第13話:不浄の檻覚醒の死刑囚
カチ、カチ、カチ。
無機質な時計の針が、死刑執行の瞬間を刻んでいる。
地下の静まり返った一室。椅子に固定された男――**現時**は、目隠しも拒み、剥き出しの闘志を宿した瞳で執行官を睨みつけていた。
「……何か言い残すことはあるか」
「ねえよ。せいぜい、ボタンを押す指を震わせないことだ。俺の魂がシケちまう」
執行官の指が、壁に設置された「ボタン」にかけられた。それを押し込めば、足元の床が落ちる。まさに命の灯火が消えようとした、その刹那だった。
ドォォォォォォン!!
「なっ、何だ!?」
天地を揺るがす爆発音が響き、刑務所の頑強な外壁が内側から弾け飛んだ。
爆煙と共に溢れ出したのは、刑務所に溜まった負の感情が具現化した巨大妖怪、『百目鬼』。無数の目が蠢く巨大な腕が、執行室を蹂躙し始めた。
時を同じくして、街のスーパー。
「志貴、見られよ! 道人殿が仰っていた通りの見事なネギでござる。今夜の鍋も、道人殿の腕でさぞ美味くなるに違いありませぬな!」
荘助が嬉々としてカゴを抱え、志貴はその後ろを歩いていた。
「そうだね。道人さんの料理、プロ並みだもんな……。あ、姫菜、そんなにお菓子入れたら怒られるよ?」
「いいの! 道人さんなら『たまにはいいよ』って笑ってくれるもん」
そんな平和な光景のなか、志貴は突如、胸の奥を鋭い痛みが突き抜けるのを感じた。
「……っ!? なんだ、今の……」
「――おい。気づくのが遅せーんだよ、鈍感」
自動ドアの陰、サングラスとフードで顔を隠した男――レンが立っていた。仕事の移動中、ただならぬ邪気を察知して車を飛び出してきたらしい。
「レン!? なんでこんなところに……」
「……この街の『空気』が腐り始めてんだよ。アンタのその間の抜けたツラが、妖怪に食われる前に……ほら、行くぞ」
レンが指差した先。遠くに見える刑務所の空が、どす黒い雲に飲み込まれようとしていた。
刑務所、地下執行室。
パニックに陥る室内に、破壊された壁の向こうから月光を切り裂くように舞い降りた影があった。
「――清らかなる一撃にて、闇を払わん」
高潔な声と共に、凄まじい衝撃波が妖怪の腕を弾き飛ばす。そこに立っていたのは、一切の武器を持たず、光を纏う道人だった。
「道人さん!? 家で待ってるはずじゃ……!」
レンに手を引かれ、間一髪で現場に駆け込んだ志貴が驚きに目を見開く。
「志貴君、危ないじゃないか! 家で胸騒ぎがしてね。君たちを追いかけてきて正解だった」
道人は素手から放たれる圧倒的な「気」で妖怪を圧倒していく。だが、背後で拘束された男――現時を一瞥した道人の瞳には、冷酷な計算が宿っていた。
道人は現時を助けようと飛び込むふりをしながら、密かに指先で火遁を練り上げる。
(……死刑囚なら、ここで妖怪に殺されても誰も文句は言わない。不純物は早めに消しておくべきだね)
道人の指から、不可視の熱線が放たれようとした、その瞬間だった。
「――ガッカリさせんなよ、キラキラ野郎。……っらああああ!!」
現時が咆哮した。
次の瞬間、現時の体内から眩い光が溢れ出し、ひとつの**珠(『信』)が具現化する。それは瞬時に現時の右腕に吸い込まれ、重厚な鉄の篭手**へと変形した。
「(……!? 珠だと!? 貴様……八犬士の一人だったのか!)」
道人は目を見開き、驚愕を隠しきれない。火遁を放つ直前で、標的が「不純物」から「利用価値のある駒」へと変わったことを悟った。
ガシャァァァァン!!
現時を縛り付けていたすべての鉄鎖が粉々に砕け散る。
自由になった現時は、立ち上がると同時に襲いかかる妖怪の顔面を、その篭手で真っ向から殴り飛ばした。
ズドォォォォォォン!!
衝撃波で執行室の床が爆ぜ、妖怪『百目鬼』は文字通り消滅した。
返り血を浴び、立ち上がる死刑囚。道人は即座に火遁の印を解き、驚きを「感動」の色に塗り替えて、恭しく歩み寄った。
「……素晴らしい力だ。君、その腕にあるのは、選ばれし者にしか宿らぬ『珠』だ。まさか、こんな場所で同志に出会えるとは」
「……あァ? 同志だぁ?」
現時は不機嫌そうに鼻を鳴らすが、道人は「初対面の協力者」としての顔を保ったまま、彼だけに聞こえる声で密かに囁きかけた。
「……このまま死刑を待つだけの人生に戻るか。それとも僕と、退屈しのぎの『ゲーム』を始めるか……選ばせてあげよう」
現時はニヤリと不敵に笑い、道人の顔をじっと見つめた。
「……ハッ。面白いじゃねえか、キラキラ野郎」
志貴たちが呆然とする中、現時は高笑いと共に、夜の闇へと躍り出た。鮮やかなる脱獄である。
「……逃げられた、か。だが、彼の中にも光があった。いつか分かり合える日が来るかもしれないね、志貴君」
道人は、さも「見知らぬ仲間を見つけて嬉しい」と言わんばかりの聖人の顔で志貴を励ました。
レンだけは、道人が現時と視線を交わした際の一瞬の「温度の低さ」を見逃さなかった。
「(……あいつ、さっきまであの男を殺そうとしてたくせに。……相変わらず気持ち悪い野郎だぜ)」
レンは鉄扇を閉じ、完璧な笑顔を浮かべる道人の背中を、冷え切った瞳で睨みつけた。
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