9、最後の準備
剣聖ミレナを連れて歩く。
珍しい軍服を着ていて注目の的だが、そこは仕方ない。一番居心地が悪そうなのは、彼女自身だ。
司令部として改装された、港町の一番大きな建物に入る。
敬礼しながら歩いて、一番上の部屋へと辿り着いた。
「失礼いたします」
二人して入室すると、そこには右軍の将と皇帝がソファーで待ち構えていた。
「よく来たな」
父さんが軽く手を上げると、ミレナは跪く。皇帝に対する貴族の態度としては一般的なものだ。
「良い、面を上げよ、ビーノヴァー大尉」
「ハッ。此度は剣聖の称号の件、ご配慮いただき誠にありがとうございました、皇帝陛下」
「奴らの戦意を削ぐのに役立てば良い。それにこちらとしても理由がある。とりあえず立ちたまえ、ビーノヴァー大尉。いや、剣聖ミレナ殿」
「ありがとうございます」
「二人ともこちらに来て座れ」
そう言って、一対のソファーに誘導する。
反対側に皇帝、右軍大将という権力者を迎え、ミレナは若干緊張しているようだ。それでも、以前よりかなり落ち着いてきている。
なのにアネシュカ将軍がミレナの方を見て、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「新しい軍服がよく似合っているじゃないか、ビーノヴァー大尉」
「はい、ありがとうございます、閣下」
「それで、答えは出たか?」
頬杖を突いたままの将軍が尋ねると、一瞬だけ小さく驚いたミレナが、すぐに笑顔へと変わる。
「はい。私は最後まで、ヴィレーム殿下に付いていきます」
そう言って、オレの方を見つめた。
……何か気恥ずかしいんだけど、何これ。何で頬を染めてるの、こいつ。
オレはわざとらしく咳払いをし、
「それで陛下、こちらへのお呼び出しは、どういったご用件で?」
と真剣な眼差しで告げた。
母さんと同じようにニヤニヤと笑っていた父さんだったが、話題が変わると同時に真面目な顔へと変わる。
「真竜国が他大陸の国へ援助を依頼している、という件についてだ。お前に関係するところも、一応あるからな」
「もう間に合わないでしょうに」
「以前から交流のあった国は、近くまで来ているようだがな」
「北タラリスのようにですか」
「そうだ。まあ、近づく船を見つけたら全て沈めている。それに今更、真竜国に味方しても得はないだろう。それでも、真竜国は最後の悪あがきをするようだぞ」
「ほう? どのような?」
「内通者によれば、他大陸の国に親書を出そうとしているらしい。何でもヴィート・シュタクは、星降りの魔法を行うことができる魔王であり、真竜国に協力すべきだそうだ」
思わず眉間に皺が寄る。また魔王か。
ミレナが腰を浮かし、
「そのようなもの、戯れ言です!」
と強く否定する。
「わかっておるよ。それに、そんなものを信じている人間は少ないだろう。一般的に魔王とは、最北の大陸に住まう魔族の王だ。称号だという説もあるが、世間には伝わらんだろう」
呆れたように皇帝陛下が肩を竦める。
「何の効果を狙ってでしょうか?」
「こちらには、降伏の使者を何度も送ってきている。すでに敗戦を認めているのに、そのような工作をする理由は、おそらく今後の話だろう」
陛下がチラリと隣の将軍を見る。
彼女はため息を吐いて、
「中枢人物の、他大陸への亡命だろうな」
と告げた。
「ああ……魔王に敗れた人間なら、他大陸の国としても亡命させる名目は立つと。故事ではいくらでもある例ですしね。メノア大陸に侵略するための旗頭ぐらいにゃなるかもしれませんが」
思わずため息が漏れる。
「しかし、魔王か……」
父さんが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「どうかされたんですか?」
「死んだブレスニークも、そんなことを言っていたなと」
「へぇ?」
思わず剣呑な声が出る。
「何でもヴィルが魔王であるとか」
「また、色んなところで高く買われたもんですね、オレも。そんなに恐ろしく見えるのかな……」
普通に考えれば、魔族の王ということで、角や牙の生えた厳つい男なんかを思い浮かべる。
どう考えてもオレにゃ似合わんな。笑いを堪えるのが精一杯だ。
母さんも同じ心境なのか、苦笑を浮かべている。
「ブレスニークと言えば、聖騎士を僭称するエリク・ヌラ・メノアが今、身を寄せているそうだ。こちらが掴んでいないと思っているようだがな」
諜報部は相変わらずの優秀さだ。右軍の強さは彼らに支えられていると言っても過言ではない。
しかし、その報告の内容にはため息を零してしまう。バカらしい話だ。
ふと、隣のミレナが、声が出ないほどに驚いているのに気づいた。
「ミレナ?」
「え、ヴィル様、エリク殿下が聖騎士なのですか?」
「少なくとも、本人はそう名乗るつもりだそうだ」
「そう、ですか……」
「どうした?」
「いえ、実家のビーノヴァー伯爵家は、皇妃アルビーナ陛下のご実家が寄親ですので、何度かお会いしたことがあります。ですが」
あまりピンと来ていないようだ。
確かにエリクは文官畑の人間で、宰相補佐だった。剣や盾を操る聖騎士というのはしっくり来ない。
「ただまあ、オレの相手ではないな。それにこちらには、剣聖もいることだ。奴らが何をしてこようが、簡単に粉砕できる。そうだろう?」
「お任せください。私はヴィレーム殿下の味方です」
自信に満ちあふれた物言いに、少し驚く。
確かにミレナは男二人と違い、よくオレに従ってくれていた。
それが今は忠誠心すら感じるほどだ。
慕ってくれるのは嬉しいが、どう扱うか困るな、正直な話。
「ありがとう、ミレナ。それで陛下、我々はどうすれば?」
父さんの方へと向きを変えて、これからの方針を聞く。
「その後に備えて、帝都に戻りたいところだが、そういうわけにもいかん。それに本土から人材も資源も続々と届く」
その言葉に、三人ともが神妙に頷いた。
オレのバルヴレヴォの、対魔素遮断措置も必要だ。他にも人材の追加や基地の拡張など、最後の詰めに対する準備もしなければならない。
「それで、具体的には?」
「尉官以上は主に書類仕事と作戦会議だな」
「……ですよね」
思わず項垂れてしまう。隣のミレナなどは、戦々恐々とした顔を浮かべていた。苦手だから、こいつは。
「人材の振り分けや配分、編成などだ。各種報告なども処理する必要もある。だが、三日だ」
「三日ですか」
相手に準備期間を与えることになっても、こちらが圧倒的に有利だ。資源に圧倒的な差があるので当たり前だ。
オレたちの顔を最後に見渡したメノア帝国皇帝は、左手で王錫を握り直し、
「万全の状態の右軍全てで行く。さあ、終わらせるぞ。真竜国とレナーテをな」
と自信たっぷりに言い放った。
■■■
「ここの瓦礫はどうしたら良いかなー?」
「あ、こっちです勇者様」
「わかったよ」
普通の女性では絶対に持てないような、大きな瓦礫を運ぶ。
今、首都でそんなことができるのは、勇者リリアナぐらいだった。
帝国が上陸した港近くの宿場町。そこでの戦闘を終えた後、リリアナは首都に戻ってきていた。
「勇者様、少しご休憩されては?」
「大丈夫大丈夫。休んでる場合じゃないしね」
「ですが……」
「それにここらへん、確か私のお父さんの家だったんだ」
真竜国の首都の建造物で無事だったのは、数えるぐらいしかない。
そして無事だった人間も、半数以下だった。負傷者を除けば、動ける人間の数はもっと少ない。
完全に国としては瓦解したと言える。
首都以外の町や村は無事だったので人口の六割度は無事だが、国としての中枢は全て破壊され、指導者的役割の共和国議員たちも三分の一の五人しかいない。
本来なら首都を片付けるはずの兵士たちも、ほとんどが死んだ。今は周囲からの手伝いで来ている程度だ。
もちろん帝国に対する警戒も行わなければならない。もっとも、先の戦闘の後から
「よっと」
リリアナは瓦礫を置いて周囲を見回す。
視界を遮る建物などないに等しい。
地面は穴だらけであり、まだあちこちに死体が残っていた。
幸い、気温が低いだけに匂いはしてこない。
それでも、春を過ぎても亡骸を埋葬し終えるか、未だにわからないぐらいだ。
「何とかここらへんだけでもっと」
勇者である少女は、次々と瓦礫を片付けていった。
中心部で無事だった地域の一部を整理し、残った首都の民を収容できる建物を確保する。
それが今、真竜国ができる精一杯の仕事だった。
「あれは……」
見覚えのある建物の一部を見つける。
壁の一部しか残っていないが、父親であるオトマルが住んでいた家だったはずと気づいた。
リリアナはずっと神殿に住んでいたので、一緒ではなかった。ただ、何度か遊びに来たことはある。
「……お父さん、どこで何してるのかな」
ドリガンという町での戦闘からずっと行方不明だ。探している余裕はなかった。何せ帝国に追われ続けた旅だったのだ。
「さて、何か役立つものあれば良いな」
立ち止まると、考えてはいけないことを考えてしまうので、何か体を動かそうと簡単に瓦礫を片付け始めた。
「お薬とかないかなぁ、ないかなぁ?」
独り言を口にしながら、リリアナはおそらく研究室だったと思われる場所に立っていた。
「あれ、これ」
簡単に片付けていると、破壊された棚の破片から、二十ルー程度の、金属の箱を見つけた。
「何が入ってるのかな。薬草だったら良いなぁ」
彼女は最近、ずっと独り言が多い。少しでも考え事をしないようにしているせいだった。
「あ、これ……手紙?」
金属の箱に入っていたのは、いくつもの封筒だった。
誰からだろう、とリリアナは小首を傾げながら、封筒の一つを取り出す。
かなり古い物もある。ただ、上質な紙を使っているのか劣化は少なかった。箱に密封していたせいもあるだろう。
「私宛だ。誰からだろう……あ」
差出人を見ようと裏側を見た。
「ヴィル……ヴィルからのだ」
再会した幼馴染みの言葉を思い出す。
何度か手紙を出したと言っていた。
教えていた嘘の住所に送ると、どこかを経由して真竜国に届く手はずになっていた。
――やっぱり届いてた。
オトマルが娘のリリアナに見せなかった手紙。
開くのが怖い。
ここにあるどれかには、ヴレヴォの町が占領されたときのことも書いてあるはずだ。
見てしまったなら、戦えなくなる。それは確信していた。
それでも、ヴィルから届いた手紙を見たい。
でも、真竜国を恨む言葉が並んでいたらと考えると、手が震えて動かない。
「リリアナ? いる?」
「え? あ、はーい」
どこかホッとしながら、リリアナは呼ばれた声の方に向かって行く。
「あ、いた」
声をかけてきたのは、黄緑色のショートカットの女性だ。年頃はリリアナと同じぐらいで、腰にこそ剣を差しているが、服装は普通のズボンとシャツだった。
「ロマナ。どうしたの?」
彼女は元竜騎士隊見習いのロマナだ。星降りの日は港町から首都に逃げる最中だったので、無事だった。
「議員たちが呼んでたよ」
「あ、うん。わかった。何の話だって?」
「わかんない。何も聞いてないなぁ」
「じゃあ行こうか」
リリアナとロマナが並んで歩き出す。
瓦礫をようやく撤去できた大通りをしばらく無言で歩く。
頭の後ろで腕を組んでいたロマナが、
「フランカのところは家ごと全滅。議員さんちで丈夫な家だったけど、大きいのが当たったみたい」
と感情なく独り言のように零す。
「……そっか。私の方はトリュスと……たぶんファネッサ……だと思う」
「あの子のリボンでもあった?」
「うん……指でしっかり持ってたから、たぶんとしか言えないけど、妹の方じゃないと思う」
「残念。大通りの甘菓子、ファネッサにまだ奢って貰ってないや」
ロマナが悲しそうに目尻を落としたまま笑う。
「……ごめん」
「ん? 何が?」
「私が……」
「リリアナのせいじゃないよ。戦争に参加したのだってレナーテ様のご決定だし、仕方ないね。リリアナは悪くないよ」
勇者の謝罪の意味は、ロマナが思う内容と違った。未だにヴィート・シュタクを恨むことができない、自分の在り方についてだった。
それでも唯一残った友人の言葉をありがたく思う。同時に心苦しくて、胸が張り裂けそうだった。
「……ありがと」
「ところで、さっきから持ってるその箱、何? 甘菓子?」
ロマナが覗き込みながら尋ねると、リリアナが隠すように下げた。
「これは駄目ー」
「なに? 何か美味しいもの? 隠さないでよリリアナ。友達じゃーん」
「だめだめー。友達でもだめなのー」
「けちー」
二人でじゃれ合いながら、廃墟となった首都の中を歩く。
首都は星降りによって破壊し尽くされた。大勢の民が亡くなり、その中にはリリアナの友人も含まれていた。
唯一生き残っていたのが、真竜国騎士団副団長の娘で、竜騎士見習いのロマナだ。
彼女は、今は占領されている港町に駐在していた。
そのおかげで首都が攻撃されても、生き延びることができた。
ロマナ本人も皮肉な話だと感じている。命の危機に近い戦場の側にいたせいで、逆に生き延びたのだ。
ふと、泣き声のようなものが聞こえてきて、リリアナが通りを見回す。
歴史ある真竜国首都の大通りは、冬でも賑わう商店街だった。今は瓦礫と穴だらけの廃墟でしかない。
先ほどの泣き声が、鳥のものだと気づいて、リリアナは再び歩き出した。
すでに国は形をなしていない。
この先の未来は、悲惨なものでしかない。
わかっているからこそ、真竜国で生きるリリアナは、何も考えないようにしていた。
「そういえばリリアナさ、神殿の巫女長ってエルフだったんだ」
「そうだよ。もう長いこと生きているんだって。八百歳だったかな」
「はぁー。見えないなぁ。さすがエルフ」
「羨ましいよね、私たちヒトからしたら」
「そういえば」
他愛もない話題をロマナと続けて歩く。
年頃の娘らしく思いついたことを口にするだけの会話だ。
それでも、死んだ人間たちの名前は、なるべく出さない。
フランカ、トリュス、ファネッサという同世代の少女たちは亡くなった。
生き残ったのはロマナだけだ。
ヴレヴォの方も死んでいる。生きているのはヴィルだけ。
勇者の数少ない友人は、本当に数少なくなってしまったのだった。
ヴィルに会いたいな……またヴィルの後ろをついて歩きたい。頼りになる背中と、優しい手に引っ張られて歩きたい。
成長したリリアナの手にあるのは、小さな箱だ。その中には彼からの手紙が収められている。
彼女は縋るように、その箱を胸に抱きしめて歩くのだった。




