第一章 届いた、ありがと
二〇二六年八月十五日 夕方
「ほら」
里香が、床にしゃがんだまま嬉しそうにスマートフォンを僕へ向けた。
「届いた、ありがと」
前に送った段ボールが届いたときの、拓海からの返事だった。荷物を送れば、だいたいいつもこの二言が返ってくる。里香はそのたび、僕へ画面を見せる。
膝元には、今度送る段ボール箱が開いていた。洗剤、歯磨き粉、レトルト食品、菓子が床に広がっている。
「また送るん?」
「うん」
「給料もらってるんだから、そんなに送らんでもいいのに。この前も送ったやろ」
里香は手を止め、まだ言うの、とでも言いたげに僕をにらんだ。
怒っている顔ではない。口元には、笑いが残っていた。
「買えるのと、送るのは別」
「何が違うん」
「違うの」
里香は言い切り、箱の隙間へレトルトカレーを差し込んだ。
拓海は、僕が二十歳のときに生まれた前妻との子だ。僕は今年四十二になり、拓海も二十二になった。今は家を出て働いている。
里香は僕より十二歳下で、拓海とは八歳しか離れていない。戸籍では継母と継子だが、二人の距離は、その言葉だけではうまく説明できなかった。
拓海は、用事がなければ連絡してこない。僕も若い頃はそうだった。男なんて、だいたいそんなものだと思っている。里香にとっては、短い二言でも、次の箱を作る理由になるらしい。
「ねえ、悪いけど、ついでにこれも買ってきてくれる?」
里香が差し出したスマートフォンには、買い足す品が三つ並んでいた。段ボールの隙間を見つけるたびに、中身が増えている気がする。
「まだ入れるん」
里香は箱を横から眺めた。
「入るよ」
「入るかどうかを聞いたんじゃなくて」
里香は答えず、箱の隙間へ指を差し入れてこちらへ笑顔を向けた。
僕は両手を小さく上げた。
「はい、行ってきます」
里香は何事もなかったように、また箱の中身を並べ替え始めた。
今日は2026年(令和8年)8月15日、終戦の日だ。
1945年のこの日、昭和天皇の玉音放送がラジオで流れ、国民は日本が降伏し、戦争が終わることを知った。
政府は8月15日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とし、毎年、全国戦没者追悼式を主催している。テレビのニュースでは、終戦から八十一年を迎えた追悼式の模様が流れていた。
白黒の映像の中で、見知らぬ人々が焼け跡を歩いている。僕は一瞬だけ画面を見たが、何も言わずに財布と黒いスマートフォンを持った。
玄関を出る直前、里香が背中に声をかけた。
「写真と同じの買ってきてよ」
靴を履きながら、僕は振り返った。
「そのくらい間違えんよ」
「だから心配なんよ」
笑う里香を残して、僕はドアを閉めた。
* * *
八月の佐世保は、日が沈みかけても暑かった。
官舎を出たのは、夕暮れが夜へ変わり始める頃だった。それでも数分も歩かないうちに、背中へ薄く汗がにじんだ。半袖のシャツに薄手の長ズボンという格好でも、風が止まると空気そのものが肌へ貼りついてくる。
僕は官舎から佐世保川の方へ下り、佐世保橋へ向かった。橋を渡れば、四ヶ町アーケードまで歩いて行ける。
暮れかけた川沿いには、いつもより人が多かった。盆休みの家族連れに、浴衣姿の若者、英語で話す親子が混じっている。
遠くで花火が一つ弾け、子どもが歓声を上げた。
佐世保橋の上で、僕は一度だけ足を止めた。川下へ目を向けると、港のクレーンと艦艇の上部構造物が見える。海上自衛官として見慣れた景色だった。
この橋は昔、海軍橋と呼ばれていた。佐世保は海軍の街として生まれ、戦争に負けたあとも、形を変えながら軍港であり続けている。
敗戦したからこそ、今の日本がある。
負けてよかったと思っているわけではない。そんなことは、戦争で死んだ人と、その後を生きた家族を前に、簡単には言えない。
それでも、あの敗戦と戦後を通らずに、僕の知っている日本になれたのかとは思う。
ただ、小学生の頃、教科書を開くたびに覚えた昂揚は、消えていなかった。
明治になって、まだほんの数十年だった。
少し前まで侍が刀を差し、国の産業といえば農業や生糸が中心だった日本が、突然、欧米の列強と同じ近代国家になろうとしていた。
学校をつくった。人を育てた。鉄道を敷いた。工場をつくった。軍隊をつくった。海軍をつくった。金もない。資源もない。工業力も足りない。
それでも、「強い国に呑み込まれないためには、自分たちも強い国になるしかない」とでもいうように、国じゅうが必死になって、昨日まで持っていなかったものを一つずつ作っていった。
そして、その小さな日本の前に現れたのが清だった。当時の東アジアで最大級の大国だった。
日本は、その清と戦った。そして勝った。それだけでも、子どもの僕には驚きだった。
ところが、その十年後、日本はさらに途方もない相手と向き合う。
ロシア帝国だった。
地図を見れば、ロシアは日本とは比べものにならないほど巨大だった。人口も、国力も、戦力も、日本を大きく上回る。ヨーロッパの列強の一つで、世界でも指折りの軍事大国だった。
そんな国と、日本が戦う。子どもの僕には、それだけでもう物語だった。
「そんなの勝てるわけないだろう」と思えるほど大きな相手に、明治になったばかりの小さな国が、本当に向かっていった。
旅順で戦い、奉天で戦い、そして日本海でロシアのバルチック艦隊とぶつかった。
そして、勝った。
ほんの数十年前まで、近代的な国家も、近代的な軍隊も、鉄道も、巨大な工場もほとんど持っていなかった国が、自分たちよりはるかに巨大な国々を相手に、ここまで来てしまった。
今になれば、その時代には戦争の犠牲も、無理な国家運営も、その後につながる危うさもあったことが分かる。
けれど、小学生だった僕に最初に見えたのは、そこではなかった。
何も持っていなかった小さな国が、必死になって学び、追いつこうとし、背伸びをし続けて、ついには誰もが知る大国と肩を並べるところまで駆け上がっていく。
日本という国そのものが、漫画の主人公みたいだった。
その先の太平洋戦争で、日本はアメリカに徹底的に負けた。
どうしてだろうと思った。同じ日本なのに、なぜ今度は勝てなかったのか。
小学生だった僕は、本気でそう思い、本気で悔しがった。
もちろん、大人になれば、そんな単純な話ではないことが分かってくる。
僕は海上自衛官になった。
階級は一等海尉。護衛艦では砲術やミサイルに関わる仕事をしていた。
戦争は、ただ勝った、負けたというだけで語れるものではないことも知った。
一つの勝利の向こうには、相手の国で失われた命があり、壊された町があり、帰ってこなかった家族がいる。
そして日本にも、同じように失われた命と、二度と戻らなかった暮らしがある。それを知れば知るほど、「アメリカにも勝てばよかった」などと無邪気には言えなくなった。
それでも、不思議なことに、あの頃の悔しさそのものは消えなかった。形を変えて、ずっと心のどこかに残っていた。
もしも、あの戦争をやり直せたなら。
ただアメリカを打ち負かすのではない。日本が勝ち続け、勢いのまま膨張し、やがて自分自身を見失うような歴史でもない。
僕が知っている戦後の日本――
戦争を終え、復興し、豊かになり、平和を当然のものとして生きられる国へと続く道を失わずに、それでも、あの敗戦だけを避けることはできなかったのか。
もし、現代を生きる一人の海上自衛官が、開戦前の日本へ行けたなら。
これから何が起こるのかを知っている。
真珠湾も、ミッドウェーも、ガダルカナルも、その先に何が待っているのかも知っている。
そして何より、最後に日本がどうなるのかを知っている。
けれど、未来を知っているだけで勝てるほど、アメリカは小さな相手ではない。
国力が違う。工業力が違う。資源が違う。しかも、変えなければならないのは敵との戦い方だけではない。
勝利に酔い、都合の悪い現実から目をそらし、いつしか自分たちの力を見誤っていく日本自身とも向き合わなければならない。
それでも。
未来を知る一人の海上自衛官が、当時の人々と向き合い、自分で考え、自分で選び、動き続けたなら。
どこまでやれるのだろう。負けないことはできたのか。
勝ちながら、思い上がらないことはできたのか。
そして――
敗戦を経験することなく、僕たちの知っている日本と同じ場所へたどり着くことはできたのか。
考え始めると、子どもの頃と同じように胸が躍った。
その日が八月十五日だったせいかもしれないが、いつもなら空想で終わるはずの「もしも」が、その日は妙に近く感じられた。
最近、僕はその「もしも」を小説にしようと、対話型AIへ相談していた。
橋を渡り終えると、人の流れに乗って四ヶ町アーケードへ入った。
一直線に延びる屋根の下は、外よりいくらか涼しい。盆休みで人通りは多く、日本語と英語、店内放送と笑い声が混ざり合っていた。
里香から送られてきた写真を何度も確認し、日用品を買った。ついでに食べ物も頼まれていたので、別の店へ寄った。
会計を終えたところで、またメッセージが来た。
画面には、里香から「悪いけど、甘いものも一つお願いしていい? 写真送るね」と届いた。
僕が電話をかけると、里香が出た。
「どれ?」
「いま写真送るから、ちょっと待って」
「最初から送ればいいのに」
「だって、思い出したのが今なんだもん」
通話が切れると、すぐに菓子の写真が届いた。僕は来た道を少し戻った。買い物袋は、出たときより明らかに重くなっていた。
帰れば里香が箱へ詰め、三沢へ届けば、拓海からまた短い返事が来る。その重さなら、嫌ではなかった。
* * *
アーケードを出て佐世保橋へ戻る途中、僕は人の流れから少し外れた。川に近い静かな道まで来ると、背後の話し声が遠のいた。
片耳にベージュ色のイヤホンを着け、スマートフォンの側面ボタンから対話型AIとの音声会話を開いた。端末をポケットへ戻し、歩きながら話し始めた。
音声会話が始まったことを告げる、小さな音がした。質問をすれば答え、悩みを話せば整理し、ときにはどうでもいい話へ付き合う。それが僕にとってのAIだった。
「さっき相談していた小説の続きをお願い」
《太平洋戦争で、日本が敗戦を避けられるかという話ですね》
「そう、それ。でもやっぱり、勝つだけじゃ駄目だよね」
《はい。勝ち続ければ、かえって戦争をやめにくくなるかもしれません》
「負けるより、勝った方がやめにくくなる」
《そこが、この物語の難しいところです》
僕は川沿いの帰路をゆっくり歩いた。水面に街の灯りが揺れている。
遠くで、また花火が弾けた。イヤホンの声は、それに構わず続いた。
《ただ、主人公が未来を知っていても、相手も同じようには動かなくなります。何でも正解を知っている人物にはできません》
「主人公は僕でいいよ。海上自衛官。自分でもずっと『もしも』を考えてたから、アイデアも出しやすいし」
《では、思いついた案を、当時の制度や技術に合う形へ整理していきましょう》
「そういうのは頼りになるね」
《足りない部分を補うのも、私の役目です》
「今の、少し偉そうじゃない?」
イヤホンの向こうは黙っていた。
「主人公をタイムスリップさせる時点、最初は真珠湾攻撃のあとにするつもりだったけどさ」
《はい》
「数日前の方がいいかもしれない。主人公にも、開戦を実際に迎えさせた方がいい」
《1941年12月5日頃に佐世保へ到着させれば、街の中で開戦までの時間を過ごせます》
「それがいいかな」
《では、その前提で第一章を――》
さっきまでの花火とは違う、大きな破裂音がした。
今までより近い。
反射的に肩をすくめた瞬間、イヤホンの声が細く引き延ばされた。
川面の灯りが一本の線になり、人の話し声も、足音も、街の音も、すべてが遠ざかった。
目の前が暗くなった。停電だと思ったのは、一秒にも満たなかった。
暑さが消えていた。湿った夏の空気ではない。
肺へ入ったのは、乾いて冷たい夜気だった。半袖の腕が一気に粟立つ。僕は買い物袋を落としかけ、慌てて持ち直した。
「……何だ」
返事はなかった。さっきまで聞こえていた人々の声が消えていた。
街の灯りも、英語の話し声も、アーケードから流れていた音楽もない。代わりに水の音と、遠くで低く唸る機械の音が聞こえた。
僕は顔を上げた。
街が、違っていた。
佐世保川はそこにある。
だが、さっきまで目印にしていた建物も、店の看板も、白い街灯も見当たらない。
川沿いに並ぶ影は低く、見慣れた輪郭が一つもなかった。
対岸には大きな建物の影が並び、その奥に港らしい黒い構造物が見えた。車の音はしなかった。
背後から足音がした。僕は振り返った。
暗い色の外套を着た若い男が、僕を見ながら通り過ぎた。
視線は僕の顔より、半袖の服とスニーカーへ長く残った。
少し離れたところでは、和服姿の女性が風呂敷包みを抱えて歩いている。
映画の撮影、という考えが浮かび、すぐに消えた。
こんな規模で街を作り替えられるはずがない。
夏から冬へ、一瞬で気温を変えることもできない。
僕はポケットからスマートフォンを取り出した。画面は点いた。
日付は2026年8月15日のままだった。通信表示だけが消えている。
「圏外……」
口にした直後、片耳のイヤホンから、さっきまで会話していた声が返ってきた。
《通信先を確認できません》
僕は息を止めた。
圏外なら答えるはずはない。
僕のスマートフォンの中に、会話を続けられるだけの仕組みは入っていない。
今の返事が聞こえたこと自体が、街の姿が変わったことよりおかしかった。
「……いま、返事したよね」
《はい》
「……オフラインだよね?」
《はい。外部との通信は確認できません》
「じゃあ、なんでしゃべれる」
短い沈黙があった。
普段なら通信の遅れだと思う程度の間だった。その間に聞こえたのは、川の水音と自分の呼吸だけだった。
《現時点の情報だけでは、動作している理由を特定できません》
いつもなら続くはずの原因候補も、確認手順も出てこなかった。
遠くの港で、金属を打つような音が一度だけ響いた。
僕は、見知らぬ姿へ変わった街と、声を失わない黒い端末を交互に見た。
買い物袋を持ち直すと、中で箱の角が脚に当たった。里香に頼まれて買った菓子だった。




