クソ男と高校デビュー
「バンドしてみない?」
そう俺に言ったのは、時宮 虹彩という胡散臭い男。
俺はこの人のカウンセリングを一度受けたことがあるので、知り合いではあるが。
そんな彼が昼休み、黒瀬先生を介して僕を視聴覚室へ呼び出し、そう言った。
「……なんスか、いきなり」
「まあ聞けって」
そう言って、彼は事の経緯を説明しだした。
◇
「時宮さーん!言ってた子、連れてきましたよー!」
一週間前の放課後、俺は黒瀬先生に連れられて、視聴覚室に来た。
何でも、一昨日新しく出来た部活があるらしく、そこでお悩み相談を行っているらしい。
俺達1年生の学年を担当している先生の中で、比較的話しやすい黒瀬先生に、《《ある相談》》をしたところ、この場所に連れられた。
「私より、《《あの方》》の方が適任だろうからな」
そう言って中へ案内されると、そこには黒瀬先生の言う《《あの方》》とやらが居た。
虹の擬人化、華の精霊。
物語でしか見たことのないような、浮世離れしたその姿に、同性ながら見惚れてしまった。
「初めまして。僕は時宮 虹彩。よろしくね」
「……茶谷 龍ッス」
それが、俺と時宮さんの出会いだった。
◇
「君のそれ、キャラじゃないでしょ」
彼が俺を席に案内するなり、そう言った。
「……キャラじゃないって、何すか」
「おおよそ、高校デビューの方向を間違ってしまったとか、そんな所じゃないの?」
「え、えっと……」
「ほら、今動揺した。相談内容も、これからどうやって友達を作れば良いか分かんないとか、そんなところでしょ」
彼は俺の事など何でもお見通しかのように話し出す。
「詳しく聞かせて?」 と言われ、俺は彼に事の顛末を語った。
「……中学の時、物凄く暗かったんスけど、変わりたくて高校デビューしたんです。……まぁ今も暗いんスけど」
「……俺の中学、周りの明るいやつがみんなこんな格好してたから、こうすれば良いんだって思ってイメチェンとかしたんスけど、返って人が寄ってこなくなって」
「でも今から前みたいな格好に戻るってのも何か……。一回ついたキャラというか、イメージをすぐ崩してるっていうか、周りからブレブレな奴って思われそうで……」
別に特別、今のスタイルが気に入ってるなんてことは無い。
だが、今はまだ4月だ。せめて夏休み明けくらいからじゃないと、イメチェンは早すぎると思う。
「なら、定期的にイメチェンすることに、理由を持たせると良い」
俺の言葉に、時宮さんはそう答える。
「君、何か趣味はあるかな?」
「ゲームと、漫画と、あと音楽ですかね……」
「音楽って、具体的には?」
「まあ、聞くのも好きですし、作曲したりとかも」
「作曲してるんだ」
「まぁ、はい。……全然有名なんかじゃないッスけど、ボカロのプロデューサーしてて。YouTubeに投稿したりも、まあ……」
「聞いても良い?」
「ここで聞くのは、ちょっと……。俺が恥ずいんで。……チャンネルは教えるんで」
「ん、ありがとね」
YouTubeのチャンネル名だけ教えて、この話は終わった。
「……それで、さっきの話が俺の相談と何か関係あるんですかね……?」
「勿論だよ。でも、色々準備が必要だから、解決策は1週間くらい待って欲しいかな」
「は、はあ……」
まあ、いきなり言われて直ぐに答えが出るものでも無いと思ってたし。
……そもそもあまり期待もしてなかったし、別にこれで終わりでも良いんだけど。
そうして、俺は視聴覚室を後にした。
◇
そんな前回があって、今回。
「俺がボカロPだから、バンド出来るかもってことですか?」
「そういうこと」
「まぁ、出来なくは無いッスけど……」
軽音で使うような楽器は一通り扱えるけれど、あくまで作曲の時に使うだけだ。ライブで使うようなやり方は慣れてない。
それに、この人に協力するような義理もない。
忙しくなるだろうし、ここは断ろうかと考えていると……
「この前僕が言ったこと、覚えてる?」
そう聞かれた。
「この前言ったこと……?」
「《《定期的にイメチェンすることに、理由を持たせると良い》》」
「……そういえば」
そんなことも言ってた気がする。
「バンドってのはコンセプトがあるものだから、そのコンセプトに合わせてイメチェンするのも何もおかしくない」
「……まあ、そうですね」
「前回のライブはヒップホップ調だったからドレッドヘアにしたけど、今回のコンセプトは清楚なバラードだから、髪型を変えよう。次は青春ラブソングを歌うから、制服を着ようとか」
「……あっ」
……そういうことか。
俺がこのバンドに入ることで、直ぐにイメチェンすることに理由付けされるということか。
「5月中旬にバンド姿の龍くんを見ることによって、バンドマンだったんだと印象付けさせる事ができる。どう? 高校デビューに失敗したとは思われないはずだよ?」
「……けど俺、バンドなんて組むの初めてだし」
「大丈夫。メンバーは今のところ2人決まってるけど、両方とも未経験者。それにどっちも優しい人だからきっと友達になれる」
「……けど逆に、バンドに入ることで定期的にイメチェンする必要になるって事にならないですか?」
時宮さんは、「あ、確かに」 と口にした後、何処か違う方を向いたが直ぐ、「なるほど!」 と言い、俺の方を向き直す。
……独り言かな?
「良いことを教えてあげよう。人ってのはあんまり他人に興味がないものなんだ」
「は、はあ」
「龍くんが今回直ぐにイメチェンすれば、『ドレッドヘアの茶谷 龍』 というイメージは、『バンドマンの茶谷 龍』 と置き換えられる」
「あの頃はイメチェンしていたのに、なんて思う人はそこまで居ないよ。だから次は、君が好きなスタイルにすれば良い。そうするだけで良い。定期的にイメチェンをする必要なんて無い」
……悪くない提案だった。
寧ろ今の俺にとってこの上ない程良い解決策だった。
俺は、時宮さんが差し出したビラを手に取り、決心して伝える。
「やります……! バンド……!」
「うん。そう来なくっちゃ!」
ここからが俺の、本当の高校デビューだ……!