心からの安らぎⅢ
『紅音!!!!』
『え、うわっ!!!』
『紅音ちゃん!!』
気付いた時には遅く、長い舌が紅音の足に巻き付き、そのまま引きずられていった。
手を伸ばすが、届かない。
舌はさらに締まり、紅音の体を拘束していく。
離させようとするが、俺は化け物からすれば赤子同然の大きさ。無理なのは分かっていた。
それでも放っておくことは出来ず、化け物の足にしがみつく。
『はなせ!! 紅音をはなせ!! この化け物!!!』
意味が無いのは分かっている。
それでも、叫ぶしかなかった。
その時、後ろから甲高い叫び声が聞こえ、振り向く。
そこには木の棒を構え、氷の一技之長を纏わせた母が立っていた。
『か、母さん?』
『私の娘を離しなさい!!』
叫びながら、母は化け物へと振りかぶる。
だが、戦いに慣れていない攻撃が通じる相手ではない。
鬱陶しかったのだろう。
化け物は気味の悪い目を母へ向けた。
母は一瞬息を飲む。
それでも逃げずに叫び続ける。
『離しなさい!!』
俺も負けじと、母と同じ氷の一技之長を使おうと、周囲に使えそうな物を探した。
その時──何かが砕ける音が響いた。
『──えっ』
さっきまで後ろにいたはずの母が、いない。
地面には血が広がっている。
恐る恐る音の方を見る。
そこには、体が歪に曲がり、息絶えた母の姿があった。
何を感じていたのか分からない。
怒り、悲しみ、恐怖。
それとも、もっと別の何かか。
ただ、体は動かず、震えるだけだった。
目を閉じたままの母を、見ていることしか出来ない。
次に化け物が狙ったのは、俺だった。
視線を感じ、見上げる。
化け物と目が合う。
紅音は、今も必死にもがいている。
『あ、あぁ……』
動けない。
それでも、見捨てることも出来ない。
その時、地面に落ちている木の棒が目に入った。
動かない足を無理やり動かし、駆け寄る。
それを握り、構える。
氷を纏わせる。
震えながら、それでも構えた。
もしかしたら、一瞬で終わるかもしれない。
それでも、紅音が助かるなら、それでいいと思った。
化け物が動く。
ぬめりを帯びた足を振り上げ、俺を蹴り潰そうとする。
迫る。
避けられない。
受け止められない。
ただ、見ていることしか出来ない。
その瞬間、なぜか俺は紅音を見た。
紅音は涙を流し、顔を歪めていた。
──死ぬわけにはいかない。
そう思った時には、もう遅い。
『ごめっ──』
諦めかけた、その時。
『もう、これ以上はやめなさい、大蝦蟇』
凛とした男の声が響いた。
同時に、何かが焼ける匂いが漂う。
足元からパチパチと音が鳴り、化け物の体に炎が広がった。
『あ、紅音!!』
巻き込まれる──そう思った瞬間。
頭に手が置かれる。
『大丈夫だよ。安心して』
優しい声だった。
同時に、黒髪の青年──百目が現れ、刀で舌を断ち切る。
紅音が解放された。
『紅音、大丈夫か?!』
『こ、とひ……』
百目は何も言わず、紅音を俺に渡す。
震える体を抱きしめながら、俺は後ろにいる男を見上げた。
『貴方は?』
『名前を聞いているのかな。それなら──私の名は、安倍煌命。安倍家の陰陽頭だ』
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