第20話
翌日。
カミラは眩しい日差しに照らされて目覚めた。数回瞬きをして、自分の目が腫れているのがわかった。
(やっぱり、腫れちゃったか……)
できるだけ目をこすらないようにしたのだが、それだけでは防げなかった。ゆっくりと上体を起こし、深く息を吐いた。
(……きっと、これは叶わない恋なんだ)
昨晩、カミラは思い余ってヴィンセントに自分の気持ちを伝えてしまった。ヴィンセントがカミラを無事にエミリスワンに帰す、というから、帰りたくないと、率直に思ったことを口走った。
しかし、ヴィンセントの答えは時間をくれ、と言った。
(……時間を置いて、変わることってあるのかな?)
傷つけない言い方を考えようというような配慮はいらない。だめならだめだと、きっぱり言い切ってくれたほうがよかった。
(でも……光だとは、言ってくれた)
それは、カミラにとっても嬉しい言葉であった。自分がヴィンセントの希望になっている。自分がエミリスワンの出身だから、なにか寄与できたことはあるだろう。
(それだけで満足しよう。エミリスワンに帰っても、ヴィンセントさんと文通でも続けられたらいいな……)
思いを知れたことを、前向きに捉えたい。カミラは指で口角を上げて笑顔を作り、それからいつもの朝支度に入った。
それからおよそ二週間。春の風が吹き始める中、カミラは緊張した面持ちで城門塔の前に立っていた。目の前には大きな馬車と、護衛の騎士団員が数名待機している。
「カミラ様、久しぶりの母国、楽しんできてくださいね」
リーサがカミラの手を握りしめて言う。
この日、カミラはヴィンセントとともにエミリスワンへの一時帰国の途につくのだった。カミラはリーサの言葉に笑顔を返し、何度も頷いた。
「カミラさんへのお土産も、買ってきますね」
「そんなものはいいですから。カミラ様がご無事に帰ってきてくださるのを待っています」
「ありがとうございます」
しばしの別れを惜しむ二人を、ヴィンセントが横で見ている。
「ヴィンセント様、カミラ様をよろしくお願い致しますね」
「ああ。無事に戻って来る。そろそろ出立したいが、いいか?」
「はい」
リーサは一歩引き、ヴィンセントがカミラを見る。カミラは小さくリーサに手を振ってから、馬車に乗り込んだ。ヴィンセントは護衛として着いてくるアルスに一言二言指示を出すと、乗り込んできてカミラの向かいに座った。
ドアが閉まると急に密閉されたような気がして、向かいのヴィンセントを近く感じる。
「あ、あの、ヴィンセントさん」
「うん?」
「ありがとうございます。本当にエミリスワンに帰らせてくださって」
「いや。むしろ急かしてすまない。今しかなかった」
「それは……アルスさんが言ってた、お父上の影響ですよね?」
「……そうだな」
カミラに帰国の旨を伝えてきたのは、ヴィンセントではなくアルスだった。いつものようにヴィンセントの代理で部屋にやってきて、予定していた婚約のお披露目会を前倒しし、三日後にエミリスワンへ出立するという。理由は国王陛下が他国へ外遊するからだ。本来であれば正式な使節として向かう予定だったが、今の状況ではヴィンセントがエミリスワンへ行くことを国王陛下が許すとは思えない。そこで、お披露目会という形にはこだわらず、まずはカミラを一度帰郷させることを優先することになったのだ。
「でも、本当に大丈夫なんでしょうか? 結局お父様にもいつかは状況が伝わってしまうと思うんです。私達が帰ってくるときには、きっとばれてるんじゃないかって……」
「大丈夫だ。手は打ってある」
「なら、いいんですけど……」
(ヴィンセントさんが、大変な目に遭わないといいんだけど……)
カミラは少し心配であった。以前からヴィンセントと父親の関係が良くないのを知っている。
「それより、長旅になるからあまり俺に気を使いすぎなくていい。疲れるだろう。俺がいないほうがよければ、いつでも言え。一匹余分に馬を馬車に繋いであるから、そっちに行く」
「お気遣いありがとうございます。ヴィンセントさんも、同じですよ? 私に気を使いすぎないでくださいね」
「ああ」
(本当は、一緒にいられたほうが嬉しいは嬉しいんだけど……)
あの日、カミラはヴィンセントの気持ちが自分にはないことを知ってしばらく悩んだ。この好きな気持をなんとかして抑え込み、消したほうがいいのか。それとも、好きな思いはそのままで今を将来のいい思い出として過ごすのか。
結果として、カミラは後者を取った。取ったと言うか、取らざるを得なかった。ヴィンセントは時折夜に様子を見に来るし、接触を断つことはできない。そのたびに思いに蓋をして苦しむよりも、割り切って今はこのときを楽しむほうが、眠れない日が減るように思えたのだった。
(お父様にあったら、何から話そうかな)
カミラはヴィンセントに気を遣わせないよう窓の外に目をやり、故郷へと思いを巡らせることにした。
その日の夜。
夜通しで動き続けるわけにもいかないので、火を起こしてみんなで食事を取り、持ってきた最低限の寝具で睡眠を取ることにした。いわゆる野営というものがカミラには新鮮で、護衛の騎士たちもみんな巻き込んで楽しく食事をした。その楽しい時間を終え、今はみなそれぞれ夢の中だ。
カミラも久しぶりの移動で疲れたのか、騎士たちの心遣いで一番火に近い暖かいところで眠らせてもらえたのもあり、すぐに眠りに落ちた。
(ん……?)
しかし、どれほど眠ったあとかはわからない。急に意識が浮上し、焚き火のぱちぱちという音が耳に入ってきた。うっすら目を開けると、ヴィンセントが座ったまま何かの紙に視線を落としているのが見えた。
(あれ……)
ヴィンセントも寝ると言っていたはずなのに、と思うと自然に目が開いて、上体を起こした。
「ヴィンセントさん……? 寝ないんですか?」
「……ああ。ちょっとな」
ヴィンセントはバツが悪そうに手に持っていた紙を内ポケットにしまう。
「さっきのは……」
「……父からの置き手紙だ」
「……私も、そっちへ行っていいですか?」
「ああ」
カミラは寝床から起きて、ヴィンセントの隣に腰掛けた。
「お手紙には、何かヴィンセントさんが気にするようなことが書かれていたんですか?」
ヴィンセントが気落ちしているような表情が気になり、カミラは踏み込んでみた。
「まぁ、いつもの父の言葉だ。わざわざ外遊前に書き残しておくような内容かと思って目を通したが、別段変わりはない」
カミラはこの国に連れてこられた最初、国王陛下と第一王子に婚約の報告をしにヴィンセントとともに謁見の前へ行ったことを思い出した。
国王陛下も第一王子も、家族であるはずのヴィンセントに辛辣な当たりをし、カミラですらどことなく不信感を抱くような相手であったことは記憶に新しい。
「それって、私が以前聞いたような……?」
「……ああ。ただ、南征に行く時期を早めろ、と」
「その、南征って戦いに行くってことですよね? それは、どうして……?」
「自国の領土拡大のためだ。南の方は未開拓だからな。父は国の強度を高めたいと思っているから、うってつけなのだろう」
「そうなんですね……もうすでに、シントレアってすごく大きな国なのに……。それに、南征ってすごく難しいんじゃ……」
婚約報告時に聞きかじった情報を思い出す。国王陛下たちの口ぶりでは、かなり苦戦しそうな様子だった。息子であるヴィンセントをそのような難しい戦にすぐにでも向かわせたいというのは、カミラでもどこか不思議に思うものがある。
「南にも、ウォルトレスと同規模の大きな国がある。そこも下調べによると、かなり軍事に明るいようだ。武器に使用する金属資源が豊富で人口も多いと聞く。そこを目標としているから、かなり苦しい戦いにはなるだろうな」
「そんな……」
そう思えば、これまでカミラはヴィンセントに南征の話を詳しく聞いたことはなかった。忙しくしているのは聞いていたが、その戦いの内容までは知らないでいた。
「それってもう、決まったことなんですか? 今からでもやめられたりは……」
「しない。俺個人で決められることではないからな」
「……そんな……」
ヴィンセントが腕のたつ人間であることは、副団長という肩書からもよく分かる。シントレアの騎士団が強いことも。しかし、不安は拭えない。
「私、ヴィンセントさんがいなくなったら嫌です。絶対に無事で、帰ってきてくださいね」
「……あなたがそう思ってくれるのは嬉しいが、そう思っていない人間もいる。正直、どうなるかはわからない」
(そう思っていない人……)




