俺の言葉に盾を受け取ってしげしげ眺めていた女騎士は動作を止めて固まった。
「……今何と?」
「ん?効果は悪くない―――」
「違う!その前だ!」
「何て言ったっけ?」
一々覚えてねえよ。
「ははっ。いや、すまない。私の勘違いだろうが、一応聞こえたのでな。確認するがこの盾の等級は何と?今伝説と聞こえたんだ。私の空耳だろうがな。すまないがもう一度言ってくれないか?ははっ」
「ん?伝説だ」
「そうか!ははっ。やっぱり私の勘違―――伝説ーーー!?」
ズイッと顔を突き出して大声を上げる女騎士。
「うおっ!?」
そのままキスができそうな程顔が近くまで迫り、俺は焦る。
女騎士からは柑橘系の香りが漂い、俺の鼻孔をくすぐる。
「……いい匂いだな」
俺は思わず呟いた。
「!?……あっ!」
女騎士も今の状態を理解したのか慌てて顔を放す。
顔をかぁあああと赤らめて俺から距離を取る。
引かれた。
完全に俺を変態と認識したのだろう。
先ほどの不用意な発言をした己が身を呪いたい。
「……その、お世辞はいい。汗臭いだろう?もう三日も体を清めていないんだ」
そう言って顔を羞恥に赤らめた女騎士は途端に落ち着きをなくし、そわそわし始めた。
……いやまあ、変態って思われなかったのは助かったが、この反応は正直予想外だ。
てっきりぶん殴られて罵倒されて軽蔑されると思っていたのだが。
いや、その前に体臭、だと?
体臭の設定なんて無かった筈だ。
この女騎士が言っていることが本当ならばここでは汗をかくということになる。
現に女騎士からはいい匂いがした。
別に俺がにおいフェチな訳ではないので誤解だけはしないでほしい。
あくまで念の為に言っておこうと思う。
嘘をいっているようには見えないし……はあ、考えるのよそう。
色んなことがありすぎて考えるだけで頭が痛くなってくる。
「そんなことはないぞ。いい匂いだったからな」
「いい匂い!?」
「あっ」
反射的にそう返してしまい、焦る。
また俺はなんてことを…!
絶対今度こそ軽蔑されたわ。
「そそそそんなことはない!私は汗臭いはずだ!」
まだそんなことを言っている女騎士に、俺はどうせ嫌われるんだったら最後まで通してやる、と後の俺が羞恥で悶絶しそうな事を考え、言い返した。
「いや、いい匂いだ!」
「嘘だ!私は臭い!」
「だからいい匂いだって!」
「身体を3日も清めていないんだぞ!?誰が何と言おうと臭いにきまっているだろう!」
まだ言うか。
俺は息を吸い込むと大声で叫ぶ。
「お前はいい匂いだ!誰が何と言おうと嗅いだ俺が保証する!お前はとてもいい匂いだ!!」
「!?」
俺の言葉に女騎士はかぁぁあああああと首元まで真っ赤になると固まってしまった。
そこで我に返った俺は心で悲鳴を上げる。
俺は馬鹿か!?これじゃまるで匂いを語る変態じゃねえか!!
俺は今まで一体何を口走っていたのだろうか。
……死にたい。
いっそ今ここで!
「…えと、その…あの、ありが…とぅ」
「お、おう」
俺がそんな覚悟を決めたとき、女騎士が喋りだす。
恥ずかしいのかとてもしどろもどろだった。
まさかお礼を言われるとは思ってなくて、俺もしどろもどろになってしまう。
「「……」」
気まずい沈黙が辺りを包む。
女騎士は恥ずかしそうにそわそわしていた。
「って、そうじゃなくてだな!」
唐突に女騎士は声を出す。
「この盾の等級の話だろう!?私の―――その、た、体臭の話などどうでもいいのだ!」
自分で言ってまた頬を赤らめる女騎士。
恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。
俺もこの空気を変えるべく、そんな感想を口には出さず便乗した。
「ああ、嘘だと思うのなら【鑑定】でもして見てみればいい」
「私は騎士だ、商人じゃあるまいし使える訳ないだろう」
とりあえず俺の知ってる常識は捨てよう。
俺の頃は使えて当たり前だったのだ。
だから、熟練度はMAXである。
「んー。じゃあ、信じて貰うしかないな」
「確かにこれがただの盾でないのは纏った魔力を見れば分かるが―――因みに能力は?」
「あらゆる特殊攻撃無効、だな」
「無効!?そんな馬鹿な…!」
女騎士は目を見開き、思わず持っている盾を落としそうになった。
ワタワタ慌てて何とかキャッチする。
「まあ、確かに凄い能力かもなー」
流石伝説級、と呑気に言っていたら女騎士に怒られた。
「凄いなんてものじゃないぞ!こんなの国宝級でも聞いたことがない。そんな物を持っているなんて知られたらタダでは済まないぞ!」
「え?伝説級で?そんな大げさな。伝説級なんて俺のインベントリにいっぱい入ってるぞ」
「いっぱ…!?」
こんな物を気軽に他人に渡すんじゃない!と突き返そうとした女騎士は俺の言葉を聞いて口をあんぐり開けた。
事実の俺の装備は全て最高等級の古代級であり、インベントリには他にも色々と固有級から始まり古代級まで色んなモノが転がっている。
ネメア戦までに倒したボスで、色んな状態に対応できるように偶々倉庫から引っ張り出していた物を持っていただけだが。
等級は普通、希少、固有、伝説、古代と右に行くほど希少になって行き、それに伴いその能力も恐ろしいものになっていく。
まあ、俺が所属していたギルドには、なんか限界まで極めたら、その先があって作れるようになったとかのほほんと口走っている奴が居たから感覚がマヒしているのかもしれない。
事実、俺は最高等級の古代級を見ても特に何も感じない。
精々能力を確認してこれすげーなーと思うくらいだ。
古代級で驚くには、俺の周りには最高等級の物が多すぎた。
因みに俺の装備はそいつのオーダーメイド品である。
のんきにそんな事を話す俺を見て女騎士は頭を抱えた。
「……貴殿は一体…何者なのだ…?」
何者って言われてもねえ。
「俺はただの迷宮探索者だよ」
無難にゲーム時代の初期役職を答えておいた。
この感じだと本当の事を言ったらまずそうだったからだ。
私の性癖はノーマルですよ!念の為。
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