開いてびっくり玉手箱
二話投稿の二話目です。
後書きにイラストがあるのでご注意くださいm(_ _)m
星を映したような海面と満天の星空が溶け合う夜のことだ。
五百年ぶりに訪れた海亀の島は、ちっとも変わっていない。
月の光できらきらと輝く波打ち際、タロウはオトと出会った岩場に並んで座り、玉手箱を目前に置いて語り合っていた。
「この五百年、いろいろあっただなぁ……」
「そうね……」
初々しい恋人のように手を重ねながら、二人は思い出を振り返る。
「タペストリーを作るかたわら、いろんな国を旅したわね。二人旅もよかったけど、チョウが生まれてからの家族旅行、とても楽しかった」
「雪原に湿原に密林……本当、いろんなところを巡ったなぁ。オトの鱗投げにはいつも助けられただ」
「あら、わたくしも初めて雪を見た日、極寒の地でうっかり冬眠しそうになって、タロウに助けてもらったじゃない!」
そんなこともあったと思わず顔を見合わせて笑う。
「オラ達がうっかりしてるからか、チョウはしっかり者にたくましく育ってくれた。オト譲りの鱗投げに適応力、それに責任感も強え」
「タロウの良いところもいっぱい受け継いでるわよ。鈍いわたくしと違って、向けられる感情や思いを鋭く察知するし、優しく包みこむ包容力も備えてる。……良い男が放って置かないはずよね」
愛娘のチョウは、百歳以上年上の公子──村の後援者と恋仲になり、皆に祝福されて嫁いで行った。
オトから受け継いだ白い花の簪を挿し、亀甲紋様の婚礼衣装に身を包んだチョウは美しくて──思い出しただけで、タロウは泣いてしまう。
「タロウったら……孫や曾孫が生まれても泣いたし、すっかり涙もろくなったわね」
オトに優しく涙を拭われたが、タロウの涙は止まらない。
「チョウのとこだけじゃねぇ。妹の子孫もいっぺぇ増えて、オラ跡継ぎには困らなかった……」
「跡継ぎといえば、ナミのところはナミそっくりの男の子が生まれたわね。その子どもは水龍様そっくりの海蛇の姫。海亀族出身の文官の活躍もめざましいそうだし、竜宮は安泰だわ」
「地龍様もようやくお子様を授かったと国中がお祭り騒ぎだしな。青龍様は新婚で幸せだって便りが最近届いただ。時間はかかったけんど、オトが望んだとおり皆幸せになった。
…………だからな、オト。オラはもうなんも思い残すことはねぇだよ」
一瞬で五百年もの時が経過するなら、タロウはきっと骨も残らず消えてしまう。
玉手箱の期限まで、あと少し。別れは刻々と迫ってきていた。
「オトに限って、オラの後を追うような軽はずみな真似はしねぇって信じてるだ。ナミ姫達もチョウやその家族だっている。支えてくれる人には事欠かねぇから、どんなに辛くても自分一人で抱えこまねぇでくれよ?」
「…………」
「オトにはまだ五百年分の寿命が残ってる。オラに気を使わなくていいから、新しく愛する人を見つけたら、迷わずその手を取ると約束してくれねぇか?
オラは、オトの笑顔が大好きだ。ずっと、ずっと、死ぬまで笑っていてほしい。頼むだ……!!」
子どものように泣きじゃくるタロウを抱きしめて、オトはかつて自分がしてもらったように、その背中を優しく叩いた。
「もう泣きやんでよ……。あのね、わたくしだってタロウの笑顔が好きなのよ。わたくしなら大丈夫だから笑って? ずっと内緒にしてたけどね、叶えたい“夢”があるの。これからまずはその夢を叶えようと思うわ」
偽りのない希望を感じ取ったタロウは、オトからゆっくり体を離すと、涙でぐちゃぐちゃになった顔をゴシゴシこする。
タロウが真っ赤になった顔で笑ったのと、玉手箱の紐が解けたのは、ほぼ同時だった。
「さようなら、オト……愛してるだ」
閃光が弾ける。
立ちのぼる白い煙こそが、閉じこめられていたタロウの“時”だ。
タロウが覚悟して受け入れようとしたわずかな隙を突いて、オトは身を乗り出すと、一気に、深呼吸でもするように、煙を吸いこんだ!!
「オトーーーーーーーーッ!?」
視界が白く霞む中、タロウは必死にオトへと手を伸ばすが、その手は虚しく空中を掻き……。
ほどなくして夜の闇と静けさが戻ってきた。
煙が晴れた後、その場にいたのは長い髭の老爺と──背中を丸めて咳きこむ老婆。
「こほっ、こほ……海亀の肺活量をなめるんじゃないわよ」
「オトー!? な、なななんちゅうことをするだっ!?」
オトの自慢の金髪は見る影もなく真っ白で、絹のように滑らかだった肌は皺くちゃだ。
それでいて輝きを失わない瞳など、面影はしっかり残っている。
「いやねぇ……。タロウったら五百年も一緒にいたのに、わたくしの行動が予測できなかったの?」
「無茶する性格も行動力もわかってたつもりだったけんど! 予想の上過ぎだ……」
オトは宥めるように、タロウのぷるぷる震える手を握りしめる。
「玉手箱を持ったタロウとわたくしはずっと一緒だった。“時”を受け入れられるかは賭けだったけど……わたくしの勝ちね!」
「オラのために、オトの寿命が……どうしてこんなことをすたんだ? オラはオトを犠牲にしてまで生き伸びたくねぇ。それよりも、オトに長生きしてほしかっただ!」
「男の人って、どうしてすぐ女を置いていこうとするのかしら。求婚の時、タロウは“残りの人生全てをオト姫様に捧げさせてくだせぇ”って言ったわよね? わたくしも同じ気持ちって応えたじゃない。残りの人生をタロウに捧げて何が悪いの。人生を分かち合ってこそ伴侶でしょう!?
……それとも、年老いて醜くなったわたくしは嫌い?」
タロウは迷わず即答する。
「そんなわけねぇだろ! オトはいつだって綺麗だ!!」
その力強い言葉に、オトは涙をこぼした。
「すまねぇ、強く言い過ぎた! オト、泣かねぇでくれ」
「違うの。嬉しいのよ……。タロウと一緒に歳を取って、お爺ちゃんとお婆ちゃんになる。二人で穏やかな老後を過ごして、家族に看取られて、同じ墓に入りたい────それがわたくしの夢だったから」
今度はタロウが泣きそうになって、ぐっと堪える。
「想像してたとおり、タロウはお爺ちゃんが似合うわねぇ」
「オトだって、雪みてぇな真っ白な髪も似合ってるよ。──あんな大仰に遺言残して、わんわん泣いて、別れを告げた後で少し恥ずかしいんだけんど……これからも一緒にいような」
「ええ、最期までずっと一緒よ」
そう言って寄り添うオトの笑顔は今までで一番綺麗で。
生きていてよかったと、タロウは心から思った。
────仲睦まじい老夫婦が亡くなった後も、鶴と亀の図案は縁起物、夫婦のお守りとして末永く浦島村で受け継がれていったそうな。
めでたしめでたし。
期待はずれ姫“乙”~恩返しは禁断の恋の始まり~ 完。