第14話
数日後。
「失礼を承知で申し上げますが、カミラ様にはダンスのセンスがございませんね」
「はい……すみません……」
女性のダンス講師が、大きなため息をつく。ここ数日みっちり時間を取って練習しているが、雪国では履くことがあまりなかったヒールで細かいステップを踏むのが、どうしてもうまくいかない。
「お尻をキュッと引き締めて、背筋を伸ばしてください。天井から頭を糸で引っ張られるお人形のように……」
「こう、ですか……?」
「もう少し顎を引く」
「はい……!」
ヒールで立つ足がぷるぷると震える。ダンスをするというのに細いピンヒールで、高さもある。
(こんなので私、本番できるのかな……?)
たかが数日、されど数日。まったく上達の兆しが見えないことに、カミラは少し焦りを感じていた。
「では私がエスコート役をやりますから、カミラ様は私のリードにあわせてくださいね。基本のステップからいきますよ」
講師と向かい合い、手を取り合ってステップを踏む。どうしてもまだ慣れずに、足元を見てしまうカミラに、講師は「私の顔を見てください」と叱咤を飛ばした。
「あなた、本当にダンスをしたことがないのね」
休憩時間、カミラが床に座り込んでいると、練習を見に来ていたイェシカが声をかけてきた。
「はい、まったくの異文化です……」
「そんな人がいるなんて思わなかったわ。ダンスを見たこともないの?」
「そう言われたら……ないですね」
「なら、まだあなたの中で完成図が見えてないのね。私がお手本を見せて差し上げますわ」
イェシカは講師にすぐさま話をつけて、フロアに立つ。講師とイェシカが向かい合っただけで、一対の美しい人形のように見えた。
ゆっくりと講師のリードでイェシカが踏み出す。まるで氷の上を踊るように、ほとんど足音すらしない。しかし流れは連続していてよどみがない。
(すごい……これが本当のダンス……?)
息が合う、というのはこれを指すのだと思った。カミラは息をするのも忘れてダンスを見つめる。
二人は足元など見ず互いにアイコンタクトを取りながら、音楽に乗り華麗に舞う。基本のステップも、それだけ踏めば味気ないが、ダンスに組み込まれているのを見ると上品に見える。
曲が終わり、イェシカが一礼をしてダンスを終える。
「さすがでした、オーストレーム嬢」
「こちらこそ、楽しかったですわ」
講師に挨拶をして、イェシカはにこやかにこちらに向かってくる。
「どうでした? 久しぶりで少し緊張してしまいましたわ」
「すごかったです。なんか、本当に蝶のようというか……見惚れてしまいました」
「見惚れている場合ではありませんわ、あなたはあれを1ヶ月後までにやり終えなくてはいけないのですよ。しかも、司会進行役まで」
「そ、そうですよね……とにかく今は、頑張るしかありません! ちなみに……司会進行役っていうのは、何をするんですか……?」
「そんなことも知らずに頑張ると言っていたのですか? まったくもう……。司会進行役は、各デビュタントとそのエスコートの来歴を紹介するのです。それぞれの血筋や、将来のことを読み上げて、我が国では司会進行役からその二人に一言添えるのが慣習になっているのです。だから、これからそれぞれのデビュタントとエスコートについても勉強しなくてはならないのよ」
「それは……大変ですね……?」
思わぬ大役に、カミラは固まる。ダンスの上に、デビュタントのリストを上から一人ずつ勉強していくなんて、想像していたよりはるかに重い。
「もう、しっかりなさい。ヴィンセント様にエスコートしてもらうのでしょう? はしたないところを見せたら、許しませんよ」
イェシカの言葉に、カミラの心も引き締まる。
「そうですよね、私が失敗したらヴィンセントさんにも恥をかかせてしまうし……今日から、そのデビュタントの方たちの勉強もします。イェシカさん、ありがとうございます。休んでいる暇なんてありませんね!」
カミラはすぐに立ち上がり、講師のもとへ駆け寄った。そのかかとには、血で滲んだ包帯が巻かれていた。
少しずつダンスも板についてきた頃。
カミラは部屋のろうそくを机上以外ほとんど落として読み物をしていた。読んでいたのはデビュタントに参加する貴族たちの名簿。家柄や成し遂げたいことなどが立派に並べられており、小国で過ごしてきたカミラは実物を見たことのない爵位を持っている者もいる。
(本当にすごい家柄の人ばっかり……それでこんなにも人数がいるなんて)
エミリスワンに存在する貴族は王家の血筋を引いたごく少数だ。そもそも貴族という発想があまりない。特権階級を作ってしまえば、国民みな仲が良く平和だったあの小国が崩れ去ってしまう。
(この国は、どうなってるんだろう? 本に載っていることは教わったけど、お城の外には出たことがないし……)
そう考えていると、コンコンコン、とドアがノックされた。
「わっ……」
集中して考え事をしていたカミラは驚いて声を上げたが、すぐにそのノックが何を意味するのか気付いた。
(これは、ヴィンセントさん……!)
「はい! お入りください!」
その声が聞こえたようで、相手は部屋に入ってきた。暗がりから見えたのは、予想通りのヴィンセント。
「こんばんは──」
「あなたは不用心すぎる」
開口一番に想定外のことを言われてカミラは一瞬固まった。
「え……」
「誰かわからないのにドアを開けるのか?」
机の前まで来たヴィンセントは眉を寄せ、困った表情を見せた。カミラは慌てて立ち上がり、弁解の言葉を考える。
「いえ……! その……ヴィンセントさんと執事さんは、必ずドアを3回ノックされるので……」
「3回?」
「はい。他の方は2回ですけど、ヴィンセントさんは3回だから、ノックされた時点でどなたかわかっていました」
カミラがそう言うと、一瞬意表を突かれたような表情になる。しかしすぐに息をつき、いつもの落ち着いた様子に戻った。
「……そうか。それにしても不用心であることは変わりない。他の者が真似したらどうする」
「あっ、そうですね……すみません」
(恥ずかしい……私、ヴィンセントさんが来たからって尻尾振って……)
カミラは自分の頬が熱を帯びるのがわかった。ヴィンセントが来て喜んだことがばれてしまったようで、なんだか恥ずかしい。
「本を読んでいたのか?」
「あ、いえ……デビュタントのリストを見ていました」
「ああ……あなたは司会進行だからな」
「はい。それにしても、こんなにたくさんの貴族の方がいるなんて驚きました。しかも、貴族の中から選ばれた人がこのリストに載ってるんですよね? 貴族の18歳になる方、全員じゃないんですよね?」
「ああ、そうだな。貴族の中でもごく一部だ」
「そうなんですか……じゃあ、本当に選ばれた人だけなんですね……」
「どうした?」
カミラがつい考え込んでいると、ヴィンセントが顔を覗き込んできた。
「……これって、貴族の方だけの式典なんですよね?」
「そうだな」
「そうじゃない方は、こういう式典に参加されないんですか?」
カミラの疑問に、ヴィンセントがふと考える。
「……そうだな。貴族階級のみ参加できる式典だ。国民の間では、18歳を祝う風習すらほとんどない」
「やっぱり、そうなんですね……エミリスワンにもしデビュタントがあったら、って考えたら、18歳になる人みんながデビュタントに出られたらいいなって思います」
「……」
「デビュタントは、18歳まで無事に生きてきたことを祝う意味もあるって、ヴィンセントさんおっしゃってましたよね? それは、身分の貴賤なく、みんな祝われるべきことだと思うから」
カミラの言葉を聞き終えると、ヴィンセントは深く息を吐いた。
「あなたの言うとおりだな。この国では、すべて身分が物を言う。貴族の子は貴族に、賤民の子は賤民に、というのがうちの習わしだ。だが、本来であれば人は生まれてきたら祝福されるべき存在だと俺は思う」
「私も、そう思います」
「エミリスワンではあまり階級はないと聞いたが」
「はい。エミリスワンはみんな顔見知りの小さな国で……お父様は、よく階級を付けると国内の平和が保たれなくなると言っていました。特権意識は人を腐敗させるとか……」
「聡明な父上だな」
カミラは意外な思いで聞いていた。ヴィンセントと国にまつわる話はしたことがない。どういう心境で今の地位にいるのか、国や自分の置かれた環境についてどう思っているのか、何も知らないでいた。
(聞いてみても、いいのかな……?)




