14、勇者の意味
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金髪の皇太子エリク・イェデン・メノアは、本陣の中の天幕で机の上に置かれた地図を見つめる。
「確認できました。反乱勢力は、ドリガン西廃坑一〇四に集まっているとのことです。諜報部、および飛行船『ルドグヴィンスト』の哨戒のおかげです」
部下の一人が報告を読み上げる。
「ご苦労様。右軍には借りを作ってばかりだが、これで賢者を落とすことができれば、その借りも充分に返すことができるだろう」
「はっ」
エリクの優しげな声に、左軍本陣の幹部達が敬礼をした。
廃坑にいる反乱勢力は元々、大した敵ではない。
そこにヴィート・シュタクたちが追っていた賢者たちが合流したと聞いた。
賢者は警戒すべき相手だと思っている。だがそれでも、今回用意したEAは九十八機。たかが反抗勢力程度にあり得ない戦力だ。
ヴィート・シュタクの正体であるヴィルにも、騙し討ちで言質は取った。今のところ妨害の様子はない。
「竜騎士の連れている聖白竜の姿を見てないのが気になるね」
「廃坑に入る大きさではありませんので、すでに脱出したと見るのが良いかと」
「竜騎士が襲ってくる可能性はあるけど……まあ、こちらも数は揃えたんだ。大丈夫かな」
「その通りかと。しかし竜騎士と賢者が脱出している可能性も考える必要があります」
「二人で背後から強襲か。なおさら都合が良い。こちらとしても、本当は廃坑内の反乱勢力を縛り上げて人質に使える。まとまってくれるなら、全力の魔力砲撃で相手をしてあげれば良い」
狙いは称号持ちの『賢者』、それについている竜騎士筆頭だけだ。
「了解いたしました」
「他に何かあるかい?」
帝国を代表する美男子であるエリクが、微笑みながら部下たちを見回す。
手を回し、かき集められるだけのEAを集めた。
決して、賢者を侮ってはいない。ヴィート・シュタクに一騎打ちで敗れたとはいえ、その身に宿る魔力は膨大と聞く。放たれる攻撃魔法は竜をも穿つ。EAすら焼き尽くすと報告が入っている。
数は力だ。エリクはそう思っている。賢者を制圧するのに、大量のEAを並べたことは決して恥ではない。
ヴィート・シュタクの功績により、賢者にはEAの魔力砲撃が有効なことはわかっていた。賢者の張る魔力障壁は頑丈だが、波状攻撃に弱いということだ。
ゆえに百機近くのEAを集めた。
おかげで失敗は許されないが、失敗の要素も少ないのだ。
「何も問題はないようだね。では、先陣を弟のザハリアーシュに切らせる」
彼のために、専用に調整された最新鋭EAボウレⅡを持ち込んだ。
およそ百機近くのEAが放つ魔力砲撃によって、ケリが着く可能性が高い。そこの先陣に参加したという実績が、弟には必要だ。
敵は竜騎士筆頭と賢者だけ。負ける要素はない。
剣聖はヴィート・シュタクに倒され、他に称号持ちがいるという情報はない。しかも竜騎士の竜は傷ついているそうだ。
これで負ければ、もはや弟のヴィルを止めることなど不可能である。しかし、自分がそんな能なしであるとも思えなかった。
予想外の事態さえ起こらなければ万全のはず、と自分を鼓舞する。
「では、そろそろ作戦を開始する。良いね?」
同じようにテーブルを囲む自分の部下たちを見回した。
治安維持は地味な仕事だ。だが今は占領した二王国を統制するという任務があり、実戦経験だけなら右軍にも負けていない。
「では行こうか」
エリクは天幕の入り口を開け、外へと足を運ぶ。
太陽は真上に昇ったあたりだ。エリクは気づかなかったが、鳥のような影が一匹だけ上空を飛んでいた。
砂漠が近い荒れ地に、帝国の旗が翻る。
負けるはずがない戦い。そのはずであった。
そう信じた帝国の皇太子は、廃坑を見下ろせる位置まで歩いて進むのであった。
傾いたすり鉢状に削られた底に、腐りかけの木で支えられた廃坑の入り口がある。
そこに向けて歩くEAの先頭は、帝国第二皇子ザハリアーシュ・ティリ・メノアだ。
短い金髪を逆立てた大男だ。筋骨隆々としており、それは他者よりEAが一回り大きいことにも現れていた。
周囲にいる汎用EAが鈍色の中、青色の装甲を持った少し大きめの鎧が彼の専用機ボウレⅡだ。
汎用機ボウレの先行試作機として、ボウレL型という大きめの機体をさらに改造したものだ。
汎用機ボウレが中の人間の身体能力強化を十倍ほどまでしか掛けられなかったのを、十五倍まで跳ね上げた。
傍から見れば、アルマジロを人型にしたような形だ。騎士の鎧とはかけ離れていたが、先行試作ということで、このまま使用されている。
そんなボウレⅡが自身ほどもあろう大きさの巨大な剣を肩に担いでいた。
『ガハハハッ、さあ兄上、命令をはよう!』
好戦的な感情を隠せず、ザハリアーシュは背後の本陣へと大声をかける。
半径五十ユルはあるすり鉢状の底を、扇状に配置した機体たちが、左手を伸ばして砲撃命令を待ち構えていた。
「では、ザハリアーシュ、あまり待たせても悪い。先陣の……うん?」
「何だ、あれは?」
後方の丘から見下ろすエリクと、彼と廃坑入り口の中間地点にいたザハリアーシュが疑問符を上げる。
白銀の鎧が、ゆっくりと出てきたのだ。
「あれが、EAか?」
エリクが少し前に進み、そこに現れた機体を見るために遠視の魔法を自身にかけた。
ヴィート・シュタクが鹵獲した機体と同系統の形だった。これが残った一機ということだろう。
鹵獲した方の機体の性能値はすでに把握している。ボウレの約二倍ほどだ。
これは驚くべき性能だが、それでも数の差を補うほどではない。
さらにザハリアーシュの機体は速度より力に特化しており、破壊力だけなら鹵獲した機体を大幅に超えているはずと、エリクは算段を立てる。
彼らが訝しげに見ていた白い機体が、手に持っていた長剣を地面に突き刺し、その柄に両手を乗せた。
『勇者によって開かれた国、メノア帝国の諸君』
装着すると会話しづらくなるEAには、拡声の魔法が乗っている。それを最大出力にしているようだ。
女か? ヴィート・シュタクの報告ではおそらく操縦者は始末したという話だったが? エリクは内心で計算違いを愚痴る。
帝国軍が戸惑っていると、それは威風堂々とした態度で名乗りを続ける。
『我が名は、リリアナ・アーデルハイト。卿らの横暴を止めるため、聖龍レナーテ様の御命令を受けこの地に参上した。そう、我は今代の『勇者』である!!!』
そのEAの中にいる人間は、帝国の戦力に対し、宣戦布告に近い言葉を放ったのであった。
それが彼女の悲壮な決意の結果だとは、誰も知らない。
引き返さぬ、引き返せぬとばかりに、自身の名を名乗り称号を露わにした。
これからは自分を狙え、自分がお前達に仇なす者の首魁の一人である、とばかりに、威圧を込めて、その言葉を発した。
本当はこの地のブラハシュアの残党など置いて行く予定だった。
だが、そこには多数の女子供が存在していた。
ヴィート・シュタクが行った大虐殺は、女子供すら容赦がなかった。ただでさえ敵対した王国の残党だ。そこの婦女子の命など風前の灯火だった。
正義感が強いわけでもなかった。ただ、出来れば弱い者が無残に殺されることはない方が良いと思ってる。
そして、幼い頃から慕っていたヴィルにさえ別れを告げ、ヴィート・シュタクを討つと誓ったのだ。
ここで彼らを守らなければ、その意味は無くなるに等しい。
ゆえに、EAに乗り残った。
『さあ、私の持つ勇者の力、ここで試すが良い、メノア帝国の誇り高き騎士たちよ!』
メノア帝国が悪いわけではないなど、とうに知っている。元々、戦争を仕掛けたのは三カ国側だ。
だから最大限の敬意を持って、帝国と戦おう。
勇者として、その道の半ばで朽ち果てても。
称号持ちとは、夢で女神マァヤ・マークからのお告げと共に、強大な能力を得る。それは遥か昔では、特性や技能と呼ばれた概念的能力だ。
彼らは与えられた称号に見合った能力を得て、成長とともに育てていく。
賢者は、あらゆる攻撃魔法を操ることができる知恵と魔力を得た。
剣聖は、神世の剣士たちが使った剣技と、それを操る身体能力を体得した。
では、勇者は?
勇気ある者、という称号に秘められた思いは、人類の希望だ。
決して負けない、決して挫けない。
その概念を実行するために、賢者並の魔力と剣聖並の身体能力を与えられる。
いわば人類の守護者。
かつては、北方より訪れた魔族の王と闘い、退けた。
かつては、星の外より現れた悪魔を、聖龍レナーテと共に封じた。
長らく現れていなかった、勇者の称号を持つ者。
それが帝国の敵として、姿を現した。
人類の守護者が、龍の国に味方し、人類同士の闘いに介入する。
今、意味はねじ曲がった。
勇者という最強の称号持ちすら、人と人の戦争の一つの駒となってしまった。
だがそれは、間違いでもない。
何故ならば、勇者もまた、リリアナ・アーデルハイトという人間であるがゆえに。
それでも、ここが歴史の転換地点だったと、後の歴史家が語ることになる出来事だった。
『いいねいいねえ、勇者様だってよぉ!』
ザハリアーシュが耐えきれないと言わんばかりに走り出した。
白銀のEAにも興味があったが、ここで『勇者』を落とせば、『賢者』を引かせ『剣聖』を殺したヴィート・シュタクの功績に並ぶ。
「ザハリアーシュ! 勝手なことを!」
『いいじゃねえか、兄上。これはここで貰っとくべき首だ!』
大剣を担いだまま、勇者と向かい合う弟に、エリクは頭を抱えたくなった。
『卿は?』
『メノア帝国第二皇子、ザハリアーシュ・ティリ・メノアだ! さあ勇者、俺と戦おうぜ! 一騎打ちだ!』
『良いでしょう、来なさい! ザハリアーシュ皇子!』
突き刺していた剣を抜き、リリアナは白銀のEA内で魔力を走らせる。
魔力とは、大気中の魔素を取り込み体内で自分の使い易いよう変換した力である。
常人では不可視であり、EA内であろうとも見ることができない透明な物質だ。
だが、勇者の持つ力は大きすぎた。
『光る粒子……』
ザハリアーシュが呻く。白い機体の隙間から零れ出る薄く緑色に光る粒子が、魔素に返ろうとしている魔力であると気づいたからだ。。
それだけ相手の持つ魔力が多く、EAに入りきらないほど強大である証拠だった。
『はっ、相手にとって不足はねえ、行くぜ!』
ヒトほどはあろう強大な剣を、飛び上がって勇者へと振り下ろす。
だが勇者は片手に持った剣だけで受け止めた。
『なかなかに重いですね、皇子!』
『片手で止めるなんて、さすが勇者殿だ!』
二人の会話は、お互いに対する敬意が込められていた。
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「ふーん、あれが本来の姿なのか」
オレことヴィート・シュタクは、エリクたちに見つからないよう、飛行船の中から戦いを眺めていた。
「ほほほぅ、あれが勇者……勇者用のEAですかぁああ、ドがいっぱい付くぐらい三流の作りですなああ」
隣にいたヴラシチミル・ペトルーが、楽しそうに唾を飛ばす。
「魔力が溢れすぎだ。いかに勇者の魔力が強大だとしても、あれだけ漏らせばな」
「まさにシュタク少佐とは正反対! 最少の魔力でタイミング良く魔力を流し効率良く動かしていく、EA操縦の頂点ですからなあ」
「変な世辞はいらんぞペトルー。だが、打ち合いの迫力はなかなかだ」
「お互いに出力は高いですからねええ、ですけど、あれを作ったのは三流ですねえ、どう見ても」
「手厳しいな。オトマル・アーデルハイトという男らしい」
制作者の情報に、ペトルーがわずかに驚いたような顔を浮かべた。
「おや、あれはオトマル氏の作成でしたかぁ」
「知ってるのか?」
「ふるーくからの知り合いですなぁ」
ペトルーがウンウンと何度も頷く。
「EA開発初期か」
「いえそれよりも前、魔道具開発していたときですなぁ。センスは悪くないんですがね、実現する実力がイマイチでしてねえ、どっかに消えたと思ってたら、真竜国ですかあ。いやいやいや、でも彼、よく頑張りましたねええ。正直、ボクらの下にいたときは、実力もないのにプライドが高い男ってイメージでしたが」
「ない実力を素材と中身でカバーしたか。まあアリな発想だ。ただそうなると、なんで東のメナリーなんかで開発してたんだ? 真竜国から遠すぎる」
「単純に素材の確保の問題でしょうなぁ。大陸の東側なら、EA開発に役立つ素材も取れますからねえ」
「真竜国じゃ高価な竜の素材は手に入っても、竜を怖れて他の魔物が出ないからか」
「付与魔法定着のための新触媒の材料は、東側に出る魔物の方が良いですしなあ。そのためにブレスニーク公爵家の令嬢が、ウチの顧問にいるようなもんですからねえ」
やれやれと首を横に振り、冗談めかしたため息を吐く。
オレもマスクの中で眉間に皺を寄せた。
後はメナリーに行く途中で、ブラハシュアとヴラトニアの王都跡を見せるためだろうな。
そのためにわざわざリリアナも連れていった。
つまり『勇者』が戦うための動機の強化だな。
「それで、ボクのバルヴレヴォはいつ出すんですかぁ? 少佐!! こんな実地で、しかも勇者なんぞと戦う姿を見るチャンス、逃しませんよぉ!」
鬱陶しい痩せこけたぎょろ目の顔が近づいてくる。それを押し退けながら、
「お前、他のヤツに動かさせようとしてただろ?」
と笑いかける。
ペトルーは開発主任だけあって、帝都に籠もりっぱなしだ。模擬戦は見たことがあっても、自慢の逸品の実際の戦場働きを見たことがない。
五秒ほど凍り付いたように動きを止めた後、ペトルーが視線をわざとらしく逸らす。
「なななな、なんのことですかねえ? わ、私は全くもって、せっかく戦場近くに駆り出されるなら、バルヴレヴォが戦う様子を見たいと思ってなんざいませんよ! 少佐以外が乗るのは妥協しようとか! とか!」
「本音が漏れすぎだ。まあ、もう少し待て。どうせ動きが出る」
「動きと言いますと?」
ハテ、と九十度に近く首を傾げる。ほんとコイツがエルフとか、他のエルフに対する冒涜だよな。
「賢者がおらん。どっかで戦局を見守りつつ、この包囲網を突破するチャンスを待っているんだろうな」
本来ならいないはずの勇者という駒。それに意識を集中させ、自らは他から叩く。常套手段だが、勇者が強力なら防ぐのも難しい。
「あとはまあ、奥の手も何となく理解した」
おそらくレクターの本来の性能を発揮させる手段がある。
思うに、あれはEAなどではない。
「さて、もう少しだけ見学しようか」
賢者も筆頭竜騎士も、そう何度も見たい顔ではないしな。
オレの目的は、この場の主導権を握ること。
そのためには、エリクたちに死なない程度の失敗をしてもらわなければならない。
全てが目論み通りに行くよう、あとは祈るだけだ。たぶん、その通りになるんだけどな。
敵方の次の行動を考察しながら、空を見上げる。
「竜が飛んでるな」
「では、竜騎士はすでに上空へ?」
いつのまにかミレナが隣に来ていた。
「本陣狙いだな。オレならそうする。当然、エリクも警戒しているだろうが……テオドア!」
「へーい」
金髪チャラ男がのんびりとした返事をする。
「本陣近くに隠れておけ。おそらく上からエリク殿下を狙ってくる」
「弓で迎撃っすねー了解っすー」
「助けたら飛行船まで来るよう伝えろ。殿下の手を借りる必要がある。コンラートとミレナはまだ待機だ」
手袋に手を通しながら、廃坑の方を見る。
ザハリアーシュとリリアナの一騎打ちは、終わりを迎えようとしていた。
十分ほど剣を打ち合ってただろうか。
EAの総合的な性能はボウレⅡが上だったが、出力と中身が敵のレクターの方が上だった。
「……ザハリアーシュの負けだな」
「良い勝負をしているように見えますが……あ」
白いレクターの剣が下から振り上げられ、ザハリアーシュの剣が上空に飛んでいく。ボウレⅡが地面に膝を着いた。
「ほらな。全員、準備だ。すぐ来るぞ」
オレはバルヴレヴォへと手をかけた。




