第1話:五百年の残響
一、炎の終焉
永正の冬。里見の城は、赤黒い炎と立ち込める妖気に包まれていた。
崩れ落ちた回廊の隅で、犬塚信乃は、血に染まった白装束の伏姫を抱きかかえていた。
「……信乃、すまぬ。私と共にあったばかりに」
「謝らないでください。たとえ来世になろうとも……必ず、君を見つけ出す」
二人の指が固く解ける。八犬士最強と呼ばれた男と、里見の姫。二人の命の火が消えた瞬間、押し寄せた妖怪の軍勢がその骸を飲み込んでいった。
二、孤狼の誓い
「……信乃!! 伏姫様!!」
地を裂くような絶叫と共に現れたのは、犬川荘助であった。
一歩遅れて辿り着いた荘助は、冷たくなった二人の亡骸を、血の滲むほど拳を握りしめて見つめた。
「信乃……お前の幸せを守れなかった、すまない。……そして」
視線を、その腕の中に横たわる伏姫へと移す。
「伏姫様……愛していた。愛していたのに……! 姫の幸せすら守れずして、何が八犬士だ!」
天を仰ぎ、荘助は慟哭した。二人が幸せなら、それでよかった。だが、その慎ましい願いさえも世界は踏みにじった。
「俺は……俺は、守るぞ。今度こそ、死んでも守り抜いてみせる……!」
荘助の胸元で「義」の珠が烈火のごとき輝きを放ち、周囲の空間が悲鳴を上げながら歪み始める。彼は自らの魂を燃料に、五百年の時を超える禁忌の道へと身を投じた。
三、二〇二六年、降臨
ネオンが眩しく輝く、現代の新宿。深夜の路地裏で突如として空間がひび割れ、一人の男が叩きつけられた。
「……がはっ……!」
アスファルトに這いつくばる荘助。五百年前の血と煤に汚れた装束。
見たこともない光の洪水と、空を刺す巨塔。そこがどこかも分からぬまま、荘助の研ぎ澄まされた五感が、闇に潜む「腐った臭い」を即座に捉えた。
(……まだだ。まだ追ってきているのか、奴らめ……!)
ふらつく足で立ち上がり、腰の刀に手をかける。
その時、路地の先から呑気な話し声が聞こえてきた。
「志貴くん、待ってよ!」
「お前が遅いんだよ、姫菜」
少年と少女が、すぐそこまで歩いてきている。荘助は彼らが誰であるかにはまだ気づかない。だが、その背後から音もなく伸びる巨大な鉤爪だけを、死地を潜り抜けてきた武士の眼で見抜いた。
「危ない、姫菜!!」
少年が叫び、少女を突き飛ばして庇う。
その刹那。
「——外道がっ!!」
荘助の喉から、怒号が迸った。
一筋の鋭い閃光が闇を切り裂く。少年の目の前で、巨大な鉤爪が、飛来した礫によって粉々に砕け散った。
「……え?」
呆然とする少年。
路地裏の深い闇の中、肩で荒い息を吐きながら、満身創痍の体で刀を構える男が立っていた。男の瞳にあるのは、ただ目の前の「敵」を屠るための冷徹な殺意のみ。
(……民間人を巻き込むわけにはいかん。ここは、五百年前の戦場の続きだ)
男は助けた相手の顔をまともに見る余裕すらない。
背後から押し寄せる妖怪の増援を断つべく、彼は二人をその場に残したまま、疾風のごとく闇の奥へと消えていった。
残されたのは、アスファルトの上に刻まれた深い刀傷。
そして志貴の耳に残ったのは、男が去り際に呟いた、聞いたこともない「誰か」の名前だった。
「……信乃……伏姫様……どこだ……」
その言葉が、なぜか志貴の胸を激しく締め付けた。
初投稿です!!面白いと言って貰えるように頑張ります!




