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第4話


 うつむきながら涙をこぼしていたカミラに、かさりと何かの音がした。


 リーサが持ってきたのは、父からの手紙であった。手を伸ばし、その手紙を開く。






カミラへ


遠い異国の地へ行き、不安であることは間違いないだろう。


私がそばにいてやれないことを、悔やんでも悔やみきれないでいる。


どうか、元気でやっていてほしい。






この手紙は、そちらの第二王子殿に預けたものだ。


娘に伝えたいことはあるかと言われ、したためている。


存外、シントレアの方々は悪い人ではないようだ。


もうすでに聞いたかわからないが、お前の処遇は第二王子殿にすべて任せている。


本当かはわからないが、最も良い待遇でもてなしてくれると約束してくれた。


部下の手前、城へは捕虜として連れて行くが、それからは良くしてくれるという。


どうか、それが本当であってほしいと願っている。






最後に。


カミラ、私はお前を世界で一番愛しているよ。


亡くなった母さんにも、お前を大事に育てると約束した。


それなのに、他国へ行かせた私を、恨んでくれてもいい。


だが、どうか幸せであってくれ。


エミリスワンや私のことを、忘れてくれてもいい。


新天地で、どうか幸せになれるよう、心から祈っている。






父より






読むだけで、涙があふれてくる。


(お父様……)


 そして同時に思い知る。ヴィンセントが自分に婚約を申し込んできた意味を。


(最も良い待遇でもてなすために、婚約をするということだったの……?)


 やっとヴィンセントの真意を知る。


(だったら、私が後ろ向きでいちゃだめだ。お父様の言う通り、幸せにならなきゃ)


「すみません、リーサさん。もう大丈夫です」


 涙を拭いて、外にいるだろうリーサに声を掛ける。


「では、可愛らしい髪型にしていきましょう」


 リーサが優しくほほえみ、カミラの背後に回る。カミラは鏡越しにリーサへ笑顔を向け、もう自分は大丈夫だと伝えた。


「これ、カミラ様のお父様が贈ってくださったリボンです。これを今日はつけましょうね」


 リーサの手にあるのは白いサテンのリボン。エミリスワンはいつも雪に覆われていることもあり、自国で使うものの多くを白で統一していた。


「ヴィンセント様が、これをつけたカミラ様を見たいとおっしゃっていましたよ」


(ヴィンセント様……もしかして私がこのリボンをつけるのを遠慮しないよう、言ってくださったのかな)


 そう思うと、昨日見たヴィンセントの姿が思い出される。切れ長のアーモンドアイに、黒く艶のある髪、薄い唇と通った鼻筋が印象的だった。


(ヴィンセント様だって、好きで婚約するわけではない。ただ私の処遇をよくするためだけに動いてくださったのだから、婚約することに悲観的にならないようにしよう)


 カミラはもう一度鏡を見た。次は、なるべく笑顔で。リーサが編み込んでくれたリボンは、カミラの薄茶色の髪にうまく絡んで美しく見えた。






「ちょっと、緊張します」


 もうすぐ部屋にヴィンセントが来るとアンナから聞いて、ソファに座ったカミラがそばに立っているリーサに不安を漏らす。


「大丈夫です、ヴィンセント様は決して冷たい人ではありません。少し、愛想がないだけで……」


「それはそれで、緊張が増すんですけど……」


「でも、怖くはありませんよ。お心はすごく優しいのです。落ち着いて、のぞんでください」


 ちょうどリーサがそう言い切ったとき、ドアがノックされる。


「ヴィンセント様がいらっしゃいました」


 代理の執事だろう、年配の男の声がする。カミラはかすかに震えた声で返事をした。一拍おいて、ドアが開く。カミラはすぐに立ち上がり、視線を伏せた。それほど親しくない間柄の相手が目の前に来るまで見つめ続けるのは、エミリスワンでは無礼とされている。雪国で服の着脱に時間がかかるため、その様子をまじまじと見るのは不躾だというのがその教えである。


「お待たせいたしました、カミラ様。本日は婚約のお取り決めを行いたく参りました。遠路はるばるお越しいただきましたのに、その疲れもとれぬ間に申し訳ございません」


 執事が恭しく頭を下げる。


「わたくしの方こそ、正式なご挨拶もできず恐れ入ります。カミラ・アップルトンと申します」


 カミラはエミリスワン式のカーテシーをし、ヴィンセントと執事へ順に目配せをする。それから執事の方を見た。これもエミリスワンでは自分より位の高い他所の者とは、失礼にあたるため、使いの者を介して話をするのが礼儀である。


「まずは簡単にヴィンセント様のご紹介を。シントレア王国王室アーチボルド家の、第二王子でいらっしゃいます。アーチボルド家では、現在国王陛下と、第一王子であるリキャルド様が王政を取り仕切っております。第二王子であるヴィンセント様は、現在他国侵略および領土拡大のお仕事を担われており、大変お忙しい方であります」


「そう、なんですね……」


(他国侵略……それが今回は、エミリスワンだったということ……)


 自然と表情が暗くなったカミラを心配したのだろう。執事が眉を寄せて気遣う様子を見せた。


「カミラ様にとってはお辛い話をしてしまいましたが、これが現在のヴィンセント様のご紹介です」


「ありがとうございます」


「そして、大変恐縮ですが、これよりシントレア式でお話させていただけますでしょうか」


「はい……」


 するとヴィンセントが一歩前に進み出てくる。


「立ってする話ではない」


 そう言いながらヴィンセントがカミラにソファに座るよう促す。カミラは恐縮しながらソファに腰掛けた。


「婚約の話は俺からする」


「はい……」


「俺の婚約者になってほしい。それ相応の待遇も約束しよう。この国で生きるには、悪い話ではないと思うが、どうか」


「あの……」


「なんだ」


 カミラは一瞬逡巡したあと、昨日の父からの手紙を思い出して言葉を選んだ。


「ヴィンセント様は、私の父からのお願いで婚約するという選択をされたんですよね」


「……」


「私の処遇をよくするために……それで本当にいいのですか。私は捕虜としての扱いで全然構いません。意に介さない婚約をヴィンセント様に強いるくらいなら──」


「誰がこの婚約を、俺の本意でないと言った?」


「え……?」


「俺はこの婚約を、なかったことにする気はない。少なくとも、あなたがこの国で不自由なく暮らせるよう、俺が責任を持つ」


「そ、れは……」


「あなたがそれを望まないなら、無理強いはしないが」


 ヴィンセントにまっすぐ見つめられ、カミラは言葉に詰まる。


(ヴィンセント様は、本気でこの婚約話を進めるおつもりなの……?)


「私が相手で、本当にいいのですか」


「さっきからそう言っている」


「でも、私のことは何も知らない状態で……」


「これから知っていけばいい」


(……本当に、それでいいの……? でもヴィンセント様がそうおっしゃるなら、あまり強く断るのも変だよね)


「……それであれば……婚約のお話、お受けいたします」


 カミラとしては、それが当然の判断だった。自分を気遣って婚約までしてくれようとする相手を、無碍にはできない。相手の寛大さを見せてもらったからこそ、自分のほうがそれに応えるべきなのである。


「……わかった。では城内にもそのように知らせよう」


「ありがとうございます」


「午後には、父と兄にも直接それを伝えに行く。悪いが、同行してくれ」


「はい」


 話が終わったのか、ヴィンセントが立ち上がった。カミラもそれにつられて立ち上がる。


「それと、もっと気軽に呼んでくれ。婚約者からヴィンセント様と呼ばれるのは、どこか居心地が悪い」


「ですが……では、ヴィンセントさん、とお呼びさせていただいてよいでしょうか」


「……ああ、まずはそれでいい」


 ヴィンセントはそれだけ言うと、執事に何かを伝えて、一人で部屋を去ってしまった。残った執事がにっこりと、カミラを見つめてくる。


「ヴィンセント様が、そのリボン、よく似合っていると、おっしゃっていました」


「え……」


「あとの処理は私が代わらせていただきます。婚約証明書にサインをいただけますか」


 再び執事に促されながらソファに腰掛け、テーブルに置かれた婚約証明書を眺める。


(ヴィンセントさん、リボンのこと褒めてくれたんだ……でも、直接聞きたかった気もする……)


「ではまずはこちらに……」


 執事の話を聞きながらも、リボンを褒めてくれたその言葉を、カミラは何度も頭の中で反芻していた。


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