伝えたいのは大切な想い
結局、あの後由雄くんが驚異的な追い上げを見せるも、今回の優勝は大島高校。歴史的快挙だと、学校中がお祭りムードだった。
私が由雄くんにミサンガを渡した時には、すでに円先輩には100m差をひっくり返され、逆に100m差をつけられていたという。それを僅差まで近づけたのだから、あいつも大したもんだ。
そういえば、あの円先輩がレースが終わった後に大泣きしたという話を聞いた。それを介抱したのが由梨なんだが……
「ねぇ、由梨?」
「ふぁに(なに)?」
お決まりの卵焼きを口に放り込みながら、由梨が答える。
「先輩の介抱なら、部員の人たちがやってくれたのに。どうしちゃったの?」
「!」
何を慌てたのか知らないが、由梨は口の中に放り込んだ卵焼きむせこんで大変な状態。うわ、顔真っ赤。
「も、もぉー…………変なこと聞かないでよ」
「そんなに、変なこと聞いたかな」
実は、大体見当がついているのだが、今は知らぬふりをしておこう。こういうことには、敏感な華菜が珍しくだんまりなのが気になったが。
「……すごく、悲しそうな表情してたから。『俺は、ずっと伊達と走りたかったんだ。俺はずっとあいつと』って、泣きながら話してて。先輩もずっと我慢してたんだなって思って」
由梨の言葉には、胸が痛んだ。ずっと、悲しいのは自分だけだと思っていた。でも、そうじゃなかった。色々な人が先輩の死を知って、悲しんだ。
自分だけではないのだ。
「…………んで、抱きしめてしまった、と」
「ちょ! ただタオルで先輩を抱えただけでしょ! なんで、そんな目で見られなくちゃいけないのよ」
そんな目。ずばり、ジトーっと人を疑う目だ。やっぱり。でも、そうなんだ。
「由梨、円先輩のこと好きだったんだね?」
「っっっ!」
真っ赤だった顔が、まだまだこれでもかってくらい赤くなる。
やっぱり、由梨は面白い。でも、良かった。みんな、前を向いてる。私も。
「はぁ……」
と、ため息を上げたのは華菜。そういえば、さっきから本当に元気がない。
「どうしたの?」
「いや、二人は望みのある恋でいいなーって……っ!」
「ほほぅ……それはどういう事ですかなー?」
「ちょ、あんたら顔近すぎ! 離れなさいよ!」
「なんで、今日はこんなにオシャレなお弁当なのかなー?」
「そ、それは、関係ないでしょーが! 離して!」
「全部白状するまでは、離さん!」
「いやーーーー!!」
―――
「はぁー……」
結局、俺は負けてしまった。チームの貯金も保てず、志穂の言った通り、つぶれた。
「元気出せよ、由雄」
「大丈夫、次があるって由雄くん」
と言っても、全国で円先輩と競う機会はこれでもう完全に失われてしまった。それがすごく心残りだった。
「一回は、抜かれたけど、そこから持ち直したじゃん!ね!」
ね!と、言われても。俺の気はおさまらんのだ。まぁでも、一つ嬉しいことはあったか。
「先生、辞めなくてよかったね。由雄くん」
「まぁ、その分、すげぇどやされたけどな」
笠原先生の監督続行が決まったのだ。なんでも、今のお前たちはまだまだ俺の指導が必要なようだ、ということだ。なかでも、俺が一番怒られたわけだが。
「でも、最近先生すごくご機嫌だよ?」
そうだ。やっぱり、先生はああでないといけない。でないと、俺がここに入った意味がない。
「……そういやさ、お前ら付き合ってるんだろ?」
二人とも、それぞれ視線を泳がせなるべくお互いの表情を見ないようにしてる。いやほんと、ごちそうさまです。
「いいじゃん、お似合いだと思うぜ」
「お、おい由雄…………」
何を心配してるか知らないが、茂が志穂をかばうように立ち振る舞う。
「だって、お前ずっと志穂のこと好きだったんだろ?」
「え?」
「え、じゃないよ。一年のころから、お前ずっと志穂のことばっか見てたろ?」
「そ、それはお前が!」
「ん、俺?」
「し、しげくん! シー!」
志穂も茂も大慌て。なんだか知らんが、目出度いことなんだから、笑ってりゃいいのに。
「そ、そういや、由雄くんはどうなの? 進展あった?」
「んー、まぁ、今まで通りかな」
「え、だって、志継さんに告白とかしてないの?」
「レースが終わったら、伝えようかと思ったけど、走り終わってからぶっ倒れたからなー。俺。機会を逃してからは、なんかタイミングつかめなくてな、結果今まで通り」
本当は、なんか言った気もするけど。ダメだ。思い出せない。
「まぁ、今まで通りに戻っただけでも、万々歳でしょ」
「まぁ、由雄くんがそう言うなら」
「ん。これでいいんだ」
そう、今まで通りっていうのは、前に進もうとしないと得られるものじゃないと思うんだ。だから、新しい今まで通りを掴むため、俺と志継の関係は続いていくのかな。
―コンコンー
懐かしいような、当たり前のような音が聞こえた。
「なんだー?」
俺は、さも当然のように返事をする。
『おつかれさま』
「お前も。ミサンガありがとな」
『うん、いいよ。それより、久々に走ったから筋肉痛だよー』
「お前、選手に戻れば?あれだけ走れるんだから」
『それは、考え中。なんか、クラスの子がマネージャーになってくれるみたいだから、いいかなって、最近は思ってる』
ふとした間。俺は、昼のことを思い出し、志継に告げる。
「そういや、俺、レースが終わってから、なんかお前に話した?」
『……うーんとね。志継が大好きだーって』
「うそ!?」
「嘘」
間髪入れずに白状。ひやっとしたけど、なんか残念。
『志穂ちゃんと茂さん。良かったね、幸せみたいで』
「そんな生半可な…………」
『えー、なにー?』
「うるさい!」
「……」
『……』
また、沈黙。なんか、意識すると本当にやりづらい。
『ねぇ、由雄くん?』
「なんだよ?」
『好き』
「ちょ!お前何言って……」
『冗談です。なんてね』
「お前……人をからかうのも、いい加減に」
『じゃあ、これは本当。ありがとう。私を助けてくれて』
「お、おう」
『ねぇ、由雄くん』
「なんだ?」
『私、由雄くんのこと、ものすごいお節介だと思ってた。でも、一番のお節介はこの壁かもね。だって、こんなに声が筒抜けなんだもん。本来、つながらないはずの二人がつながった。これって、この壁が引き起こしたことだって思えない?』
「俺に、そんなファンタジーな思考はできない」
『ふふ。でも見て。壁に穴が開いて、前よりもっと由雄くんの声が聞きやすくなったよ?』
「ああ、そうだ! これお前が開けたんだってな? どうすんだよ、これ」
『その、ごめんなさい。それと、志穂ちゃんのケガ、私が原因なんだ』
「原因って、お前」
『だから私を叱って。お願い。今なら、どんな言葉でも、私に届く』
「……もう、いいよ。別に。今は、元気なんだし」
『……由雄くん、本当優しいんだね。ちょっと、アマいって感じもするけど』
「おまえ、コッチが気を使ってやれば調子に乗って……まぁ、いいや」
『ねぇ、まだ話せる?』
「いいよ。今日は一晩中付き合ってやろうか?」
『ありがと。じゃあさ、ベランダにでてもらっていい?』
「ん? 別にいいけど」
――そうして窓を開け、ベランダに出る。
「ほら、これならお互いに顔見れるでしょ?」
「昔のお前だったら、絶対にやらなそうだよな」
「ふふ、そうかもね。ねぇ」
「なんだ?」
「先輩に、さよなら言えたよ」
「そっか」
「でもね、さびしくないよ。みんながいてくれるから。それと、みんなには私がいるから」
「そうだな」
「私には、由雄君がいるしね」
「そう……っておまえ⁉ 」
「ふふ。だから、由雄君が言ってくれた通り、私は一人じゃないよ。だからね」
そう言って、私は由雄君の方へ身を乗り出し、手を差し出す。
「これからも、よろしく」
「ああ、よろしくな」
そして、わたしは、空を見上げて大声で呼びかける。
「ねぇ」
あなたは大切な人に気付けていますか。




