7、帝国の剣聖
新たなる剣聖が右手の剣で魔力を放出し、飛翔する斬撃として飛ばす。
「けん……せい!?」
魔力障壁で弾き返しながらも、リリアナとセラフィーナは驚きを止められなかった。
それは周囲にいる他の人間も同様だった。どよめきが走り、ヨナーシュやコンラートまで手を止めていた。
そんな中、赤いEAが勇者と賢者に襲いかかる。
「私たちの前から消え去れ、愚者め!」
右手の剣を振るい、賢者の障壁を一撃で切断した。
返す左の刃で、賢者の体を両断するために、回転しながら薙ぎ払おうとした。
「危ない!」
そこへ勇者が剣を振り、叩き落とそうとした。
だが、剣閃が曲がる。
リリアナの目には消えたようにしか見えず、すでに赤い影は彼女の右側へと回っていた。
「遅い」
右の剣の柄で横っ腹を殴り、リリアナの動きが止まった瞬間を狙って左回し蹴りを放つ。
直撃して吹き飛ばされた勇者と賢者へ向け、飛翔する魔力斬撃を放った。
咄嗟に賢者が魔力障壁を全方面に張り、ギリギリで防ぎ切る。
赤いEAは再び剣を構えた。
「全EA、シュタク少佐をお守りしながら撤退しろ!」
ミレナが叫ぶと、帝国軍はやっと我に返り、倒れた黒いEAを担いで退き始める。
「ヨナーシュ殿、あなたが指揮を」
「し、しかし」
「シュタク小隊の副隊長は私です、大尉。従ってください」
「……わかりました。コンラート、その首、預けたぞ」
ヨナーシュのボウレⅡが、他の機体を追いかけ走り去っていった。
「ま、待ちなさい! 火線!」
賢者が撤退する部隊に向けて、一句詠唱の魔法を放つ。
熱を持った線上の塊が宙を飛ぶ。
そこに三日月状の魔力がぶつかり、爆発して双方が消えた。
「させるわけないでしょ」
新たなる剣聖が殿として、勇者たちの前に立ち塞がる。
「ミレナ、てめえ、マジかよ」
ヨナーシュとの戦いが終わったコンラートが、剣を両手で握り直した。
それを一瞥した赤いレクターから、
「コンラート、アンタのお子様思考には、もううんざりよ」
と呆れたような声が聞こえる。
「な、何だとてめぇ!」
「弱いヤツを殺すのが楽しくない? 気づきなさいよ。負ければ弱いのだと。あなたは弱い。私よりも弱かったじゃない。ああ、手加減して欲しかったの?」
「んだと、てめぇ!」
ミレナが小馬鹿にした言葉に、コンラートがEAの中から激高する。
「遅いって、何度も言ったでしょ、コンラート」
青いEAが踏み出そうとした足元に、魔力の斬撃が飛んでいく。
咄嗟に剣で受け止めることに成功したが、コンラートは警戒してそれ以上進めなくなった。
「剣聖さん」
立ち上がった勇者リリアナのEAが一歩前に出る。
「何か用? 勇者?」
「そこをどいて」
「退くと思うの、勇者」
「そうは言っても、こちらは称号持ちが二人にキミのお友達もいる。有利なのはこっちだよ」
リリアナが剣を構えながら、さらに足を進めた。
コンラートもすり足で体勢を変えながら、次の動きに備えた。
セラフィーナは顔が青いままだが、唇を噛みつつ杖を持つ手に力を込めた。
「ここは通さない」
新たなる剣聖が断言する。
「ミレナ、どうしてそこまで隊長に従うんだよ?」
不意に友人から投げられた質問に、柄を握るミレナの右手に力が入る。
「確かに迷ってたわ。何が何だかわからないうちに、貴方たちはいなくなるし。私は隊長に信頼されていないんじゃないかと悩んでた」
「なら、どうしてだよ。命を賭けてまで守らないとならねえようなヤツかよ、アイツが」
「コンラート。私はあのお方の心内を知ってしまったの。確かにシュタク隊長は残酷だと思うし容赦はしないお方だわ。だけど、それも仕方ないこと」
「何だよそりゃ……」
「わかる必要はないわ、コンラート・クハジーク。裏切り者のアンタも、あのお方を苦しめる勇者も、そして大罪人である賢者も」
ミレナ・ビーノヴァーが何もない空間で剣撃を振るった。
そこから放たれた光る三日月状の魔力の塊が、三人に襲いかかる。
「私が殺すわ」
彼女が称号を得たのは、星降りの翌日の夜だった。
飛行船の艦橋で寝ていたミレナは、不思議な夢を見ていた。
『ミレナ・ビーノヴァーよ、称号を授けましょう』
美しい顔と輝く水色にも金色にも見える髪の女性が浮いていた。
「マァヤ・マーク様?」
『あなたには、剣聖の称号を。その技で、世界を切り開きなさい』
「え?」
『では、良き旅を』
夢の中で驚いて、彼女は現実で起き上がる。
「……なに、今の夢は……」
あれがまさか、称号持ちが見るという神託の夢だろうか。
「バカなことを考えるよね、私も……」
願望が見せた夢だろう。そう思った。
どちらにしても、確かめるには聖龍レナーテの元に行く必要があると聞いていた。ミレナに、そんなことができるはずがなかった。
「……ホントにバカね」
艦橋の窓から見える夜空を見上げる。
ここのところ、色々なことがあった。
テオドアはシュタク少佐に殺され、コンラートは裏切った。
作戦内容は何も知らされず、最後は星降りを眺めているだけだった。
――私が弱いから、駄目なんだろうか。
そんな他愛の無いことを考えてしまった。
もっと力があれば、何も知らされずに終わるということはないのだろうか。
「弱気だから、そんな夢を見てしまうのよ、ミレナ」
自分で自分に言い聞かせる。
彼女は目が覚めてしまったせいか、少し動こうと思った。
体は疲れている。船内を歩けば、すぐに眠れるだろう。
チラリと船長席の横にあるシュタク少佐がいつも座る場所を見た。そこでは、エディッタ・オラーフが毛布にくるまって眠っている。
他の人間を起こさないよう、なるべく音を立てずに格納庫まで進んだ。
丁度、白銀の髪にアイマスクをつけた男が帰ってきたところだった。
「少佐、おかえりなさいませ」
頭を下げて挨拶をすると、少し驚いた様子で、
「どうした、こんな時間に?」
と返答してきた。
「私はその、眠れなかったので」
「そうか。まあ急ごしらえの宿舎だからな」
そのままいくつかの会話をしながら、ミレナは考え事をしていた。
「少佐はこれからお休みに?」
「いや、気持ちが高ぶって眠れる気がしない」
少し自嘲するように笑う男を見て、ミレナも少しだけ頬の緊張を崩した。
「ここでは寒いのでは……」
「いや、奴らの住処を視界に収めたい気分なんだ」
ヴィート・シュタクはそう言って、飛行船の後部格納庫の端に腰を落とした。
すでに顔は北にある山の方を向いていた。
隊長のお考えを知りたい。
裏切ったテオドアを殺し、コンラートの裏切りをどう思っているのか。
「……少佐は、その」
「ミレナ」
「は、はい!」
「さっさと寝ろ。明日からまた、忙しいぞ」
勇気を出して尋ねようとした瞬間に、先回りをして声をかけられた。
――少佐はなぜ、私には何も話してくれないんだろう。
彼女には、それが少し寂しかった。
敬愛する上司だ。優しく寛容で敵に厳しく、そして強い。
そんな上官の力になるために、少なからず力を磨いてきたつもりだった。
「……わかりました」
背中を向けて、歩き出そうとした。
少佐のお心を聞かせて欲しい。
そう思った瞬間だった。
――エディッタはオレをヴィルと知っているので気が楽ではあるが、あまり自由にさせすぎるのもな。
「え?」
突然、聞こえた言葉に驚く。
ヴィート・シュタクの方を振り向いたが、何か言ったような感じはない。
むしろ、今の声は、EAの拡声魔法のような魔力を乗せた声に似ていたと気づく。
「どうした?」
「い、いえ、何でもありません!」
慌てて否定し、ミレナは格納庫から立ち去る。
――ヴィルとは、確かアダミーク閣下の息子で、第三皇子ヴィレーム殿下の愛称のはず。
彼女は直前の作戦中に、軍の最高責任者から聞いたことを思い出していた。
ヴィート・シュタク少佐は銀髪、ヴィレーム殿下は黒髪だ。何かの間違いに違いない。
「また私の妄想か」
どれだけ思い悩んでるのかと、自嘲するように笑いながら、飛行船の艦橋へと戻って来た。
「あら? どこ行ってたの? 誰かに夜這い?」
起こしてしまったのか、EA開発局のハーフエルフの局員エディッタ・オラーフが目を覚ましていた。
「違います」
少しムッとして答える。
元娼婦であるエディッタにからかわれるのは、一応年頃の少女としては面白くなかった。
「なんだ残念」
その元娼婦は相手の表情を気にした様子もない。
だらしなく着崩した胸元を隠そうともせず、彼女は大きく背伸びをしながら欠伸をしていた。
一体、この人は何者なんだろうと疑問に思っていた。
ブラハシュアでシュタク少佐が拾ってきた研究員であり、彼が信頼を寄せているように見えていた。
よく二人で笑いながら冗談を言い合っている姿を見かける。
それに、この研究員は星降り作戦の全容を知っていた。それが気に食わなかったといえば、嘘になる。
そっぽを向いて、ミレナは艦橋の入り口に近い席へと腰を落とした。
――ダメダメ。疲れているから、変なことを考えてしまう。何がマァヤ・マークの夢だ。何が剣聖だ。早く休もう。
生真面目な彼女はそう否定して、毛布を頭まで被った。
何を考えているかわからないエディッタのことなど、今は考える余裕はない。
――ま、たまには聖女らしく、ヴィルは見てやらないとね。
「え? 聖女?」
また聞こえてきた謎の声にミレナは驚き、思わず声に出してしまった。
「は?」
エディッタの方も大きな声を出して驚いてしまっていた。
「い、いえ、何でもありません……オラーフさん?」
恥ずかしいことを聞かれてしまったと、ミレナは罰が悪そうに謝った。
しかし、相手は少し身構えていた。探るような声で、
「ミレナちゃん? あなた、マァヤ・マークの神託って知ってる?」
と赤い髪の少女へ尋ねる。
「え、ええ。知ってますが。夢の中でマァヤ・マークが出てきて、あなたは称号持ちになったと告げるものでしょう?」
似たような夢を見てしまうぐらいだ。もちろん彼女も知っている。
「そうね。じゃあ聞くけど、マァヤ・マークが最後に言う言葉が有名なの。知ってるかしら?」
「え? そうなの……ですか?」
「あなたに幸福を、というのだけど」
エディッタ・オラーフの言葉を聞いて、ミレナは自嘲してしまう。
「良き旅を、ではないのですね」
やはり間違いかと、ミレナは目を閉じようとした。
「ミレナちゃん」
しかし、エディッタが真剣な表情で近づいて、彼女の両肩に手を置いた。
「は、はい」
「あなた、称号を得たのね?」
「え?」
予想だにしない質問に、ミレナが呆気に取られる。
「良き旅を、というのは、確かにマァヤ・マークが私にも言った言葉よ。どうして知ってるの?」
「そ、それは……」
「さっきの読心……そうか、空いた剣聖の枠が降りてきたのね」
「え? ど、どうしてそれを」
思わず椅子から立ち上がり、戸惑いの表情を浮かべて後ずさる。
そんなミレナに対し、聖女は大きなため息を零した。
「はぁ……なんてこと。まったくもう。アイツを中心に称号持ちが回ってるみたいじゃない」
「え、えーっと?」
「良い? 今から称号持ちの心得を教えるわ」
いつものエディッタらしからぬ真面目な雰囲気に、ミレナは息を飲み込む。
「こ、心得……?」
「レナーテの元に行って確認してもらうなんて嘘よ。力の使い方を意識するだけで良いわ。それだけであなたの特性は効果を得る。幸い、あなたの持つ剣の腕前と剣聖は相性が良い。育てる必要もないしね」
こうして、ミレナは聖女エディッタから、称号持ちとしての手ほどきを受ける。
「……本当に、剣聖の称号を得たのでしょうか」
「間違いないと思うわ。でも良かった、私がいて。レナーテのところに行く必要もない。でも読心はあまり言わない方が良いわ。防ぐ方法もないわけじゃないし、戦闘以外で使わない方が良い」
「ど、読心って、つまりオラーフさんは、聖女……?」
「そうよ。貴方も、称号持ちというのは、なるべく明かさない方が良いわ。誰が利用しようと近づいてくるかわからないしね。特に読心は伏せて。強すぎる」
称号持ちの先達の言葉に、ミレナは信じられないと首を横に振った。
「じゃ、じゃあ、さっきのは……シュタク隊長の正体が」
「……それを読んでしまったのね。そうよ、ヴィルという男よ」
偶然にも、ヴィート・シュタクの正体を知ってしまったという事実に気づいてしまったのだった。
ヴィルという愛称は、アネシュカ・アダミークから聞いていた。だから、皇帝と将軍の息子であるヴィレーム・ヌラ・メノアのことであると知っている。
その第三皇子の話は、貴族の間では有名だ。ミレナも貴族の端くれなのでよく知っている。
ヴレヴォという町に、庶民として住んでいた第三皇子。
彼はその惨劇を目撃していたそうだ。忠義厚い将軍の元部下により助け出され、何とか逃げ出したとミレナも聞いている。
その後は表舞台に出ることはなかった。たまに帝城で姿を見せるだけだった。
心に負った傷が大きすぎて、精神が不安定になってしまったという噂だった。それは仕方ないとミレナですら思っていたほどだ。
それがヴィート・シュタクの正体だった。
「じゃあ……ヴレヴォの生き残りである勇者リリアナとは……」
「幼馴染みだそうよ。とても仲が良かったらしいわ」
聖女の言葉に、ミレナは愕然とする。
それは厳しすぎる道だ。
幼い子供が目の前で町を焼かれた。その話を聞いたミレナですら、心を痛めたほどの話だ。
立ち上がって復讐を誓ったのに、立ち塞がるのは幼馴染みだと言う。
自分の悩みの小ささに苛立ってくる。
そして何も知らずに生き延び続ける勇者に対して、今まで以上の怒りを抱き始めた。
「じゃあミレナちゃん」
「はい。私に教えてください。この称号の使い方を」
「わかったわ。私は戦場に出られないからお願いね」
「はい。戦場では、私が」
この称号を得た意味は、きっとこのためだと、ミレナは思う。
「あの方をお守りします。勇者たちから」
「邪魔!」
切りかかるコンラートの剣を、ミレナは左手の剣一本で受け止めた。
「んなっ!? 全力だぞ!」
「軽いのよ、あなたの剣は!」
弾き返し体勢を崩した青いレクターを、赤いレクターが蹴り飛ばす。返す剣で賢者に向かい魔力斬撃を飛ばした。
慌てて障壁で受け止める
「ハアァ!」
そこに踏み込みながら、勇者が突きを繰り出す。
だが鋭い切っ先を簡単に受け流し、鋭い薙ぎ払いで逆襲した。
「確かに動きは早いけど剣技はダメね、リリアナ・アーデルハイト」
「くっ!」
「特性の使い方だけを鍛えたんじゃないの?」
リリアナが慌てて張った魔力障壁は間に合わず、白銀の装甲を削り取る。
赤い装甲の鎧は更に回転して後ろ回し蹴りを繰り出し、勇者の鎧を吹き飛ばした。
「この程度なのね、勇者!」
ミレナが叫びながら、 たたらを踏んだリリアナに向けて飛びかかる。
「八陣を結成し、その大地を焼け! 火激の光線!!」
勇者を助けるために、セラフィーナが準備していた詠唱魔法を撃つ。しかし、ミレナはすでに足を止めて魔力斬撃の体勢に入っていた。
「邪魔」
高速で飛んでくる炎の塊に対し、ミレナは左の剣を振り下ろした。切っ先の軌道を追うように魔力障壁が発生し、火の魔法を打ち消す。
「黙っていろ賢者!」
空中に残っていた魔力障壁を、赤いレクターが自分で両断した。
すると、輝く三日月状の魔力が二つ発生し、賢者に向けて襲いかかった。
「あぶねえっ」
青いEAが慌てて間に入るが、全てを打ち消すことはできずに肉壁となるだけだった。
「コンラート!」
「く、ちぃ!」
肩の装甲を抉り、コンラートのEAの内部が血で汚れる。
一連の行動が終わった結果、余裕を持って立っているのは、ミレナ・ビーノヴァーだけだった。
三対一の状況で、剣聖が圧倒している。
「これが……新たな剣聖……ここまで特性を使いこなすなんて……」
賢者の顔が青ざめているのは、血を失ったせいだけではなかった。
勇者リリアナが立ち上がる。
「どうしたの勇者、シュタク少佐にやったみたいな、妙な手を使わないの?」
「え?」
「……無自覚なの。なんて無様……」
呆れたような口調で、赤い鎧が首を横に振る。
その言葉に、勇者は黙り込んでしまった。
確かに無様だと、自分でも思ったからだ。
魔王だ何だと騒いでも、リリアナの力が上がるわけではない。
何の偶然かわからないうちに、ヴィート・シュタクを吹き飛ばすことができた。
しかし、新しい称号持ちはレナーテも知らないうちに現れ、敵となった。
「勇者リリアナ。何の志もない貴方に、従う者なんていない。貴方もわかってるでしょ」
「……じゃあ、どうすれば良いの」
「良いことを教えてあげる」
「なに?」
「間違いはあのドリガンの町から。何で帝国を敵としたの?」
「それは、罪のない人々を守るために……」
怪訝な調子で答える勇者の答えを聞いて、
「笑っちゃう。そんな浅さだったの」
と剣聖が嘲笑した。
「……好きなだけ笑えばいいよ。自分がどうしようもない人間だってわかってる」
「どうしようもない人間たちが集まって、これ以上どうするのか、逆に興味が沸くけど」
「私だって、好きでこんなこと」
「好き嫌いじゃないでしょ。あなたも賢者もコンラートも、楽な方に逃げた。ううん、今も逃げようとしてる」
ミレナの言葉に、リリアナは心が見透かされているような気がした。
それを否定するために、
「楽な方に逃げてるわけじゃ!」
と大きな声で言葉にする。
「逃げてるじゃない、勇者。あなただって本当はわかってるでしょ。真竜国の民が大事なら、レナーテも賢者もあなた自身が討伐するべきだった。真竜国の議員だっけ? それも貴方が裁くべきだった。だけど、その二つとも親しかったからできなかった」
「だ、だってどれも大事な人たちなんだから、仕方ないじゃない!」
「結果として、貴方まで巻き込まれて罪を犯す。それを利用されていることに気づいてるのに、気づかないふりをして」
渋い顔で聞いていた賢者が、ハッとした顔で見上げる。
「まさか、剣聖の持つ読心の特性!?」
「本気でそんなことを言ってるの? そろそろ賢者から愚者に格下げを検討すべきね、セラフィーナ・ラウティオラ」
「じゃあ、なんで……」
「シュタク少佐が、そう感じ取られていた。私はそれを知っているだけ。でもやっぱり当たってたのね、賢者。リリアナが大事。リリアナの力も大事。そのどちらも本音でしょうけど」
赤い鎧が小馬鹿にしたように肩を竦める。
「でもリリアナ、あのお方の心をどれだけ痛めているか。せめてこれ以上罪を犯す前に裁いてあげるわ、このレクターで」
それから双剣を構えて腰を落とし、次の攻撃を行う体勢へと移行した。
だが、すぐに元の体勢に戻り、
「増援か」
と空中で何かを切り落とした。
縦に真っ二つにされた矢が落ちる。
「勇者様! 賢者様! ご無事ですか!?」
EAも着ていない騎士団の男たち三十人ほどが隊列を組み、ミレナたちの方へ向かっていた。
ミレナはそちらに向けて、剣を軽く振るう。
発生した魔力斬撃が一人の男の首を切断した。
「シュタク少佐が心配だから、撤退するわ。首を洗ってなさい、愚者に裏切り者に……何も知らない臆病者」
憎々しげにそう吐き捨てて、ミレナは後方に大きく飛ぶ。
着地した後、踵を返して走り去っていった。
距離が開き、リリアナはホッとため息を零した。
「あれが……新しい剣聖……」
レクターがヴィート・シュタクとの戦いで損傷していたとはいえ、恐るべき強さだったと思い返す。
「とりあえず治療を」
EAから降りて、コンラートと賢者の元に走り寄っていった。
――何も知らない臆病者。
その言葉が胸に突き刺さった。
戦っていて、相手の意思の強さを感じた。
ヴィート・シュタクという男を、心の底から大切に思っているのだろう。
だったら、間違っているのはどちらなのか。それとも、どちらも間違っているのか。
治癒魔法を終えたリリアナが、首を横に振る。
わかりたくないだけだ。自分が間違っているということを。
ただ一つだけ理解したのは、新しい強敵が、ただ大事な人のために戦っているということだった。
アネシュカがヴィルの愛称を教えたのが、ここで生きてきたという。




