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13、ヴィート・シュタク



 ■■■



 リリアナは何をしようにも、手が付かなかった。

 とりあえず落ち着くために、竜車を引く走竜二匹の世話をしようと、廃坑の外に出てきたところだった。


「お父さん!?」


 荷台の幌の中を開ければ、負傷して眠っていたはずのオトマル・アーデルハイトが、EAの内部に触れていたところだった。


「お父さん! ケガをしてるのに……!」

「いや、ごめんよリリアナ。でも、ボクが襲われていたということは、帝国に見つかったってことだし、今のうちに何とか動かせるようにしたかったんだ」


 そう言いながらも、オトマルは手を休めず専用の棒状の工具でEAの内部の付与魔法陣を書き換えていた。


「……大丈夫?」

「これぐらいは何とか。痛っ」


 オトマルが手を伸ばそうとして腹部の痛みに身を震わせた。リリアナは慌てて駆け寄って、父を支えようとする。


「ほら! 無理するから!」

「いや、大したことないんだよ……。それにここで無理しとかないと」

「でも……」

「今回はヴィート・シュタクは来ないという話だけど、それでも何が起こるかわからないしね」


 脂汗を拭きながら、オトマルは作業を進めた。


「それに、もう終わるよ」

「え? ほんとに?」

「内部が壊れたワイズマンの装甲を、レクターの傷ついた部分と取り替えて、内部付与魔法陣を書き換えなきゃいけなかったんだ。付与魔法陣定着のための新触媒は、リリアナとここの人たちが素材を取ってきてくれたしね」


 そう言って、最後に工具へと魔力を込めた後、オトマルは腰を抜かしたようにへたり込んだ。


「よし終わった」


 顔色は青く、やせ気味の頬はさらに痩けていた。それでも満足そうに、座ったまま自分の作ったEAを見つめていた。

 その横に座っていたリリアナは、影の差す顔のまま、


「……どうしてウソ吐いたの?」


 と呟く。


「え?」

「ヴレヴォの町のこと……」


 娘の言葉に、オトマルは目を丸くした。しかし、その娘の顔を見る勇気もないまま、疲れたように微笑む。


「……誰かに聞いたんだね」

「ヴィルに……」

「幼馴染み君か。彼も生きてるとは思わなかったな」


 乾いた笑いを浮かべ、観念したように目を閉じる。


「リリアナ、仕方ないんだ。幼い頃、君が夢で女神マァヤ・マーク様に『勇者』だと神託を受けた。あのままじゃ、帝国に良い様に使われるかもしれないと思ったんだ」

「だから、真竜国に逃げたのは、わかってるよ……。もう子供じゃないし」

「そうか……そうだね。もう十八歳だしな……」


 自分に言い聞かせるように呟くオトマルの顔を、リリアナはじっと睨んでいた。

 その様子に気づいたのか、父親は娘の視線から顔を逸らす。


「聖龍レナーテ様の元なら、少なくとも怯えるような暮らしはしないと思った。事実、君は少しばかり厳しい修行をされたけど、周囲のみんなは概ね優しかったよね」


 リリアナは何か言いたそうに口を開いたが、彼女の顔を見ようとしない父親にはそれがわからなかった。

 少しばかり厳しい修行と言ったが、本当は泣くほどつらかった。

 勇者の力を制御するためと言われ、剣術や魔法の熟練者たちから手ほどきを受けた。

 仲の良い友達から離された十歳にもならない少女には、厳しすぎる訓練だったのだ。

 ただしそれ以外は、レナーテを含めて彼女に優しかった。


「……ずるい」

「だから、君は真竜国を滅ぼされるわけにはいかないって思ったんだよね」


 違う、違うの、とリリアナは叫びたかった。

 リリアナはそんなことを思ったのではない。

 真竜国はしてはいけないことをした。帝国を先に攻めたのだ。だから、本当なら主導した人が責任取らなければいけない。

 だが、ヴィート・シュタクが来れば、責任を取るどころか国ごと滅ぼされてしまう。

 彼女もある一面では普通の少女であり、数少ないが友人もいる。

 しかも『勇者』という称号を授かった身であり、真竜諸島共和国の為政者の娘なども友人に含まれていた。

 為政者の娘には戦争を仕掛けた責任などない。そう思っていたが、滅ぼされた国の王都を見て知った。ヴィート・シュタクには関係ないのだと。

 だから戦わなければと思ったのだ。『勇者』なのだから。決して、真竜諸島共和国を守りたいわけではない。

 だが、言えない。

 父親には言えない。


「……お父さん」

「なんだい?」

「本当は、何から逃げてきたの……?」


 リリアナはバカではない。

 父親が自分を口実に、帝国の何かから怯えるように逃げ出したことは気づいていた。

 だからEAなどを作ったというのも、何となく理解していた。


「……君のためさ」

「嘘! 嘘でしょ!」

「……ほんとだよ」


 やはり本当のことは言わない。

 言うとは思ってなかったが、それでも歯痒い気持ちが抑えきれなかった。

 真竜国に住む人々を守りたい。

 リリアナはそう思う。

 だけど、こう思わずにもいられなかったのだ。




 『勇者』という称号など、授からなければ良かった、と。







 ■■■




「早かったですね、左軍の討伐隊展開開始です。目標はドリガンの町から数ユミル離れた場所にある廃坑のようです」


 宿泊している宿屋の部屋でベッドに座るオレに、横に立つシャールカが教えてくれる。


「そうか」


 今は二人だけなので、マスクと銀髪のカツラはテーブルの上に置いてある。


「左軍だけかと思いましたが、右軍も一部、参加しているようですね」


 手に持った紙は、どこからか手に入れてきた左軍の内部情報とのことだ。おそらく実家の伝手か何かだろう。


「称号持ちたちの情報提供はしただろう?」

「その他の部下は最初の強奪作戦に参加した者であり、かつ相手と剣を交わらせた経験もあるので、エリク皇太子からの要請でしょう」


 しかしオレに参戦の許可は得られない。

 そもそもだ。

 ヴィート・シュタクを邪魔する勇者リリアナ・アーデルハイト。彼女を助けることが許されるのか。


「勇者ってのは強いのか? 剣聖の強さはわかるが」

「伝説の称号ですね。神から渡され、比類無き強さを得る。遥か昔、帝国創世より前は『神与称号』と呼ばれていたものです」

「それぐらいは知っている」

「現在は観察する技術が失われましたが、以前はその身に宿る力の名を見ることができたというのは、ご存じかと」

「スキルやアビリティと呼ばれた特殊技能だろ? 身体強化だったり魔法強化だったり習ってもいない剣術を、なぜか使えたりとか」

「今でも私たちでは確認できないだけで、それぞれの身に宿っているそうです。特技や特性など呼ばれています。ただし、それを確認できるのは、今では幾星霜を生きる聖龍レナーテだけ。ゆえに神から称号を授与された者は、聖龍レナーテの元へ参るそうですが」

「……まあ、子供が称号を受けたなんて、普通は本気にしないよな」


 普通はもしそんなことになっても、レナーテの元に行く旅費など用意できない。

 それが帝都側のヴレヴォから真竜諸島共和国までなら、大陸の半分を縦断するようなものだ。


「ですが、オトマル・アーデルハイトは連れて行った」

「アーデルハイト、ああ、アダルハイトか……」

「そうですね、帝城の名前となっている帝国出身の勇者と同じです。ひょっとしたら勇者の傍流の子孫かもしれません。称号持ちの子孫が称号持ちになる可能性は、ないとはいえません」


 よく考えれば、これは欠陥システムだ。

 全ては聖龍レナーテの思い通りではないか。


「……あのトカゲ野郎」


 リリアナが真竜諸島共和国に向かったのが戦争前だ。何らかの作為を疑ってしまう。


「それで、どうされますか?」

「来てる右軍はどこだ?」

「シュタク隊と、ペトルー主任です」

「んだと?」


 ペトルーは右軍EA開発局の中心人物であり、戦場に連れてくる必要などない。


「新型EAの情報をその場で解析させ、情報を得るつもりかと。シュタク隊はその護衛代わりに使ったと思われます」

「……エリク。地味な嫌がらせは得意だな、本当に」


 たかだか皇太子風情が、人がいない間に勝手に、オレんとこのを使いやがって。

 いや……でも助かったか?

 ペトルーが来てるなら、アレを持ってきてるはずだ。アイツはアレをまだ未完成だと思っていて、何かと手を加えたがる。その上、他人に整備させたがらない。ならば持ってきてるはずだ。


「まあいいだろう」

「どうなさるおつもりで?」


 その質問に、オレは回答を持たない。自分でもどうしたら良いかわからないからだ。

 リリアナにオレがヴィート・シュタクだと告げる?

 その行為に何の意味がある。オレは賢者を殺さなければならない。真竜国を滅ぼさねばならない。でなければ、幸せにはなれない。

 ヴィルがそれを行おうと、彼女は止めようとするだろう。

 ならば意味はない。リリアナを無駄に苦しめるだけだ。


「そもそもヴィル様にとっては真竜国の人間は復讐の対象。リリアナさんが勇者なら、かの国でも重要人物です」

「バカなことを言うな! リリアナを狙うなんてできるか!」

「ではどうするのですか?」


 相変わらずの平淡な言葉調子で問いかけてくる。


「……どうしたら良い」

「リリアナさんだけを幸せにすることなど不可能です」

「そんなのわかってる」


 どうしたら良い。

 ああ、どうしたら良い。



 復讐とリリアナの命が、同時に成り立たない。どうしたら良いんだ。



「ヴィル様?」


 頭を掻きむしる。

 ああ、思い出す思い出す。

 幼いオレは抱えられ、遠くなっていく。

 兵士にドゥシャンが斬られた。

 イゴルがリベェナを火炎の魔法から庇おうとして、二人とも焼け死んだ。煤しか残らなかった。

 オティーリエが立ち竦んだけど、両手を伸ばして、オレの逃がされた方向に行かすまいと泣きながら失禁しながら、でも駄目って言って、そして竜騎士の操る竜に食われたんだ。

 燃える町でアレンカが落ちていた剣を奪って、襲いかかったけど返り討ちにされて、押し倒されて、助けようとしたブラニスラフは冒険者に両断され、アレンカは相手に噛みついて、逆上した相手に首を折られて死んだ。

 死んだ。死んだのだ。

 リリアナは生きている。

 ドゥシャンもイゴルもアレンカもブラニスラフもリベェナもオティーリエも殺されたのだ。

 リリアナ・アーデルハイトが生きているのなら、幸せになって欲しい。

 だがアイツはヴィート・シュタクを止める、殺すと言ったのだ。


「ヴィル様……」

「なんだ?」

「ここが……運命の変わるところではないでしょうか?」

「なかなか詩的なことを言うなシャールカ」

「ヴィル様は幸せになられるとおっしゃいました」

「言ったな。それこそが復讐だと」


 妙なことを言い出したシャールカを見上げる。


「私はなぜか貴方の幼馴染として数えられていませんが」

「昔から知ってるが、それとは別の問題だ。オレにとってあの町は故郷で、あの町に住んでいた奴らこそが幼馴染だ。皆、焼かれたがな」

「ではリリアナさんが、あなたの幸せを願っているなら……もう良いではありませんか?」


 うつむいたシャールカの瞳が何故か悲しげに揺れていた。


「どういう意味だ?」

「称号持ちは強い。それが伝説の勇者なら、ヴィート・シュタクでさえ敗れるときが来るかもしれません」

「いつでも勝てるとは言わん。そこまで傲慢でもない」

「私には……み……いえ、私は悲劇的な未来を想像してしまうのです」


 長い銀髪が揺れる。オレの横に腰掛け、手を重ねてきた。


「悲劇的な未来?」

「……リリアナさんが貴方を殺し、その正体を知ってしまうことです」


 確かにそれは最悪の未来だ。

 訪れてはならない未来像だろう。


「だったらどうした?」

「ここで復讐を諦めてしまえば、そういう未来は訪れません」


 幸せになる。そのためには真竜国の人間は邪魔だ。あの戦争を起こした奴らが生きている限り、オレは心に暗い汚泥を抱えたまま生きていくしかなくなる。


「……本当にそうか?」

「少なくとも……リリアナさんと貴方が戦い、殺し合うことはありません。それで良いではありませんか?」


 いつのまにか握っていた拳を、シャールカの両手が包んでいた。


「きっと幸せになれます」


 ああ、そうかもしれない。

 きっとリリアナやシャールカと過ごした昨日のように、冒険者の真似事でもしながら暮らし、旅でもしながら生きていけば、笑い合って幸せになるかもしれない。

 だけど。

 だが。

 しかし、それでは。



 オレが笑う時間に、真竜国の奴らまでが幸せに笑うのを、許せというのか。



「……幸せか」


 そもそもの話だ。

 何をふぬけているのだ、オレは。リリアナのことで動揺しすぎだ。

 誰だよお前は。


「ヴィル様?」


 ヴィート・シュタクだ。

 ヴィレーム・ヌラ・メノアだ。

 アネシュカ・アダミークの息子でユーリウス・メノアの子供だ。

 リリアナに会ってヴィルと呼ばれ、ちょっと思い出したに過ぎないんだ、幸せだった頃を。

 思い出せ、その幸せがどうして壊れたのかを。


「すまん、呆けていたようだ」

「それなら結構ですが……お疲れのご様子……ヴィル様?」

「動くぞ」


 立ち上がり、部屋のテーブルに置いてあったマスクと銀髪のカツラを手に取って身に着ける。

 これでオレはヴィルからヴィート・シュタクへとなるのだ。


「え?」

ペトルーをわざわざ連れてきてくれるなんてな。ありがたくて涙が出る。アイツは、飛行船で来てるなら絶対に『バルヴレヴォ』を持ってきている。


「どうされるので……しょうか?」


 ベッドの上に残されたシャールカが、こちらを見上げた。何かを怖れているような眼差しだ。

 何てことない。何をどう考えようと決まっている。結論は一つしかない。


「最初から決まってるだろう?」


 リリアナ以外は皆殺しだ。








 荒れ地に放置された廃坑を囲むように、左軍は陣地を展開していた。模範的な犯行組織潰しだと思われる。

 オレはすでに、赤髪のEA操縦者ミレナを見つけていた。陣地の遥か後方に飛行船『ルドグヴィンスト』が停泊していたからだ。


「シュ、シュタク隊長!? ご休暇中なのでは!?」


 いないはずのオレの姿を見て、ミレナが驚く。


「そうだな、ちょっとリフレッシュに来たさ。ヴラシチミル・ペトルーはあっちか?」


 視線の先にはオレたちが前作戦で使った飛行船が停泊してあった。

 後部ハッチは地面と設置しており、その奥でヒマそうにイスでお茶を飲んでいるペトルーがいる。


「よう」

「あああ、あれぇ? シュタク少佐!? どうされたんですかぁ?」


 枯れ木の様な体に白衣を纏い、ぎょろ目がさらに見開かれる。


「あるだろ?」

「ええ、ええっと!?」

「バルヴレヴォ」

「え、ええ、ありますけど。バルヴレヴォを留守中に誰かに触られるのも癪ですからねえ」

「そんなことだと思った。だが、助かる」

「おや、助かる? シュタク少佐は休暇中なのでは!?」

「だからリフレッシュに来たのさ」

「と申しますと? まさかまさか?」

「昔からキツネ狩りは得意だったんだよ。休暇中のヒマ潰しに最適なのさ」

「ひゃぁ、良いですねえ。こんなこともあろうかと、バルヴレヴォを持ってきた甲斐がありましたぁ!」


 痩せこけたエルフが楽しそうに手を叩き合わせる。


「たまたまだろうが、お前のEAに対する愛情に感謝するぞ。それにだ」

「はいはい、なんでしょうかぁ?」

「面白いことが起きるぞ。オレの予想通りならな」


 オレのカンが当たれば、とても楽しいことが起こる。

 それを想像すると思わず頬が緩み、口角が吊り上ってしまうのだった。







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