クソ男と汚部屋の妖精
この地区でも特に年季の入ったオンボロアパート。
103号室。このアパートの中でも最も安い部屋。別名幽霊屋敷。文字通り、訳アリ物件。
そこには、妖精さんが住んでいる。
僕は今から、この妖精さんに会いに行く。というか、この扉を開ければ妖精と対面できる。
扉を優しく7回ノックする。
すると、扉の奥から3回ノックが返ってきた。
それを聞いた後、再び扉をノックする。今度は21回。
ガチャリ、と扉が開いた。
「待ってたぞ」
伸び切ったボサボサの髪に、無精髭。
そんな個性的な見た目をした妖精さんの、歓迎の言葉と共に。
◇
「久しぶり。二ヶ月ぶりとかかな?」
「あぁ」
クソ汚いゴミ屋敷の、絨毯代わりのゴミ袋の上に座りながら、僕は話す。
対して、この部屋の主こと、妖精さんこと、緑地 天海 は、ゲーミングチェアに座っている。
その周囲も比較的ゴミ袋が少ない。差別かな?
イライラする。
「差し入れはある?」
「あるわけねぇだろ。家から出ねぇんだから」
残念。
「それで、今日はどうしたの?」
「お前まだ俺の給料払ってねぇだろ」
え? そんなことある?
「嘘? 僕払ったと思うよ?」
「なら送金履歴を見せてやるよ。前回会ってから払ってない」
「あれー、そうだっけ?」
「というか、前回もそのことで呼び出したじゃねぇか」
そんな……! 僕はそんなにお金の管理を良い加減にした覚えはないぞ。
「お前のやってるソシャゲ、この前周年イベントだったそうだな。……何円課金した?」
「20くらい……?」
「それじゃねぇか!!!」
あ、そういえばそうだった。それで有り金が底をついて、天海の給料は後で払えばいいやって感じでそのまま払ってなかった。
いやあ失敬。
「ごめんごめん。今日中に払っておくよ」
「先月分も合わせて、だからな」
「はいはい」
全く、口うるさい人間だ。
25歳で僕の幼馴染。彼は僕の傘下の中で最も位の高い12人の内の1人である。幹部みたいなものだ。
名門の国立大学を中退してから引きこもりのニートになっていた所を僕が雇い、その後傘下になったという感じだ。
彼にはその学力と"ある特性"を活かして、無線機を通して僕の会話や学習のサポートを1日中してもらっている。そして、ニートの彼が食いっぱぐれないのは、このおかげ。
彼は僕の表層の90%を占めていると言っても過言ではないくらいに世話になっているから、それに見合った適正な給料も支払っている。
文字通り「雇用」関係だ。
まあ僕よくこいつに給料払うの忘れるけど。
◇
僕がまずこの部屋に来てやることは、掃除だ。
普段自分の家では全く掃除なんてしないし、部屋が汚かろうと気にしないタイプだが、こいつは別だ。
多分長時間ここに居たら健康に害をなす。
ゴミ袋をアパートの外に持っていき、指定の場所に投げ入れる。
全てのゴミ袋が片付き終われば、換気扇を回して終了。
ちなみに床も相当汚いから、僕はこの家に土足で上がり込んでいる。許せ。
「それで、給料だけが話なわけ無いだろ?」
僕が立ちながら天海に聞くと、ヒラヒラと1枚の紙を靡かせながら僕に渡してきた。
「とりあえず、これに目を通してくれ」
「マヌケ。僕は字を読むのが苦手なんだ」
飽きちゃうから。
「読むのが嫌いなだけだろ。とにかく重要なことだからちゃんと読め。出来るだけ簡潔に纏めておいた」
「へいへい……」
仕方なく、本当に仕方がなく、僕はその紙に目を通す。
「……マジ?」
心底驚いた。声の上ずり方が本当に動揺した時になってしまうものになっていた。
「確証はないが、信憑性は高い」
「 "伊吹を退学にさせる" だって???」
そこに書かれていたのは、「茉白 伊吹への処罰について」 という議題の会議資料のコピーと、議題の内容。
要約すると、彼女の両親が伊吹を別の高校に転校させるつもりらしく、既に理事長などの権力者にまで話が通っているとのこと。
「まさか。伊吹からそんなことは相談されていないぞ」
「 "聞かされていない" ってことだろうな。彼女の耳にまだ届いていない可能性が高い」
「それはおかしい。こういう大切な内容の決定には本人の許可が必要だろ」
「抜け道がある。というかお前資料よく見ろよ」
「だるい」
「全く……」
天海は自分のPCに図面を映した。
「私立高校は、寄付金と授業料が何よりも重要だ。特例を除いて、学校にお金を支払わなければその時点で除籍になる」
「金を支払うように、くらいは茉白 伊吹に伝えられるかもしれないが、逆に言えば彼女にはそれだけしか出来ない」
「……てことは、親と学校が伊吹の在学の権利を握っているってことか」
「珍しく察しが良いな。その通りだ」
なるほど。……マズイ状況になったな。
今伊吹に学校を去られると、バンドが成立しなくなる。せめて5月まではいてもらわないと。
「分かった。とりあえず処罰は5月末まで待ってもらうよう何とかしてみる。理事長とも一応面識はあるからな」
「いや、それだとダメだ」
「? どういうことだ?」
「お前はバンドが成立しなくなるって思ってるだろうが、バンドメンバーが欠けるのは別に大した問題では無いんだよ。難しいかもしれないが、新しく補充すれば良いからな」
「なら何が一番の問題なんだよ」
「茉白 伊吹個人のポテンシャルだ」
PCの画面を変えて、説明する。
「伊吹のポテンシャル? 確かに使いやすい駒ではあるけれど、失って大ダメージを受けるほどでもないと思うんだが」
「いや、彼女の存在はこの先必要不可欠になる」
「根拠は?」
「彼女の母が、宵宮の血縁者だからだ」
◇
いつもヘラヘラしているこいつの表情が、俺の一言で強張った。
宵宮。時宮家の近縁。ある事件がきっかけで、10年程前に絶たれた家系。
こいつはとある理由で、宵宮と縁がある者を追っている。こいつにとって何よりも重要な情報である。
「本当なのか?」
「証拠もある」
「直ぐに動く。近い内に幹部会議もするから、いつでも参加できるように用意はしていてくれ」
「了解」
「話は以上か?」
「あぁ、これで全て」
「なら、そろそろ御暇させてもらう。給料は明日支払っておく。すまなかったね」
そう言って、彼はそのまま帰っていった。




