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創り人の箱庭  作者: サボ
第五章
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5-1『英雄という人』※カリス視点

第五章

第一話『英雄という人』※カリス視点



 二番目の異界から帰ってきたアディは、前と同じように部屋に戻った途端に眠っちまった。

 騎士二人を拘束したまま眠ることに多少は抵抗したんだが、そんな遠慮は必要ねえっての。

 なんだかんだ言って、がっつり俺たちの手を掴んですやすや安眠してる顔を見ると、苦笑寄りの笑みが浮かんでくる。

 騎士どころか、何かと戦うような訓練も、旅や探索をする訓練も受けてねえのに、よく頑張ってくれてるもんだ。

 ふとリクを見たら、なんか妙に穏やかな笑みを浮かべていた。

 その表情を言葉にするなら、楽しげってわけでも、嬉しげってわけでもねえんだよな。

 こいつ、こういう顔もできたんだな。

「……?」

 俺の視線に気付いたんだろう、リクがこっちに振り返る。

「……どうした?」

「ああ、いや」

 小声で訊かれて、俺は頬を掻いた。

 なんて言えばいいもんかねえ。

「お前のそういう顔、初めて見たな、と思ってさ」

 どうやって伝えたもんか、と悩んだのは一瞬だけだ。

 俺ってこういうことを悩むのに向いてねえんだよな。

「……そう、か?」

 完全に無意識だったんだろう、リクは困ったような、不思議そうな顔をする。

 普通の人ならもうちょっと判りやすく『困惑』って顔になるんだろうけど、リクは表情の変化がでかくねえほうだからな。

 だけど、クレアさんやサイゾウさん並みに無表情ってわけじゃねえんだよな。

 まあ、クレアさんはファービリア閣下が絡むとそこそこ表情豊かな感じになるけど、それは例外っつうか、なんつうか。

 その辺は置いといて、リクは確かに朴訥って言葉がよく似合う男だとは思うが、表情はちゃんとある。

 ただ、表情の幅が狭いっつうのかな。

「そうだよ」

 俺は喉の奥でくつくつと笑いながら、小声で言う。

 さっきから俺たちの会話は、ずっと小声で続いていた。

 俺たちの手をがっちり握って、すやすや眠ってるアディを起こさない為だ。

「見たことねえ顔してた」

 小さく笑いながら正直なことを言えば、リクは困惑に更に不思議そうな色を追加したような顔をした。

 リク自身、無意識の表情なんだろうな。

「お前が妹にしてる顔とも、ちょっと違ってたな」

 リクは兄と妹がいる三人兄妹で、兄妹仲はかなりいいほうだと思う。

 ゴリゴリしためんどくせえアレコレが多い貴族のなんだかんだをものともせず……って言い方が正しいかどうかは判らねえが、とにかく普通に仲のいい兄妹だ。

 特に兄二人は妹のことを大事にしてるのが、端から見ててもよく判るくらいに。

 それでも、リクが妹に向けてる顔で、さっきと同じ表情は見たことがなかった。

「どういう顔をしていたのか、自分ではよく判らないんだが……」

 空いてる手で口元を覆いながら、リクは視線を彷徨わせる。

 あの顔をどんな言葉で表現すればいいかと訊かれたら、まあ、一つだけだと思いはするんだけどな。

 ただ、それをそのままリクに言っていいもんなのかどうか。

 ヒール辺りだったらずけずけ言うんだろうけどなあ。

「あ~、なんつうかなあ……」

 がりがりと頭を掻きつつ、言葉を探す。

 まあ、探してはみても、これといって気の利いた言葉も浮かばねえんだけどな。

「惚れたんだったら、気合入れろよって話」

 結局、そのものずばりを言うしかなかった。

 何に対してのどういう気合だって訊かれても、巧く答えられやしねえけど、アディは色々問題があるっつうか、都合がアレっつうか。

 まあ、大体はこっちの押し付けみてえなもんだから、アディが悪いことなんて一つもねえんだけど。

「……そう、見えているか?」

「は?」

 悩んだ末にヒールがずけずけ言うのと大して変わらんことを言った俺に、リクは神妙な顔で呟いた。

 何言ってんだか判らねえ、と思う前に、口から反射的に無意味な声が出る。

「『見えるか?』ってお前……」

 それ以外にどう見えるってんだよ。

 喉元まで出かかった言葉を無理矢理飲み込んだのは、リクの表情があまりにも神妙っつうか、複雑なもんだったからだ。

 『誰かに惚れてる』って図星指された奴がするような、照れ隠しや無理矢理な誤魔化しするときにするような表情じゃねえ。

「……自分の『呪い』がなんであるか、知っているだろう?」

 躊躇うように視線を彷徨わせてから、リクは静かにそう訊いてきた。

「まあ、そりゃな」

 『祝福』や『呪い』を授かってる奴らにとって、特に『呪い』のほうを他人に伝えるのはリスクが高い。

 一人で生きてるなら誰にも教えないほうが安全なんだろうが、組織に属してるとそういうわけにもいかねえ。

 周りに理解しといて貰わなきゃ、そのほうが命の危機に陥る場合があるからな。

 俺たち騎士は、その任に就いたときに、仲間全員分の『祝福』と『呪い』が共有される。

「『悲恋』だろ? 一応、知ってはいるけどよ」

 『愛した人と結ばれない』とかいう『呪い』だってことは知ってる。

 ヒールは簡単に『ヘタレ』とか言ってたけど、そんなひと言で表せるもんじゃねえだろうし、そういうことでもねえよな。

「結ばれねえからって、惚れちゃいけねえって話じゃねえだろ?」

 そりゃあ世の中の圧倒的大多数は、惚れた相手と夫婦になって、子供作って、最期には家族に囲まれて逝くってのが倖せだと思ってるのかもしれねえけどよ。

 俺たち貴族なんて血筋に生まれた奴らは、惚れた相手と結ばれることのほうが少ねえじゃねえか。

 貴族は政略結婚が基本。

 結婚したあとに互いを想えればいいだろうが、当然そうならねえ場合も多い。

 夫婦ともに愛人囲ってるなんてことも、さして珍しくねえくらいだ。

 まあ、貴族の恋愛観ってのは置いとくとしても、『結ばれることはないから人を愛してはいけない』なんて理屈、ねえと思うんだけど?

「カリスは、初恋の記憶はあるか?」

「は?」

 思ってもいなかったことを訊かれて、俺の口からは勝手に素っ頓狂な声が漏れた。

 まさかこのリクに、初恋だのなんだの言われるとは思わねえだろ。

 はっとしてアディを見たが、特に起きる様子もなく、すやすやと眠り続けてる。

 こんなことでコイツを起こしてたら、世話もねえわな。

「なんつうか、いや、まあ、あるっちゃ、ある、か?」

 しどろもどろになりながら、俺はあちこちに視線を彷徨わせながら答えた。

 いや、だってよ。

 俺の初恋って、ヒールなんだよ。

 現在進行形なんだよ。

 それの記憶があるかって訊かれて、なんて答えりゃいいか判らねえだろうが。

 拗らせてんだよ悪かったな。

「自分の初恋は、歴史の講師だった」

「お、おう」

 話が全然見えねえ。

 それでも茶化す雰囲気じゃねえから、取り敢えず相槌を打つ。

「当時、自分は十歳にも満たない頃だった。自分の『呪い』である『悲恋』がどういうものであるのかも判らずに、ただ幼子おさなごの憧れで彼女を見ていたと思う」

「ああ」

 リクの言うことは多分どこにでも普通にあることで、これといって返す言葉もねえ。

 俺の家庭教師はじいさんで、そういう意味の憧れもへったくれもねえから共感ってわけにゃあいかねえんだけどな。

「ある日、彼女は馬車の事故に巻き込まれて死んだ」

「は……?」

 唐突な急展開に、俺はまたおかしな声を上げちまった。

 反射的にアディを見たんだが、相変わらず起きる気配もなく、すやすやと寝息を立ててる。

 さっきから変わってねえ寝顔なのに、なんとも呑気に見えてきたから不思議なもんだ。

「ただの事故だ。誰の策略もない。誰の意図もない。ただ偶然にあった事故だ。それは、間違いがない」

 目を伏せて、リクは静かな声でそう言った。

 その声、その表情で判る。

 リクは、本当にその教師の死になんの横槍もなかったか調べ尽くしたんだろう。

 子供の頃、侯爵家という地位の力を万全に使えなかった頃から、成人してある程度その力を使えるようになってからも、きっとずっと調べて。

 調べて、調べて、調べ尽くして。

 その上で、事故以外のなんでもなかったと、そう結論付けたんだろう。

「本当にただの偶然かもしれない。だが、自分の『呪い』の影響かもしれない」

 そんなわけがあるか、と言いかけて、言葉が喉の奥で止まった。

 俺の『水忌み』と違って、リクの『悲恋』はかなり抽象的な『呪い』だ。

 死別なんて典型的な『悲恋』だろ、と言われれば、確かにそうだと思えちまう。

 彼女の事故に誰の意図も絡んでいなかったなら、じゃあ『呪い』が偶然を呼び込んだんじゃねえかって。

 下手な慰めも、無責任な肯定も否定も、何もできねえ。

 言葉を選ぶことさえできねえ俺に、リクは小さく苦笑した。

「困らせたな、済まない」

「いや、巧いこと言えなくてわりい」

 声にも苦笑を滲ませるリクに、俺は反射的に首を振る。

「巧いこと言えねえけど、俺はお前が悪いなんて思えねえし、思いたくねえよ」

 ああ、本当に何も巧く言えてねえな。

 内心で自分を嘲笑わらいながら、それでも言いたいことだけは口にした。

 根拠?

 そんなもん、こんなことでリクに負い目なんぞ感じて欲しくねえっていう俺の個人的な感情だけだ。

 『祝福』も『呪い』も、授かる本人が望んで手に入れるものじゃねえ。

 例えその初恋の相手が死んだ原因が『悲恋』って『呪い』にあるんだとしても、だからってリク自身のせいってことはねえだろ。

「ありがとう」

 礼の言葉を告げるリクの表情は、諦めの強く滲んだ苦笑だった。

 真実が誰にも判らない以上、リクの心が晴れることはないんだろう。

「だが、自分の『呪い』が誰かを殺すかもしれない以上、危険な行為は避けるべきだ」

 き、危険な行為ってお前……誰かに惚れるとかなんとかそういうモンって、避けようと思って避けられるもんか?

「特にアディは、自分の『呪い』のせいなどで命を落とすことなど、あってはならない存在だ」

「お、おう……」

 視線をアディに向けて、呟くように言ったリクに、俺は気の利いた言葉を掛けることさえできず、ただ小さく頷くだけだ。

 言ってることは判る。

 理屈もまあ、理解はできる。

 ただ、納得できるかって訊かれれば別の話だろって答えるよな。

「……自分は、生まれてからずっと、『英雄』だったんだが」

「お、おう、そうだな」

 ぽつぽつと続く言葉に、小さく頷く。

 リクが授かった『祝福』と『呪い』は、どっちも定義が曖昧な力だ。

 『英雄』は珍しく血筋で受け継がれるものらしく、レヴァン侯爵家の人間しか授かったことがないらしい。

 今まで『英雄』の『祝福』を授かった人たちは、その名の通りに強く、勇敢で、高潔で、人々を護るような生き方をしたって話だ。

 ただ、それは『祝福』を授かった人たち生来の人間性からそうだったのか、それとも『英雄』だからそう生きざるを得なかったのかは、本人たちにしか判らねえ。

「『英雄』だからなんでもできる、『英雄』だから人を護る、『英雄』だから強くなれる。そういう視線を、多く感じてきた」

「ああ……まあ、少しは判るぜ」

 『祝福』を授かったら、多かれ少なかれそういう視線っつうか、感情っつうか、そういうもんを感じるもんだ。

 俺だって、『火炎』の『祝福』があるから下級貴族でも騎士団の、しかも近衛騎士団に入れてるんだろうって、実際に言われたことがある。

 確かに、騎士になる為には『祝福』との『呪い』を授かってることが最低条件だから、間違っちゃいねえ。

 ただな、俺たちは『祝福』に頼ってるだけじゃねえんだよ。

 『祝福』の上に努力を重ねて、やっと現状なんだよ。

「彼女に触れている間は、『英雄』ではないから」

 目を伏せて、リクは続ける。

「ただの人間であっても、今まで鍛えてきたものは変わらず、その力で誰かを護りたいと願う感情も変わらないことに、ほっとした」

「……」

 何をやっても、『英雄』であるから。

 どんなに身体を鍛えて、どんなに人間離れした戦闘能力を備えたとしても、どれだけ人の為になることをしても、『英雄』であるから当たり前のこと。

 リクのことをそう評価してる奴を実際に知ってるからこそ、何も言うことができなかった。

「自分は、『稀人』という以上の存在意義を、彼女に見出している」

 白い手を静かに握り締めて、リクはアディを見つめる。

 言い方は堅苦しいが、要はアディの力で救われてるって話だ。

 アディを見てるその目には……なんつうか、それ以上のものがあるように思うけどな。

 なんつうか、俺も大概、初恋を拗らせてるとは思うが、リクのはまたちょっと違ったやつだよな。

 ヒールはよくリクの『呪い』をヘタレだって言うんだが、この話を聞くとそう問題じゃねえって言いたくなるよな。

 まあ、この話を聞く前からそういう問題じゃねえとは思ってたんだけどよ。

「成る程な」

 余計なことは何も言わず、俺はただそう言って小さく微笑わらった。

 こういうのはあんまり外からやんやん言わねえほうがいいだろう。

 ちらっとアディを見たら、なんか倖せそうにすやすや寝息を立ててた。

 気楽なもんだな、なんて台詞は、こいつの置かれた境遇を考えたら出て来ねえんだけどよ。

 今、この時に限っては言わせて欲しいような、そんな気もした。



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