想いを継ぐ
大切な友人に頬を叩かれ、私はどれだけ自分が大事にされてきたかを思い知った。
『お願いだから、もう勝手に一人で遠くへ行こうとしないで。志継に助けられたから、私はこうして、ここにいられるの。ここが私の居場所なの』と、華菜は言った。
由梨は隣でずっと泣いてた。二人とも教室の片隅で、必死に私に言葉をくれた。
この二人がいなければ、私はこうして両足を地につかせることはできなかった。私の足は、遥か遠くへと歩を進めていたと思う。
だから、こうして由雄くんの病室へも歩を進めることが出来た。
だけど、どうして。
どうして、私はあそこで彼の名を呼べなかったのだろう。
この前は、すこし素直になれたのに。彼のそばにいたいと、そう思えたのに。まだ私は迷っているのだろうか。彼の元に行くことが、自分の弱さも、卑しさも全てさらけ出すことがひどく怖い。甘えるという言葉に変えてしまえば、きっと簡単なのだろうけど、私にはどうしてもそうは思えなかった。
私の存在は、不幸を招く。
確かに、これは私ではない沙緒理先輩の言葉だ。でも、沙緒理先輩も含めて私の存在が築いてきた人間関係は、捻じれていった。まっすぐな線だった関係は、私という存在のせいで、ひどく捻じれ曲がった。
これ以上は、深入りしてはいけない。
これが、おそらく私の答え。
きっと、変わらない。
病院から、帰宅の道を歩んでいた私は、そんなことばかり考えていた。
「………」
一人になるとこんな言葉ばかり。結局、私は変わっていない。ふと、自嘲気味な笑みを浮かべると、一瞬にしてその考えを否定した。私は、変わろうとしていんだ。
「…………」
「…………」
ほら。やっぱり、こういう時には彼女が現れる。あの時の言葉をそっくりそのまま返してやろうか。
「志穂ちゃんって、結構泣き虫だよね。いじめられてたかもって話したときも、さっきも私なんかの言葉に泣いちゃったりして」
両方の拳は握れない。志穂ちゃんは、左の拳だけを強く握り、ただただ私を睨んでいた。悔しさなのか悲しみなのかはわからない。だけど、目尻には微かに涙が浮かんでいた。それでも、いっこうに口を開こうとはしない。
「あの時は、ありがとう。おかげで、また私は由雄くんに会えた。好きだって気持ちは素直に認められようになったよ。だけどね。それでも、私は彼のそばにいちゃいけない。私なんかじゃ、彼を幸せにできない。悲しい目に合わせるだけだよ」
そうだ。そうなのだ。私は変われないのだ。どんなに、変わろうとしても。どんなに弱い自分を強くしようとしても。私は、頑張ることができない。
「…………」
私の言葉に、怒りでも浮かべるかと思った志穂ちゃんだけど、さらに涙を浮かべ、口元を戦慄かせ、必死にそこにとどまっているようにも見えた。
私はさっき自分で志穂ちゃんに言った言葉を反芻した。志穂ちゃんだって、決して強い人じゃない。いや、むしろ弱い人だと思う。だってほら、泣いてばかりいる。じゃあ、なんで?
なんで、あの時は泣かなかったの?
「ねぇ、志穂ちゃん」
そう問いかけても、彼女は口を開こうとしない。必死に、こちらを睨んでいた。彼女は変われたのだろうか。あの一瞬だけでも。泣き虫な彼女が、あの日あの時だけでも強くなれたとしたら。好きな人のために、ただ純粋に頑張ることができたのなら。
何も考えずに、前を向くことができたなら。
「私は強くなれるの?」
その言葉に、彼女は初めて笑った。そして、おもむろにこちらを手を差し出す。そうだ、志穂ちゃんに言われたではないか。動け、と。前へ進め、と。
(お前は、駅伝をやるために生まれてきたんだな)
そして、私も笑ってやる。彼女からの想いを受け取るため、手を伸ばす。
そう、こんな私を大切に想ってくれた全ての人のために。
想いを継ぎ、繋げるために私はここにいるんだ!




