11、疑わしきを罰せよ
オレと母さんの二人は、ともにEAから降り、通路があったはずの壁に触れていた。
「ふむ、これ以上は先に行けないか」
「先ほどまで、ここに通路があったんですがね」
「私にも見えていたよヴィル」
「ヴィート・シュタクです、アダミーク閣下」
今はオレもマスクと銀髪のカツラをつけてるし、軍務中だ。
「悪い悪い。それでシュタク少佐。奴らはここを知り尽くしてたわけか? いや、あの少女のせいか」
「そのようですね。壁も固そうだ。そういえば右大将閣下こそ、どうやってここに?」
「母のカン」
肩に乗った長い黒髪を撥ね除けながら、大将閣下が自慢げに言う。
露わになった顔の左半分は、刺繍の施された布によって覆われていた。そこは賢者に傷つけられた火傷の跡がある。
「あ、そうですか……」
「本当は、お前達が戦闘していた最奥の神殿の横に、なかったはずの通路があったそうだ」
「ここと同じ感じですかね。……ははぁ、なるほど。エディッタ・オラーフ辺りが気がついたんですね」
「そうだ。また面白い人物を発見したもんだな、シュタク少佐」
「たまたまですよ。魔女の一族というなら、役に立つでしょう」
「そこは別に良いがな。しかし、進んで軍属になりたがる者など、あそこでは私ぐらいかと思ったが。時代は変わったものだな」
ククッと愉快げに笑う母に、オレは肩を竦める。
「知識を貯めて引き継ぐだけで、何が楽しいんですかね」
「私にもわからんよ。だが、この世には生まれついた生き方しかできない人間も多いのだ。シュタク少佐」
「皇帝の子は皇族、貴族の子は貴族、農民の子は農民というわけですか」
「そこから抜け出すには、軍属にでもなるしかないがな。しかし、他の奴らは遅いな」
「置いてきたんですか」
「仕方ないだろう? 私のバルヴレヴォI型より遅いのだから」
母さんの専用EAであるバルヴレヴォI型は、軽量化したバルヴレヴォだ。より正確に言うなら、隕鉄の装甲を持たないバルヴレヴォである。
クソ重い装甲を装備しなかったおかげで、その速度は現在のEAで随一だろう。
「ですが、司令官が真っ先に突入してどうしますか……以後、控えてください」
「わかったわかった」
手をヒラヒラと振ってる。これはわかってないな……。
彼女は自らの真紅のEAに触れると、
「奴らのボウレは何だと思う?」
と真剣な調子で問い掛けてきた。
『魔弓の射手』ヤン・ヴァルツァーの部下が使っていたEA『ボウレ』。外見は帝国の汎用機にしか見えなかった。
「鹵獲した、などと嘯いておりましたが」
「ありえないな。EAの管理は厳重だ。例え戦場であろうとも、ちょろまかすなど出来んな」
即座に否定されるが、オレも同意見だ。
帝国軍のEAは、戦場で破壊されても絶対に回収される。敵軍に使われて良いものではないし、持ち帰られても困る。
その部品なんてものが、たまに闇市で売られているそうだが、たいてい偽物だ。もし本物を密売すれば、帝国はその密売組織ごと売人を破壊するだろう。
「ふむ……まあ、そうですね。しかしあれがEAというなら、ボウレ用の新触媒の作り方を、どこかで手に入れたということですか」
我らが帝国の主武装であるEAは、新触媒と呼ばれる物で装甲の内側に、魔法刻印を刻む必要がある。そうでなければ、効果は発動しない。
「レクターだったか。ああいうものがあるのだ。外見だけそっくりな物が作れる、ということもあるが」
「手ごたえはボウレそのものでした。閣下もそうお思いでしたでしょう?」
「言いたくはないが、紛れもなくボウレだったな。言いたいことはわかる。ボウレ用の新触媒と刻印設計図が漏れたか」
「それで、ボラーシェクのドワーフ辺りに作らせたんでしょうね。彼らはそういうのが大好きですから」
あの人種は、物を作ったりすることに興味を持ちやすい。帝国が独占しているEAなど、格好の的だ。
オレのカンから出た答えに、母さんも同意のようだ。ヤレヤレと大きなため息を吐いた。
「まったく。一度、引き締めなければならんな。真竜国本土に攻め込む算段もまだつかんというのに」
「ああ、それですが、ひょっとしたらという案もあります」
右大将閣下の右目が、刃のごとき光を帯びる。
「ほう? 真竜諸島に渡るためには、竜騎士部隊が邪魔だぞ?」
今回の戦いで少し考えついたことがあった。
「海を渡らねば、奴らの喉元まで辿り着けない。ですが、その海を見張るのは、空を縦横無尽に飛ぶ竜騎士部隊です」
もちろん、密偵を送り込んだ破壊工作や他国へ圧力を掛け貿易を止めさせたりと、できる範囲の手は打っている。しかしどうにも実を結ばないというのが結果だ。
「飛行船にEAを乗せて迎撃も考えたがな、図体が大きすぎる。どう作戦を練っても良い的にしかならん。船も同じだ。これらの問題を打開できると?」
「ええ、まあ、上手く行けばということです。ちょっとした素材を手に入れなければならないんですがね」
「それはここで手に入るのか?」
「ボラーシェクで手に入るでしょう。ヴラシチミル・ペトルー主任に一度相談してから、報告します」
「わかった。楽しみにしている……っと、やっと追いついてきたようだな」
反対側にあるこの部屋への入口方向が騒がしくなる。
オレや母さんの部下たちが、追いついてきたようだ。
「さて、これからどうするかね、シュタク少佐? 壁でもぶち破って追いかけるか?」
EAに背中を預け、腕を組んだ母さんが楽しそうに笑う。
「時間がかかりそうですね。あと、できればこの遺跡は綺麗に残して後で調べたいと思います」
「面白いものでもあったかな」
「ええ、まあ」
聖龍レナーテのいる場所と同じ壁画が刻まれた部屋。オレは当てずっぽうで言ったが、リリアナの反応からすると、当たらずとも遠からずだろう。
「ではどうする? ヴィート・シュタク?」
「考えがありますよ、右大将閣下」
「聞かせてもらおうか?」
オレの答えは彼女を楽しませるぐらいはできるだろう。
そう確信して、口を開く。
「撤退しましょうか、この遺跡から」
今は遺跡から撤退が完了し、ボラーシェクにある基地の自室に戻っていた。
二つのソファーに六人が座り、オレは立って全員に説明をし始める。
「遺跡の出入り口を封鎖しない」
「何考えてんだ、この少佐」
「口には気をつけろ、コンラート」
オレの注意に、コンラートが慌てて口を噤む。
何故なら彼の隣に、アネシュカ・アダミーク将軍が鎮座しているからだ。
しかしオレたちのやり取りに気分を害した様子はなく、楽しそうな顔を浮かべ、足を組み背もたれに両腕を広げていた。
閣下は楽しそうに笑みを浮かべているが、一応、規律は守らないといけない。
「エディッタの開発した動体探索の魔法で、森の中は見張らせている。他の出入り口が見つかるか、もしくは間抜けが見つかるかもしれん。念には念を入れる」
奴らは籠城するつもりだろう。レクターを修理できる可能性もある。もしそうなら、尚更だ。
もちろん、抜け穴がある城に攻め込むなんてバカなことを、こちらもすることはない。
「シュタク少佐」
アダミーク閣下が手を挙げる。
「何でしょうか?」
「その目的は?」
「最大の目的は、奴らを助ける勢力のあぶり出しです」
「EAの密造をした連中か」
「実際に作ったのが誰かはわかりませんが、この町に協力者はいるでしょう。あと聞き込みも開始しています」
「何のだ?」
「一ユル程度の身長の少女。この子が出入りしていた商店などの割り出しです」
「あのときに見えた子か。まあ、その辺の町の子が迷い込んだ可能性がないとは言えんが」
「であれば楽だったんですがね」
「……原初のドワーフか。それでどうする?」
右目だけでこちらを鋭く睨んでくる。軍属なら誰でも身が竦む思いをするだろう。
現に反対側にいるミレナなど、背筋が伸びきって顔も固まっている。
「彼女がユル氏族の生き残りとなれば、ドワーフの中では神にも等しい存在です」
「それはわかる。回りくどいぞ、ヴィート・シュタク少佐」
「奴らは籠城に成功し、力を蓄えられるとでも思っているでしょうが、肝心なことを忘れています」
「ああ、なるほどな。餌はその辺に沢山転がってるというわけか」
「ご推察の通りです。ドワーフ連中には、他にも聞かなきゃいけないことがありますしね。強制的に集めて尋問していきましょう。拷問も可とします」
「ほう? 疑わしきを罰するなど、なかなか横暴ではないか、帝国は」
母さんが大きな声で笑う。
だが否定も却下もしていない。
「神を倒すには、その信者を先に葬る必要があります。それに右大将閣下」
「なんだね、シュタク少佐」
「真竜諸島共和国への侵攻に詰まって二年近く。そろそろ大陸の人間は思い出さなければならない。ドワーフだろうがエルフだろうが関係ありません」
正直に言って、停滞が過ぎた。
ブラハシュア、ヴラトニアの二カ国は亡国となり、その惨状に帝国を怖れた。
しかし最後の一国と、絶大なる強者と認識されている聖龍レナーテに手を出せていない。
その間に帝国は自国の戦力強化に努めているとはいえ、他国から見れば真竜国に手を出せないと見えるかもしれない。
ゆえに反抗的な者たちが、勇者や賢者などの称号持ちを旗頭に団結しようとするのだ。
だから、見せなければいけない。
我々、メノア帝国が何者であるかということをだ。
「そうだな。我々が絶対的に強者であり、刃向かうものには容赦などしない、ということを思い出してもらわねばな」
オレの意図を読み、帝国の最大戦力をまとめる大将が不敵に笑った。
「ドワーフは全員、出頭だ! 逆らわなければ傷はつけない。だが、反抗的な者はどうなるか、理解しろ!」
亡国の王都を、帝国兵がEAを伴って闊歩する。
背後には手をロープで繋がれたドワーフたちが連れられている。
行き先はボラーシェクの中心地、廃城となった場所だ。そこにはオレが撫で切りにした王族貴族の死体が放置されていた。
しかし、さすがに年月が経ちすぎたので、風化しているものがほとんどだ。
オレはその光景を、王城の外壁から見下ろしていた。
そこは騎馬同士の試合が行われていたらしい、広めの練兵場の跡地だ。今は荒れた土の上に風化した骨が転がっているだけだったが。
「順調なようだな。まずはドワーフか」
隣に立っているアネシュカ右大将が満足げに頷く。
「ええ、このボラーシェクに住む人間たちは、帝国に従わなければ生きていけないのですからね」
城門を抜けたドワーフたちが、次々と壁の中へと連れて来られている。
ドワーフ、という一族は、伝説では原初の巨人ユミルから生まれたユル氏族が最初なのだという。
男女ともに身長は1・5ユルほど。
男はみな筋骨隆々だが腹が出ており、よく酒樽と揶揄される。彼らが酒好きなのもその一因かもしれないが。だいたいが逞しい髭を蓄えており、その髭の色艶を競う大会が開かれることまであるそうだ。
女はまちまちだそうだ。
オレの知ってるのは髭がないだけで、だいたい男と似たような体型をしている。実際は細いのもいるそうだが、見たことはない。
そして男女ともに手先が器用でありながら、腕力も強い。
ゆえに採掘の現場や鉱石宝石の加工現場などで、よく姿を見かけられる。
基本的には家族を小単位とし、氏族でまとまって住むことが多い。中には変わり者もいるが。
「反抗的な者もいるようだな」
兵士たちに殴られ、EAに取り押さえられているドワーフの男が見える。
引き連れていた列からはみ出し、兵士に殴りかかろうとしたようだ。
「シュタク少佐、この地は少し反抗的に過ぎるな」
「嘆かわしいことです。帝国ではヒト、エルフ、ドワーフ、その他希少種族、全てが皇帝の臣民として、平穏に暮らしているというのに」
基本的に帝国では、種族差別というものは認められていない。問題は臣民であるかどうかだ。
絶対なる皇帝陛下の元、お前らは種族問わず臣民だから、仲良く暮らせ。これが現在の帝国の考え方だ。
それに旧ブラハシュア王都であるボラーシェクには、帝国もかなりの投資を始めている。紡績などの工場を作り、行き先のない者を働かせてやっているぐらいだ。
「自由を履き違えたか」
アダミーク閣下が苦笑を浮かべる。
「ブラハシュアは元々、ドワーフやエルフに厳しい国だったようです。奴隷として外から連れて来られた者も多いとか」
「解放されて最初は帝国に感謝したが、後から調子に乗ったか。バカなことだ」
「彼らにとっては与えられた安穏だったのやもしれませんな」
「貴公が王族貴族を撫で切りにしたせいで、民間の被害はかなり少なかったしな」
「称号持ちがレナーテの名を使って、言うことを聞かせたという可能性もあり得ます」
聖龍レナーテは、原初の巨人ユミルと同じく神世の生物だ。それゆえに、ユミルの次にレナーテを神聖視する者も多い。
「罪深いことだな、シュタク少佐」
「まったくです」
「エルフは良いのかね?」
「彼らは数が少ない。とりあえず後回しですよ。正確に言うなら、後のお楽しみです」
しかし帝国では皇帝陛下が一番だ。トカゲの親玉ごとき敬うに値しない。
二番目の権力者である右大将閣下と会話をしていると、少し離れた場所から喧噪が起き始める。
「おっと、暴動か?」
ドワーフの一団が、腕の縄を引きちぎって暴れ出したようだ。
「賢者様やレナーテ様に逆らう愚か者が!」
「オレたちゃ自由なんだ!」
「今まで真面目に生きてきたんだ! これ以上、こんな扱い受けてたまるか!」
兵士から武器を奪い、攻撃を始めたようだ。
下にいた右大将閣下の直属の部下が、こちらを見上げる。閣下もそれに頷いて答えた。
次の瞬間、数機のEAが動く。
「な、なんだ? なんだってんだ!」
「EAだ!」
「ドワーフを舐めんなよ!」
彼らが威勢良く騒ぎ始める。
しかし行動を起こす前に、次々とEAの魔力砲撃によって砕かれ、肉片と化していった。
それを見た女たちが悲鳴を上げ、子供たちが目の前の出来事にわけもわからず大声で泣き始める。
「いいか! 逆らえばこうなる! 否、逆らっていてもこうなる! 我々は優しいが、限度があることを知れ。いいな!?」
一機のEAが立ち、拡声の魔法で告げた。
それを受けて、ドワーフたちが黙り込む。子供はまだ泣いているようだが、女たちが必死に黙らせようと抱きしめていた。
さて、地下遺跡に逃げているヤツらは、何をしているやら。
お前達に味方すれば、それだけで罪になる。いい加減に覚えて欲しいものだな。
悪の帝国
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