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鎧の魔王のファンタジア  作者: 長月充悟
真竜湾攻略戦
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2、平和なバカンス







 現在、勇者一行を追うのは諜報部に任せ、シュタク特務小隊は帝都へと帰還している。

 目的は次の作戦への調整だ。


「隊長、勇者たちを追わなくても良いのでしょうか?」


 石造りの作戦室で、赤髪のミレナが手を上げて発言する。


「構わん。どうせ奴らも来る」

「そ、そうですか」

「どういう意味かはまた今度説明してやる」

「はい」


 オレはグルッと部屋中を見回した。

 そこにはシュタク特務小隊を代表する面々が勢揃いだ。

 副隊長のミレナ、生意気盛りのコンラート、裏切り者のテオドア、船長のダリボル。他にもEA整備班のまだ若い班長。

 今日は隊の外から研究員も傍聴者として参加している。エディッタ・オラーフという人選なのが嫌だが仕方ない。何これ、オレが推薦したんだから面倒見ろってこと?


「さて、我々帝国は次の局面を迎えることになった。つまり帝国北西、真竜諸島との間に広がる海を渡る作戦だ」


 その言葉に、全員が息を飲む。

 一番年長のダリボルが苦笑しながら、


「しかし少佐、未だ多数の竜騎士がうろついていると聞きますがね」


 と質問してくる。


「もちろん、百も承知だよダリボル。こちらも万全の準備で挑むだけだ」

「飛行船で特攻なんてのは、今回はナシですぜ?」


 ヴラトニア教国を落としたときは、ダリボルに無理言わせて、空から単機で降りたからな。そのときのことを言ってるんだろう。


「さすがに竜騎士相手では良い的だからな。だが、そろそろあの空飛ぶトカゲの連隊が目障りになってきた。奴らには全滅してもらう」

「ほう? と言いますと?」

「第一弾の結果はそろそろ出る。我が帝国諜報部は優秀だ。他大陸の国の商人を装い、真竜国に潜伏中とのことだ」


 いよいよ始まる、真竜諸島攻略戦だ。

 胸が高鳴るな。


「ねえ、少佐」

「なんだオラーフ女史。傍聴者に発言は許可してないぞ」

「固いこと言わないの。で、特務小隊は何するの?」

「そうだな。それを言わなければな」


 しかし、つい小さくため息が漏れてしまう。

 事前準備が作戦の八割を握るというが、こんなことまで本当にしなきゃならんのだろうか。


「あら、なんでため息?」


 オレの様子に、全員が怪訝な顔になっていた。まあ、テオドアだけはビクビクしているが。


「オレの言葉を聞けばわかる」

「んー? 何するのかしら?」

「南方の海で泳ぐ」


 思わず投げやりに言い放ってしまう。


「は?」


 全員が呆けた顔をしていた。オレの言葉が意外だったからだろう。


「喜べ、バカンスだぞ」


 もうホント、何だよ、この任務……。











 時は経ち三日後。

 オレたちは南の海にいた。ブレスニーク公爵家のご厚意により貸し出しいただいた貴族用の砂浜である。

 帝都での準備から移動ときて、今日は一日の休暇だ。これも訓練の一つではあるんだが。

 目の前に広がるは白い砂浜、寄せては返す青い波。

 北方は今頃真冬だろうな。こちらは暑くて仕方ない真夏だが。

 容赦なく照りつける日差しに、手を目の上でかざしてしまう。

 今日の予定は、しばらく前から、帝国の上流階級で流行の夏の遊び、海水浴という行楽である。

 何でも、下着と大して変わらない布面積の『水着』とやらを着込み、砂浜で太陽に当たったり海で泳いだりするそうだ。誰だよこんなの開発した人間は。

 何でこんなものが流行ってるのか? 

 紡績と縫製技術が上がり、撥水力のある布で服を作れるようになったせいだ。あと、先代の皇帝陛下の隠れた趣味だったそうだ。だから貴族で流行った。我が祖父ながら厄介な。

 今日は休暇であり、さすがのオレも銀髪のカツラとマスクを外した楽な格好だ。


「しかしなぁ」


 皇帝が好むと貴族が話題作りのために追随し、やがてその下まで波及していく。これは世の常だ。今は富裕層だけだが、今後は中流階級まで楽しむようになるだろう。


「だけどなぁ」


 水着というヤツは、下着と同じようなものだ。

 太陽の下で上半身を露出している姿というのは、いささか間抜けなのではないだろうか。

 腕を組んでオレは唸る。

 そもそも夏というのが、あまり得意ではない。まあ主な原因がEAとマスクとカツラが暑いというものだから、今はあまり関係ないが。

 それでもやはり、夏は得意ではない。


「ヴィル? 泳がないのですか?」


 声をかけられて、振り向いた。

 隣に立つは水着姿の銀髪美女。我が婚約者シャールカ・ブレスニーク公爵家令嬢だ。

 彼女の容姿を見て、改めて思う。

 水着という物を発明した人間は、おそらくEAに劣らぬ天才だろう。

 彼女の胸の上から股下まで包む青色の水着は、彼女の体型の良さを惜しみなく見せつけてくる。

 夏は素晴らしい。


「ヴィル?」


 こちらを覗き込みながら小首を傾げるシャールカ・ブレスニーク。


「ああ、すまん。夏の暑さにやられていた」

「大丈夫ですか? さっそく泳がれますか?」

「その前に日焼け止めを塗ろうと思ってな」

「すみません、すでに私は侍女に塗らせました」

「……ああ、そうかい」


 元々の肌の色が至高とされている美の業界では、日焼け止めという塗り薬がとても重要なのだそうだ。

 父上曰く、男女で塗り合うのが慣わしと聞いたのだが……。


「ヴィル? 珍しく残念そうな顔をしていますが……」

「そんなことねえよ……」

「ぬ、塗りましょうか……?」

「頼むわ」


 すぐさま砂浜の上に敷かれた布の上に俯せになる。すぐ近くに下男が大きな日傘を持って立っているので、ちゃんと日陰になっていた。

 シャールカの元に、メイドが小瓶を持ってきた。それを受け取り、手の上に零していく。


「で、では、塗らせていただきます」


 少し緊張した声で、オレの背中に触れる。

 ぬるっとした液体が、彼女の手によって広げられていく。


「うん、いいなこれ」

「そ、そうですか」

「素晴らしい」


 彼女のほっそりとした指先が背中をなぞっていく。そこに付いた液体は少し冷たいが、それが逆に気持ち良く感じられた。

 しばらくそのまま休暇を堪能していると、


「も、もしかしてシャールカ様?」


 と、若い女の声が、オレと婚約者の憩いの時間を邪魔する。

 軽く目を上げれば、そこには我が隊の副隊長ミレナ・ビーノヴァー伯爵令嬢が立っていた。

 赤い髪の毛を三つ編みにし、胸と腰の部分だけを隠す水着を身につけていた。


「あら……ビーノヴァー中尉」

「ぶ、ブレスニーク公爵令嬢がそんなことをされるなんて……」


 一歩後ずさり、驚くような顔を浮かべていた。


「こちらは私の婚約者ですので」

「え、ええ?」


 仕方ない。起き上がるか。

 今のオレは黒髪黒目のヴィルだ。いや、ヴィレーム・ヌラ・メノアとして行動しなければなるまい。


「よう」


 軽く手を上げると、ミレナが怪訝な目つきをこちらに向ける。


「あ、あれ、貴方はボラーシェクにいた……」


 オレの素性がわからず、赤髪の生真面目な副隊長が瞬きを何度も繰り返していた。

 そういえばエディッタを基地に連れて来た後、こいつとこの姿(ヴィル)で軽く会話したな。


「ビーノヴァー中尉、不敬ですよ」


 不敬という言葉に、ミレナの顔がさぁっと青くなる。

 公爵令嬢の婚約者で不敬というなら、もうその人間がどこの家なのかすぐにわかったようだ。


「も、申し訳ありません!」


 膝をついて頭を垂れる。


「いや、いい。休暇中だろう。名乗らずに悪かった。私はヴィレーム・ヌラ・メノアだ。軍では貴公と同じく中尉である。よろしく頼む」


 久しぶりに皇子らしい態度を取る。久しぶり過ぎて慣れんな……。


「ミ……西方貴族ビーノヴァー伯爵家が次女、ミレナでございます。ヴィレーム殿下」

「楽にして良い……、ああ、今は婚約者のシャールカと憩いの時間を過ごしているのだ。辞して良い」

「はっ、恐れ入ります!」


 ミレナが素早く立ち上がり、もう一度頭を下げる。数歩下がってから踵を返し、そのまま逃げるように、早足で立ち去っていった。

 思わず笑いがこみ上げてくるのを腹筋で堪える。


「さすがにシュタク少佐のときと同じようにはいかんか」

「仕方ありませんよ、ヴィル。それより続きはどうなさいますか?」

「そうだな。頼む」


 もう一度横になる。

 こんなところでゆっくりしてて良いのか、とは思うが、仕方ない任務だ。

 明日からは海上訓練の予定が入っている。まずは休暇を兼ねて、海というものに慣れる必要がある。帝都は陸の真ん中にあり、大きな川は近くとも、波が押し寄せる海はない。

 チラリと背中越しに、日焼け止めを塗るシャールカを見た。

 こちらの視線に気づき、少し恥ずかしそうに頬を染めて俯く。


「な、何か?」

「いや」

「その、あまり見ないでいただけると……」

「水着か?」

「は、はい……」

「後でじっくり見るよ」


 オレは再び顔を下へと向ける。


「……もう」


 どこか嬉しそうな、不満げな声が聞こえてくる。

 休暇だなぁ。

 ……リリアナは今頃、何してるんだろうか。北方の山脈に入ったのは聞いているが。

 しかし、勇者か。困ったものだ。

 アイツもそんなものを押しつけられなければ、オレたちみたいに水着で海水浴を楽しむことだってできたかもしれない。

 早くそういう立場に戻してやりたいもんだが……。


「ヴィル? 背中は終わりましたよ」

「わかった。ありがとさん」


 体を起こして立ち上がる。


「前は自分で塗る」


 大変なことになっちゃうと困るしな。

 手の平を出すと、シャールカがこちらにビンを手渡してくれた。

 空を見上げる。

 空の青は薄く、海の青は濃い。

 白い雲はなお薄く透けて、砂の白は積み重なる。

 元気でいるといいんだがな。リリアナ。

 大陸の南は、熱い夏を迎えていた。








 ■■■。






「ものすごく寒い」


 リリアナが不満げに零す。


「何回目よ」

「セラさん、何か暖かい魔法使ってるでしょ」

「使ってないわよ。何が起きるかわからないから、魔力の無駄遣いはしないって決めたでしょ」


 賢者セラフィーナが呆れたように苦笑する。

 彼女たちは今、雪の降る山道を歩いていた。吐く息は白く、周囲の木々からは時折、雪が地面へと落ちていく。


「嘘だ……」

「レナーテ神殿も似たようなものでしょ。我慢なさい。アーシャを見なさい。文句一つ言わないわよ」


 黄金のゴーレムの肩に乗り、分厚いコートで膨れあがった少女を見る。

 確かに何一つ喋っておらず、何一つ動きもない。


「……アーシャちゃん! 寝ちゃ駄目! 寝たら死ぬよ!」


 リリアナが慌てて叫んだ。


「はっ!? ここは? 鉱石の魔物の国はどこに?」

「よ、良かった……」


 そんな三人の様子を後ろから歩く竜騎士エリシュカが笑う。


「みんなして、だらしないな。そんなことでは竜騎士になれないぞ」


 茶髪を後頭部で結い上げた筆頭竜騎士は、革の鎧にマントを羽織っているだけだった。


「あなたたちみたいな脳みそまで筋肉じゃないのよ、こっちは」

「言ったな、セラ。そろそろ懐に隠した暖かそうな道具を、アーシャに貸してやれ」

「なっ? 気づいてたの! こ、これは私の!」

「大人げないぞ」

「く、くぅ……仕方ないわね……」


 悔しそうなセラが懐から、白い革で包まれた手の平サイズの物体を取り出す。


「ナニコレ?」


 リリアナが不思議そうな顔で、ひょいとつまみ上げた。彼女が中身を確かめるために軽く振ると、さらさらと音がする。中には砂のような発熱する物体が入っており、彼女の手に体温よりだいぶ高い温もりが伝わってきた。


「え、なにこれ暖かい! ずるいよ、セラさん!」

「う、うるさいわね! 寒いのよ! 冷え性なのよ!」

「まだ隠してるでしょ!」


 リリアナがセラフィーナの外套の前を無理矢理開く。

 雪の上に、先ほどと同じ白い革袋が、いくつも落ちていった。


「や、やめなさい! 死ぬ! 寒さで死んじゃうわ!」

「セラさん、ズルすぎ!」

「寒いのよ! 私も! 耐性の高い勇者と一緒にしないで!」

「私だって寒いもん! 一個ちょうだい!」


 言い争う二人に、竜騎士が、


「またアーシャがあちらに旅立ちかかってるぞ」


 と呆れた様子で声をかける。


「きゃー! アーシャちゃん!」

「アーシャ!」


 二人して慌ててゴーレムの上へと、消費の大きい浮遊の魔法で飛んでいった。

 魔力の節約とは何だったのか、と肩を竦めるエリシュカ。

 少し離れた場所では老冒険者メンシークが、手に止まった大きな猛禽類の足から手紙を外していた。

 それは真竜諸島共和国からの伝令用の鳥であった。比較的近くなってきたので、ようやく届くようになったのだ。


「エリシュカ殿!」


 手紙から顔を上げたメンシークが、慌てた様子で走ってくる。


「何か情報が?」

「これは大事じゃぞ!」

「というと?」


 血相を変えた老冒険者を見て、地を歩む竜騎士に嫌な予感が走る。


「竜騎士の乗る竜が……本国で大多数、毒殺されたようじゃ」


 メノア帝国と真竜諸島の間に広がる真竜湾。

 その防衛の要である竜騎士の戦力が、帝国の密偵によって大幅に削られた、という知らせであった。













ヴィル→南国で婚約者とイチャイチャバカンス

リリアナ→真冬の山道でカイロもどきの奪い合い

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