10、それを滅ぼせ
「そちらは勇者殿か」
神殿に向かう道の途中で、ロマナと歩いていたリリアナが声を掛けられた。
顔を上げた先にいるのは、鎧と剣と弓で武装した真竜国騎士団だ。
「騎士団の……」
彼らがそうであると気づいたのは、竜騎士見習いだったロマナ・コーレインだ。
真竜国は全滅した竜騎士団とは別に、騎士団が存在する。数が少ない竜騎士では賄いきれない任務をこなす人間たちだ。また、そこから優秀な者が竜騎士候補として選ばれる。
「ロマナ、勇者殿を頼むな」
「どうしたの、みんな?」
元同僚である男たちの様子に、黄緑色の髪の少女が訝しげな目へと変わる。
総勢で三十人ほどの騎士団が、首都から神殿へ続く道を塞ぐように並んでいた。
武器や防具は傷ついており、誰の顔も疲れ切っている。
その代表であろう四十代の男は、ロマナの質問に答えずに勇者リリアナへと向き直る。
「勇者殿、ここから先には近づかないでいただきたい」
「……どうして?」
「我々は今からレナーテ様を討つ」
「え?」
金髪の少女が驚いた顔を浮かべる。真竜諸島共和国の騎士団が、決してならず者集団ではないと知っていたからだ。
そんな彼女の様子に構わず、騎士団の男は、
「それしか生き延びる術はない。帝国の要求を満たせば、民は助かる」
と頷いた。
「ど、どうして? レナーテ様は……」
「帝国の要求はそれなのだ。国の為政者と賢者殿、そしてレナーテ様の首を差し出せと」
「……それは知ってる。でもレナーテ様を殺すなんて」
「傷ついておられる今なら、我々でも倒せるかもしれない。決して手伝えとは言わぬ、勇者殿。だが、生き残った民のためなのだ」
決心した騎士の男が頷くと、他の男たちもリリアナを見て頷いた。
「そんな……」
「確かにレナーテ様は敬愛すべき国の象徴であられる。だが、民の命より優先すべきものではない」
「で、でも、そんなの、無理だよ。だ、ダメだよ」
慌てて詰め寄る勇者の姿を見て、ロマナは小さくため息を吐いた。
「リリアナ、行かせてあげたら?」
「ロマナ!?」
「騎士団が国の象徴を落としに行くとか、信じられないけどね。賢者様もいるんだし、無理だよ」
友人の言葉に、リリアナは泣きそうになる。
騎士団は鍛えられているとはいえ、普通の人間だ。傷ついたとはいえ、強大な力を持つレナーテに勝てるとは思えない。その上、賢者セラフィーナまで神殿に控えているのだ。死ぬのが目に見えている。
「ロマナ、お前は?」
「私は竜騎士団なくなったし、今はリリアナの友達だから。参加しないよ」
「わかった。では、勇者殿を頼む」
そう言って、騎士団の男はロマナに近づき軽く抱きしめてから踵を返す。
「……いってらっしゃい、父さん」
それ以上は何も答えず、男が背中を向けた。他の騎士団の男たちも歩き出す。
「ま、待って、みんな。ダメだよ、そんなの」
止めに入ろうとした勇者の肩をロマナが掴む。
「どうせ死ぬよ、大丈夫だって、リリアナ」
「ロマナ? ロマナのお父さんなんだよ?」
「んー。そうだけど。でも、もうこの国はダメだ。そもそも、国のあり方が間違ってたのかなって最近思うんだよね」
「ロマナ!」
「帝国はレナーテ様を許さないって言うじゃん。でも、レナーテ様を裁ける人はいないじゃん、この国」
「そう……だけど、そうだけど!」
「ああ、リリアナには悪いけど、ごめんだけど」
ロマナはもう一度、去って行く男の背中を見つめた。
「誰も裁けない力、それが何かを決める世界が、ダメなのかもしれないなぁ……」
涙を落とさないようにする友人の言葉に、リリアナも堪えた。
レナーテが弱っているのは知っている。
そうであったとしても、騎士団三十人で勝てる相手ではない。
止めるべきだと思ったのに、ロマナの手が決してリリアナの肩を離そうとしない。
もちろん、力を込めれば友人の手を振り払うことができる。
それでも、振りほどくことができない手があることを知ったのだった。
レナーテ神殿前には、多くの民衆が集まり暴動寸前と言える状態になっていた。
「聖龍様を出せ!」
「中に入れてよ! 帝国が来てるのよ!」
「勇者や賢者は何をしてるんだ! さっさと倒してこいよ!」
発言や行動の内容はそれぞれだが、矛先の方向は皆、同じ方向を向いていた。つまり、レナーテや付き従う称号持ち、そして真竜国の為政者たちである。
「何でも良いから通せ! 中で良いもの食ってるんだろ!」
「この子に何でも良いから食べ物を、食べ物を下さい!」
押しかける人々を何とか通さないようにしている巫女たちも、民の圧力に屈しかけていた。
「ここは許可無き者を通すことはできません、お下がり下さい!」
「下がりなさい、ここはレナーテ様の神殿ですよ!」
必死に声を上げる女性たちだが、多勢に無勢だ。
そんな押し合いへし合いを遠巻きに眺めているのは、コンラート・クハジークである。
「……何だよこりゃ」
独り言のように零す言葉に、隣にいたアーシャが、
「末期の国では、よくある光景だと思う。本で読んだ」
と呟いた。
アーシャは手に持った筆状の道具を使い、コンラートのEAを修復していた。
そんな彼らを逆に遠巻きに見ている集団もいる。
兵器に関する知識のの乏しい首都の民であっても、そのニユル程度の鎧が帝国の兵器であるとはわかっているようだった。
ゆえに不審げに、そして怖がるような目を向けている。
「……帝国じゃありえねえな」
「帝国だってこうなる。ううん、こうなったから、やり返しに来た」
「……ま、そうかもしれねえけどよ」
「コンラート、そっちのハンマー取って」
「あいよ。ん? 騎士団か、ありゃ」
彼の視界の端に見慣れぬ集団が映った。
三十人ほどの鎧を着た男たちが、民衆を押し退け入り口の巫女と会話を始める。しばらく話した後、男たちは神殿内部に入っていく。
何事かわからぬままに眺めていると、コンラートの側に、一人の少女がとことこと歩いてきた。
「ねえお兄ちゃん」
「なんだよ、ガキんちょ」
「食べ物ちょうだい」
「ねえよ、オレも」
「そっか……おなかすいたぁ……」
「誰か分けてくれねえのか?」
「わかんない、おとうさんもおかあさんもいなくなったから」
「……そうかい」
コンラートはコートのポケットを探る。
小さな包み紙の中から、一つのビスケットを取り出した。少女の口でも食べやすいように、半分に割って渡す。
「くれるの?」
「……ゆっくり食べろよ」
「あいがと!」
少女が手に持って、それを嬉しそうに頬張ったままどこかに歩いて行った。
その背中を見送るコンラートに、アーシャが、
「コンラート、いいの?」
と声をかける。
「何がだよ?」
「食料」
アーシャの言葉に、コンラートがガシガシと頭をかいてそっぽを向いた。
「別に食料が完全にねえわけじゃねえだろ、この国は」
「そう。絶望的なまでに人がいなくなっただけ。だから回らない」
「なら、探せばどっかあるだろ。ダメなら獣でも狩るさ」
「わかった」
コンラートは神殿のある丘から、砕け散った首都を見下ろす。
勇者がその光景を見て、ヴレヴォだと言った。
それは帝国にとっては最大の悲劇ともいえる都市の名だ。
コンラートは南部貴族の出なので、戦争で被害を被ったことはない。ゆえに知識としてしか知らない町の名前だった。
「そういや、隊長のEAもバルヴレヴォだったな」
裏切る切っ掛けとなった上官の愛機を思い出す。黒い重装甲でありながら、レクターすら軽々と上回る強力なEAだ。
「バルヴレヴォ……バルは子供という意味。たぶん、ヴレヴォの子」
作業中のアーシャが意味を教えると、コンラートは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。
「……そんな意味だったな」
「人間同士の戦争で、ここまで悲惨な光景はないと思う」
「やられたから、やり返したわけかよ」
「コンラートもやり返す?」
「ここはオレの町じゃねえよ」
「コンラートの住んでた家や町がそうなったら?」
その質問に、青い髪の少年は何も答えられなかった。
彼の軽はずみな裏切りのおかげで、実家であるクハジーク子爵家は一族郎党もろとも処刑される予定だそうだ。
帝国の法がそうだとは知っていた。ただ、実感はしていなかった。
ドワーフたちがブラハシュアで殺された理由も同じ法律ゆえに行われたものだったが、それが自分にも適用されるという実感が、全くもって欠けていた。
「オレが首出しゃ収まるんかね」
彼は、この島の戦場で再会した兄弟の言葉を思い出していた。
「いいの? それで」
「わかんねえよ。別に家族が好きってわけでもねえ。ただヨナーシュ兄貴にゃ世話になった」
「大事なもののために戦うのは、正義」
小さな少女がぽろっと漏らす。
「んなんじゃねえよ。ただの意地だ」
「心だって、大事なもの」
アーシャが鎧の中から顔を出して答える。そこに表情はないが、真っ直ぐにコンラートの目を見つめていた。
「……そうかよ。んで、てめえは何のために協力してんだ?」
「私の一族はもう私しかいない。でも、私は一族の子。レナーテ様と盟約を結んだのが一族なら、それを履行するのが当たり前」
「てめえに関係なくてもかよ?」
「関係ある。ユル氏族の娘アーシャだから」
「……そうかい」
彼はEAに寄りかかって腕を組む。
どうするべきか。その答えは出ない。
自分の心のままに裏切ったのは間違いない。
「コンラート・クハジークさんですね?」
そこに一人の男が声を掛けてきた。どこにでもいそうな青年だ。
「見たことねえけど、アンタは?」
青年は周囲を軽く見回した後、コンラートに近寄り、耳元で、
「ヨナーシュ・クハジーク殿より手紙を預かって参りました」
と告げた。
「……どういうことだよ」
「これを」
差し出された封書から手紙を取り出し、コンラートは中身に目を通す。
「……ブレスニーク公爵家で、独立の動き? クハジーク家は一家の処刑を免れるためにブレスニーク家に付く……だと?」
信じられない内容に、コンラートは呆然とする。
ブレスニークと言えば、先日EAの機密漏洩騒ぎを起こし、降格が噂される大貴族だ。当主は処刑され、一族は皇帝の計らいによって罰を免れた。
そんな状態の貴族が、帝国を裏切る。わからない話でもないが、唐突に過ぎるし、帝国右軍に勝てるとも思えなかった。
「ヨナーシュ殿が来られたのは、そのためなのです。皇帝に抗する力のないザハリアーシュ殿下の元では、処刑を免れる可能性は低いと見たようです」
「……兄貴はオレを殺しに来たぜ」
「隙を見てこちらの手紙を貴方に渡すつもりだったのですが、無理だったようです」
「兄貴……」
その割には本気の説教だったが、コンラートが裏切らなければこんな事態にはならなかったのだ。文句も言いたくなるかもしれないと、さすがの彼ですら思う。
「つきましてはコンラート殿、こちらの内容にあるように、ご協力いただきたいことが」
手紙の続きに目を通し、コンラートはさらに目を見開いた。
最後まで読み終わった後、彼はコートのポケットに手紙を突っ込む。
「……考えさせてくれ」
「お急ぎ下さい。帝国の進軍開始は三日後、首都到着は四日後の予定です」
「……そうか。万全の態勢で来るんだろうな」
「はい。できれば、戦場から遠ざかるようにと」
「考えておく。兄貴によろしくな」
「では、また顔を出します」
青年が立ち去っていく。
瞑目し、再び鎧にもたれかかった。
「コンラート、何だった?」
珍しく心配げなアーシャが、少年の顔を下から覗き込む。
「……なんか、帝国東方の公爵家がやらかすらしいぜ。何でも真竜国東にある小さな港に、船が着くらしい」
「ふーん。で、目的は?」
「帝国右軍首脳部の壊滅を狙うそうだ」
「つまり?」
「レナーテと戦った後のヴィート・シュタク、アネシュカ・アダミーク、そして皇帝の暗殺を狙うんだとよ」
レナーテの咆吼が轟く。
聖龍の佇む間には、三十体ほどの亡骸が転がっていた。
『すまぬな』
「いいえ、こちらこそ」
最後の一人である騎士が、剣を杖代わりにして、巨大な聖龍を見上げていた。
その化け物の体躯は傷だらけであり、片目も失われている。
それでもなお、常人に勝てる相手であろうはずがない化け物だった。
『じゃが、譲るわけにも行かぬし、只人であるお主らに討たれるわけにもいかぬ』
「レナーテ様のお心内はわかりませぬが、これも民を守る騎士の矜持と思っていただければ」
『全ては世界のためじゃ。お主らにも帝国にも負けてやるわけにはいかん。あの悪魔の石を滅ぼす必要がある』
「その割には、ヴレヴォの町を襲撃した竜騎士を破門されましたな」
『そういえば騎士団をまとめるお主らは、色々知っておったか』
「長いこと国に仕えておりますので」
『失敗したのぅ。ヒトの力を見誤ったわ。この儂とて未来を全て読むことはできぬということよ、副騎士団長』
「ははっ、全知全能のお方だと思っておりましたよ」
『儂にも責任がある。マァヤ・マークから『聖龍』の称号を得た魔物として、世界に対する責任がの』
「……それは人の命に勝るもので?」
『勝るよ。国一つより勝る。お主とてわかろう?』
「わかりますが、わかりませぬ。聖龍レナーテ様。それは世界のためと踏み潰される側には、何の慰めにもならぬのです」
騎士が剣を構え、よろよろと歩き出す。
『ヒトよ。ご苦労であった』
その言葉とともに、龍は残った手で人間を上から叩きつぶす。
『愚かな……』
ため息のような言葉とともに、龍はふたたび血に濡れた床の上へと寝そべった。
「レナーテ様」
『見ておったか、賢者よ』
姿を現したのは、くすんだ灰色のローブに青く長い髪を流したセラフィーナ・ラウティオラだった。
「……先ほどのお言葉は」
『どの話かの』
「聖龍の称号を得た魔物、と」
虚ろな表情の賢者が尋ね返す。
『そうじゃな。儂は二千五百年ほど前に『聖龍』の称号を得た竜の一匹に過ぎぬ』
「そのようなお話、初めて伺いました」
確かに竜は魔物の一種だと賢者もわかっている。
それでも、聖龍はどこかで特別な存在だと思っていた。
だが考えればわかったことだ。
帝国の歴史は千年。ユル氏族の崇める巨人ユミルが倒れたのは口伝しか残らぬ神世。そして、レナーテが生まれたのは二千五百年前だという。
この聖龍を神世の生物と呼ぶには、時代が近すぎる気がしたのだ。
『世界の安寧を司る『聖龍』としての役目を、この生を持って真っ当し続けたがの。まさか、あそこで失敗するとは思わなんだ。あの失敗こそがまさに世界にとっては悲劇。生き残った者がこの身を滅ぼさんとするか』
自嘲したように笑う聖龍を見て、セラフィーナは口元を戦慄かせる。
失敗という言葉に、嫌な予感を覚えたからだ。
「どういう……意味ですか?」
『始まりはヴレヴォとかいう町よ、賢者』
それはセラフィーナ・ラウティオラにとって、忌まわしき名前だ。
今では十一年近く前だ。
真竜諸島共和国を含む三カ国の連合軍は帝国に攻め入り、有利な条件で和平を結ぶための講和会議を開いていた。
だが北西三カ国連合の軍部は停戦命令を無視し、帝都から一日足らずで行ける街にまで侵攻した。そして、その平和な町を滅ぼしたのだ。
これにより帝国の猛烈な怒りを買った。もう和平の目はなく、泥沼の戦争状態に陥った。
『最終的な目標は悪魔の石の破壊。じゃが、ヴレヴォを攻めるにも別の目的があった。予言のせいじゃ』
今では賢者のいた国であるブラハシュア、同盟国ブラトニアは滅んでしまっている。最後の真竜国は亡国の危機を迎えていた。
『その予言は、ヴレヴォの町にて、世界の安寧を脅かす者が現れる、というもの。それを未然に防ぐために遣わした竜騎士たちが、失敗しおった。ゆえに罰として竜を取り上げた』
震えるセラフィーナに構わず、聖龍は独り言のように言葉を続けた。
『儂は、あの町の人間の全てを滅ぼせ、そう命じておったのだ』
第一章レナーテ「ヴレヴォは悲劇
第四章レナーテ「ヴレヴォは儂的には悲劇




