第15話
踏み込んでいいのか、それとも待ったほうがいいのか。考えているうち、先にヴィンセントが口を開いた。
「どうしたら、実現できるだろうか。みなが祝われるデビュタントは。あなたの国にデビュタントがあったら、どうする?」
「そうですね……もし私の国でデビュタントがあったら、晴れた日に、パレードをするかもしれません。エミリスワンでは晴れは貴重だし、なぜかみんなパレードが好きで……」
「パレードか……それなら今の形式よりも大勢が参加できそうだな」
「はい。でも、パレードだと個々が目立つことはあまりなくて……でも、それはもったいないと思うんです。せっかく衣装もいいものを揃えると思うし、こうして来歴と抱負まで提出してるのですから、何かこう、一人ひとりにちゃんと光が当たるような作りだったらいいのかなって……」
「確かにそうだな。だが、そうなると読み上げる人数が多くて、司会進行のあなたが大変になりそうだが……」
「全然大丈夫です。声が枯れてもやりますから!」
カミラがそう言うと、ヴィンセントが口角を上げた。あまり笑わないヴィンセントの笑顔を見て、カミラの胸が早鐘を打った。
「あなたなら、この国を変えてくれるかもしれないな」
「えっ……?」
「いや。さっきの案を、実現できるように動こう。ダンスのほうはどうだ?」
「あー……ダンスの方は、だいぶ心配な感じです」
あはは、と笑ってみせるとヴィンセントがカミラの手を取った。
「少し練習相手になろう」
「えっ、そんな、本当に私ダメダメで……お恥ずかしいです」
「最初は誰だってそんなものだ」
ヴィンセントに微笑まれると、どうしても否定的なことが言えなくなる。カミラはこころを決めた。
「あの、本当に下手で、講師の方にも悪い意味でお墨付きをもらったので……笑わないでくださいね」
「ああ」
「では、よろしくお願いします」
カミラが答えると、ヴィンセントがカミラの手を引いた。そのまま向かい合い、カミラがそっとヴィンセントの肩に手を置く。
「緊張しているのか?」
「そりゃもう……」
「もう少し近づかなければ始められない」
「はい……」
近づけば近づくほど鼓動がばくばくと音を立てる。
(鼓動の音が、ヴィンセントさんにまで聞こえちゃいそう……)
「これで……いいですか?」
「ああ」
ほとんど密着するような姿勢になり、ちらとヴィンセントの顔を見上げると、その距離の近さに思わず身体がこわばる。緊張でステップを踏むどころではない。
「準備はいいか?」
「……はい、頑張ります」
「ああ。3、2、1……」
ゆっくりとステップを踏み出すと、握る手が一層強く握られた。そして腰に回す腕も、しっかりカミラを抱き寄せる。
(ヴィンセントさんが、私が間違った方向に行こうとしても動きでリードしてくれてる……)
決められたステップ通りにカミラが動けるよう、その握りしめた手と体幹のしっかりした身体で誘導してくれた。講師は同じ女性だったため、カミラの動きまで制御しきれない。それがヴィンセント相手だとすべてカミラの動きを受け止めてくれていた。
(やっぱり、男の人ってすごい……)
カミラがそう感心していると、ふいにヴィンセントの動きが止まった。カミラは何事かとヴィンセントを見上げる。
「どうしました……?」
「また靴擦れしているのか?」
「え……」
「左足だな。無意識のうちにかばっている」
カミラは隠していたことがばれてしまい、どこかばつが悪い。
「でも、ちゃんと包帯巻いていますし、今はそんなに痛くないです。というか、緊張してそんなことすっかり忘れてました」
「エミリスワンではヒールを履かなかったと言っていたな。雪で滑るからと」
「はい」
「ヒールは履くだけでも大変だと聞いている。今日はやめておくか」
「でも……」
カミラには、最後まで踊りたい気持ちがあった。ヴィンセントのリードなら、踊れる気がした。
「練習にならいくらでも付き合う。また時間が合うときにすればいい」
「はい……」
カミラもわかっている。ヴィンセントは、カミラに無理を強いないことを。礼を言おうとした瞬間、ヴィンセントがカミラをふわりと横に抱き上げた。
「ヴィンセントさん……!?」
ヴィンセントはそのまま何も言わず、ソファにカミラを座らせた。そして自分もその隣に座る。
「あ、ありがとうございます……」
「いや、あなたに無理をさせたのは俺だからな。ステップを覚えれば、あとは緊張だけしなければ踊れそうだ。少し手合わせしただけでも、身体がダンスに順応してきているのがわかった」
「本当ですか? だといいんですけど……」
ダンスを終えて、向かい合いながらヴィンセントが言う。それは世辞でもなんでもなく、彼の本心のように思えた。
「今回、あなたにこのような負担をかけて申し訳ないと思う。ただ、あなたならやり遂げられると思った。それに、正直に言えば……」
そこまで言って、ヴィンセントは口を閉ざした。カミラは首を傾げる。
「いや、忘れてくれ」
(えっ、すごく続きが気になるんだけど……!)
しかしヴィンセントがそう言うなら無理に聞き出そうという性分でもない。
「ヴィンセントさんから、期待していただいたんだと思って、私にできる限りのことをします。ダンスも上手くなって、ヴィンセントさんのリードなしでも踊れるように、練習しますね」
「ああ。当日を楽しみにしている」
ヴィンセントはそれだけ言うと立ち上がった。
「夜分に邪魔をしたな。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
部屋を出ていくヴィンセントを視線で見送る。
(当日、ヴィンセントさんにも恥ずかしい思いさせないように、ちゃんと踊れるようにしないと)
カミラはヴィンセントがリードしてくれたのを思い出しながら、紙にステップの順番を書き記すのだった。
デビュタント当日。
カミラはこの日は朝から関係者との最終打ち合わせがあるため、いつもよりも早めに起きた。リーサも衣装を準備している。
「緊張する……」
「たくさん練習したじゃないですか。大丈夫ですよ」
「でも不安です……まぁ、やるしかないんですけど……!」
カミラは大きく深呼吸した。もう当日になってからあれこれ考えても遅い。
(ヴィンセントさんからもらった靴で、たくさん練習したんだから)
先日、ヴィンセントが王宮専属の靴屋を連れて、カミラの部屋にやってきた。カミラが靴擦れをしているのを見て、足のサイズに合う、靴擦れのしにくい靴を新調するというのだった。
かかとはずれて皮膚がむけないように柔らかい素材を使い、真っ白のサテンで作られたヒールだった。足の甲には大きなリボンがあしらわれている。その形はヴィンセントとともに選んだものだった。いまはすっかり足に馴染んで、靴擦れも起こさない。
「さて、衣装に着替えましょうか。あ、そういえば、ヴィンセント様から小包を預かっていますよ」
「小包?」
「それに、カードもついてますよ。いつのまにか、なんだか親密になりましたね」
ふふふ、とリーサが笑いながら、小包を手渡してきた。小さな箱と、それについた白いカード。そこにはヴィンセントのものと思われる端正な文字でこう書かれていた。
『カミラへ デビュタントの当日、よければこれをつけてほしい。少しでも身体を冷やさないように』
一緒についていた小包を開けると、白い手袋が入っていた。ドレスにあわせた白のサテンで作られた、肘まである長い手袋だ。
「わぁ、可愛い……!」
「とっても素敵ですね。今日の衣装にもすごくあいそうです!」
「ですよね! 今日のデビュタント、頑張れそうです!」
「それはよかったですね。さぁ、衣装に着替えましょう。打ち合わせからデビュタントまでの間、着替える暇もありませんから」
「はい!」
それから、衣装に着替え、鏡を見つめる。エミリスワンでは着たことのないような高価な衣装、これもヴィンセントが王宮専属の衣装屋に頼んで制作してくれたものだ。
(すごい……着る服でこんなにも変わるなんて……)
髪も白いリボン紐で結い、純白でスタンダードラインのドレス。それに肘までの手袋をはめれば、自分がいつもとは別人に見えた。
(エミリスワンでは、こんなドレス着たことなかったなぁ……)
そう思うとはるばる異文化の国に来たのだと思ってしまう。
(でも今は、ヴィンセントさんやリーサ、イェシカさんがいるから、自然と寂しくないかも)
そう思った頃に、ドアが3回ノックされる。
(あっ、ヴィンセントさん!)
リーサが代わりに返事をし、ドアのほうに駆け寄る。すると、何やら話をしているのがわかった。
「カミラさん、ヴィンセント様の部下の方がお見えです」
「部下の方……?」
聞き慣れない言葉に驚きつつも、部屋に入ってきた人を見た。すると、ヴィンセントのものと同じ軍服を着た男性が入ってきた。
「はじめまして、カミラ様。私はヴィンセントさんの下で働いている、アルス・オリアンと申します。今日はヴィンセントさんの代理で迎えに参りました」
白に近い銀髪で、表情はきりりとしている。顔つきも精悍で、端正な顔立ちと相まって少し怜悧で冷たい印象を受ける。話し方も軍人らしい、厳しい規律を感じさせる口調だ。
(この人がヴィンセントさんと働いてるんだ……!)
ヴィンセントのことをまた少し知れた気がしてカミラは嬉しくなる。
「こちらこそはじめまして、カミラ・アップルトンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします。ドレス、とてもお似合いです」
「あ、ありがとうございます……! 光栄です」
「では、早速ですが打ち合わせに向かおうと思いますが、いかがですか」
「はい。お願いします」
一つひとつ確認を取ってくるところも軍人らしいが、エミリスワンという穏やかで平和な国で生活してきたカミラは気づかない。




