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第1話 覚醒

 夜の渋谷をスーツ姿で走る俺。


「あと3分……!」


 終電を逃したくはない。


 社長からのパワハラに逆らえず、泣く泣くサビ残をこなした帰り道だった。


 細い道にさしかかり、前方から3人の男たちが道いっぱいに広がって歩いてくるのが見えた。


 腰に下げた剣や杖をこれ見よがしにみせつけて騒いでいる。


 探索者だ。


 彼らは俺の姿が見えているはずなのに、よけるそぶりすら見せない。


 当然、俺がよけるとでも考えているのだろう。


 これだから探索者は嫌いなんだ。


 ちょっと力があるからといって、どこに行っても横柄な態度をとる。


 こんな奴らのために終電を逃すわけにはいかない。


 俺は残業でイライラしていることもあり、スピードを落とさないまま彼らの横を無理やりすりぬけるように通った。


 もちろん肩をドンッとぶつけるようなことはしない。せいぜい服がこすれる程度だ。


 だが、それすらも気に入らなかったのか、探索者は舌打ちして、俺の肩をつかんだ。


「おい、おっさん、痛ぇじゃねぇか。人にぶつかっといてなんもなしか?」


「……すみません。でも、そもそもそっちが道をふさいでましたよね?」


「はぁ!? おい、こいつナメてね? オレらクラン『アマテラス』のメンバーなんだけど?」


「知らないですね。それより急いでるんで、失礼します」


 探索者でもない俺がクランの名前なんて覚えているはずがなかった。


 それより終電が――


「ぐぁッ……!」


 アゴに衝撃。


 殴られた……!?


 景色がかたむく……体に力が入らない…………。


 後頭部をアスファルトに叩きつけられた俺は意識を失った。


 最後に見えたのはニヤニヤと俺を見下ろす探索者たちの顔だった。


 薄れゆく意識の中で、こいつらの顔を絶対に忘れないように脳にきざみつけた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 目が覚めると病院のベッドの上だった。

 窓の外は明るい。もう朝になっている。


 看護師を呼んで聞いてみると、通りすがりの人が救急車を呼んでくれたらしい。


「頭を強く打ったみたいなので、念のため今日は入院となります」


「はぁ、そうですか。ところで会社に電話したいのですが」


 談話スペースに移動して、会社に電話をかける。


「社長、お疲れ様です。高木です」


『おい、遅刻だぞ! 今どこにいる!』


「すみません。ちょっと事情があり病院にいます。今日はお休みしたいのですが……」


『はぁ~!? ダメに決まってるだろうが! 今日中にやってもらいたい仕事がある。今からでいいから出社しろ』


「いや、でも医者の話だと入院しないといけないみたいで」


『チッ……クッソ、いつも役に立たねぇなお前は。もういいよ。クビだ。明日から来なくていいよ』


 こちらの返答を待たず電話を切られた。


 小さな会社のワンマン社長である彼がクビというなら本当にクビなのだろう。


 これまでさんざん我慢して会社に尽くしてきたのに、こんなにあっさり切られるのか?


 自分を押し殺し、都合のいい歯車として働き続けてきた結果がこれだ。

 従順であることになんの意味もなかった……。



 翌日、退院して家に帰った。

 もう仕事へ行く必要もない。

 一人暮らしのアパートがいつもより静かに感じた。


 仕事なんて辞めたいとずっと思っていたが、いざクビになると呆然として何もする気が起きなかった。


 その日から、ひたすら家でぼーっとしていた。


 1週間ほどたち、やっと少し動ける程度の気力がわいた俺は、最寄りの交番へと向かうことにした。

 不審者あつかいされないように、スーツを着て家を出た。


「1週間ほど前、探索者に殴られたので被害届を出したいんですけど」


「あぁ、はいはい。探索者関係のモメごとね。そういうのはまずダンジョン協会に相談してもらえます?」


 警官は半笑いでそれだけ言ってまともに取り合ってくれなかった。

 探索者たちと違い、スキルに覚醒している人ばかりではないため、できるだけ関わり合いたくないのだろう。


 仕方なく最寄りのダンジョンまで向かった。

 ダンジョンの横に建っているダンジョン協会の建物に入る。


 受付の女性はスーツ姿の俺を見て眉をひそめた。

 まるで「迷子ですか?」とでも言いたそうな顔だ。


「どういったご用件でしょうか?」


「1週間ほど前、探索者に殴られました。その探索者を訴えたいので情報をください」


「訴える……ですか。あのですね、探索者同士のトラブルは基本的に当人同士での解決をお願いしていますよね?」


「俺は探索者じゃない。一般人だ。そんな俺に対して探索者が一方的に暴力をふるったんだぞ……!」


 またたらい回しにするつもりか、と少し語気が強くなる。


「そうですか……ちなみに相手の特徴は?」


「3人組の男。確か『アマテラス』とかいうクランの奴です」


 クラン名を聞いた職員は苦虫をかみつぶしたような表情になった。


「……残念ですが、我々ではお力になれそうもありません。一週間も前の話で、おそらく証拠もありませんよね?」


「クラン名がわかるんだから、取り次いでくれてもいいのでは?」


「……もしかして、『アマテラス』をご存じないんですか? 日本最大のクランですよ? そんなところに、この程度の話を持っていくなんて、あっ……失礼しました」


 この程度。


 彼女にとってはそうなのだろう。

 だが、俺にとっては一大事だ。


 運よく入院で済んだが、当たり所が悪ければ死んでいたかもしれない。

 奴らがスキルを使って攻撃していれば死んでいたかもしれない。


 でも協会としては、こんな探索者でもないおっさん一人の命より、大手クランとの関係をこじらせたくない思いが強いらしい。


「……なるほど」


 ようやく理解した。


 俺が間違えていた。

 俺が悪かったよ。

 そうだろう?


 俺が弱いのが悪いってことだ。


 俺を殴った探索者。

 俺を使い倒したあげく捨てた社長。

 適当にあしらってきた警察。

 大手クランの顔色をうかがう協会。


 こいつら全員、俺をナメてるんだ。


 俺が弱いから、ナメていい人間だと判断したんだ。


「OK……了解了解了解……理解した」


 つまり、


『力こそ正義』


 そういうことだな?


 力ってなんだ?

 権力、暴力、いろいろあるだろう。


 残念ながら俺に権力はないし、今後も手に入れる可能性はほぼないだろう。


 だが、暴力なら、可能性はある。


 力さえあれば……暴力さえあれば、もう泣き寝入りしなくてすむんじゃないのか?


 間違っていたよ。

 自分なりに丁寧に、誠実に、優しく、他人に気をつかって生きてきたつもりだ。


 だがそれが大きな間違いだったんだ。


『暴力こそ正義』


 それがこの世界のルールだ。


 そんな簡単なことに気づくのに30年以上かかってしまった。


 なろう、探索者に。

 そして自分であいつらをぶん殴る。


「あの……大丈夫ですか?」


 目の前の女性が不安そうな顔で問いかける。

 そういえば、ここはダンジョン協会の受付だった。


「大丈夫です。自分で解決することにしました。なので、探索者登録をお願いします」


「はい、それがよろしいかと……。ん? 探索者登録ですか?」


「登録です。俺が探索者になるって言ってるんです」


「そう、ですか。失礼ですが、ご年齢は?」


「33歳。年齢制限が?」


「いえ、ないですが……。では、こちらにご記入をお願いします」


 登録処理が終わった後、探索者タグの作成に時間が少しかかると言われた。


「なら、このままスキル覚醒の儀式もお願いします。ここの隣にあるダンジョンでもできますよね?」


「えぇ、できますが、服はそのままで行くおつもりですか?」


 職員に言われて思い出したが、俺は今スーツ姿だった。

 黒スーツ、白シャツ、ノーネクタイ、黒い革靴。

 ダンジョンに入る格好ではない。


「覚醒の儀式はただダンジョンに入るだけで、戦ったりしないんですよね?」


「それはそうですね」


「じゃあ、このままで行きます」



 ガイド兼護衛役の探索者に連れられてダンジョンの入口へ向かう。


「オレは酒井っす。よろしく」


「高木アタルです。よろしくお願いします」


「固いなぁ~、マジでサラリーマンすぎ! まっ、今日は魔物が出ない入口付近しか行かないんでビビんなくてオッケーっすよ」


 まだ若い男だった。

 高そうな鎧と剣を身に着けている。

 チャラい気もするが、協会が仕事をまかせているので実力はあると信じたい。


 ダンジョンの外観はただの雑居ビルだが、中に入ると薄暗い石畳の道がつづいていた。

 酒井さんの先導で足を踏み入れる。


「はい、ダンジョンへようこそっ! んじゃ、スキルが出てるか確認しましょっか。覚醒する人なら、ダンジョンに一歩でも足を踏み入れた瞬間に覚醒するんで。まぁ覚醒してなくてもドンマーイ!」


 特に何も感じなかったが、覚醒の儀式は終わったらしい。


 酒井さんが薄い金属製のプレートを俺に手渡す。

 サイズは折り紙と同じくらいだ。


「手に持ちながら鑑定って言えば自分のスキルが見れるんすよ」


「鑑定。おぉ……出ました」


「うぇーい!」


 ――――――――――――――――――――

 名前:高木アタル

 スキル:

 ・魔人(八咫烏ヤタガラス

 ・カラスの王

 ・道案内

 ――――――――――――――――――――



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― 新着の感想 ―
あ、これ完全なプッツンしてるわ 理解とも悟ったとも言えるね仏の顔も三度までってな
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