第17話 フラッシュ・フラッドの末路
「どうしてこうなるんだろうな?」
体が魔人形態に変化していく。
手足は鋭いかぎ爪に、背中からは黒い翼が。そして顔もカラスのものになり、黒いくちばしが伸びていった。
カラスたちはカァカァと騒がしく鳴きながら、マネキンダンジョンのフロアを飛び回っている。
ツーブロックが両こぶしをかまえて俺をにらみつけた。
「テメェ……なんだそのスキルは! あのカラスもテメェが操ってんのか?」
ロン毛の男はカラスたちに向かって弓を構え、いつでも迎撃できるように集中をたかめている。
スキンヘッドの男が小声で、「プロテクション、ヘイスト」と唱えると、彼らの体が淡く光った。
臨戦態勢だ。
だが……まだ戻れる。
俺だって、そんな簡単に人は殺したくない。
ただ、頭を下げてほしいだけだ。
一人の人間として扱ってほしいだけだ。
ただのサラリーマンだと思って、こいつらは俺のことをナメていた。
だから、あの日も軽い気持ちで殴ったのだろう。
今さっきだって、自分たちより弱いD級探索者だから、ナメて殴ったのだろう。
こいつらがどうしようもない馬鹿だってのはわかった。
そのうえで、それでも誠心誠意謝罪してくれれば、まだ許せる気がするんだ。
「これが……最後の、チャンスだ…………。誠実な謝罪をしてくれ。そしたら、全員一発殴るだけで許してや……」
「ダブルインパクト!」
「ホーミングアロー!」
「パラライズ!」
そうか。
そうですか。
「もう戻れないぞ」
ツーブロックの男の拳を手で止める。が、その拳とは別の場所から殴られたような衝撃が顔に突き刺さった。
さきほどマネキンのボス二体を破壊したスキルか。
この程度で俺の防御は抜けない。
首をひねり衝撃を受け流しつつ次の攻撃を確認する。
ロン毛の男が放った矢が俺に迫っている。
ホーミングアローと言っていた。追跡機能つきなら避けても意味がなさそうだ。
つかんだままにしていたツーブロックの男の拳を右下へ無理やり引っ張った。
ツーブロック男の腕に矢が突き刺さる。
「ぐあッ!? ミツヤ、何してんだ!」
「ち、違うって! そいつが……ッ!」
「クッソ! おいソウジ、デバフどうなってる!?」
「もう使ってる! なんでだ……? 効いてない!?」
そういえばパラライズのせいで一瞬、体が麻痺するような感覚があった。
しびれはすぐに消え、戦闘に影響はなかったので忘れていた。
おそらく、物理的なダメージだけでなく、魔法もカラスたちが肩代わりしてくれるということだろう。
「いい加減、離せよッ! インパクトッ!」
ツーブロックは俺がつかんだままにしていた右こぶしを振りほどくのをあきらめ、左こぶしでスキルをくりだしてきた。
「遅い」
「なッ……!?」
左こぶしもつかみ取った俺は、そのままそいつの両こぶしを握りつぶした。
「あぁぁぁッ!?」
カラスたちが集めた情報だと、たしかこいつは殴るタイプのスキルしか持ってないはずだ。
もう戦えないだろう。
手を離し、残りの2人の様子を確認する。
スキンヘッドはデバフだけなので、後でいい。
次は弓の男か。
俺はカラスたちに指で合図を出した。
上空で待機していたカラスたちがいっせいにロン毛の男に特攻をしかける。
「へ? う、うわぁ……! やめろよッ、来るな! ひぎゃぁぁぁッ!」
後衛だからか防御力も低かったようで、カラスたちだけで十分だった。俺が手をくだすまでもない。
黒雲のようなカラスたちが通り抜けた後には、ロン毛の男の骨と装備だけが取り残されていた。
「うわぁぁぁぁ!!」
スキンヘッドの男がマネキンダンジョンの出口へ向かって逃げていく。
あいつはそもそも攻撃手段を持たないし、勝てないと悟ったのだろう。
「あいつも食っていいぞ」
カラスたちにそう伝えると、10秒もたたないうちにスキンヘッドの男は骨だけになった。
残っているのはツーブロックの男のみ。
「お、おい……お前、なにやってんだよ……?」
彼は信じられないものでも見たかのように目を見開いている。
「ソウジとミツヤは? 骨になってんだけど……? もしかして、殺したのか……?」
「そうだけど?」
「なんで、だ? いきなり殺すとか、テメェいかれてんのか!?」
今度は俺のほうが信じられないものでも見たかのように目を見開くことになった。
こいつは何を言っているのだろうか。
自分が今までさんざん他人にしてきたことだろうに。
逆の立場になると、そんなこともわからなくなるのだろうか。
「いきなり殺すのはお前たちの十八番だろう? ちなみにお前は今までに何人殺したんだ?」
「ハァ? 知るかッ! そんなの今関係ねぇだろ! 殺すぞッ!」
「殺す? 俺を? どうやって?」
ツーブロックの男はファイティングポーズのようなものをとっているが、その拳はつぶれており、とても俺を殴れるとは思えなかった。
彼は、目線だけで出口の位置を確認した。
次に、そこかしこで飛び回っているカラスたちの動きを確認した。
そして、ふたたび俺に目線を戻した。
俺も無表情で彼を見つめる。
もっともカラスの顔なので表情なんてわからないだろうけれど。
ツーブロックの男は鋭い目つきで俺をにらんでいたが、じょじょにその顔がゆがんでいく。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……くっ……ダメか……。……わかった……オレが悪かったよ……ッ! あやまるから命だけは見逃してくれッ!」
彼は、つぶれた手をかばいながら土下座の態勢になった。
俺は無言のまま、天井を見た。
キロは最初と同じ位置にとまっている。
カメラはしっかりこちらを向いている。
「謝ったら許してくれるって、さっき言ってたよな!? 謝る、マジで!」
「確かに言ったな。謝ってくれれば一発殴るだけで許すって」
「ぐ……ッ! わかった、一発なら殴ってもいいから、それで勘弁してくれ!」
「なんで最初からそうやって謝れなかったんだ? 我ながらかなり理性的で、フェアで、優しい提案をしたつもりだったけど……それを拒否したのはお前だろうが」
「うぅぅぅ……すみませんすみませんすみません……まだ死にだぐないんだよぉぉ!!」
ついに心が折れたのか、号泣し始めた。
いや、彼が流したのは涙だけではなかったようだ。
アンモニア臭がこちらまでただよってきた。
もうそろそろ終わりにしたい。
最後に聞くべきことだけ聞いておこう。
「お前、名前は?」
「く、久保田ケンジです……」
「パーティ名はフラッシュ・フラッドで間違いないな?」
「はい、リーダーやらせてもらってます……でももうやめますからッ! 二度と調子のったことしませんッ……! 探索者もやめるッ! 真面目に働くから……」
「お前はS級クラン『雨照』に所属している。間違いないな?」
「……はい、そうですけど……」
「お前らが一般人にちょっかいかけたり、探索者をひそかにダンジョン内で殺したりしてたのは、雨照の指示なのか?」
「……いえ……オレらが勝手にやってただけです。上にはバレないように……はい……」
「そうか……」
聞きたいことは聞けた。録画もできた。
もうそろそろ帰るか。
俺はカラスたちに合図を出した。
カラスたちはカァカァと嬉しそうに鳴きながら、ツーブロックの男へめがけて急降下していく。
「え…………ちょっと待てって! 痛ッ! オレ謝っただろ!? うぎゃあぁあぁぁッ!! いぎッ……やめッ……タスケ…………いっ……あ……」
ムギンは食事にまざらず俺の肩にとまった。
『てっきり王が直接手をくだすのかと思いましたが、よろしいので?』
「いいよ、だっておしっこもらしてて臭かったし。触りたくない」
『ホッホッホッ、なるほど。死体の処理はいかがいたしましょう?』
「完全消去だ。肉も骨も髪の毛も残すな。といっても服や装備はさすがに無理か……?」
『いえ、我におまかせあれ』
ムギンはそう言うと、カラスたちの元へ飛んでいった。
すると、カラスたちは俺の体に帰っていくときと同じように、ムギンの体へ突入していく。
カラスたちを吸収するかのように、どんどんムギンの体が大きくなっていった。
「あぁ……そういえば初めて会ったときってデカかったっけ」
『さようでございます。我のスキルを使えば手下どもと合体し、巨大化が可能』
マネキンダンジョンに呼び出していたカラスたち――だいたい数百羽くらいだろうか?――と合体し終えたムギンは、体高2メートルほどに巨大化した。
『きやつらの装備は保管しておきますか? それとも我が食べてしまってもかまいませんか?』
下手に証拠を残しておくと足がつくかもしれない。
「全部食ってくれ。腹こわすなよ」
『御意』
フラッシュ・フラッドの骨と服と装備品をくちばしでくわえたムギンは、そのままゴクリとすべて飲み込んでしまった。
いつもはよくしゃべるただのカラスみたいな扱いだが、しっかりと魔物らしい部分もあるのだと思い知らされる。
食事をおえたムギンはふたたび分裂し、もとのサイズに戻った。
何百といたカラスたちは俺の体に帰り、ダンジョンに静寂がおとずれた。
あとには、マネキンドールの死体だけが残されている。これは放置でいいだろう。
ムギンと、カラス形態になった俺の二人で、こっそりとマネキンダンジョンのドアを開け外に出る。
探索者らしい格好をした男たちが入口ふきんにたむろしていた。
フラッシュ・フラッドの知り合いだろう。
「は? なんかカラス出てきたんだけど」
「うぇ~、最近カラスどこにでもいるよな~。ってか、なんでドアが開いたんだろ? ケンジさんたち、もうボス倒したのかな?」
彼らの間をすり抜けて、俺たちは空へ舞い上がった。




