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11話~アリスとチャーリー~

ぼくはまた夢をみた。

夢?

違う。

ここは訓練棟の中。

眠りについているわけじゃない。

ぼくが見ているのは記憶の底。

過去の記憶を掘り返しているのだ。

すりきれそうな遠い過去。




きらきらとひかるのは木漏れ日。

ぼくの姉・アリスは長い髪を風にまかせて

本を読んでいる。

もたれた木の枝には

白くて小さな花がさいている。

なんていう花なのかアリスにきいておけばよかった。

アリスは植物の名前に詳しい。


「アリス」

と呼びかけると

本から目を離してこちらに微笑みかける。

ぼくはアリスの笑顔をみると

安心して

また木々の中を駆け回る。

走る事が楽しかった。

飛び跳ねたり

玉虫色の羽を持つ昆虫をつかまえたり、

ときにはリスをおいかけたり。


アリスは絵のついた本が大好きだった。

「活字ばかりの本は楽しくないもの」

といった。

ぼくがアリスのそばに腰をおろして本をのぞきこむと

アリスは、パタンと本を閉じてたしなめる。

「だめよ、これは、私だけがみていい本なの」


「それは何がかいてあるの?」


「世界の設計図よ。

世界がこれからどう変わっていけばいいのか、

私は日々研究しているのよ。

大丈夫。そんな顔しないで。

チャーリーが幸せになるように

私がプログラミングするわ。

こう見えて私は機械にも強いのよ」


「ぼくは幸せになるの?」

チャーリーと呼ばれたぼくは、

アリスの瞳をのぞきこむ。

「もちろんよ」

「アリスも幸せになれる?」

「私は、そうね・・自分の幸せは決められないの。

私は世界の運命を決めるだけ。

ああ、チャーリー気をつけて。

ほら、そこの木の根元。

その穴に落ち込んだら、

あなたも私の頭の中におっこちるわよ」

ぼくはあわてて木から体を離す。

「頭の中に落ちるってどういうこと?」


くすくすと手のひらで口元を押さえて

アリスは笑う。

「世界は私の頭のなかにあるの。

その穴はその入り口よ」

「へえ、じゃあ、みんなこの穴の中に押し込んでしまえば

世界はアリスの思うままだね」

「そうね。そうできればね」


アリスの世界。

きっと奇妙でスリリングで

でもどことなくノスタルジックなんだろうな。

ぼくは穴の中に指先を入れてみた。

指先が甘さを感じた。

溶けかかった濃厚なキャラメルをかけられたようだ。


「いたずらチャーリー。本当にひきこまれるわよ。

あなたが望まなくても

世界はあなたを思うままに利用しようとするわ。

そうね、チャーリー。

だったら私の頭の中で眠っている方が

いいのかもしれないわね」

アリスが甘い息を吐く。

吐息は透明なはずなのに

ぼくにはピンクのもやに見える。

ぼくは知らない間に

もう穴に落ちてしまっているのかもしれない。

ぼくはもうアリスから離れられない。


「チャーリー、大丈夫よ。

私があなたのことを解き放ってあげる。

好きなときに好きなことをしても

誰にもとがめられないように」


でもぼくは気付いている。

本当に解き放ってあげなくてはならないのは

アリスのほうだ。


アリスは走れない。

恐ろしい静かな悪魔が

彼女の体の中にツタを這わせている。


アリスは走っていけない。

走ってみたくても、

無理をしないようにとぼくの父親が

しっかりと監視をつけている。


ぼくの父親はアリスを愛している。

死んでしまったアリスの母親の面影を

アリスに投影して、溺愛している。


アリスの世界の設計図からはきっと、

病気も父親も排除されているにちがいない。


ジーと蝉が鳴いた。


木漏れ日はまだきらきらと光っている。

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