一人の時間
次の日、目を覚ますと琴平に「数日は休め。酷使しすぎだ」と半ば強制的に休みを言い渡された。
闇命君は納得いかない様子で反抗していたが、今回は琴平も引かず。結局、闇命君が折れた。
説得中の琴平は本当に怖かった。般若の面が見えた気がする。
いや、怒りで拳を鳴らす紅音の方が般若に近いか。どっちにしろ、怖かった。
「どうする、闇命君」
『知らない』
「ふてくされないでよ。仕方ないじゃん、言い返せてなかったし」
『言い返してたし』
「はいはい」
肩の上の鼠姿の闇命君が鼻を鳴らし、そっぽを向く。
暇で、目的もなく廊下を歩く。人の気配がない。静かすぎて、少し寂しい。
「闇命君」
『なに』
「羽織の少女なんだけど、靖弥とどんなつながりなんだろう」
『さすがにそれは、本人たちに聞かないとわからない』
そりゃそうだよね。
こんなところで話していても意味はない。
「それじゃ、狙いはどうかな。蘆屋道満が表に出ていない以上、俺以外にも目的があるかもしれない」
『例えば?』
「水神様、とか」
『……それならあり得るか。水神を取り込むために動いた可能性はある』
「でも、それはなんでなんだろう。まsか、式神にするとか考えてないよね?」
聞くと、闇命君は黙ってしまった。
鼻をヒクヒクさせている。
さすがに、わからないよねぇ。
……そういえば、説得のあと琴平はどこかへ行っていた。
いや、待って。一人行動って完全に死亡フラグじゃん。やめろって言ってるのに。しかも俺達には休めって、自分は動くとかありえないだろ。
「あ、夏楓!」
「優夏さん。闇命様も、お疲れ様です」
「お疲れ。こんなところで何してるの? 一人って珍しいね」
廊下に夏楓が一人でいた。
「紅音が魔魅ちゃんと外に出ているので、私も合流しようかと」
「外?」
「はい。なんだか、お花があるみたいですよ。詳しくはわからないですけど」
「花なんてあったっけ」
外は荒れていたはずだ。
「陰陽寮の裏手にあるそうです」
「へぇ。琴平もそっちかな」
「どうでしょう。一緒じゃないんですね、珍しい」
本当にな。どこ行ったんだよ、あいつ。
「心配ですね。今は何が起きてもおかしくないのに」
『まぁ琴平のことだし、考えがあるんだろう。今は一人にしておいた方がいいかもね。何かあれば連絡してくる』
「そうですね。一人の時間も大事ですし」
『……ただ一つ、あいつは自分の命を軽く見すぎだ。他人優先だからね』
「ふふ、琴平さんらしいですね。闇命様が何度言っても変わりませんでしたし」
『まったく……』
闇命君でも無理なら無理だな。まあ、この人も大概だけど。
「じゃあさ、俺達が守ればいいじゃん。守り守られる関係って、ちょっとかっこいいし」
そういうの、少し憧れてたんだよな。
『……君、いつ琴平を守ったの?』
「お願いだから、その目で言うのやめてくれる? せめていつもの嫌味にして」
『自分で言ってて虚しくならない?』
「……………………うるさい」
※
村の外、森の中を一人の青年が歩いていた。
水色の髪を揺らし、肩には氷の小鳥。
眉間に皺を寄せ、周囲を警戒している。
月花琴平――本来は一人行動を禁じられている身だが、今だけは許してほしいと胸中で呟いていた。
その時、木陰からもう一人の青年が姿を現す。
「琴平、久しぶりだな。忘れられてなくて安心した」
「…………じゃあ、俺はこれで」
「待てって。ここまで来たのは俺に会うためだろ? 式神まで連れてきてくれて、お《《兄ちゃん》》は嬉しいぞ」
琴平とよく似た男が、煙管を片手に立っていた。
同じ水色の髪に藍色の瞳。白い息を吐きながら、どこか余裕のある笑みを浮かべている。
琴平は即座に踵を返すが、肩を掴まれて止められた。
「……何の用だ、琴葉兄さん」
「昔みたいに“おにぃちゃん”でもいいんだぞ?」
「そんな呼び方した覚えはない。それで、本題は」
手を払い、腕を組む。
琴葉は煙管を咥え直し、一拍置いた。
「お前――紅音とはどこまで進んだ?」
「…………」
無言で札を取り出す琴平。
「待て待て、その流れで式神出すな」
止められ、渋々しまう。
「さっさと答えろ、本題はなんだ」
「落ち着けって。焦ると大事なもん見落とすぞ」
軽い口調に、琴平は言葉を詰まらせる。
その隙に、琴葉は肩の小鳥を受け取った。
「まずは俺がここにいる理由だな」
小鳥を撫でながら、目を細める。
「水仙家から要請があってな。俺が直々に来た」
「水仙家が?」
「事情を聞いたら放っておけなくてな。水神様も守らないといけないし」
琴平はわずかに眉を動かす。
「今、お前がいる陰陽寮って……呪いを扱う所か」
「お、正解。漆家だ。今はそこで陰陽助やってる」
琴平は小さく息を吐いた。
「……漆家の巫女よ、すまない」
小さくつぶやくと、寿葉は首を傾げつつも、問いかけた。
「で、お前は? 安倍家の依頼か?」
「違う。もう抜けた。今は五人で旅をしてる」
「へぇ、面白そうだな。俺も――」
「断る」
即答。
琴葉が固まる。
「……え?」
「無理だ」
間髪入れずに追撃。
「…………反抗期か?」
「いいから本題を言え」
「なんでそんなに冷たいんだよ……お兄ちゃんだぞ……」
「帰れ」
「断る!! って待て待て! お前が帰るな!!」
去ろうとした琴平にしがみつく。
「離せ」
「やだ!!」
引き剥がせない。
数秒の沈黙のあと――琴平は諦めたように頭を撫でた。
「……話せ。聞くだけ聞く」
「……なんで撫でられてるんだ?」
「・・・・・・癖だ」
「そんな癖なかっただろ。まさか紅音にも――」
「今すぐ離せ」
「待てってばぁぁぁあああ!!」
最終的にげんこつで引き剥がす。
頭を押さえながらも、琴葉はようやく口を開いた。
「琴平。お前、式神一体しか持ってないだろ」
その一言で、空気が変わる。
「俺のを一体やる」
笑みを消し、真っ直ぐに告げた。
「それで主を守れ。命に代えてもな」
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