選択
いつだって、本当によい知恵は終わったあとに浮かぶもの。それが事前に浮かぶのは天才か、それとも運命に守られているような人だけの話で、普通の人はそうはいかない。「あのときにこうすればよかった」という小さな後悔を積み重ねるのがたぶん人生というもので。
うん。
だからね、わたしの選択は決して間違っちゃいないと思うんだよ。うん、本当に。
突然にアクセスしてきた人の正体は、すぐにわかった。
『あれ、もしかして、ひるねるさん?』
『こんにちは。サブの方でお話するのは初めてなのに、よくわかりましたね』
相手はなんと、ペットグループのいつものお仲間である、ひるねるさんのサブアカだった。
まぁ、お名前だけは覚えてたし。
うちのペットグループの人たちは、菜種油さんを除く全員がサブキャラを持っている。男性陣のサブがふたりともロングヘアの美少女なのは男のサガってやつなんだろうし、ノマさんのサブがロマンスグレイのおじさまなのも趣味全開なんだろうけど、その見た目に反して職業選択面は極めて普通なんだよね。
たとえば、農夫であるノマさんのサブは戦士。敢えて主要武器が斧というあたりがいい。ノマさんも、イメージは屯田兵だって笑ってたっけ。しかし妙に渋いおじさまキャラなんで、むしろ辺境伯か何かじゃないのって突っ込んでふたりで大笑いしたのも記憶に新しい。
狩人であるほむらぶさんのサブは錬金術師。メインで集めた素材をサブで利用するっていう、実に定番の組み合わせだと思う。戦士なら初級鍛冶や付呪と組み合わせる人もいるけど、森をメインフィールドに据えた思い切りのいい選択だと思う。
そして、錬金術師のひるねるさんのサブは魔道士らしい。確かほむらぶさんと同じギルドだそうで、お互いの都合にあわせて使い分けるんだとも聞いたことがある。
それにしても珍しい。ひるねるさんって、その変な名前の通り、夜間に活動するってRPをしている人。なのに、こんな時間に活動しているなんて。
『こっちは生産職じゃないんです。多少の補助は必要ですけど、単独行動はメインより比較的安全なんですよ』
『なるほど。え、でもそれって何か非常事態ってこと?』
『はい。例のテイマー狩りが激化し、ペット狩り再燃の様相を呈しているようで』
え。
『それはさすがに大騒ぎすぎない?通報ものだと思うけど』
そうだ。それはさすがに運営の出てくるレベルの事態だろう。
そしたらひるねるさんは「もう出てますよ」といった。
『例のサトル君でしたか、彼が運営に相談したようです。特に問題行動が疑われていた数人のプレイヤーには運営の追跡者がついたようですし、今回は大捕物になるみたいですね。まぁ、そのご報告にと』
『そっか。わざわざありがとう、ひるねるさん。ところで』
ちょっと気になった事。
さっきのセリフからすると、ひるねるさんは危ない橋を渡るのにサブを持ちだしたって事になる。
それに追跡者って、時々噂になるけど基本的に都市伝説的存在のはず。普通に断言してるって事は何か情報筋があるの?
いったい何をしていたんだろう?単に情報を集めるだけなら危険はないと思うんだけど。
う〜ん。ほむらぶさんも直接話すと謎なとこあったけど、ひるねるさんも同類だった?
『そのあたりは内緒です』
『あら残念』
そりゃそうか。簡単に手の内をばらすわけがないよね。
『それで、ちょっとお渡ししたいものがあるんです。魔織士のミミさんなら大丈夫と思いまして』
『何それ、何か危ないもの?』
『危ないものではないですね。ただ珍しいものなので、迂闊に人に渡せないんです。なんたって、モスト・スパイダーの糸で作った下着なんですから』
『え……それって』
モスト・スパイダーの糸で作った、しかも下着?
『何それ!?ドロップ?それとも誰かが作ったわけ?』
さすがに目が点になった。
わたしは魔織士だ。魔織士の本道は織物に魔力を織り込むなんだけど、これ地味に重要な仕事だったりする。
どんな鎧を使う者でも肌着は手放せない。
それに、単なる布の服に鉄の鎧の耐久力と、魔法の盾並みの魔法防御が付けられると知っても、それでも魔織士を地味な業種と言えるだろうか?
たとえば、荒野に赤ちゃんをポンと投げ出したとする。それでも、その身を包む肌着だけで最底辺の雑魚の攻撃程度なら一切よせつけず、灼熱の太陽にも灼けず夜の寒さにも凍えない。
あるいは、布の服に手袋だけの女の人。だけどその手袋は大岩を動かし、掌底を繰り出せば重戦士の底力を出す。
この不思議な理不尽感こそが魔織士の真骨頂。
いや、それはいい。で、問題の蜘蛛糸だ。
モスト・スパイダーはまだ発見されたばかりのモンスターで、レベルもめちゃめちゃ高い。だから当然、素材もまだ発見者のグループによって解析中だったりする。
なんでそんな事知ってるかって?そりゃ「うちで手が足りなかったら救援要請します」って声がかかってるからだよ。
未発見の素材にいきなり魔力を編みこむバカはいない。だから、わたしの仕事になるのはもう少し後なんだよね。
なのに、そのモスト・スパイダーの糸で作った下着がもうある?
いったい、どういう事?
『まぁ仔細はいいでしょ。どうかな?いる?』
『いります!てーかダメって言われても解析だけはしたい!ね、ね、いいでしょ?』
『ええ、いいですよもちろん』
メッセージの向こうで、ひるねるさんが笑ってるような気がした。
繰り返すけど、ひるねるさんのサブも美少女タイプ。だけど、アニメキャラが元らしいほむらぶさんのそれとはまた根本的に違っている。
明るいベビー・ブロンドのサラサラヘアに宝石のような碧い瞳。ツインテールに仕立てたその容姿は、あまりに整いすぎてむしろ人間味を欠いてしまっている。着ている服もとんでもなくて、リアルでも服飾職人をしているというプレイヤーの力作である黒ゴス。これは同じデザインが実際にリアルでも売られているという経緯があり、値段もゲーム内アイテムの価格ではない。ツンダーク世界でお城でも建てる気かってお金がかかってると聞いた時には、男の妄執のものすごさについてノマさんと考えこんでしまったのをよく覚えている。
いやま、要するに西洋人形系の美少女という事だ。うん。
「こんにちはミミちゃん。これが現物。内緒だよ?」
「ありがとう。うわぁ、本当にモスト・スパイダーだぁ」
受け取って、その場で解析スキルで見て。そしてためいきをついた。
『モスト・スパイダーのショーツ』作成評価なし・非売品
ツンダーク世界の職人による傑作。蜘蛛糸のショーツはこの世界で女性に贈る縁起物とされているが、このモスト・スパイダーのショーツはその中でも最高峰といえる。このクラスだとさすがに一般人はなかなか手が出ず、着心地は素晴らしい。ただし特有の装着感があるので慣れが必要で、まずはじっくり履いてみてほしい。
なるほど、こっちの人のなんだ。納得。
一部のコメントがちょっと気になるところだけど、まぁ蜘蛛糸ってシルクだもんねえ。リアルのスパイダーシルクはシルクのような別モノだって聞いたけど、この世界のスパイダーシルクは本物なのだ。そりゃ着心地いいだろう。
「うんうん。じゃあ私はこれで。見てるだけ、とか言わずにちゃんと履いてね。下着を見て楽しむなんてオジサンみたいな事しちゃダメだよ?」
「ってちょっと待った!」
「?」
当たり前のように去ろうとする、ひるねるちゃん……いや、悪いと思うけどこの容姿でさんづけってわたしには無理なんで……をむんずと捕まえた。
「なぁに?」
ちょっと。テキストメッセージじゃ男言葉だったのに直接あうと口調まで変わるわけ?
妙に可愛いのがなぜかイラつく。いや、可愛いけどさ。
「ロールプレイだもん。それとも、可愛い顔してドスの効いたダミ声で「押忍!」とか聞きたい?ミミちゃんそういう趣味?」
「絶対やめてちょうだい」
「ほら即答じゃん。だったらいいでしよう?」
「む……」
けらけらと楽しそうに笑う。容姿があまりにもかわいらしいせいか、なんだか悪魔っぽい不気味さまで感じる。
う~ん。なんかよくわからないけどこの悔しさはなんだ。
「うふふ、じゃあ今度こそいくね?ちゃんと履いてみるんだよ?じゃあね」
そう言うと、今度こそひるねるちゃんは去っていった。
「……ふむ」
部屋に戻ったわたしは、じっとそのショーツをみつめた。
おかしな感じはない。強いて言えば編み方がこの世界のオリジナルなのか全く異質なのと、未知の素材というだけだ。
なんでそんなに履かせたいんだだろ。ひるねるちゃん、普通ならセクハラだよこれ?
だけど悪意は一切感じなかった。
悪意よりむしろ。
「ネタバレになるから言えないけど、履いてたほうがいいって感じだったよねえ」
わたしは鈍い方の人間だと思うけど、ひるねるちゃんの警告くらいは読み取れた。
つまり、このショーツには何か秘密があるんだろう。それもたぶん、ちょっと説明したくらいじゃわたしがドン引きするような何かが。
え、なんでそう思うのかって?そりゃあもちろん実績があるからですよ。
あれはまだβテストの頃。わたしもまだ見習い魔道士で、ひるねるさん、ノマさん、菜種油さんとの四人でつるんでいた頃の話だ。ひるねるさんは当時もう錬金術に手を染めていて、初級ポーションを使う、わたしたちの貴重な回復手だった。菜種油さんは回復術師なんだけど、当時はわたしと同じ魔道士見習いだったしね。
その頃、最初のペット狩り事件が起きたんだけど。
『これ飲め』
いきなり、ひるねるさんに渡された丸薬。一時的にステータスを全て倍加させるという物凄い薬。それを全員が服用する事で、わたしたちは暴漢を退けた。
後からきくと、試作品もいいところの危ない代物だった。これは今もそう。倍加薬というとギャンブルの代名詞のようなものなんだよね。正直扱えたものではない。
正直びびった。そして苦情を言った。せめて危険度は先に教えてほしいと。
だけど、ひるねるさんはしれっとした顔でいったものだ。
『そこまで話しちゃったらビビるでしょう?背に腹は変えられなかったし、こういう薬はメンタル面も大きいんだよ。だから言わなかった。成功率を少しでもあげるためにね。
それとも、あの場で飲まない選択あった?ないと思うんだけど』
そう言われて、ぐうの音も出なかったのをよく覚えている。
うん。
「よし、履いてみるか」
口に出してそう言った。
「チック、あっち向いてて」
さすがに18禁なところは見えないと思うし相手はうさぎだ。でも気分的に、ね。
「……」
だけど、その一言でチックがすぐにあらぬ方向を向いたのは、別の意味で驚いた。
(意思疎通がなんか、すごくスムーズになってない?)
何か意味があるんだろうか?わからない。
まぁいい、とにかく履いてみよう。
(……え、これって)
履いてみたら、それは確かに凄まじく履き心地が良かった。
だけど。
だけどこれって。
(なにこれ!?)
履いただけで、なんていうかその、敏感な部分に物凄い刺激がきたんだよね。うん、どことは言わないけど。
それも、一瞬気が遠くなったくらいの強い刺激で。
ビクンって、身体がはねたような気さえした。
(いけない)
こ、こ、これは、まずいでしょ。す、すぐ脱がないと!
な、なんてもの持ってくるの、ひるねるさんてば!
たぶん織り方、いや縫製の方かな。誰が作ったものか知らないけど、敏感なところにいちいち刺激がいくように作られている。
それも、うっかり慌てるとますます締め付けるようにとか、無駄に高機能なんですけど!
誰よこんなん作ったの!これたぶん、ううん間違いない、そ、そういう用途のものでしょうが!
急いで脱がないと、脱が……。
(あれ?)
気がつくと、ぺったんと床に座り込んでいた。
あれ、あれ?た、立てない。
え?
わたし、何……してたんだっけ?
あれ?
でも……んくっ!
ああダメ。考えが何も定まらない。
視界の隅っこに何か見えている。だけど頭が朦朧としてわけがわからない。
あれは……ダイヤログ?内容は?
『チックから緊急要請。■■■要望があがっています。許可しますか?』
頭が回らない。集中できない。読めてるはずなのに、意味が読み取れない。
(あ?)
突然、ころんと誰かに転がされた。
いや、わたしのパーソナルスペースに入れるのは、わたし自身の他はチックだけだ。だからそれはチックのしわざだ。
なに、なにチック?
「……」
え、これを押せっていうの?どうして?どうしても?
あん、わかった、わかったからグイグイ押さないで。もう。
朦朧とした意識の中で、ダイヤログにイエスを返した。
そしてその瞬間、わたしの知識は光に包まれた。
◇◇◇
彼らは、この日を楽しみにしていた。
最近、攻略組のもたらした情報にいくつか面白いものがあったのだ。それはツンダークシステムを裏をかく方法のひとつであり、後日『驚異の即日改変』と呼ばれる緊急アップデートが来る原因になったものだ。それほどにやばいものだった。
つまり『物理ダメージと認識されずにプレイヤーを攻撃する方法』。つまりPK禁止を回避する方法。
それを知った時、彼らの一部は下卑た歓声をあげたものだ。
VRMMOのリアリティのすごさを彼らは知り尽くしていた。だが同時に、ごく一部のアダルトゲームを除けば、そういう意味でVRMMOを楽しめない事もまた、知っていた。そして、そういうゲームの多くは身内で、あるいはプロ相手に楽しむもので、素人の女の子を口説いてどうこう、みたいな事はまず無理だったのだ。
だが。システムを回避すればそんな制限もなくなる。
実は、ミミは有名人だった。VRMMORPGのプレイヤーとしては異様に地味な外見なのだけど、それは若干顔をいじっている他はリアル同様と自分から言っているようなものだったからだ。それに性格も穏やかで人あたりもよい。とどめに有数の生産者ギルドの代表ときている。これで人気が出ないわけもなかった。
だが同時に、逆にそうやって狙ってんだろ、あざといという同性の声も多かった。
そして、どちらかというとメンタル弱くて引っ込み思案のミミの性格も事態を悪化させていた。つまり、ミミを不快に思う連中にナメられてしまったのだ。
「ちょっと、あんたたちがする事には干渉しないけどさ、その前にちゃんと土下座させてショット撮るの忘れないでよね?」
「そそ。できればもう、あられもない格好でさー」
「はいはいわかってるわかってる、ったく女は怖いねぇ」
下劣な思惑と、邪な思惑。ふたつがこの時、確かに手を結んだ。
何かが致命的に、そして確実に狂っていた……。
男六人に女ふたり。それがミミを襲った者達の総数だった。
まんまと騙され、個人スペースから出てきたミミ。だけどそれを見た彼らは一様に、強い違和感を覚えた。
なんだろう?このおかしな気味悪さは?
ミミは微笑んでいた。やたらと楽しげな他にはどんな感情も読み取れない。こちらを恐れてもいないらしい。
彼女の傍らにはウサギがいる。チックと呼んでいるものだが、このウサギもなぜか大人しくじっとしている。
何がと言われても困るが、とにかく物凄い違和感だった。
「ここにいるので全員?」
ミミは歌うように、楽しげに彼らに問いかけた。
「まぁ、そうよね。たかが女一匹取り押さえてペットのウサギ殺そうっていうのに、そんな大人数はいらないものね」
うふふと楽しそうに笑う。なんとも気味の悪い笑顔だった。
「……人聞きの悪い事を言ってくれるじゃないか。こっちは危険なチートを生み出さないように骨を折ってるってのに」
「ふうん、運営は問題ないって言っているものをねえ。あなたみたいのを自治厨っていうのかしら?バカってなくならないものよねえ」
「おまえ、雑魚の分際で偉そうにしてんじゃねえぞ!」
やたら沸点が低いらしい一人が、ミミの挑発にあっさり乗ってきた。
だがミミは動じる事なく、ただ淡々としているだけだ。
「雑魚ねえ、ふうん。あなた……お名前はプチルさんね、はい記録した。明日からプレイヤーのお店じゃ買い物も修理もできないからそのつもりでね?」
「な……!」
彼らはもちろんおかしいが、彼らよりミミの方がはるかに異常だった。もしミミを知る者が彼女の発言を聞けば耳を疑ったはずだった。彼女は決して、たとえ憎い相手にでも過激な発言をする人物ではなかったからだ。
「何を驚いてるの?生産者を雑魚扱いして脅すというのが何を意味するか、知らないわけじゃあないよね?」
そういうと、ミミは何もない空中でポンポンと手を動かした。何か操作したようだ。
「プチルさんだけじゃないわ。今、あなたたち全員の名前とプロフィールを生産者ギルドのブラックリスト、それから運営にも送りつけたわ、この光景の記録とこの座標の情報コミでね。
よかったね、あなたたち。
運営の方針にケチつけたいくらいに大嫌いだったんでしょう?これで綺麗さっぱりツンダーク辞められるわよ。おめでとう」
「な……いや、そうか。わかった」
ボス格と思われるひとりが大きくうなずき、そして、それを合図にするかのように全員が魔法のような構えをとった。
『防護膜展開』
突如、ミミの身体が回復魔法の膜に包まれた。即効性はないが長時間効くものだ。
『マナ回復膜展開』
今度は、ミミの身体が緑色の膜に包まれた。体力でなく魔力を癒やし続けるものだ。
「よし」
ボス格の男は大きく頷いた。
「いい事を教えてやろう。このゲームはPKができない仕組みだが絶対ではない。どうも敵味方の識別まわりに穴があるようでな。とある条件を揃えたら攻撃も可能になるし、もっと面白い事もできるようになる。つい先日、うちの連中が発見したんだが」
男たちがニヤニヤと下品な笑みを浮かべた。
「だが俺たちも鬼じゃない。危険な動物を処分してくれたら、悪いようにはしない。どうだ?」
何を言いたいかは明白だった。もちろん、悪いようにはしないという言葉の意味なぞ言うまでもない。
だが。
「そう。それがあなたたちの選択なのね。わかった」
しかしミミは動じていなかった。それどころか、来るべきものが来たとでも言わんばかりの、むしろ清々しい笑みを浮かべた。
何だ?と男が首をかしげた瞬間、ミミの口が動いた。
『麻痺』
次の瞬間、男たちは全員、ぴくりとも動けなくなっていた。
「な……!」
「女一匹だから大丈夫?生産職だから弱い?ふふ、随分とナメてくれたものよねえ。でも大事な事忘れてない?」
「……なんのことだ?」
動けないが、喋れないわけではないらしい。ボス格の男が、しかし脂汗を流しつつ言葉を吐いた。
「確かにわたしは生産職よね。でも最初から生産職だったわけじゃないのよねぇ」
そういうと、ふふふと楽しそうにミミは笑った。
「見習い魔道士って、そりゃあ初級に限られるし能力も限られるけど、実はほとんどの属性魔法が使えるのよね。で、その『限られる』の意味だけど」
そこで一旦切ると、ポケットから丸薬をとりだし、そして口にいれた。
「要素さえあれば、あとは増幅すりゃいいのよね。知ってる?この世界に魔法効果増幅や増強のための祝福や技術がどれだけ存在するか。で、それらとゲームシステムってやつを組み合わせ、さらに錬金術師のお友達にもらった最高性能のお薬と組み合わせると……あらふしぎ」
ぷるっと、ミミの身体が震えた。全身から少しずつ魔力のようなものが立ち上がりはじめる。
(ん?)
そういえばと改めて見回して、倒れているのが七名しかいないのにミミは気づいた。だが、
(ああ、そういうことね)
その最後のひとりらしいのがフラフラと通路の奥に消えていくのを見て状況を理解。そっちは見なかった事にした。
で、男たちの方に戻ったわけだが。
「さっさと麻痺を解け。PKは禁止されている。どういう抜け道やらチート使ってこんな真似したのか知らないが、さっさと開放しないと通報するぞ!」
「ん、準備完了。じゃあばいばい、『爆炎』」
それは確かに『爆炎』。初期の爆炎魔法だった。魔法職の見習いが最初に収めたがる魔法のナンバーワンで、また、この魔法が使えるようになれば、そろそろ見習い卒業とも言われる魔法。ツンダークで最も低レベルの、対多数攻撃魔法でもある。
だがミミが放ったソレは、初級とは思えないとんでもない威力の爆発になった。
「ぎゃああああっ!」
「ひいぃぃぃぃっ!」
炎が止んだ時には、ほとんどの男たちが死に戻りしてしまっていた。
「あら、生き延びたのね。さすがボスだけの事はあるなぁ」
やがて火が消える前に最後のひとりのHPが尽きて死に戻ると、残ったのはボス格の男だけだった。
「何かいいたい事ある?」
「貴様、自滅したな。どういう手を使ったかしらんが、これだけのプレイヤーをPKして、このツンダークで生きていけると思うのか?俺達が通報したら最後……っ!」
ギシ、と何かが軋む音がした。鎧の壊れかけている部分を、ミミが思いっきり踏みつけたからだった。
重圧魔法でも併用しているのか、鎧が異様な音をたてて凹んだ。もちろん男からは絶叫があがった。
「あはは、バカはあんたでしょう?その目はなんのためについてるわけ?」
「……」
「通報する時に記録をよく見なおしてみるのね。まぁでも、わたしだってそこまで鬼じゃないわ。ヒントあげましょっか?
ねね、わたしのステータス見られる?どう?」
「なに?」
男は眉をしかめ、そしてミミをまじまじと見た。そして、
「バカな!プレイヤーじゃないだと!?」
「んん、甘いなぁ、80てーん!」
クスクスと楽しそうに笑うミミ、いやミミとおぼしき何か。
そのミミを凝視し、何かを探るように調べていた男。だがやがて、まさかという顔をして、
「……ば、バカな」
「……」
男の目線の先には、じっと無表情に男を見ているウサギ……チックの姿があった。
「バカな……そんな馬鹿な!」
「ふふ、ようやく気づいたかね。バーカ」
ミミと思われる『何か』は、けたたましく笑い出した。もはや元の人物の面影は全くない。
「ま、こいつはこれでなかなかいいメスだからな。おまえら人間どもが欲しがるのもわからんでもねえ。だがな」
そこで笑いをとめて、フッと『ミミ』は眉をしかめると、
「異世界の奴になんぞ、誰がくれてやるかってんだ。ふざけんじゃねえぞイ○ポ野郎が!」
そう言うと、全力で踏み抜いた。
「ぃぎっ!」
男は鋭い悲鳴を一瞬あげたかと思うと、やがて光になって消えた。死に戻りしたらしい。
「……」
それを無言で見送った『ミミ』は立ち上がると、じっと動かないチックの目の前に移動した。
「さて、最後の一仕事だ。見えてるかミミ?悪いが、ジョブ設定ってやつを勝手に変更させてもらうぜ。カミサマの話じゃ、おまえの身内で、これができるのは俺だけらしいんでな」
そう言うと、何か見えないウインドウを操作しはじめた。
「へぇ、メニューってこうなってんのか。よし、これだな。魔織士をいったんサブに移動、そして巫女をメインに据えると。これで俺本体の封印が……よし解けた!」
動かないチックの身体が、淡い光に包まれた。
「あとは魔織士をメインに戻して、巫女をサブに置いてと。これでいい。単に巫女をサブに置くだけだと俺の封印が解けないんだよ。めんどくさい話だけどな」
まるで、ここにいない誰かに語りかけるように作業を進めていく。
「よし終わりだ。ああ、最後にひとつ言わせてくれよ。なぁミミ」
『ミミ』は空を見上げて、そして何かに言い聞かせるように言った。
「巫女になるって事は、選択を迫られるってこった。あんたは神様に会う事になる。そして、選択を求められると思うんだ。だから」
そこで言葉を切ると、少し悩んだ『ミミ』は、やがて小さく首をふった。
「いや、悪かった。おまえはおまえだ、好きにしろ。じゃあな」
やがて、まるで支えをなくしたかのように、ミミの身体がグラッと揺れた。同時にチックもピクッとうごいた。
「あ、あれ。え?」
ミミは不思議そうに、目をぱちくりさせている。そして、まじまじと周囲を見回している。
「な、なにこれ……あれ、夢……違う、まさか……?」
呆然とした顔で宙を見上げて、そして目を丸くした。
「うそ!ほ、ほんとに巫女がサブになってる!えぇぇっ!非常用の薬が減ってるっ!」
あわわわ、と真っ青になっていたミミだったが、やがてひとつの事実に気づく。
「……チック?」
おそるおそる、相棒の方を見るミミ。
何やら力つきたらしい、ぐったりのびているチック。だが、
「ステータスが……うそ」
震える声が、彼女が何を見ているかを物語っていた。
『チック』幻影ウサギ Lv1 性別:male
特別称号: 「友を守るために命をかけたウサギ」「ウサギを越えたウサギ」「人間操者」「ウサギ大魔道」
大切な存在に及ぶ危険から守るため、命をかけて主人を逆制御、その潜在能力を駆使して敵を撃退するという信じがたい戦いを繰り広げた偉大な勇者。代償として30レベルドレインという大きな犠牲を支払ったが、友を守りぬいて何とか生き延び、そしてギリギリ進化も果たした。おめでとう!
その戦いに感銘を受けた歴代の獣神たちの賞賛をうけ、4つの称号が与えられた。
なお今回の犠牲がなかった場合、溜まり溜まった経験値と成長要素により、色魔型の三月兎Lv31に進化するはずだった。だが限界を超えて魔道を駆使した事で変質を起こし、魔道のウサギへと大きく道筋を変える事になった。
「……」
ミミは涙をポロポロ流した。そして、チックをおもいっきり抱きしめた。
ぷう、ぷう、と力ない反応がチックからこぼれた。
「バカ!バカバカバカバカバカ!なんて無茶するのよ、死んだらどうするのよバカ!ほんと……よく……」
途中から言葉にならないようだった。ミミは嗚咽をもらしつつ、とにかくひたすら泣き続けた。
「……」
そして、力なく抱きしめられるままのチックは、それでも非常に満足そうだった。
(……)
(……)
そして、その光景をちょっと離れた場所で、見てみぬふりをしている一人と二匹。
どうやら、空気だけはきちんと読めているようだった。
ひるねる氏の奇妙な行動については、この後ちょっと一遍書きます。
彼もまた、サトルたちとは違うけど秘密もつ者のひとりなのです。
ちなみに、謎のショーツの本当のステータスは以下に。
『モスト・スパイダーのショーツ』作成評価なし・非売品
ツンダーク世界の職人による傑作。蜘蛛糸のショーツはこの世界で女性に贈る縁起物とされているが、このモスト・スパイダーのショーツはその中でも最高峰といえる。
ただし蜘蛛糸ショーツには子沢山という意味があり、愛染織りといって履くだけで謎のマッサージ効果のある織り方をする伝統があるので、ツンダーク職人の作った蜘蛛糸ショーツには要注意である。




