その日は、一段と寒かった。2
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到着した念願の焼肉屋は空いていた。
昼食には遅すぎ、夕食には早すぎる時間のため当然なのだけれど。
店員さんに言われるがまま案内された席に腰を降ろす。
「…なんだこの筒は?」
「まあまあ、まずは飲み物です」
天井から机まで伸ばされている換気口を興味深げに覗き込もうとする皇帝さまを横目にメニューを開いた。
「コーラ」
「……」
聞く必要もなかったようだ。
店員さんを呼び、飲み物とついでにお肉も適当に注文した。
「随分と肉の種類が多いのだな」
店員さんが去った後、皇帝さまが感心したように言う。
「動物自体は3種程度ですが、こういった店では部位を指定して注文するんです」
「ほう」
「実はどこの部位なのかとかはよくわかっていないんですけどね。結構味が違うんですよ」
それから軽く換気口の説明をしていると、七輪が運ばれてきた。
この店は机の上に七輪を置くタイプのようだ。
「これは…目の前で肉を焼くのか?」
「そうです」
取り皿とトングが運ばれ、その後すぐに飲み物と最初のお肉も到着した。
「さ、焼きますよ」
「何?自分で焼くのか!?」
「生のお肉はこのトングで掴んでくださいね」
驚いている皇帝さまをよそに、早速お肉を焼き始める。
まずは定番の牛ロース。
トングで1枚掴み、網に乗せた瞬間、それはジュウジュウと小気味良い音を立てる。
なんとも食欲をそそる音だ。
「さあ、ハルバードさんも」
「…この肉、随分と薄くないか?」
「この方が早く焼けるんですよ」
皇帝さまは眉根を寄せたまま慣れない手つきで網にお肉をのせた。
それを見届けてから、私は2枚目以降も網にのせていった。
「片面が焼けたらひっくり返します」
「こうか」
「はい。それで赤い部分がなくなったら食べ頃です」
段々とお肉の焼ける良い匂いが立ち込める。
ああ、美味しそうだ。早く食べたい。
もう焼けただろうか。
「…あとはお好きなタイミングで小皿に取って、このタレをつけて食べるんです。あ、お好みで塩でもいいですよ」
少し早いかもしれないが、我慢できずに最初に乗せたお肉を小皿にとった。
この店のタレは味噌系か。大好物だ。
思わず軽く喉をならした。
「ふむ。確かにすぐに火が通るな」
「サイクルが早いので自分で焼いた方が効率的なんですよね」
説明もそこそこに、タレにつけた一枚を口の中に放り込む。
途端に肉の脂が口一杯に広がり、味噌の風味が鼻を抜けていった。
…なんだこれ、めっちゃ美味い。
格安チェーン店とは柔らかさが段違いだ。脂が甘い。
味噌ダレとも相性が抜群で、肉の旨味が引き立っている。
「…また、随分と美味そうに食べるな」
皇帝さまが笑った。
観察されていたのかと思うと少し恥ずかしいが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「だって美味しいんですよ。ハルバードさんも早く食べないと焦げますよ」
もしくは私がさらってしまう可能性すらある。
そう言って急かすと、皇帝さまはいつのまにか使いこなしていた箸で焼けたお肉を掴んだ。
小皿に乗せ、塩を振りかける。通だ。
育ちの良さが見てとれる綺麗な所作でそのまま口に運ぶ。
一口、二口と噛んで味わい、驚いたように目を見開いた。
「…美味い!」
「ほら!」
思わず私まで気分が高揚する。
焼肉なんて久しく食べていなかったが、食べてみればやはり美味しい。
「焼きたての肉というものは初めて食べたが…美味いな。薄いにも拘らずしっかり肉の味がする。その上、柔らかい」
「こっちのレモン汁もさっぱりして美味しいですよ」
「なるほど、肉ごとに味を変えるのか。面白いな」
じっくりと味わって食べる皇帝さまに構わず、次々とお肉を網へと乗せていく。
何、無くなれば頼めば良いのだ。
「余もやる」
「どうぞどうぞ」
無事お気に召したらしい皇帝さまと二人で、最初に運ばれてきたお肉をペロリと平らげた。
しっかり自分でお肉を焼くのにも慣れてきている。
「次は奮発してこのA5ランク和牛カルビにしましょう。あとは一応野菜も」
「ほう、野菜もあるのか。注文は任せるが…先程のものをもう一皿頼みたい」
「わかりました。すみませーん!」
調子に乗ってメニューの中でも高めのお肉を注文する。
あとは栄養バランスの言い訳の為に野菜も少し。
「あとコーラ」
「はい、コーラですね」
注文は任せると言ったくせに、コーラだけは皇帝さま自ら注文した。
そして上手く注文できたことにご満悦のようだ。ああもう可愛いな。
「どうだ?」
店員さんが居なくなった後、皇帝さまが尋ねてくる。
…何がだろう。
「ええと……お上手です」
自分で注文したことについてかと踏んでそう返せば、上機嫌に笑ったのでどうやら正解だったようだ。
「まあ、この程度…余にとっては大したことではないがな」
そうですね、とすぐそこまで出かかった相づちはなんとか飲み込んだ。
美味しいお肉を散々堪能し、会計をして店を出た。
軽く炙るくらいで大丈夫ですので、と言われたA5ランクの和牛カルビは本当に口の中で溶けた。魔法かと思った。
皇帝さまにも好評だったので、それから3皿くらいおかわりをしてしまった。
そんな豪遊をしたものだから、やはりお会計はそれなりだったが、後悔はするまい。
相応に美味しかったし、楽しかったのだから。
「美味しかったですねえ」
「ああ、そうだな」
普段頼めないようなお肉を散々食べた余韻に浸りながら、家路につく。
すでに日は傾いていて、街灯にも明かりが灯っていた。
冬は日が落ちるのが早いなあ。
夕飯の買い物を、と言いたいところだが今はお腹が一杯で考えられそうもない。
今日は夕飯は抜いても良いな。
ああ、でもコタツを出したし、みかんくらいは買っていってもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、皇帝さまが唐突に口を開いた。
「マユミ」
「はい?」
改まって名前を呼ばれたので、隣を見上げれば妙に真面目な顔をした皇帝さまと目があった。
その真っ直ぐ見つめる緑の瞳にどきりとする。
何だろう。もしかして何かしてしまっただろうか?
「やはり、一度余の国に来ないか」
「へ」
何を言われるのかと身構えてしまっていたせいで言われたことへの理解が追い付かず、思わず変な声が漏れてしまった。
「今度、4年に一度の大きな祭りがある。他国の人間も大勢集まる祭りだ。その時、お前も来い」
なんだ、そんなことか。
その平和な話の内容にほっと胸を撫で下ろした。
随分と真剣な顔をするから何かと思ったじゃないか。
お祭り。皇帝さまの国のお祭りかあ。
「私なんかがお邪魔して良いんですか?」
「余が言い出した事だ」
当然だろう、と皇帝さまが鼻をならした。
「民も皆張り切っているし、国外からの評判も毎年良い。美味いものも沢山ある」
誇らしげにそう言って、どうだ?と私の顔を見つめた。
…行ってみたいに決まっている。
本当にファンタジーの世界がそこに存在するというなら、誰だってそう思うだろう。
前にちらっと招待してくれるような話をしてから特に音沙汰もなかったので、社交辞令か、無理だったかなと何も聞かずにいた。
皇帝さまは忙しいだろうし、向こうの常識を何も知らない私が迷惑をかけることになるかもしれないから。
けれど、今回は国を挙げてのお祭りなのだ。
色々な国の人がくるのなら、私一人くらい混じったって目立たないはず。
多少の常識知らずも多目に見てもらえるだろう。
「…じゃあ、是非。行ってみたいです」
こんな良い機会滅多にない。チャンスを逃してなるものか。。
たとえ平日だとしても有給休暇を消費して行こう。
「そうか」
その返事を聞いて、皇帝さまはようやく笑った。
これがまた優しい顔で微笑むものだから、ついつい胸がときめいてしまう。
「あ、もしかして最近、それで忙しかったんですか?お祭りの準備とか」
「うむ。…その上、祭りが近くなるにつれ今以上に忙しくなるだろうな」
そう言ってごく自然に手を取られて、一緒にポケットへとしまわれた。
さもそれが当然であるかのような行動に驚く暇もない。
「だが、どうやらなんとかなりそうだ」
ぎゅっと確かめるように握りこまれる。
ちょっと痛い。けれども温かい。
私のために準備を頑張ってくれるのかなあ、なんて少しくらいは自惚れても良いのだろうか。
「…お祭り、楽しみにしてますね」
「ああ、期待して待つが良い」
そう言って自信たっぷりに笑う皇帝さまに、私も少しだけ手を強く握り返した。
次回は向こうの国です。