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第6話 悪い予感

「これは⋯⋯どういう事ですか?」

 呆然とするガヴィにボーカが舌打ちする。

「俺に聞くな。そんな事分かるわけがないだろう?」


 遠くに視線をさまよわせていたボーカが現実に戻って辺りを見回した。

「とりあえず、皆、無事のようだな。そう言えばルーチェはどうした? アイツがいたらこんな化け物、もっと楽に仕留められただろうに⋯⋯」


「ルーチェさんといえば・・・・・・この化け物が現れた時『マルサネ様を頼みます!』とか叫んでどこかへ飛び出して行きましたけど」

 ガヴィが肩をすくめて答えた。


「そういうことは早く言え! アイツ、こんな非常時にお嬢を置いてどこへいったのやら。立派な職場放棄じゃねぇか」

 苦々しくボーカが吐き捨てた。


「・・・・・・構わん。ルーチェの行動には絶対訳があるはずだ」

「それはどんな?」

「知らん。だが、帰ったら本人から聞けばいい」

 あたしの言葉にボーカは不満そうに口を尖らせた。


「全く。いくら腕が立つとはいえ、オヤジさんもお嬢もアイツ(ルーチェ)に甘すぎます」

「そういえば⋯⋯ルーチェさん。ちょっと変だったな。『あの化け物はマルサネさまに任せた。お嬢様が危ない』と言って飛び出して行ったんだ」

「はぁ? マルサネさま(お嬢)に任せた、のあとのお嬢様の意味が全くわからんな⋯⋯」

 ガヴィの言葉にボーカが首を捻る。


「確かに。お嬢が危ないなんて有り得ないな。相手が危ないなら、あるだろうが⋯⋯」

「おい、ガヴィ! ルーチェが確かにそう言ったんだな?」

 あたしの剣幕に訳が分からないなりにガヴィは素直に頷く。


「は、ハイ」

「⋯⋯あたしもルーチェを追うぞ。後片付けは任せた」


「えっ? お嬢。ルーチェの行先に心当たりが?」

「あぁ⋯⋯たぶん」

 そう言い捨てるとあたしは馬場に向かって駆け出した。



 ──何が起こってるのかサッパリ分からないが、ルーチェの言う「お嬢様」は奏大(かなた)の母親であるリツコに間違いないだろう。


 ルーチェのリツコが危ないというセリフ。



 ⋯⋯全く、悪い予感しかしない。




 伝令用の黒馬に飛び乗ったところで、奏大がゲンメ邸内から転がり出てきた。


「マルサネ! 何処へ行くんだ? 俺も行く!」

「⋯⋯では奏大、一緒に来い!」

 馬上に奏大を引っ張りあげるとそのまま、カルゾ邸の方向へ馬首を向ける。



 大通りに抜ける小道に入ったところで。



 ヒュン⋯⋯!

 風のうなりを耳にしてあたしはあわてて手網を引っ張った。


 かわしたすぐそばを金属製の矢尻が過ぎ、地面に1本の矢がつきささる。



「まずい。待ち伏せか⋯⋯」

 眉をひそめたその瞬間。


 さっきまであたしたちがいた場所に凄まじい勢いで銀色の雨が降り注いだ。


「やはり⎯⎯アイツらの仕業だったか⋯⋯」

 石畳の上に散らばる南方風の矢尻を目にしたあたしは歯を食いしばった。


 ざわり、と全身の肌が粟立つ。



「⋯⋯アイツらって?」

 奏大が青ざめた顔であたしを見る。

「イスキア国の蛇どもだ。いいか、覚えておけ! イスキアはあたしと⋯⋯お前の母親の敵だ!」

「イス⋯⋯キア?」

「また後でゆっくり説明する。今はとりあえず、あたしがアイツらをひきつけるからその間にお前は馬から降りて⋯⋯矢をかわして角の建物まで走れ!」



 遠くで爆音が聞こえた。

 カルゾ邸の方角で黒い煙があがっている。



「うわぁっ⋯⋯!」

 へっぴり腰で馬から降りた奏大がすっころんだ。


「いてっ⋯⋯」

「奏大っ!」

 馬を盾にしながら飛来する矢尻を短剣で跳ね返す。



 馬が悲しげにいななき、石畳にどうっ! と倒れた。


「すまん! クロダヌキ号!」

 あたしは心の中で馬に手をあわせながら、奏大を助け起こした。


「大丈夫か?」

「なんとか!」

 あたしは仁王立ちになると、馬に載せてあった長剣を抜き放つ。

「奏大! お前はそこから動くな!」



 あたしがそう叫んで周囲に目を配った瞬間。

 背後に殺気が走った。



 とっさに奏大を馬の陰に突き飛ばし、殺気の方向へ振り向く。




 しゃぁああああっ!!


 雄叫びとともに大量に銀色の光が撒き散らされ、道に横たわる可哀想な黒馬の背や臀に突き刺さった。



「うわっ⋯⋯!」

 そこに居たのは⋯⋯さっきゲンメ邸で見た見た化け物にそっくりな合成獣(キメラ)だった。


 いや、合成蛇と言うべきか。

 トカゲのような胴体からいくつも蛇の頭が生えている。サイズは膝丈もない小型サイズでそれほど迫力はない。



「ちっ!嫌ったらしい蛇どもがっ!」

 長剣を振り回すと、ゲンメ邸にやってきた化け物よりかなり脆いらしく、あたしの斬撃を食らうとあっさりと倒れていった。



「今日はどれだけ蛇を切ればいいんだ! 爬虫類はもうウンザリだ!」

 半分ヤケになって蛇を切りながら叫ぶあたしに、

「なにか俺に手伝えることはあるか?」

 と奏大が真剣な顔で聞いてきたが、目下、蛇を斬り倒す以外にやることはない。


「お前は自分の身を守ることだけを考えろ!」

 あたしは腰にさしていた短剣を奏大に投げ渡した。


「分かった」

 奏大は危なっかしい手つきで受け取ると、短剣を構えてあたしの後ろに回った。


 ⋯⋯後ろを守ってくれるつもりらしい。



 まぁ、あのぬくぬくとした争いとは無縁な世界から来た人間にしては上出来な判断だと後で褒めてやろう。


 あたしがボンヤリとそんなことを考えているうちに、

「マルサネッ!」

 奏大が切迫した声をあげる。


「⋯⋯まずいな」

 確実に一体ずつ斬り倒してはいたが、あちこちから銀色の蛇たちが這い出してきてお互いに絡まり合い⋯⋯あたし達はいつ間にか蛇の山に囲まれていた。



「生意気な。囲んで死角を潰してきたか!」

 蛇達は鎌首をもたげ、一斉にあたし達に向かって口を開いた。


「くっ⋯⋯!」

 蛇の口の中で無数の銀色の光がきらめいて広がっていく。



 逃げ場は、ない。


 嫌な汗が背中を伝った。

 そんなあたしを庇うように奏大がとっさに後ろから抱きついてきた。



「なぁっ⋯⋯!」

 あたしの心臓が口から飛び出しそうになる。

 こいつ! 弱っちいくせにあたしを守るつもりか!?



 あたしが奏大の体温にドギマギしていると、

「「⋯⋯マルサネさまぁああっ!」」

 いきなり遠くから飛んできた街灯が銀色の光ごと蛇たちをまとめて串刺しに吹っ飛ばした。



「⋯⋯っ!?」

 街灯が飛んできた方向に視線を巡らすと、そこに佇むメイド姿が二人、視界にうつる。



「マリン!?」

 そこに居たのはカルゾ邸のメイド、今年の武道会でチャンピオンになったマリンと同僚のモニカだった。


 常軌を逸した力持ちメイドのモニカは、そこら辺から引っこ抜いた街灯を両手に携えている。


「ここは私たちにお任せください!」

「助かる!」

 あたしは抱きついていた奏大の手を引き、火照る頬の熱を感じながら───蛇たちの列の隙間を縫って大通りの方向へ走り出した。

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