強いモノ
村に勝手に出てきたけど、そういえば報告とかしなくてよかったのだろうか。
俺達がいきなり姿を消して、水分さん達は慌てないか?
……大丈夫か。あの性格だし、「何とかなる」とか思ってそう。
改めて見ると、水歌村はひどい有様だ。
死体がないのは救いだけど、建物はほぼ壊滅。畑も……もう駄目だろうな。
避難した村人はどこにいるんだろう。避難所、聞いておけばよかった。
――――ゾワッ
「……っ! な、なんだ?」
『何かあるね。いや、何かあった“後”かな』
寒気。
何かの残り香みたいなものが、村に漂っている。
最初に来た時と似てる。でも違う。
言葉にできない、不気味さ。
「優夏、前から人が来ている」
「あ、本当だ……水分さん?」
――頭を抱えてる?
「水分さん!? どうしたんですか、その怪我!?」
頭から血。しかも深い。止まってない。
敵襲? いや、それなら気づかないはずがない。
じゃあ、何が――
「……あ、お前」
「ひとまず治療を! 紅音、お願い!」
「わかった」
紅音がすぐに手をかざす。淡い光が傷を包む。
「あの、何があったんですか?」
「……おい。他の女はどうした。あと、漆家の餓鬼」
「え、夏楓と魔魅ちゃんなら調書室で――」
「調書室……っ、まさか。おい!! 今すぐ止めろ!! 弥来に近づかせるな!!!」
――は?
急に、何だよ。
「優夏、これ……夏楓の式神だ」
「え? 蝶?」
黒いアゲハ。ひらりと目の前に現れる。
――何かあれば必ず式神を飛ばします
嫌な予感が、一気に現実になる。
「優夏! 琴平と行くのだ。ワタシは治療を終わらせる」
「紅音……!」
強い目。でも、揺れてる。
琴平と目を合わせる。闇命君も――頷いた。
「あ、一応――『百目、我が友の護衛をしろ、急急如律令』」
頼りすぎはよくない。でも、一番安心できる。
『主の仰せのままに』
「ごめん、頼む!」
『……一つだけ、よろしいですか』
「え?」
今それ!?
『お気を付けください。強い“何か”が見えます』
ぞくり、と背筋が冷える。
「……わかった。ありがとう。あとは任せる」
『仰せのままに』
百目の視線の先――陰陽寮。
何かが、動いてる。
「夏楓、魔魅ちゃん……無事でいてくれ……!」
※
優夏達が去り、紅音は治療に集中する。
傷は深い。普段より時間がかかる。
額に汗。表情が歪む。
百目は無言で見送る。刀に手を添えたまま。
静かだが、その手には力が入っていた。
「百目とやら」
『……はい』
「こっちはいい。主の元へ行け」
『それは出来ません。私は主の命で貴方達を守っております』
水分は首を振る。
「行け」
短い一言。
だが、その意味は重い。
陰陽寮から漂う禍々しい気配。
主――闇命の危機。
守るべきは、どちらか。
百目の足がわずかに動く。
「主を守れ。俺達は問題ない」
決断。
『……承知しました』
一礼。
次の瞬間、百目は駆け出していた。
残された二人。
「式神があそこまで主を思うか」
水分が小さく息を吐く。
「……いい主なんだろうな」
そう呟き、式神を呼び出した。
※
村から陰陽寮まで、距離はないはずなのに――やけに遠い。
早く行かないと。
早く、早く……!!
「優夏、式神をすぐ出せるようにしておけ。先手を取られたら俺が結界を張る」
「どんな式神を出せばいい!?」
『雷火。攻めにも逃げにも使える』
「っ、わかった!!」
闇命君の言葉に従い、走りながら雷火を放つ。
強い気配の方へ向かわせた。
「見えてきた、陰陽寮っ――……」
――空気が、おかしい。
朝はこんな気配じゃなかった。
どこに潜んでいたんだ。
体に突き刺さるような圧。
胃の奥が持ち上がるような不快感。
気づかない方がおかしい。
中に入ると、さらに濃くなる。
この気配……調書室の方か。
まずい。
あそこには機密資料がある。
呪壁はある。だが、呪い耐性があれば意味がない。
もし狙いが情報なら――奪われた時点で終わりだ。
水仙家の信頼も、陰陽寮の立場も。
――絶対に、まずい。
――――キュィィィィィィイイイイイイイイ
「っ……雷火!?」
札が、燃えた。
「雷火が……やられた?」
『止まるな!! 走れ!!』
「う、うん!!」
廊下を駆ける。
人とすれ違う。
巫女も、陰陽師も。
全員、逃げている。
戦わずに。
「あと少しだ!」
「うん!」
角を曲がる。
そして――
――――え
「くっ……カハ……!」
「こほっ……!」
魔魅ちゃんが倒れている。
腹を押さえ、動けない。
夏楓は――首を絞められている。
触手のようなものに。
その前に立つのは――
「……弥来さん?」
違う。
肌はこげ茶色に変色し、ひび割れている。
目は赤く濁り、腕は触手のように伸びている。
「何を、しているんですか」
『…………』
目が合う。
――逸らされた。
再び、夏楓へ。
顔が青い。苦しそうだ。
まずい。
このままじゃ、首を折られる。窒息する。
「……絶対に、殺させない!!」
一枚の札を取り出す。
「『川天狗――忌まわしき手から夏楓を解放し、弥来を夢へ落とせ。急急如律令!!』」
札を投げる。
水が弾け、美しい女の姿が現れる。
『主の仰せのままに』
一直線に飛ぶ。
――気づかれた。
いや、関係ない。
川天狗が意識を奪えばいい。
「――っ! 嘘だろ!」
触手が伸びる。
一本、二本――瞬く間に川天狗を拘束する。
腕、腰、脚。
完全に、止められた。
視線が――俺に向く。
――やばい。
動けない。
少しでも動けば、やられる。
気配が重い。
空間ごと押し潰されているみたいだ。
探れない。
「がっ……!」
「夏楓!!」
間に合わない。
次を出しても、遅い。
『――っ! 下がれ!!』
闇命の声。
――その瞬間。
――シュッ!!
地面から、触手。
動けない。
体が、固まる。
逃げられない。
来る――
掴ま――
『主に何をするんですか、この無礼者』
――ザシュ
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