座敷童子
小刀がおでこに触れると、息苦しそうだった魔魅ちゃんの様子が、ほんの少しだけ落ち着いた気がした。
それでもまだ、息は荒いままだけど。
「解熱剤とか? 薬とかないかな?」
『これは力の副作用みたいなものだから、薬は意味ないよ』
「だよね……。なら、どうにか楽にしてあげられないかな……あ」
そういえば、こういう時ってアニメとかだとヒーラー的なやつが──
『よく分かんないこと考えてるみたいだけど、回復系の式神は使役してないよ』
「えぇ……」
都合よくはいかないか……。
「闇命様、座敷童子は駄目でしょうか?」
『座敷童子? さすがに傷や熱は治せないと思うけど』
紅音の問いに、闇命君が優しく返す。
……もう一回言おう、優しく、だ。
「幸運をもたらす妖怪……その力で、呪いを浄化できませんか?」
『……なるほど。それなら試す価値はあるね。座敷童子なら意思疎通もできるし、法力を多めに注げばいけるかも』
座敷童子まで使役してるのか、この人。
怒らせたら不幸とか考えなかったのか……。
『優夏、出して』
「簡単に言うなって……」
懐から御札を取り出し、集中する。
「『座敷童子、布団に眠る少女に降り注ぐ不幸を、幸運へと転じよ。急急如律令』」
淡い光が人の形を作る。
現れたのは、小さな少女。
赤い着物、おかっぱの黒髪、ぱっちりした瞳。
本当に子供みたいだ。
『わぁい! お兄ちゃん!!』
「え、わっ、え?」
いきなり抱きつかれた。
戸惑いながら闇命君を見ると、少し眉を下げるだけ。
……慣れてるのか?
まぁ、可愛いし嫌ではないけど。
……今、ちょっとアウトなこと考えなかったか俺。
「えっと、あの子を助けられる?」
『あるじしゃまのおおせのまぁに!!』
たどたどしい声。
……かわいい。
『キモい顔やめて』
「あい」
真顔に戻る。
『やります!!』
小さな手をかざす。
淡い光が魔魅ちゃんを包む。
……変化はない。
呼吸も荒いまま。
やっぱり無理なのか──
「駄目なのかな……」
『熱を下げるのが目的じゃないからいいよ』
「え?」
闇命君に視線を移した瞬間。
『──できたぁぁあ!!』
部屋に声が響いた。
『そっか、それなら大丈夫。あとは熱が下がれば目を覚ますよ』
「何をしたの?」
『残ってた呪いを浄化した。道満が無理やり引き剥がしたせいでこうなってたけど……結果的には良かった。座敷童子の幸運が上回った』
そして、続けて──
『今はもうただの子だよ。力が使えない──ただの女』
…………え。
力が、使えない?
それでいいのかもしれない。
でも──
陰陽頭が、ただの少女になる。
それを周りがどう受け止めるかは、別の話だ。
『今後のことは、目が覚めてからだね』
ま、まぁ、そうか。
今ここで魔魅ちゃんの今後を考えても仕方がない。
けど……気になる。
なんで、呪いが使えなくなったんだ?
『元々、魔魅には呪いへの耐性があった。それで使えていたんだ。でも今ので完全に消えた。正確には、使えなくなったわけじゃない。使えば、今までにない代償を払うことになるってだけ』
呪いの代償……?
『一、二回が限度だろうね。蠱毒なら別だけど、漆家独自の呪いはもう無理だ。つまり、あの家では生きていけない』
……複雑だな。
呪いを使えないのは、いいことのはずなのに。
『…………なに。ちょっと嬉しそうじゃない?』
「えっ」
嘘、そんな顔してた?
頬に触れるけど分からない。
「少しにやけていたぞ」
「紅音にも分かるくらい?」
「どういう意味だ」
「な、なんでもないです……」
……最悪だ。
こんな空気で、こんな場面で笑うとか。さすがに不謹慎すぎる。
『どうせ、“あの子がもう呪いを使わなくて済む”とか考えたんでしょ。立場も考えずに』
「うっ……ごもっともです」
不謹慎なのはわかるが、そうだろ。
子供に背負わせるもんじゃない。
「……でも、それで済む話じゃないのも分かってる」
陰陽頭は、どうすれば――……
「喜ばれては困ります!!」
「うおっ!」
村長が声を荒げた。
「この村は漆家が管理しているのですよ! 陰陽頭がこのようになって、これからどうすればいいのですか!!」
え、ちょ、待って。
それ俺に言うの?!
座敷童子が驚いて、後ろに隠れる。
「お、落ち着いて──」
「何が落ち着けるのですか!! 根拠もない言葉など要りません! 納得できる説明をしてください!!」
うぅぅうううん!! 正論!!
でも無理!! 今の俺じゃ無理!!
「貴様!! 闇命様になんという口を!!」
紅音までキレた?!
「無礼にも程がある」
琴平も!?
『ひとまず落ち着いてください』
百目!! 刀!! しまって!!
やばい、収拾つかない──
『――うるさい』
ひっ……!
低い声が、部屋を一瞬で静めた。
「申し訳ありません闇命様」
「……すいませんでした」
『取り乱しました』
……助かった。
闇命君、怒ってる? でも、今はいつも通りの空気に戻った。
一瞬だけの怒りだったのか。
『村は当面、今まで通りで問題ない。内側は村長が管理していたんだからね。外側については安倍家で対応する。近くに他の陰陽寮がない以上、それも視野に入れる。件については僕達が対処する』
淡々と続ける。
『今はこの事実を外に出さず、やり過ごすのが最適だよ』
……すごいな。
この状況でここまで整理できるのか。
「しかし……」
『今騒いで何か変わる? 陰陽頭の力は戻る? 件は解決する? 考えもせずに喚くだけで、よく村長が務まるね。尊敬するよ』
毒、来た。
村長の顔が真っ赤になる。
俺は知らないからな!!!
「とりあえず、目を覚ますのを待つしかないな」
ずっと静かに静観していた雨燕さんが口を開いた。
「頭も冷やす必要がある。しばらくは各自自由に動いた方がいいだろう」
空気が少し緩む。
「ワシは少し出る」
「…………僕も」
二人はそのまま部屋を出て行った。
足取りは荒く、引き止める余裕はなかった。
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