幕間 エレーナ・サブーロワの宮廷実務講座 ――フレイリナって何をする人?
ごきげんよう。
エレーナ・ミハイロヴナ・サブーロワでございます。
……ええ。
今回はまず、お詫びから始めなければなりませんね。
第一章で私は当然のように登場し、男性の皆様に女性らしい言葉遣いをするようお願いし、アレクサンドル様を「今夜はアレクサンドラ様です」と呼び、将軍であろうと貴族であろうと、「陛下のお達しです」の一言で次々と逃げ道を塞いでおりました。
それなのに、「ところで、この女は何者なの?」という説明をすっかり後回しにしてしまいました。
申し訳ございません。
順番が前後してしまいましたが、第一章があまりにも盛りだくさんでしたので、どうかご容赦くださいませ。
では改めまして。
私は、
フレイリナ
でございます。
フレイリナって、つまり侍女なの?
いいえ。
ここは少々重要です。
ロシア語では、
фрейлина(フレイリナ)
と申します。
英語なら、おおむね lady-in-waiting に当たる言葉です。
日本語では「女官」「侍女」などと訳されることもありますが、皆様が「侍女」という言葉から想像される、主人の部屋を掃除する。衣服を洗う。食事を運ぶ。そういった一般の女性使用人とは、かなり立場が違います。
フレイリナになるのは、基本的に宮廷社会に属する身分ある女性です。
皇后や皇女など、高位の女性皇族のそばに仕え、宮廷生活を補佐し、式典や謁見に付き添い、必要な連絡を行う。
そういう役目を担います。
ですので、「エリザヴェータ陛下のおそばにいるメイドさん」と思っていただくと、少々違います。
私にも家柄があり、宮廷人としての立場があり、その上で陛下にお仕えしている。
そういう人間だとお考えくださいませ。
では、なぜ将軍にまで命令できるの?
これも少し違います。
私は将軍閣下より偉いから命令しているわけではございません。
ここはぜひ覚えておいてくださいませ。
たとえば第一章で、たいへん立派な肩書きをお持ちの殿方が、美しいドレス姿で、
参加者「こんな話は聞いていないぞ」
と仰ったとします。
私は申し上げます。
エレーナ「恐れ入りますが、お言葉遣いも女性役としてお願いいたします。陛下のお達しでございます」
すると、その方は、
参加者「……聞いておりませんけれど」
と言い直す。
なぜでしょう。
私が怖いから?
いいえ。
たぶん。
私自身の身分が、その殿方より上だからでもございません。
この場合、私が陛下のご意向を伝えているからです。
私に向かって、「嫌だ」とおっしゃるだけなら、エレーナ・サブーロワという一人の女性へ逆らっただけです。
しかし私が、「陛下のお達しです」と申し上げた後に拒めば、話は少々変わってまいります。
それは、陛下のお言葉に従わないという意味を帯びてしまいます。
だから皆様、大変不満そうなお顔をなさりながらも、最後には従ってくださるのでございます。
「じゃあ、エレーナ本人には権力がないの?」
それも違います。
ややこしいですね。
宮廷というところは、そういうものです。
私は陛下から仕事を任されております。
ですから催事の進行中、参加者をどこへ案内するか。いつ支度を始めるか。どの規則を伝えるか。陛下の指示を、どの段階で皆様へお知らせするか。
そうした実務については、私にも一定の判断がございます。
ですが、私が朝起きて突然、
エレーナ「今日はあの将軍をドレス姿にしてみたいですね」
と思ったからといって、勝手に将軍を連れてきて着替えさせられるわけではございません。
当たり前です。
……当たり前ですよね?
この宮廷におりますと、時々自信がなくなりますけれど。
要するに、「誰を、何の催事に、どのような役で参加させるか」という大きな決定は陛下の側にある。
私たちフレイリナや宮廷の実務担当者は、その決定を、実際に催事として成立させる側なのでございます。
参加者の確認。
順番。
控室。
支度。
伝達。
作法。
時には、「その言葉遣いではいけません」と申し上げることまで。
……最近、最後のお仕事が妙に増えております。
なぜエレーナが男性の女性装に慣れきっているの?
これも、私の仕事上仕方がございません。
普通の女性なら、立派な軍人や高位の貴族が、鬘をつけ、化粧をし、ステイズをつけ、パニエを広げ、豪華なドレス姿で目の前へ現れたら、少しくらい驚くかもしれません。
私はあまり驚きません。
何度も見ておりますから。
しかも、その方が少し前まで、部下の前では大変威厳のある声で命令していたのに、会場へ入れば、
参加者「もう少しお離しいただけませんこと?」
などと仰っているところまで見ています。
そういう光景を何度も拝見しておりますと、殿方というものに対する見方も、少し変わってまいります。
別に、「男なんて大したことはない」などと申し上げるつもりはございませんよ。
ただ、立派な肩書きと、その人自身は同じものではない。
そのくらいのことは、自然と分かるようになります。
将軍も、外交官も、貴族も、ドレスの後ろが自分ではうまく閉められなければ困ります。
鬘がずれれば慌てます。
レヴェランスを失敗すれば恥ずかしがります。
皆様、人間でございます。
宮廷の裏側を見ておりますと、それがよく分かるのでございます。
というわけで
今後、私が現れて、
エレーナ「陛下のお達しでございます」
と申し上げましたら、登場人物の皆様が急に嫌そうな顔をなさることがあるかもしれません。
私を嫌っているわけではございません。
たぶん。
その言葉の先に、何か断りにくいことが待っていると学習してしまっただけでございます。
私としても、別に皆様を困らせたいわけではございません。
ただ仕事をしているだけです。
丁寧に。
間違いのないように。
逃げ道のないように。
……最後の一つは余計でしたでしょうか。
では、今度こそ第二章の続きを――いえ、次のお話へお戻りいただきましょう。
以後エレーナ・サブーロワが出てまいりましたら、「女帝のそばに仕え、その意向を宮廷の現場へ伝えて実行するフレイリナ」だと思っていただければ十分でございます。
そしてどうか、私が何かをお伝えする前から、そんなに嫌そうなお顔をなさらないでくださいませ。




