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モンスターといこう  作者: hachikun
サトルとテイマーとウサギの章
14/106

余談・ヒルネルのひみつ

 ミミとチックの凸凹コンビが奇妙な戦いをやっていたちょうどその時の事だった。

「……?」

 数名の中のひとり。そう、ミミに土下座させろと吠えていた女だが、彼女は視界の隅に奇妙なものが見えているのに気づいた。

(人形?いや、違う)

 そう。それは人形のような美しい金髪の少女だった。

 おそらくNPCではなくプレイヤーだろう。というのも、少女はいわゆるゴスロリ・ファッションと言われる類の衣装をまとっていたからだ。おそろしく良くできていて遠目にも素人作品ではないと思われるが、ツンダーク世界にゴスロリはない。だからプレイヤー作品か、あるいは課金グッズの類だろうと考えた。

 いや。問題はそこではない。

 これから行われるのは凶行だ。少女が大人のロールプレイか、それとも本当にリアルお子様なのかは知らないが、どちらにしろそこに居るのは好ましくないだろう。身内なら退去してもらうし、そうでないにしても、やんわりと席を外すよう頼んでみるつもりだった。脅すという手ももあるにはあったが、女に子供相手にそういう発想はなかった。同性には冷酷だが子供にはやさしい、というのはある種の女の典型的な姿だが、女もそのひとりだった。

 そんなわけで、ちょっと席を外して少女に近づいた女だったが、

(あれ?)

 少女の前まできた時、女は奇妙な事に気づいた。

(あれ?わたし、この子になんて言おうしたんだっけ?)

 突然、自分が何をしにきたのか、さっぱりわからなくなってしまったのだ。

(あれ?なんで?)

 いや。それを言うなら、そもそも自分はどうしてここにいるのか?

 いや。それを言うなら、そもそもここはどこなのか?

(えーと……あれ?)

 どうすればいいのかわからず、女は困りはてて首をかしげた。と、その時、

「ねえお姉さん」

 少女が唐突に、親しげに話しかけてきた。

「なぁに?」

 女はその問いかけに、反射的にやさしく返した。ちゃんとしゃがみこんで少女と目線をあわせ、上から叩きつけるように話すような真似は絶対にしない。

 さっきまでの凶悪な姿はどこへやらである。が、本人に自覚はない。

 さて。少女はというと、

「お姉さん、首を出して。鎧はつけてちゃダメだよ?」

「ん?ああわかった、ちょっと待ってな」

 パチパチと上の鎧を外して上半身が肌着になる。そして首を露出すると、手が届くように

「ん、こんなんでいいかな?」

 少女は、そのきれいな首に口をつけ、少し舐めてから……はむ、と牙をたてた。

「あ…………」

 女はピクッと一瞬だけ反応したが、そのままのんびりとしている。

 少女は美味しそうに女の血を貪る。必要な量はさほど大量ではないのだが、人形のような美しい少女が女の首から血を吸うというその姿は、いかにも背徳感に満ちていた。

 やがて、欲しいだけの量を吸い終わった少女は、舌に回復力をこめて女の傷口を舐めた。後始末をきちんとして、最後に少しだけ自分の体液を入れてから傷口を閉じた。

「ありがとう、お姉さん」

「いえいえ、お安い御用よ?」

 にこにこと笑う女は、自分の置かれている状況を理解できていない。もはや完全に操られているようだ。

「もういいわ、ごちそうさま。最後にひとつだけ頼んでいい?」

「何かしら?」

 優しげな目で語りかける女。そして、

「そのナイフで自分の頸動脈をぶった切って。死に戻ったらログアウトしていいよ。おつかれさま」

「ん、わかった」

 女は微笑んだまま腰のナイフを外した。

 そして、そのまま刃を出して自分の首にあてると、シュッと手を横に滑らせた。

 刹那、年齢対策なのか妙に色あせた血潮が飛び散り、女は光となって死に戻りとなった。

 その間、女の笑みは全く変わる事がなかった。

「さて」

 何事もなかったかのように少女は微笑むと、向こうで進んでいる状況を少し観察して、

「ちゃんと履いてきたみたいね。よしよし、これで約束も果たせたと」

 うふふと笑い、そしてどこかに去っていったのだった。

 少女の名は『ヒルネル』。プレイヤー『ひるねる』のセカンドだった(・・・)者。

 彼女は闇に生きる種族『吸血鬼』であった。

 

 

 ひるねるのツンダーク生活に歪みが生じたのは、まだβテストの頃だった。

 ツンダーク上の種族に『吸血鬼』は存在しない。モンスターとしても現状まだ発見されておらず、wikiにも載っていない。これは当時もそうで現在も変わらない。そもそもツンダーク世界にはアンデッドタイプのモンスターは非常に少なく、かろうじてリッチ……魔道士や司祭が魔道研究の果てに変化した存在が確認されたのみのはず。

 なのにヒルネルが吸血鬼になってしまったのはなぜか?それには、過去の話をしなければならない。

 そもそも『ひるねる』は「日没と共に起きて、日の出と共に寝る」というプレイスタイルを最初から通していた。何しろ名前からして「昼寝る」なのだから、その徹底ぶりがわかろうというものだ。最初は呆れる者もいたが、いわゆるゲーマーという人種にとってやりこみプレイとは、攻略と同じくらい定番の行為でもある。だから、彼はそういうキャラなのだという点については誰もおかしいとは思わなかった。

 そんな彼だから、ある時コウモリをペットにした時も、そして洞窟が近くにある小屋を購入して小さな薬草畑を作った時も、誰も驚きはしなかった。当時はまだほとんどのプレイヤーがはじまりの町を拠点にしていたのだが、中にモンスターが沸かないよう対策さえしておけば、きちんと戸締まりのできる家にはちゃんと住める事も知られ始めていたし、戦闘職でない錬金術師にとって薬草畑づくりは珍しい事ではない。畑で育てられる薬草なら自分のところで育てよう、というのは自然のなりゆきだった。また、当時もう仲間であったノマが農民プレイの道を選んだのも彼の選択を後押ししたし、後日、彼同様に薬草畑を作る錬金術師は増加した。やはりツンダークにおいてそれは有用だったのだろう。

 さて。家に住み着いた事で余裕ができた彼はサブキャラを作った。これがヒルネルだ。

 だけど、ヒルネルは実用目的で作ったキャラクタではなかった。彼の人形的趣味から生まれたお飾りキャラであり、むしろ実用性を無視して徹底的に遊びの要素を詰め込んだといっていい。RPG的な能力といえば軽い催眠(ヒュプノス)や幻惑のみ。要するに相手を一時的に無力化し、その間に逃げ出す事しか想定していなかった。ひるねる当人の考え方として、こんな可愛い女の子を武装させ、戦わせるなんてのはほとんど想定外だったのだ。たとえこのゲームがMMO「RPG」であろうとも。

 運命の瞬間は、そんなヒルネルでの活動中に起きた。

 家のそばの洞窟だが、奥を仮封印してここも畑にしていた。畑といってもキノコなどが生えるに任せ、ペットのコウモリのねぐら兼遊び場にしていたのだが。ところが、ヒルネルでそのコウモリのところに遊びにきていた時、偶然にも一部の壁のむこうに空間がある事を嗅ぎつけてしまったのだ。

(これ、壁じゃない。ボロボロだけど封印みたい)

 結論からいうと、この洞窟はツンダークの古代遺跡とつながっていた。

 そしてその遺跡はまだ生きており、しかも非戦闘員の女の子がたったひとりで現れた場合に限り、その主人を長い眠りから覚ますように設定されていたのである。

 ヒルネルは驚いたが、無理もない。ひるねるの時にうっかり掘り抜いた穴の奥に見知らぬ巨大遺跡があったかと思えば、その奥に美しい女性が眠っており、しかもヒルネルが近づくと迎え入れるように目覚めたのだから。

 やばいものに巻き込まれたとヒルネルは直感した。だがもう遅い。

『かわいい子。怯える事はありませんよ。あなたはどこからきたのかしら?』

『えっと……』

 女性はディーナ・デワ・ハル・アマルトリアと名乗った。

 逃げる事はできなかった。ディーナは強烈な力をもっており、ヒルネルは完全に囚われてしまった……そう、ありえない事に、ログアウトすら拒否されてしまったのだ。とりあえず彼女の知的好奇心を満足させてあげなければ、引き上げる事すらできそうになかった。

 ログアウト不可。それはネトゲとしてはありえない事だった。しかし『ツンダーク』ならありえる事をヒルネルはもう知っていた。

 ツンダーク世界の基本構造。つまり、まず『世界』があり、そこにゲームシステムの皮をかぶせているというそのスタイル。

 つまり、ログアウトすらも後付けのしかけにすぎないのなら、想定外の干渉が起きれば阻害も可能。もちろんそれは重大な不具合なのだが、ありえない事ではない。そうヒルネルは即座に分析した。あまり嬉しくない結論だが、事実そうらしいのだから仕方ない。もちろんあとで通報しなくてはなるまい。

 だがしかし。

『おかしいですね』

『そうねえ。どうしてこんな事になっちゃってるのかしら?』

 ディーナといろいろ話すうち、そんな事どうでもいいと思えるくらいの異常にヒルネルは気づいた。

 歴史が咬み合わないのだ。

 運営が作っているツンダークの年表をヒルネルは持っていた。だが、この巨大遺跡はどう考えても、その年表に載っていない時代のものとしか思えなかったからだ。これは何を意味するのか?

 ヒルネルは疑問点を、率直にディーナに話した。自分がこの世界の者でない『プレイヤー』である事もひっくるめて全部である。リアルの性別が違う事だけはスルーしたものの、それ以外は隠さずに全て話したのである。

 ヒルネルの話を聞いたディーナは大きくうなずき、そして、ヒルネルが驚くような話をしたのである。

 運営の年表に登場しない国『アマルトリア帝国』。彼女はその時代の王族であり優れた魔導師だったが、自らを不死の種族に変えてしまった事を問題視され、この遺跡にいわば幽閉されたのだという。

 そして、ヒルネルの予感は的中した。

 そう。ディーナの語る年代が正しければ、このツンダーク世界は運営の発表する年代より、はるか昔から存在していた事になる。

 これは、おかしい。

 ツンダーク世界はAIの作ったもののはずだ。つまり数千年の歴史といってもそれはゲームを盛り上げるための虚構にすぎない。なのに、どうしてその、作り物の歴史をさらに偽る必要があるのか?

 おかしい。なぜ、存在したはずの国の事を隠している?

 それが隠しクエストというのならわかる。そういうのはよくある事だ。

 だが、この古代遺跡とディーナの存在は、聞けば聞くほど隠しクエストとは無関係。そう思えてならなかった。

 そして、程なくヒルネルの予感は現実のものとなる。ディーナが微笑んでヒルネルの頭をなでながら、こんな事を言ったのだ。

『なるほど興味深いわね。わたくしがずっと眠っていた間に、そんな楽しいことになっていたなんて』

『あの……アマルトリア様?』

『ディーナでいいって言ったでしょうネルちゃん。……ああ、でもそうね』

『?』

 いやな予感がした。ヒルネルのゲーマー以前の本質的な部分が、最大限の危険を訴えていた。

 だがもう遅い。ヒルネルは文字通り、完全に相手の懐にいたのだから。

『ねえネルちゃん、あなた、世界の謎を追いかけてみるつもりはない?』

『世界の謎、ですか?』

『ええそう。わたくしが思うに、ネルちゃんの世界とこの原初と終末の卵(パルミッタルブンルラァ)……ええ、ネルちゃんの言うツンダーク世界の事だけど、その位置関係が正しくない気がするのよね。「現実世界と、そこに有る思考機械が作り上げし閉ざされた異界」という立ち位置にしては不自然な事が多すぎると思うの』

『はい。確かに』

 ディーナの言う通り、それにはヒルネルも大いに同意だった。

 まず第一に、規模があまりにも巨大すぎる気がする。

 以前、友人と雑談中にも出たのだが、ツンダーク世界はあまりにも森羅万象を詰め込みすぎている。もちろん最新技術を駆使すればこれらすべては普通にエミュレートできる範疇でしかないのだが、問題はそこではない。

 いくら最新のあらゆる技術をつぎ込んだところで、この世のあらゆる森羅万象を閉じ込められるわけがない。もしそれをやろうとしたら、いったいどれだけの大容量が必要になるか、想像もつかない。つまり、どうしてもどこかで妥協せねばならず、それはおそらく、避けようのないVR仮想世界の「ほころび」である……というのは、最近のVRシステムに詳しい者なら知る者も多い事だ。

 なのに、探索好きのヒルネルの友人たちは、誰もまだその「ほころび」を見つけていないのだ。

 何かがおかしい。

 まさかと思うが、この『ツンダーク』はもしかして本物の異世界で、AIたちのお仕事はふたつの世界をつなぐ事で、ラーマとは統合AIでなくこの世界の神そのものなのではないか、というトンデモ意見まで飛び出したほどなのだ。まぁさすがに現時点ではネタ的意見に収まっているが。

 さて。ディーナの話は続いている。

『この謎は深いわ。世界の謎を追うには時間も手間もかかるし、だいいち、おそらくだけど、人間の身では最後まで探れないように仕掛けられていると思うの。人間って、あらゆる生き物の中でも最も好奇心旺盛な生き物ですもの。彼らを寄せ付けないようにしないとね』

『なるほど』

 人間の好奇心は時として災厄を呼び込むが、それほどの好奇心をもつからこそ、ひとは世界の謎にすら挑むという事か。

(さすが、こんなとこで封印されてるだけの事はある)

 相手に深い知性を感じたヒルネルは、ここツンダークでおそらくはじめて、畏敬の念を抱いた。

『それでね、そんな世界を探索するには、人間以上の知性と能力が必要だと思うのよ。時間という最大の敵を屈服させ、時の彼方に知の極限を求める。まぁ、死霊術を扱う者も似たような事をしているわけだけど、死体をいじくりまわすのはちょっとって気がするものねえ』

『え』

 ヒルネルは驚いた。死霊術はまだ当時のツンダークでは確認されてなかったからだ。

『うふふ、その様子だと死霊術の存在も隠されてるみたいね。どう、ネルちゃん。もっと知りたくない?』

 知りたい。とても知りたい。

 そもそもヒルネルには子供の頃からの夢があった。現実の壁の前にそれは阻まれ、リアルでは、決して悪くない、しかし望まぬ生活を送り続けているのだけど。

 世界の謎に挑む。それは遠い幼児時代、絵本を見ていたひとりの子供が見た夢。「ふしぎ」という言葉さえまだ知らなかった幼児の抱いた気持ち。

 だけど忘れることのできない想い。

 まさか、まさか、こんな遠く離れた場所で。仮想世界とはいえ、その機会を得られるとは!

 知りたいです、とヒルネルは口を開きそうになった。だが。

(いやまて、落ち着け)

 ヒルネルの中で何かが引き止めた。

(おちつけ、ここは仮想世界だ。ゲームの中なんだ)

 そう。ゲームの中だから気軽に返事してもOKだろう。

(違うやめろ、これは絶対何かある。取り返しのつかないようなやばい事が)

 まだ誰も知らないプレイが、ワクワクするような体験が待っているかもしれない。

『……』

 内心の葛藤で揺れまくっているヒルネルを、ディーナは楽しげに見ていた。

 そして絶妙のタイミングで、とんでもないひとことをヒルネルに告げた。

『そういえば、新技術って今どこまで行っているのかしら?タミルの大学惑星に連絡とれるかしらね、帝国がこのありさまじゃ向こうも大変かもしれないけど。異世界と結ぶ事自体はラーマ神様なら容易だろうけど、ゲーム(・・・)とやらの仕掛けを組み込むには当然、人間がいじるためのとっかかりが必要なわけよね。当然、大学が絡んでいると思うのだけど』

『……は?』

 ヒルネルはその瞬間、冗談でなくフリーズした。

『タミル?大学惑星(・・)?』

『あら、もしかして?』

 ディーナは少し眉をしかめると、おもむろに言った。

『まさかと思うけど、技術が後退してる?ネルちゃんのその衣装を見る限り、高度な工業文明は維持できているはずで、星間文明の維持も行われているとふんでいたんだけど……。

 そういえば、宇宙港の話もよその星系の話も出てないわね。魔法や錬金術はあるようだけど。

 ねえネルちゃん、近くても遠くてもいいから、ネルちゃんの知ってる宇宙港とか船の話とか、なんでもいいから教えてくれるかしら?』

『……』

『ネルちゃん?』

『……』

 ヒルネルの中ではその時、いろんな思考が飛び交っていた。

 まさかの宇宙文明かよとか、滅びた超文明なんて定番ネタだろがという思考が出る反面、これはもう確定じゃないのかって思いもあった。だがひとつだけ確かな気持ちがあった。

 調べたい。確認したい。

 大学が他の星に作られるレベルという事は、かなり本格的な星間文明が本当にあったという事だろう。それがゲーム用の設定でなくこの『世界』の現実というのなら、それは地球の技術レベルをはるかに上回る事になってしまう。

 もし、本当に地球をはるかに上回る方程式なり、超技術を発見してしまったら?

 それは、何を意味する?

『……』

 ヒルネルは、衝動に突き動かされるようにディーナを見上げた。

 ディーナはそこで、にこにこと楽しげに笑っていた。

『ねえネルちゃん』

『……はい』

『世界の謎、知りたいかしら?』

 言ってはいけない、そう何かが強く引き止める。

 だけどヒルネルの口は動いてしまった。

『知りたいです』

『そう』

 にまぁ、と、ディーナの笑顔が微笑みから幸福のそれに変わった。

 本能的にヒルネルは逃げ出そうとした。だが動けない。

『わかったわネルちゃん、いいえネル。あなたは今からわたしの妹よ。そう、ずっと、ずうっとね』

『へ?え、ちょっと待っ……!』

 何やら不穏な言葉がおまけについてきたが、もちろんどうにもならない。

 抱きしめられ、首を露出させられた。

 動けない首筋にやさしく噛み付かれ、そしてチクッと痛みが走った。

 

 

 そしてその日以降、ヒルネルのツンダーク生活は一変する事になった。

 そう、吸血鬼になってしまったのだった。

 

 

 その日を境に、メインキャラとサブキャラが事実上入れ替わった。

 図らずも逆性別プレイになってしまったわけだが、ヒルネルはこの点には全く躊躇しなかった。世界探索のためには、錬金術師ひるねるはサブであるほうがいいと考えた。何より、ひとのはざまを漂い、噂や謎を拾い集めるには、錬金術師の男性よりも可愛い女の子のほうが向いているようだった。

 未知の種族になってしまった問題もあった。何しろ全く情報がないわけで、現状唯一の同族であるディーナとの縁を切るなんて自殺行為としか思えない。そして、そのディーナは当然のように、ヒルネルがヒルネルでいる事を要求してきた。

『どうしてもというのなら、その殿方の方は壊してさしあげてよ?』

『ダメです』

 それに、噛まれたせいなのかもしれないが、ディーナに親しみを覚えていたのも事実だった。横暴なところもあるが悪人でないのはすぐにわかった。ヒルネルを引き込んだのだって、どうやら本心は寂しかったせいだともすぐにわかってしまったし。

 リアルに姉がいなかった事もあり、姉さん、お姉様という恥ずかしい呼び名も新鮮だった。

 だが反面、ヒルネルが吸血鬼化した事は厄介な問題も孕んでいた。

 幸いにもこの世界の吸血鬼は太陽に灼かれず、水にも溺れない。強い陽光は苦手だし泳ぎも得意とはいえないが、一般的な生き物の範疇を出るものではない。

 ただ、プレイヤーすらも毒牙にかかる催眠能力は、厄介どころの話ではなかった。

 それはVRMMOだからこそ可能な事なのだろう。だが、そのVRごしというのが非常にまずい。体感システムごしにプレイヤーにすら作用する感覚欺瞞や幻惑という事実は、さすがのヒルネルも頭を抱えずにはいられなかった。

 もしこの能力が明るみになったらどうなる?

 巷ではテイマー問題が持ち上がっていた。だけどヒルネルの抱えている問題はPK問題どころの騒ぎではない。それどころか、表沙汰になったら何が起きるか予想もつかない。間違いなく超弩級の核爆弾だったのだから。

(冗談じゃない、こんなもの知られたらおしまいだぞ)

 ヒルネル個人がどうの以前に、ツンダークは間違いなくサービス停止するだろう。VRMMO経由で遠隔地のプレイヤーに干渉できるって事が何を意味するか、わからないほどヒルネルもバカではない。

 そもそもだ。どうしてこんな超危険要素、ツンダーク稼働前に消してしまわなかったのだろう?

(研究上の理由で封印した?)

 いやいや、それはありえないとヒルネルは思った。もしそうなら、そこにつながる洞窟なんて埋めてしまったろうからだ。プレイヤーに発見されるかもしれないようなところに置くわけがない。

(わたし(・・・)が挑むべき謎は、やっぱりそこかな?)

 旧帝国は、なぜ隠されたのか?

 文明はいったい、どうなってしまったのか?

 ディーナ(おねえさま)の危険すぎる能力が消される事なく存在しているのはなぜか?

 その謎をとき、そして可能なら、無害な存在に転換を試みよう。

 結局、ヒルネルはそういう結論に達した。

 そしてその日からヒルネルの、他のあらゆるプレイヤーとは全く違う「もうひとつのツンダーク」がスタートしたのである。

 

 

 世界の謎に挑もうというのだから、ある程度の戦力は必要だった。お飾りキャラだったヒルネルはろくな戦力を持たないから、まずは戦力分析をした。

 しかし、このあたりの心配は全くの杞憂とわかった。

 ヒルネルが持たされていた能力の傾向は、そのまま吸血鬼のそれにピッタリ適合していた。そればかりか、まるで最初から狙っていたかの如く、それらの能力が一気に強化されるカタチになっていた。

 吸血鬼は他者を殺さない。欲しいのは血液なのだから、死なれたらむしろ損失である。

 吸血鬼は力押しをしない。姿を隠し、あるいは惑わし、誰も傷つけずにどこにでも出向き、するべき事を為す。これこそが吸血鬼の真骨頂である。まぁちょっとだけ血はいただくのだが、実はそれも、元の種族に回帰したがる肉体の本能が欲するものだが、その信じられないほどの魅惑の美味にもかかわらず、別になかったら死ぬというものでもないようだし。

 そういう視点に立って、改めて吸血鬼という存在を見てみると、

(意外に平和的なのね)

 考えてみればあたりまえだ。

 たとえば、自然界に吸血鬼がいたとする。吸血相手をいちいち殺す吸血鬼と、うまく共存して継続的に血をもらう吸血鬼。どちらが生き残るかなんて言うまでもない。どんなに強かろうと、いやむしろ強いがゆえに、無意味に自ら獲物を減らす生き物が残れる道理はない。

 自然界とは、生存競争とは冷酷なほどに合理的なのだから。

 そんなある日の事。

「待ちなさいヒルネル。身内を狙うのはさすがに看過できないわ」

「!」

 いつものように情報を集めつつミミの姿を追っていたヒルネルは、いきなり背後から警告される事になった。

「なんの話、ほむちゃん?」

 振り返ると、そこには黒髪の眼鏡っ娘がいた。ほむらぶのサブキャラである女の子だ。

 露骨に不愉快そうな顔をしている。冷徹な情報屋のほむらぶには珍しい事だ。

「あくまで彼女を狙うというのなら、こちらにも考えがあるわよ」

 しかも真正面から脅すつもりらしい。これまた珍しい事だった。

 だがそんなヒルネルの疑問は、ほむらぶの一言により事情が知れた。

「彼女は工房ギルドのまとめ役だから情報も集まりやすいわ。でもそれは同時に彼女に異変があれば目立つって事よ。

 吸血して操り、情報源にしようって発想が悪いとはいわないけど、もう少し考えて相手を選ぶべきじゃない?」

「!」

 なんと、ほむらぶは吸血鬼の存在を知っていたらしい。

 ほむらぶはこれで、あちこちに顔の効くプレイヤーだ。敵に回すのは好ましくない。

 どうしようかと思っていたら、本人の方から種明かしをしてくれた。

「ゲーム側には旧帝国や吸血鬼の情報は全くないのよね。でも、町の人たちは少し知っているし、人間以外の存在ならもっと詳しく知ってるのよ。つまり」

「あー、メイさんだっけ。彼女の情報?」

「ええそうよ」

 なるほどとヒルネルは思い出した。

 菜種油とヒルネルしか知らない事だが、ほむらぶはかつて、メイという名のテイマーと同じパーティにいた事がある。今となっては危険過ぎる情報なので、関係者ですら話題にしないが。

 なるほど。動物やモンスターたちが知っているなら、当然テイマーなら知る事ができるのだろう。

「それで、なんの情報を求めているの?内容によっては手伝えるけど?」

 なるほど。敵対すれば恐ろしいが、味方ならば頼りになるのがほむらぶだ。ヒルネルは腹を決めた。

 とりあえず、詳しい事情を説明してみた。

「ディーナ・デワ・ハル・アマルトリア?」

 名前を聞いたほむらぶは少し考えこみ、そして「うげっ」という顔をした。

「それディーナ姫、封印されしオリジナルの吸血姫じゃないの。なんでそんなのに捕まってるのよ貴女」

「あ、知ってるんだ」

 情報屋なのは知ってたけど、おねえさまの情報まで知っているとは。

「旧帝国のサーガには必ず登場する人物なのよね。確か千年にひとりって魔道の天才で、だけど地位も財産も興味はなくて、ただ未来を見たいがために魔道を研究し、ついに自身を吸血鬼化したっていう筋金入りの変人だそうよ。

 しかも、ミイラみたいになるのはイヤだって理由だけで、リッチとは全然違う吸血鬼の概念を自ら編み出すっていう業績まで残してるの。まぁ、いいか悪いかは別にして天才なのは間違いないわ」

 なるほどとヒルネルは思った。しかし野心のない人物なら危険はない気がする。この世界の吸血鬼は人を殺さないようだし。

 しかしヒルネルのその指摘に、ほむらぶはためいきをついた。

「本人はね。ただ、その不死を巡って戦乱が起きたらしいわ」

「あー、それは……」

「ええ。本人が無害で誠実だったとしても、これではね……結局、封印が決定されたのもそういう経緯らしいわ」

 ほむらぶの微笑みは、ヒルネルの目には少し寂しげに見えた。

(なるほど。もしかしてテイマーと同じで放置されているのかな?)

 単純に機能だけとれば、PKし放題のはずのテイマー。

 だけど現実にはそんな事起きてない。なぜか?そもそもテイマーになるような者は、人間と争うなんて方向に進まないものばかりだからだ。かつてテイマーを目指したというミミもそうだし、先達であるメイ嬢もそうだったという。おそらくサトル少年もそうなんだろう。つまり、現実にそんな問題は起こらない。

 同様に、おねえさまも実質無害だから放置されているのかもしれない。

 うむ、これは確認してみたいとヒルネルは思った。

「ほむちゃん、ひとつお願いがあるんだけど」

「何かしら?内容によるけど」

「サーガや伝聞でなく、その事をちゃんと確認する方法あるかな?彼女の危険度を知りたいのよね。テイマーの件みたいに」

「確信が欲しいって事かしら?」

「ええ、そう」

 ふうむ、とほむらぶは少し考え込んだ。そして、

「ちょっと待ちなさい、今、心当たりにチャットかけてみるから」

「え?心当たり?」

 こんな大昔の話について即答できる者がいるというのだろうか?

 ほむらぶ氏、人脈ぱねえ。

 さすがのヒルネルも呆れたのだが、ほむらぶの口から出たセリフには絶句してしまった。

「ああメイ、久しぶり。は?その、あけみちゃん呼ばわりはいい加減にしてくれない?いろいろとまずいから肖像権的に。意味がわからない?知ってて言ってるでしょ貴女。

 ええ、そんな事よりちょっと聞きたい事あるんだけど大丈夫かしら?

 あのね、わたしの友達が封印されし吸血姫を掘り当てちゃって、直系にされたみたいなんだけど。あ、うんそう。セカンドなんだけどね、お人形さんみたいな娘だよ?うん」

「ちょ、おぉぉぉぉぉいっ!」

 いきなり誰とチャットしてるのか。しかも、なんつーどストレートな話をぶん投げるのか。

 だが、ひるねるの驚愕をよそに会話は続いていく。

「彼女が気にしてるのは危険度みたいなのね。ほら、テイマー問題も結局そこでしょう?伝説を見る限り問題なさげなんだけど、彼女としては、伝聞じゃなくて詳しい人の直接のコメントで知りたいらしくて。

 うん、うん、そっか。じゃあ……わかった。ちょっと待って」

 ほむらぶは顔をあげた。

「ヒルネル、貴女のメッセージチケットを彼女にあげていい?テキストにまとめて送ってくれるって」

「うわ、ありがたいけどいいのかな。お礼どうしよう?」

「ああ代償ね。ちょっと待って」

 またフンフンとやりとりをするほむらぶだったが、

「え……それ本当?あ、そう……うんわかった。じゃあそっちはこっちでやっとく。うん、ありがとね」

 途中で思いっきり渋い顔をすると、ほむらぶは顔を戻した。

「代償については彼女から頼まれものが来たわ。貴女からミミさんにこれを渡してほしいの」

「え?これって……?」

 いきなり、紙袋に包まれた布の塊を渡された。

「それ、モストスパイダーの糸でできた蜘蛛糸ショーツなんだけど」

「蜘蛛糸ショーツ?まさかと思うけどこっちの世界製?」

「そうよ」

 ヒルネルはツンダークにおける蜘蛛糸ショーツの意味を知っていた。

「わお。ほむちゃん、ついに告白?」

「あのね。わたしの事知ってるくせにそういう事言うわけ?貴女」

「え、知ってるからこそ言うんだけど?」

 真正面から言い返されて、ほむらぶはためいきをついた。

「違うわ。これはね、贈り物なんだって」

「贈り物?」

「そ。彼女、巫女にリーチかかってるんだって。だから贈り物をするそうよ」

「えっと、どういう事?メイさんとかって人が、どうしてわたしにそんな事頼むわけ?」

 ミミが巫女になるというのは初耳だが、事実なら確かにめでたいだろう。簡単につける職種ではないからだ。

 だけど、メイなる人物はおそらくミミに面識がない。なのになぜ贈るのか?

 そういうと、ほむらぶはウンウンと同意するように頷いた。

「彼女本人というより、仲間の動物たちが騒いでるみたいね。新しい巫女が生まれるって。そういうのわかるんだって」

「そういうものなんだ……」

「ええ」

 理解できないけどわかった、とヒルネルはうなずいた。

「あ、もうひとつだけいい?」

「なぁに?」

「巫女さん候補にエロショーツ贈る意味って?」

 ほむらぶはその質問に大きく眉をしかめた。

「何?」

「メイいわく、新人の巫女さんにはこれを贈るならわしがあるんだって。意味は知らないわ。でも慣習ってそんなものじゃないかしら?ええ、たぶん」

「たぶん?」

「……正直、わたしには趣味としか思えないから」

「うん、それ同意。でも依頼だし?」

「ええ」

 ヒルネルとほむらぶは顔を見合わせ、困ったように笑った。


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