2023年前半 IT企業で撃沈編
Biography_20230101_一方的に恵まれる気持ち悪さ.txt
この気持はぜひ覚えておきたい
今年もお年玉の季節がきた
いい加減、成人したのだからお年玉をもらう義理はないのだが、なぜが親たちはお年玉を渡しに来る。
俺が頑張って稼げる額はせいぜい月7万円だった。最高でも9万。なのにお年玉は万単位で入っている。
自分の頑張りはなんなんだ・・?あいつらにとってお金はこんなにも軽いものなのか?
あるいは、自分はそんなに大事な存在なのか・・?
気持ち悪いな。
別に親が子を大事にするのは自然だろう。でも俺は親を大事にする気がない。なんなら極力薄い関係でいたいと思っている。
大学の仕送りくらいは返そうと思うが、それ以上恩を返す気はない。介護とかで恩返ししたくないし、感謝で恩返しもしたくない。
何なら、親より早くこの世を去りたいと思っている。子孫をつなぐこともないだろう。
それなのに、一方的に愛を受けては気持ち悪いではないか
借りっぱなしはあまりしたくない。だから必要以上に恵んでもらうつもりはない。
もらえるもんはもらっておけ、というけれど、それではあまりに自分がクズ野郎じゃないか。
「もらっておけ」ということばが、「お前は惨めだ。そうなりたくなければ恩を返せる人になれ」 と変換されて自分に入ってくるようだ。
ああ、その手にのるつもりはないな
こんなこと親にいっても伝わらないんだろうな。
与えたいと思うこともあるようになったから、多少は恵む側の心理も理解してるつもりだ。
別に明確な見返りを求めてるわけじゃないだろう。なんなら思考放棄してる。
ただ、、返してほしいものは知っている。感謝だ。
精一杯の喜びやら、ときどき吉報を教えてもらえるなら、、尽くしたかいがあるというものだ。
それが恵む側の求めるもの。
それを返す気がない。
故に申し訳ないし、惨めに感じる。でも気持ちは↑のとおりだ。だから気持ち悪い
Biography_20230205_命がけで夢から覚めてるような.txt
目が覚める。頭が昏睡しているのを感じる。目が殆ど見えなくて、体が思うように動かない。
そもまま沈んだらまた寝るだろう。だから体を叩くようにしてなんとか起き上がる。そして上半身だけ立った状態で少しやすんだ
目が覚める。さっきのは夢だった。さっきより少しだけ起きているような気がする。でも頭はクラクラする。
でも意識は起きたいと言っているので、なんとか体を起こす。
気をつけろ。右に傾いたらロフトから落ちるぞ。昏睡してる今ならやりかねない。なんとか左側に背を描けながら体を起こす。
また目が覚めた。次は頭が昏睡してない。目はもやっとしてるが。体を起こすと布団がすすられる音が聞こえる。
少しだけ休んだら階段を降りる。目覚めてから階段を降りるまでは、落ちる危険があるので油断できない。
顔を洗うまでの記憶は全く残らないけど。
とうとう目が覚めた。頭がすっきりしている。目はもやっとしてるが、体を起こすとようやく息をする。
寝てるときに息しているのかかなり怪しい。
とりあえず上半身起きた状態で、一瞬休んだかもしれないし、割とすぐにはしごをおりたかもしれない。そこらへんの記憶は残らない。
顔を洗って部屋にもどれば、いつもの自分がスタートする
...なんというか、何重もの眠りについているような感覚だ。
途中で意識が切れれば、死んでもおかしくないような感覚。あの状態の自分の無意識はちゃんと息してるのか?
夢の中で死ぬと、周囲がリセットされて全く違うところの夢が再開する。
実のところ現実でも、何回か起きるのに失敗して死んでるような気もするんだけど、気のせいでしょうかね
Biography_20230205_命がけで夢から覚めてるような.txt
Biography_20230317_人間関係の集大成を味わったので感銘☺.txt
大学卒業式の日。
昨日は新しい賃貸の鍵を受け取りにいき、朝は引っ越しのことで頭を巡らせる。卒業式は消化試合だよな、まあゼミと弓道では呼ばれてるし多少ザラザラして帰るんだ〜って気持ちだった。
朝のバスには遅刻し、一個遅いバスに乗った。隣には珍しく黒服で花蓮にしてない女性が座っていた。
さて、地味に度胸だけは育ってる自分はちょいちょいためらいながらも話しかけることに成功する。成功っていっても、その場の暇つぶしとして雑談するだけだ。
俺は陰キャだが、一人ぼっち行動は寂しいので気軽に話せる人を即座に召喚できるこの能力はかなり気に入っている。
名前すら聞かず、式場に入るときに別れたがこれで良いのだ。
一期一会って感じ。
式に入ると後ろの席に学部の友達と会えた。学部の友は正直全く会わないのでぼっちかな〜と思っていたがこれは嬉しいことだ。久々のメンツを見れて色々と安心した。
会の内容は省略。コロナで大変でしたね〜
キャンパス帰りのバス移動まではしばらくボッチだったが、これまた幸運にも別の友人に会える。安心感の獲得とともに、バスの中の暇つぶしが完成して非常にラッキーだ
キャンパスに帰還後は学部内の式まで弓道部を訪問する。正直弓道のことはほとんど忘れてるので期待は薄いが、向こうはちゃんと用意してくれてるのでお返しのお土産をしっかり持っていった。
大富豪楽しかったわ〜
学部内式典ではバス組と式で会った情報系メンツと再会し、一緒に座ることに成功。本当に運が良い。これまで学部で人間関係を作ってきた成果を堪能していた(笑)
その後はゼミで座談会。気分は「美味しいケーキ食べて終わり!」のつもりだった。ので、初手帰ろうか〜なんて言ってみたりした
ケーキは美味しかったです。
その後弓道部に戻ってお土産をわたし、軽く部員と話してから記念の物を貰い、再びゼミに戻る。
先生に「何処行ってたの?」と聞かれて、「部活です」と答えられるのは気持ち良い。自分にもちゃんと人脈があるんですよ感がある気がする(自己満足)
あとは写真撮って終わりや〜って思っていた
まさか愉快なBGMが流れておそれ大きいアルバムをいただくことになるとは...
こんなことされたら誰でも嬉しいでしょうね。ただ自分としては、ゼミには中途半端で、部活(弓道、学習支援)にも中途半端で、学部にも深い仲のやつがいなくて、何ならアルバイトも中途半端な人間なのに、こんな感謝の詰まったようなものを受け取ってしまうことに申し訳無さが大きい。
最後にこんなものをもらって人間関係を完成されるのが、申し訳ない。内心もう会うことはないだろう〜
一期一会って思ってるんだよ
時間かかったでしょう。想いも詰まってるでしょう。お金もかけたかもしれない(特に先生)
もらった当初は申し訳ない。そしてあとからジワる。
ぜひまた会えると良いなって
さてこんな気持を自分が味わってしまって申し訳ない。
誰かに感謝されるくらいなら全然良いんだけど、ゼミについては「絆」的なものをもらってる感じがする。
何が申し訳ないって、
1つは、同じ陰キャに申し訳ない(学部の同期や、バスで出会った一瞬の友などはこんな気持を味わえているのだろうか...)
2つは、自分の内心の汚さに対して申し訳ない。(昨日までは別れる気持ち満々だったのにね)
でも一方で、ここで感じた気持ちは大事な気持ちではあるから、大事にしたいなとも思うんです。
Biography_20230401_最後の2週間.txt
引っ越してからとうとう二週間が経った。人との交流はほぼなく、引きこもって家計簿の開発に勤しんでいる。長かったような気がするが、今後の労働を考えると名残惜しい気もする。
3月は本当に色々なことがあった。初手団体フォーラム、愛媛帰省、追いコン卒業式を始め、色々な人と別れの言葉を交わした。LINE通知がかつてないほどに潤った。
かなり、長い一ヶ月だった気がする。少なくとも1,2月よりはずっと充実していた気がする(3月はアルバイトしてないしね)
でも各イベントごとを振り返ると、戻りたい気持ちで心がジワる。
いよいよ年度が変わり、俺は正規雇用者になる。多分、月曜日を過ぎれば、大学時代を振り返ることはぐっと減るだろう。
故に、いまの気持ちをなんとか記録に残したいと思いメモ帳を開いた
今でこそ、高校時代のことはほとんど思い返さないし、戻りたいとも思わない。でも高校卒業当時は大学卒業時と同じ心良い気持ちで卒業していったことを覚えている。
それでも戻りたいと思わないのは、あのときの自分とはあまりにも変わりすぎたからだろう。
そういう意味では、自分はとても良い成長をした、のかもしれない。
Biography_20230421_伝える力がないことが許されなくなった.txt
本日のコードレビューの先輩はプログラムの説明を伝わるように求めてくる人だった。毎回そうだが、プログラムの説明は全然うまくない。自分の中で辛うじて繋がってるロジックは言葉に出ないからだ。
俺はいつからか、プログラムは見ないと伝わるもんじゃないと思っていた。言葉で説明して理解できるものではないと思っていた。
専門用語に専門概念を重ねる複雑な世界を説明するのに、適切な言葉が浮かんでこない。各構文の仕組みも人によって理解度が違う。そんなの絵を言葉で語るようなもんや。無理無理。
でも、職業にするなら、まともに説明できる必要があるそうだ。
伝える力がないことは割と前から自覚していた。直近でも4/5の研修で言いたいことを言語にまとめられないじれったさを味わった。思えば学習支援の場でも「今日の教え方は良かったな〜」と思う日よりも「今日は下手くそだったな..」と反省する日の方が多かった。当時は笑って流せたが、先輩に「君は話の段取りができてない」「必要のないことをべらべら喋られるとこっちが混乱しちゃう」ときっぱり言われると笑えない。
なかなか人のコンプレックスを刺してくる先輩だった。気分は最悪である。だが遇の音も出ない正論なので何も言い返えせない。言い返すべきではないと、それくらいの理性は保てる。(しかもしっかりフォローはしてくれるっていうね)
今まで、言葉からは逃げられるんじゃないかと願望を持っていたのかもしれない。言葉でだめなら「絵で」「音で」「比喩で」「気持ちで」「理解してくれる人の代弁で」伝えればっ良いってね。あるいは50%も伝わればよいだろうと期待を下げたり。。
..でも言葉で伝える力。ほしいよ。
小説だって書くわけだし、日記だって書いてる。これが世に出たとき、日本語ぐちゃぐちゃで他人からは意味不明と思われるのはちょっとつらい。
学習支援だってやってたし、教えるのは好きだ。後輩やいろんな人に丁寧な伝わる説明をしてあげたいと思う。
話には段取りを付けて話すとか、結論を先に話すとか、脱線話をしないとか、前提知識を確認するとか、わかってますよ〜。
でもできないんですよ(泣)
言葉って難しい..
とりあえず、テンパってしまったら終わりなので、冷静さは欠かさないでいこう。。
次に、やりたいことは何なのか、ゆっくり1つづつ伝えていこう。
どこまでわかっているのか、どこからがわからないのか というのは明確じゃないことが多い。ここを悟れないのはうざい人なので気をつける。どこが理解できてないのか、一緒に考えていける先輩になれたら良いな。
Biography_20230421_伝える力がないことが許されなくなった.txt
Biography_20230510_トラウマを少しだけ実感した.txt
一回でもコンプレックスを刺されたら、もうその人のことが怖くて仕方なくなるものらしい。
今日の隣の席は、2週間前に自分に「伝える力のなさ」を指摘してきた先輩だった。前回と同様、今日は絶対大変だろうな、、と恐怖していた。
幸運なことに、今日はもうひとりのメンターに自分をまかせているらしく、恐れる方の先輩とまともに会話することはなかった。
とてもホッとしている。
あの先輩に対しては、体が拒絶の体制を取っているのを感じる。べつに普通に振る舞うことはできなくはないんだけど、近くに先輩が座っていることがすごく緊張する。先輩が立ってどこかに行くたびに安心し、戻ってきたり、何かを発言したりすると毎回意識がそちらに向く。
たぶんかなり優秀な人で、そこそこ気楽な雰囲気も出していて、フォローもちゃんとしてくれる、良い人なんだ。でもそれはさておいて、以前のトラウマを植え付けてきた先輩の印象が強い。
それ故にもうどうしようもない。というか、どうにかしてほしくない。できれば話さなくて済むようになってほしい。
..今日は何を指摘されるのだろう
「〇〇について説明してみて」「あれから全然成長してねえな」「ちゃんと指摘しないと伸びないよね」「じゃあどうするの?(小学生への説教みたく)」
とか言われるんじゃないかと、勝手に脳が被害妄想をしていた。
実際に言われたら超ダメージを食らう。でも、正論なので、本当に言われたら恐怖に対する反応として、本能レベルで改善にうごくのだろう。。
....人間の心理はとても面倒くさい。
自分からすれば、傷つかないと成長しない。だけど、きずつきたくないし、あまりに傷つくならいっそ壊れてやろうと思ってしまう。
逆に指摘する側の立場に立てば、相手が何をきっかけに、今の自分のような恐怖を抱くのかわからない。知らない内に下手な傷つけ方をするのではないかと不安になる。そうすると慎重になってしまうが、これが逆にコミュニケーション不足でお互いに不満がたまることにもなる。
Biography_20230714_半端な組織で優越感に浸りたい.txt
自分が無能であることを連続で実感している日々のはすごく久しぶりだと思う。
それこそ、初めてのアルバイトとして清掃員をやぅていた頃だろうか。あのときは死にものぐるいでしがみついていたような…
その前なら中学生にまで遡る。中学生より前は優越感は0に等しい。ただ、自己肯定感だけは高く持てる中二病状態だったからなんとかなった。
高校のころから、平均より上であることの優越感に肥えてしまった自分は、自分が無能認定されることを酷く恐れるようになってしまった。
例えば、東大卒がプライドの高さ故に仕事ができないと言われるパターンと似ているだろう。
それ故に度々感じる。「すごい世界に来てしまった」と。光栄より恐縮の方が勝っている感情だ。
自分のできないことは何かと周囲のせいにしたいものだが、殆どの場合自分の屁理屈でしかないことを痛感させられて責任逃避ができない環境なんだ。優れた人間が過ごす「良い空間」であるだけに…
その世界の劣等生である自分にとっては居心地が悪い。
この経験からわかったことが一つある。自分は誇りの持てる立派な組織に所属するよりも、半端なレベルの組織(=細かいことにぶつくさ言う余裕がない組織)にいたほうが居心地が良い。不平不満をぶつくさ言いながら組織の上位層に入り込むのが性にあっているんだろう。
(なんでこんなに適当なの?って言いたくなるような)
Biography_20230722_今会社に求めることは一つ.txt
結論。会社は自分のもとめるものすべては与えてはくれない。
ただ、いま所属する企業には賃金以外に唯一、欲しい物がある
技術だ。
思えば、技術がほしいが故に、エンジニアの道を選んだ気がする。
実際、就活の際には、人事系や教育系もどうかと思ったりしたが、SEを集中的に選んだのは、
新卒以外でシステムの技術を得る方法が見当たらなかったからだ。
つまり、ここでSEをとらなければ、今まで学んできたIT系の技術はすべてアマチュア止まりで生涯を終える。他の業界ではもう身に着けられない。それは流石にもったいなかった。
一方、自分がバリバリのSEに向いていないというか、なりたくないと思ってしまっている本心には、気づいているはずだったが。
今の職場に
自分が生存するためには、お金という生存権だけでは足りない。
承認や自尊心を与えてくれる人、尊敬する人や、応援したい人、それからついつい貢ぎたくなる愛おしい人がいること。
その上で、自分の能力が活かせること、成長できること、後ろ向きな自分を受け入れてくれる空間、なんてね。
足ることを知らない贅沢な要求である。
ただ、今の職場に期待することは、技術を得ること。そのために、なんとか数年耐えられる状況を作ることにある。それ以上ほしいものは会社は持っていないだろう。
(万に一つ、部署チェンジや人員と立場の変化によって居心地の良い空間を得る可能性はなくはないが、、)
だから、他の欲しいものは自分で探しに行く必要がある。
そして悔しくも、今の自分は社会活動くらいでしか人を見つけることができない。
Biography_20230726_節約心が奪った運命.txt
最近YOUTUBEではVOICEBOXの存在が広がってきたような気がする。少なくとも自分のYOUTUBEはゆっくりやボイロよりも、ボイスボックスを使った動画をよく見るようになった。巷ではボイボなんて呼ばれてるらしい?。
ゆっくりの存在は中学生の頃から知っていて、それなりに長い付き合いになる。機械音声を使って動画を作ってみたいとはだいぶ前から思っていたが、動画ソフトが見つからなかったり、linux使いになったことでゆっくり動画を作るのに不利だったりで、結局今日まで参入することがなかった。。
ボイボのことは2年くらい前から存在だけは認知していて、linuxにも対応していたので、一時期はこれで動画を作ろうなんて思っていた時期がある。ただ性能が弱すぎる我がPCではまともに動作しなくてあっけなく断念することになった。
もし、あのときPCの性能がよかったら、windowsOSがあったら、、もしかしたらボイボ動画の波に乗れたのかも、、なんてちょっと思ってしまう。或いは、世界線が少し異なればボイボの開発に参加することもあったかもしれない(自惚れてますね)。だとしたら今頃は愛しいボイスボックスが世間に台頭することができたことに大歓声をあげていたかもしれない。
なんか、そう考えると惜しいな。あのとき、低性能のPCを持っていたことに。
我が身に刻まれている節約心の心得が、知らず知らずのうちにチャンスを刈り取っていたのかもしれない。
それだけの話。
Biography_20230726_節約心が奪った運命.txt
Biography_20230730_自分が無能であると感じるから.txt
日曜日。明日の出社が目に浮かぶ。
仕事に行きたくない。
明日は、今週は生き残れるだろうか。
でも、よくよく考えたら、MTで指摘されて、そのあとはアホみたいに時間がかかる書類を書くだけじゃないか。そう考えると本当にしょうもない悩みなのだけど、心は重い。
やはり、自己喪失感がおおきいからだろうか。明日何か成功する兆しは絶対にない。
また失敗して、「改善します!」「学びます!」で終わる日なのです。
だから、常に成長しなければならない。今日の自分をそのまま明日に持っていったら、成長してないから同じミスをしてしまう。毎日毎日、失敗を重ねていくが、同じ失敗は許されないから、どんどんプレッシャーがたまっていく。
息を吸うようにできるようになってから次が来るならちょうどよいのだけど、毎日何個も課題が出るから、余計に大変なのです。
Biography_20230802_愚策をとってみたい.txt
職場のいうことは正しい。
社会人として、生きるために今を頑張ること、眼の前の課題から目を背けず立ち向かうこと、前向きに捉えて生きること、大事だ。
いままでもなんやかんやそうしてきた。高校に進学、大学に進学、就活の準備をして新卒内定ゲット。日本人の定形ラインを順調に進んでいる。
だが、世の中こういうやつだけでないことを、俺は知っている。
不登校になった、高校で就職した、今はフリーターです、前科持ちです、仕事はやめちゃいました。
今までは俺が彼らを観察している形だった。大変そうではあるが、地獄にいる人達って感じじゃなかった。むしろ希望を持ってる人もいるし、類まれな才能を秘めてる子もいた。
俺は、社会のレールから外れることがタブーな家で育った。
アホみたいに常識人というか、安全志向が強くて将来を見通して考える両親。
今の会社もそうだ。
お客に半端な製品を出すわけにはいかない。新人は何度も何度も指摘されて改善してくもんだ。新人はお金を生んでいないのだから精一杯勉強しなさい。そしていつか、会社に貢献できる存在になりなさい。
正しいよ。辛いことはこれまでにも何度もあった。でも、それでも無理強いされるから、俺には耐える選択肢しかなかった(OR意を決して死ぬか)から、耐えてきた。
奇跡か当然か、俺は今まで社会のレールが課してくる様々な壁を乗り越えてきた。
....今回も、或いは耐えられるんじゃないかと思っている。いや、職場はお世辞抜きでホワイト企業だから、俺でもかろうじて耐えられる水準なんだよ。
このまま耐えた先にある未来は悪くない。今の会社に居続けるとすればつまらなそうだが、SEとして技術を身につければ、転職もできるし、フリーランスにだってなれるかもしれない。
あと2,3年修行すればそうなれるかもな。
でもさ、俺今まで頑張ってきたよな。ちょっとそろそろ脱線しても良いんじゃないか。
愚策をとっても良いんじゃないか?
いままで死にものぐるいで積んできた積み木をさ、ちょっと危険な目に合わせてみたくないか?
ここで社会のレールを外れてみたらどうなるのだろうか。
....後悔するだろうか。
脳死作業で低賃金な労働しかできなくなるのだろうか。
適職を求め歩いて、いろんな人に出会って、馬鹿にされたりすれども、仲間ができたりするのだろうか。
Biography_20230807_本当にやりたいこと.txt
苦しんでいる人のそばで支えたい。
綺麗事みたいに書いたが、100%自分のエゴだ。
自分自身が、孤独に苦労した。
なんでも話せる仲の人がいない時期というのがざらにあった。
友人はやがて離れていくものだった。
今もそうだ。
仕事が辛い。誰かに思いをぜんぶさらけ出したい
と思うけれども、そんな都合の良い人はいるだろうか。
辛いとき、寂しとき、苦しいとき、そばで支えてくれる人がいたら、どんなに気を強く持てただろうか。
だから、俺は、孤独なとき、辛いときにしてほしいことというものに検討がつく。と思っている。せめて自分がしてほしかったことを誰かに行うことで、多少は自分の気持が報われるのではないかと思っている。
Biography_20230813_辞める覚悟です.txt
「このまま耐え続けるのみか、自分で何か行動を起こすか。」
上司が面談で問うてきた質問。
確かに、ここ最近俺は流れに身を任せすぎている。
もはや、何もしたくなくなったから。目の前の課題を乗り越えることしか眼中にない。
ゆえに一層苦しいのかもしれない。
良くなる未来が見えない。仕事がわからん。
何がしたいのかわからんくなった。耐えた先に、何があるのかもよくわからん。技術が得られるのか、それは悪くないが、耐えられる気がしないかな
辞めると決めたら、心が軽くなった。これから忙しくなると、気合が入った。
なぜでしょうね。
以下で理由をだらだら書いてるけど、大事なのは、上司に退職願を出すこと。
これには度胸と覚悟がいることだ。
あの会社の初年離職率は0%。そこに泥を塗る。
我ながらクズ過ぎるぜ。それに社宅を失う。今の仕事をいつまでやるかわからんし、同期の反応も怖いし、次の仕事が採用されないリスクもある。
リスクばかりだ。とっても危険な道だ。でも、今のままではいけないという使命感が、心の底から強く出ている。
ここから逃げ出したい。
自由に気楽に生きたい。
自分のいるべき居場所をもう一度探したい。
...心は決まっているはずだ。だったら覚悟を決めろ。
何も怖くない
7年間やった専門科の道が偽りだと確定した俺が、自信をもって自分を語るなどできないが、覚悟はもてる人間だったはずだ。
Biography_20230824_嫌なことに正直になりたい年頃.txt
小中高校生だったころは、正直きついことがたくさんあったと思うよ
体育の授業でへとへとになってもすぐ次の授業があったし、
疲れても「嫌です!」なんて絶対言えなかった
誰も達成なんてしてないだろうけど、求められることの理想を言えばかなりえぐいよね。。
軍隊養成の教育方針が残っているからね。しかたないね。
嫌だと思っていても、無理やり続ける必要があるし、
やる気をださないと、教師は説教モードに入る、、
忘れ物とかにめちゃくちゃ厳しい人もいた。
なんで世の中こんなに厳しいんだろうと疑問に思った。
最も、できないことをできないままにしておいても(勉強できないこと自体を)詰められないというのはあった。
会社員だと改善しなさい!PDCA回しなさい!って言われるからね...というか、自分でやるのが当たり前だと思われてるからね
そういう点はまだマシだかも、今思えば。
あと、嫌でも続けていたら楽しいと思えるようになったことも沢山あるから、一概に無理やりやらせることが悪とも言えない、
自分一人じゃダメになるから、環境に身を置いておくのはありだよな~と思えば、学校は悪くない場所だ。
何よりも、学校には終わりがある。
Biography_20230827_人生の半分をねむるもの.txt
昨日はなぜだか20時にぐったりしてベットインした。起きたのが4時前。そして6時頃にまた寝て起きたのが8時過ぎ。この休日は10時間寝てることになる。
ただ、これは平日でもほぼほぼ同じだったりする。
俺の人生は本当に寝てばかりだ。
仕方ないね。これまで、短時間睡眠での生活を鍛えてこなかったからね。
今日の夢は夢の中で寝ていた。
寝ているときが一番居心地が良い。
神経が通っていないから辛さというものを感じないからか。でも夢の中で苦しいと感じたり楽しいと感じることはあるんだけどね。
如何せん、夢の中が居心地が良い。
そして起きると体がぐっと重い。もういっぺん寝るか~ってなる。
ただ、あんまり寝てると体がなまってきて、体動かしたい~って思うようになる。
そうすると一回起きる。
起きるけど、体を動かして眠気が取れないときはもう一遍寝る。
そんな感じなのでいつまでも寝ちまうんだが、どこかで、頭がすっきりした状態で目覚める。その時に起きればよい。
Biography_20230903_敗因分析(こういう人間を採用するときは注意してね).txt
★豆腐メンタルになったわけ
・情報系としてのプライド
情報技術に触れてから8年目だ。最もずっと本気で投球してたわけじゃないよ?
でも毎年、毎年、成長してた。同期の中でもできる方だとうぬぼれていた。
勿論、1円も稼いだことがないことは自負していた。まだまだ頑張る必要はあると思っていたよ。
でも、会社に入ってから、自分の能力がアドバンテージになることが少ないのなんの。
上司は 初回だしできないのは当たり前でしょう って言うけどさ。
いや、こんなに苦労するの!?ってなる
前にも書いてたけど、情報系で働けるなら、幾分か自分のこれまでの積み重ねが生きて、楽に社会に適用できるんじゃないかと思っていたんです。
「若いのにやるね~」って言われると思っていたし、そうなるために頑張った。
だけど蓋を開けてみればめちゃめちゃ苦労している。ほんと、俺の努力の賜物はどこ行った?(IT企業に入るための入場券レベルかよ!)
これでも自分でサイトもって運営してるし、ゲームだって作れるし、新しい技術も自主的に身に着けてるし、ゼミでも自分の能力を活用するチャンスがあって、そういったチャンスを、ある程度生かしてきた。実力を発揮するたびにまた一歩成長していた。
情報技術に全力投球していたつもりなど毛頭ないが、それでも積み重ねは順調だった。その積み重ねが、小さなどんぐりの背伸びに過ぎなかったと知ったらどうする?
俺はすべてを放り投げても良いやと思う。こんな人生ゲームやってられるか。
・システムが化け物すぎる
長年の負債をため込んでいる大規模システム。化け物です。
本当にたくさんの機能があって、機能同士が緊密に連携していて、複雑な世界を作っている。マジですごい。恐れ大きい(素人としてこの化け物には触れたくない..)
そのうえで、ところどころ突っ込みたくなる整合性の悪さがある。
保守が追い付いていないのだ。
いや、コスパ重視のあの会社では、そういう小さな矛盾を是正することに意義を持っていないのかも。既存の動きを変える改造や、現代的だったり特異的な表現方法には消極的。クレームが来たら修正する、そうじゃないならたぶん利用者は気にしてないから無視って感じ。
(作るときはすごい指摘する癖に既存のものが見本になってないんだよクソが..)
別にそれ自体は大したことじゃない。組織に帰属する気もないのでどうでもよい。
でも、正社員は組織に帰属することを求められる。だから、あの化け物機能と気持ち悪い不整合を愛さないといけない。それがちょっと自信ないかも。
★職場が嫌いなわけ
・人がドライ。
理不尽を言われるとイラっと来るが、正論を言われるとしょぼんと来る。それを身をもって理解できたのは良い教訓だ。
正直、俺も自分のことをドライな人間だと思っている、冷静沈着で事実を淡々と語る薄情な人間だ。でも、大学で交流した人たちはそうじゃなかった。
周りの人たちは情に厚く、優しく、何かに対して頑張ろうとしている、人間的な魅力がたくさんある人。呆れるくらいに、感情を大事にしていた。俺は心で人を救えるあの子たちにはなれないだろうけど、その分論理的な部分にも身を寄せて、皆が無駄な苦労をしなくて済むようにしたいと思えた。
そういう人たちと交流していた。
...要は同族嫌悪ということか。俺はドライな人間だが、周囲の人間が、特に目上の人がドライなのはいやになる。人間として全く魅力がない人たち。失礼だけど、そういうこと。
・自分の当たり前と、会社の当たり前に対する乖離
会社の求める当たり前は、正論だけど結構厳しいと思っている。
真面目に働く、お礼を言う、能力がないなら早く成長する、能力が身に付いたら会社やお客のために頑張る、課題点には対策を考える、目上の人にはペコペコする
当たり前だよなあ。
ということで、なにをやっても褒められません。「息吸ってるだけで偉い!」 と言われるレベルを求めるわけじゃないけど、、これじゃあ、当たり前をやりきることすらできません。達成困難なことが当たり前に含まれているんです。だから、俺の職場での行動目標は、 「褒めらること」 ではなく 「怒られないこと」 に置き換わる。
これが「当たり前」という言霊の力だ。
勿論、怒られないことは俺の精神上大事なことだ。
だが、実際は普通に失敗して、しょぼん。
詰められること、怒られることも結構ある。じゃあ、ダメじゃん。
俺は高校、大学と学業的な競争で優位感を味わいすぎた。
期待される→頑張る→褒められる→成長する→他人から尊敬される→心の余裕が生まれる
そういう好循環から追い出されたのは本当に久しぶりだったように思う。
まず第一に怒られないために頑張ること自体魅力に感じない。俺にとっては、長い間、怒られないことが「当たり前」だったのだから。
そして、第二に、今は怒られないラインすら突破できないのだから、余計に気力がない。俺にとって社会人は、攻略方法がまるで思いつかない「くそげー」なのだ。
Biography_20230909_夢を語れたあの頃は.txt
先日は会社のインターン生が成果発表を行っていた。
いやはや、自信をもってプレゼンしている。
ユーモアもある。
ほんの数日間で会社のことを勉強して、問題点を洗い出して、ユニークな解決策を提案する。
俺も学生時代はあんなんだったっけか。
懐かしい。そして、あのころにはもう戻れない。
実態としては勿論、心理的にも..
社会の現実というのを知ってしまったから。社会は、厳しい。
聞いてはいたが、それはもう酷い。
昔よりマシになったとはいえ、十分死ねる
あそこで出された画期的で一見感心するような内容も、会社からすればどうでもよいことだろう。欲しいのはあの熱意。『あの熱意と心意気をこれからずっと会社のために使ってくれるのか』、程度にしか考えていないのではないかと疑いたくなる。
年数をかけて会社で成長を続けた者だけが、会社にとって本当に利益になる提案と貢献ができると考えていそうだ。。
まあ今のは俺の被害妄想だが。
今となってはもう、夢を語るロマンは燃え尽きてしまったね。
学生時代も半分は燃え尽きてたけど。
本当はもっとポエムチックで芸術的なものを作りたいと思っている。
でも、俺には才能がないし、そこに充てるための努力値もなかったし、何より、「誰よりもそれを好きでいられる」ための愛がなかった。
だから、人の夢を聞いたり他人の作品やその想いを聞くのは好きだと思う。
自分が達成できない夢を追っていて、実力も備えようとしている、強く生きようとしている人を見るのは好きだ。
あわよくば、その夢に便乗したいかもなんて思ってみたり。
或いは、結局こいつも堕ちるんだろうかと実験気味に観察してみるのも悪くない。
そういう意味では、とにかく人とかかわりたい。新しい人と関わりたい。夢のある人と関わりたい。それが自分の英気になるから。
相談業とか紹介・マッチングとかはそういうことができるような気がする。仕事にしたとき務まるのかは知らないけど、転職先の一つとして据えるのは悪くないかも。
Biography_20230910_なぜ強く生きるのか.txt
最後の希望
社会を変えたいなんて思っていた
自分の思想を世に弾けさせたいと思っていた
強く生きる仲間と張り合いたいと思っていた
すごいと思われたくて頑張ると…自爆をかまします。能力以上のことをやっているから…
Biography_20230910_なぜ強く生きるのか.txt
Biography_20230919_今なお残る漠然とした不安.txt
SEを降りて早一ヶ月。
この先どうするのか。完全に迷走している
正社員をやめたい。
というか、できるだけ働きたくない。
気楽な職場を探し続けたい
テスターとしてやっていく人生で良いのか?
SEを降りて、なおあの会社にいる意味はない
自分でキャリアを築きたい
死んじゃうのか
さすがホワイト企業だ。
俺が先月まで抱えていた問題の半分は解決してくれた。
仕事がわからなくて死にそうな状況が改善された。
(技術を学べなくなるという代償を背負って、、)
だが、正社員という期待の重荷を取ることはできない。
そして度々上司から言われる、「正社員だよね?」「エンジニアだよね?」という問いが、俺の心を刺す。
でも、妥協点としては十分考える余地がある。
というか、ここで逃げたら他のどこでも通用しないだろう。
自分はすでに相当なカスに落ちこぼれている。
豆腐メンタルで夢を失った。気弱なか弱い子供のような大人が今の自分だ。
アルバイトだったころも仕事は大抵やめたいと思いながら続けるものだった。
ただ、アルバイトは自分をオンにする時間だった。
時間を意識して、時給相応の働きをすることに意識をしていた。いまは、とにかく時間がすぎること、今日を逃げ切ることを願うばかりだ。
成長はあるのかもしれないが、外の世界で生きぬく心得を忘れかけているのは危険だ…
これだけ施しを受けてこの不満。自分がわがままであることを自覚してしまうだけの一ヶ月だった気がする。かえって弱くなった。巷で生きる力を弱らせた。これが運命ならば、どういう意味があったのか…
でも運命を疑いはしない。たとえ運命の終着点が破滅だったとしても、それを良しと言える心でありたいから。
だから今日も神社に祈ります。
Biography_20230921_明日を命日に控えて.txt
その人は、唐突に来る
水曜日、神社でおみくじをもらった。
木曜日、上司との面談を行う。
「相手との考えの食い違いに気をつけよ」
その言葉に誘導され、俺はテスターとしてプロになる気がないことを打ち明ける。
面談のさっきまでもう半年か1年くらいは続けるのかもな〜なんて考えていたのもまた事実。逃げ出すのか、会社の手を強く握るのか、どっちつかずをしばらく続けるのだろうかと思っていた。。
でも、心はとっくに決まっている。だって、会社を辞めるフラグを立てまくっているから。同僚にも先輩にも媚びない。前に上長だった人とは距離を感じる。そもそも残る理由がない。辞めるしかないんだけど、いつ辞めるのかのタイミングをずっと伺っていたにすぎない。
そして、また辞めるときっぱり決めた途端、心が一気に軽くなる。やる気がみなぎってくる。
何なんだ。この体は。
会社に対して感じる違和感は、言葉でうまく表現できないけどたしかにある。
上司や先輩からのフィードバックがない。気持ち悪い。
先輩は無愛想な人だ。私語がないのはもちろん、自分の印象や評価について全く話さない。きっと感情表現をしない人なんだろう。まあ、そんな人もいるだろうと流すだけの話。
でも実は、先輩だけじゃないんだな。上長も自分の印象や評価について全く話さない。何ができていて、何が足りないのか、どう直してほしいのか、思っていることを全く話さない。あるのは、俺が提出する書類やコードに対して必要な指摘をするばかり。落ち込んでいると励ましてはくれるが、「俺という人間をどう思っているのか」には全く触れない。
「新人の割には良うやるよ」とか褒めることもなければ、「ここはできてなかった。次からこうしてくれ!」とか向こうからの改善の指示は出ない。
指摘の方はまあ...提出したときに沢山もらうからいいっちゃいいんだけど、本当に褒めないのよね。
俺はそんなに褒めようのない人間なんだ?。少なくともこの職場では。。
テスターやってたときですらそうだった。自分の中では、結構不具合と改善要望を出したと思っている。けど、それが実際に多い方なのか、人並みなのか、それ以下なのかわからない。「こんなにできるとは思わなかった」とか、「あんまり向いてないかもね」とか全くいわれない。「早く終わりそう?じゃあ次はこれをやって」とこんな感じ。
上げた報告に対して「あれは助かった!」とかはないし、「ちょっと再現できないんだよね〜」とかもない。音沙汰がない。
(一度だけ「●●の情報を載せてください(キリッ)」と指摘されたことはあるけど)
この職場では当たり前なのかな?できるからって何も言わない。できないからって何も言わない。自分で考えろってこと?、分からないなら聞けって?俺が聞かないのが悪いのかしら? ...怖くて聞く気にならんわ!
もしかして俺の仕事全然見られてないってこと?印象を抱くまでもない存在?
ん?流石に...?
唯一俺の印象を喋ってくれたのは部長だけで、「才能もあるし、このまま続ければ普通に良いエンジニアになるよ」と言ってくれた言葉はだいぶ力になったんだがな。。。
。。まあ気にしなければ過ごしやすいんだろうけどね。今の自分にはとてもとても不思議で気持ち悪い空間です。
Biography_20230921_明日を命日に控えて.txt
Biography_20230925_もう戻らないと思ったあの頃.txt
学習支援という空間。とても不思議で興味深く、好きでもあったし嫌いでもあった、暖かくもあり、残酷でもあった空間。
4年間、本当にいろんな人に出会ったし、いろいろな話を聞かせてもらった。
そして、皆が本当に優しい。。。
あの世界の中で、俺は相変わらず劣等感を抱かずにはいられない。
でもあそこには、自身のネガティブな感情を受け入れてくれるだけの寛容さと、覆してくれるだけの承認があった。
だから、あそこで過ごした時間は総じて、とても居心地が良い。
....
今週の土日は時間が巻き戻ったかのようだった。
懐かしいメンツたちと再び話せる時間。勿論、人の出入りは進んでいるのであの頃を完全再現じゃない。ただ、土日の二日間だけ、俺という人間の人格は、大学4年生時の人格が戻ってきていた。
あ~。言葉で今の感情を残せそうにない。
ただ、楽しかったよ。奇跡的に、ね。
...金曜日に退職の意思を伝えていて本当に良かった。
「職場に戻って、頑張るぞい!」とは正反対の気持ちがあふれているからね。
もう人に誇れる真っ当な生き方はできないけど、俺の選択は運命そのものだったと信じて疑わない。
出会いに感謝を。残酷な運命に感謝を。
Biography_20230925_正社員になった理由辞める理由まとめ.txt
学生時代は2年生の時点で、収入-支出(学費除く)が黒字になる月ができた。アルバイトだけで食っていけなくもないことを感じていた。
ただ同時に、自分の時間を売っているという感覚はどこの職場でも思う不満だった。どうせ時間を使うなら、もう少し自分の趣味嗜好に近い仕事をしたいな~と思って転職を繰り返した。
もしWeb系を仕事にできたら楽しいかもしれない。ゲーム制作は流石にキツイだろうけど、オフィス製品で楽を作るソフトを作りたい想いもある。
でも、アルバイトでそういう仕事はありつくのが難しい。
そこで出たのが新卒カードという存在。
世間の流れ的に抵抗は一切ない。挑戦してみるのはもはや必然だった
幸いにも最低限の知識や志の面でのポテンシャルは評価されたみたいで、採用が叶った。
で、実際に本気のIT企業の世界を感じて、配属2週間で精神は擦り切れた。配属1か月で会社への想いは切れた。配属2か月目でIT業界からの撤退を決意した。
初心はなんてことはない。せっかくだからIT企業に挑戦しよう。と、思った。
そこで技術を得られたら、作りたいものを作れたら良いかも~と思っていた。
で、自分には無理だとわかった。
俺という人間が、人並み以上に、忍耐力が低い、将来にわたって勝手に不幸を感じ取る。そして何よりも正社員として働くことに抵抗を感じていることに気づいた。
そして、俺が負の循環を切り抜けるための唯一の手段は、逃げることに尽きる。
失敗失敗♬。一歩戻ってまた考え直そうか。俺の中はこういう思考だ。
失敗したからやり直す、それだけのことだ。
(道義?世間体? しらなーい)




