黒猫は過去を知る
「うっ…!ぅ゙う!!」
宇佐美は、月夜の傷の事などお構いなしに、いつもの様に身体をからめてくる。
「十夜も、お前のようだった。谷田正俊に、少しなりと気を許していた。わしの目を欺けられるとでも思っていたのか。実に、無様な最後だった。」
言いながら、宇佐美は笑っている。
「まあ、好いた男の手にかかったんだ。悔いはないだろ。」
宇佐美は、動きを激しくしてくる。
「ぅ゙ああっ…!!」
内心、腸が煮えくり返っているのだ。あれだけ可愛がっていた十夜に、好きな男ができたのだ。面白くなかっただろう。
「お前が好いたのは、探偵だ。どちらにせよ、結ばれることはない。諦めることだな。」
宇佐美は、笑いながら攻め立てる。月夜は、シーツを掴んでいた拳を握りしめた。
事が済むと、宇佐美はとっとと服を整えた。
「お前には、ブラックエンドを再度取りに行ってもらうぞ。二度目はないからな。」
宇佐美は、部下と共に部屋を出て行った。月夜は、ヘトヘトになった身体を縮めて、小声を出す。
「…誰か。助けて…!」
一条探偵事務所に、月夜が来なくなってからあと三日経てば一ヶ月になる。おかげで、事務所の中はまたゴミの山になっていた。月夜の携帯に電話をしたら、バイクで事故をしてしまい、しばらく来れないと言っていた。入院している病院に、見舞いに行くと言ったが、地方の病院だから良いと、断ってきたのだ。
「一人になると、こんなにも静かだったか…?」
灰皿のゴミは、山のようになっていた。そんな中、ゆっくりと階段を登る音がしてくる。一条は、入り口のドアの方を見つめる。すると、思いもかけない人物が姿を現す。
「長らくお休みをいただいてしまっていて、申し訳ありませんでした。」
それは、紛れもない月夜だった。一条は、急いで彼の元へ行くと、ギュッと抱きしめた。
「い、一条…さん?」
「あまり、心配させるんじゃないよ。こんなに、細くなってしまって…!ちゃんと、ご飯を食べていないだろう!」
月夜は、一条の暖かい温もりに、ドキッと胸が高鳴る。この様な温もりを、月夜は知らなかった。
「心配かけて、ごめんなさい。なかなか、傷の治りが遅くて…。」
「そんなことは、どうでも良い。君さえ無事なら、何も言うことはないよ!」
『ああ…。やっぱり、この人の隣が落ち着くな…。』
月夜の鼓動は、トクントクンと鳴っていた。
「今、食べ物を作るよ!ソファーに座ってて!」
「ソファー…?」
このゴミの山の何処にソファーがあるのだろうかと見てしまう。一条は、ゴミをどかしてソファーを発掘する。そして、月夜を座らせる。
「い、一条さん。料理は、普段してらっしゃるんですか?」
「いいや。でも、できなくはない。」
月夜は、一体どんな物が出てくるのかと不安になった。そして、出てきたのは、黒い物体の何かだった。
「さあ、できたよ。私のお手製グラタン!」
「ぐ、グラタン…?」
月夜は、スプーンを持つ手が震える。
「さあ、遠慮せずに食べて!」
「い、いただきます。」
月夜は、意を決して一口食べる。一瞬、ムグッとなる。
「どう…?」
月夜は、涙がポロリと出てきた。
「月夜くん!?ま、まずかった!?」
「…違います。どんな料理よりも、愛情がこもっていて、美味しいです!」
どんなシェフが作った豪華な料理よりも、一条の料理のほうが、とても美味しく思った。宇佐美の豪邸で出された物は、どれも宇佐美の趣味に合わせた料理だ。その料理を、豚の家畜に食べさせるように食べていたため、味など全然しなかった。でも、一条の作った料理は、自分のために作ってくれた料理だ。マズイ理由がない。月夜は、涙を拭いながら食べた。
「そう、なら良かった。」
一条は、月夜の頭を撫でる。
一息つき、月夜はある男の事を一条に聞く。
「谷田正俊か…。実は、私も探しているんだよ。一体、どうして谷田のことを?」
「実は、行方不明になった兄と知り合いみたいなんです。それで、少しきになって…。」
正確には、十夜の遺体は頭の部分だけ見つかった。だが、胴体はまだ見つかっていなかった。そして、十夜と谷田が仲睦まじかったと宇佐美が言っていたことが気になった。
「お兄さんって…。もしかして、十夜くんのことかい?」
月夜は、その名前が一条から出てきたことに驚く。
「え、ええ。そうですけど、なぜ一条さんが兄のことを?」
一条は、向かいのソファーに倒れ込むように座り、口を手で押さえる。
「いや、実は…。近くの喫茶店で働いていた十夜くんと、顔馴染みだったんだ。そう言えば、彼が居なくなったのも、谷田と同じ十年前だ。やはり、関係があったのか!」
「谷田の事を知っているなら、教えていただけませんか!?兄を見つけ出したいんです!」
一条は、月夜の顔をジッと見る。
「どうりで、どこか面影が似ていると思ったよ。君たち、兄弟だったのか。良いだろう。私の知る限り、谷田の事を教えるよ。」
一条は、資料を持ち出し、谷田正俊に関するものをテーブルに広げた。スキンヘッドで、口と顎に髭を生やしている目つきのキツイ男の写真を手に取る。
「そいつが、十年前の谷田だ。今は、どんな姿をしているのかわからない。探偵仲間の情報から、谷田は狙撃手だと言う事が判明した。そして、十年前の事件。ブラックエンドと怪盗シルバーが姿を消した事に関係があると思っている。谷田は、十年前に近くの喫茶店で普通に客として通っていた。すぐに分かったよ。喫茶店の常連になったのは、十夜くん目当てだったってこと。いつもは、無愛想な顔をしていた谷田だが、十夜くんの前ではいつも笑顔を見せていた。そして、十夜くんもまんざらでもなさそうだった。これは、私の想像だが、二人は引けないところまで関係を持っていたのではないかと思う。なんていっても、同じブレスレットをつけていたからね。そして、あの日の夜。怪盗シルバーがブラックエンドを盗みに入った日だ。奴は、佐久間彰彦に雇われて、一発の弾丸を撃った。そして、今回もきっと奴が怪盗シルバーを撃った。一方向から、奴のライフルが捨てられていたらしい。」
『やっぱり、相手は谷田正俊だったんだな!』
月夜は、眉間にシワを寄せる。
「だが、同じことは二度と起こさせない。怪盗シルバーは、射殺されて消されるのではなく、生きて償うべきだ。だから、私も轟警部たちも、谷田の行方を必死で探しているところなんだよ。」
『生きて…。この人たちは、俺たちが盗みに入っている本当の理由を知らないんだ。』
月夜は、下を向く。
「すみません。まだ、僕は身体がうまく動かせないので、お手伝いすることは…。」
「大丈夫だよ。もちろん、君は自分の身体を大事にしなさい。」
「…はい。」
一条の言葉に、月夜は心の決心がついた。ブラックエンドへの志しは、探偵や警察よりも強いということを。
※
日が傾きかけた時、フューから一本の電話があった。
「おい、お前は無事か!?」
「一体、どうしたんだフュー?」
「宇佐美のじいさんが、狙撃手の手にかかって重体らしいぞ!」
月夜は、すぐに谷田の仕業だと分かった。
「館に戻れ!お前も、狙われるかもしれないぞ!」
「分かった。サンキュー!」
月夜は、踵を返して向かおうと後ろを向いた。すると、頭にチャキッと音をたてて拳銃を突きつけられた。
「…谷田…!」
背が高く、髪を後ろで束ねて、髭を生やしてサングラスをかけた男が一人いた。
「ついて来い。」
谷田の言葉に、逆らえる訳がなかった。月夜は、言われるままにスポーツカーの助手席に移動させられ、目を目隠しされて、手と口にガムテープを貼られた。これでは、どこに行くのか分からない。月夜は、恐怖と謎で心臓がバクバクなっていた。車に揺られて三十分くらい経っただろうか、急にブレーキがかかり、耳には船の汽笛の音が響いていた。すると、ドアが開けられると抱きかかえられて、袋がいっぱい積まれている場所へ落とされた。谷田は、月夜の目隠しを外し、口と手首に巻きつけてあったガムテープを外す。
「ぷはぁー!一体、どういうつもり…!」
月夜の目の前に居たのは、目を潤ませていた男だった。谷田は、横たわった月夜の上に乗り、両手をつく。そして、震える手で頰を撫でた。
「ああ…。やっと、…やっと見つけることが出来たよ、十夜さん…!」
谷田は、ガバっと抱きついてくる。
「なっ…!」
「探したよ!俺をおいて、一体どこに隠れていたんだい!?もう、あの男を怯えることは無い!ちゃんと、始末しておいたから、このまま二人で逃げよう!!」
「はあ!?ちょっ…、待て!」
月夜は、外から見える景色を見てゾッとする。なんと、大きな船の隙間に乗っていて、クルーが今にも錨を下ろす寸前だった。
「はっ…なせ!!」
月夜は、力いっぱい谷田を蹴り飛ばす。谷田からは、異様な臭いがしていた。きっと、麻薬を吸っているのだろう。月夜が、十夜に見えるほど幻覚を見ているに違いない。船は、今にも出港するところだった。
「ヤバイ!」
船から飛び降りようと構えるが、足首を掴まれて倒れてしまう。
「どこに行くんだい、十夜さん?俺と、二人で逃げようと約束したじゃないか!」
「離せ!俺は、兄さんじゃない!!」
谷田の力は強く、顔を蹴ってもビクリともしない。その間にも、船は陸から少しずつ離れていた。
「なんで、俺から逃げようとするんだい?賞金が手に入ったら、二人で逃げようと約束したじゃないか!?」
「賞金!?」
なんの事だ、と月夜は動きを止める。
「ああ。怪盗シルバーを撃てば、佐久間から賞金がたんまり出るって言っただろ?」
谷田の言葉を聞いて、月夜は愕然とする。谷田は、記憶が曖昧になっていたのだ。
「そのシルバーが、十夜兄さんだったんだよ…!!」
「ぁあ?何を言って…。」
月夜は、谷田の顔を掴んで歪んだ眼を真っ直ぐに見た。
「怪盗シルバーである、私を殺したのは…あなただ!!」
月夜の眼を見て、谷田はビクッとする。そして、足首を掴んでいた手を離して、頭を抱える。谷田の頭の中には、あの時の記憶が蘇っていた。佐久間の屋敷から出てきて、屋根に飛び乗った怪盗シルバーを、一撃で仕留めた。そして、下に落ちた怪盗シルバーの元へ足を運んだ。
「さぁて。まだ、息があるとは驚きだ。最後に、面を拝ませてもらうよ、シルバー。」
そう言って、うつ伏せに倒れているシルバーを蹴って仰向けにした。そして、血だらけになっている十夜の顔を見て、一歩後退りした。十夜は、血を吐きながら最後に笑って言った。
「…さよなら、正俊さ…ん。」
谷田は、絶望してその場にしゃがみ込んだ。
「うあぁあ〜!!違う、違うんだ!!あなたを殺すつもりなんかぁ…!!」
谷田は、大粒の涙を流して月夜に抱きついた。よほど、後悔していたのだろう。しばらく、谷田は月夜を強く抱きしめていた。月夜は、出港していく船の汽笛を聞いて、フューに電話する。
「悪い。海の上まで迎えに来てくれるか?」
「あ?一体どうした。」
「理由は、後で話す。」
谷田の滝のように流れる涙を止めるには、時間がいりそうだった。月夜は、谷田が泣き止むまで待つことにした。
『十夜兄さんは、良い恋をしたんだな。』
二人が、少しでも報われるように、そう願わずにはいられなかった。
怪盗シルバーは、佐久間の屋敷からついにブラックエンドを奪還した。そして、驚いた事に、佐久間はとっくの昔に谷田が射殺して息絶えていたことが分かった。屋敷内をうろついていたのは、佐久間が手がけたAIロボットだけだった。そして、もう一人の訃報が入る。あの宇佐美が、息を引き取ったのだ。墓の前で、月夜はネクタイを外す。
「悪党のあんたでも、死ぬ時はあっけないものなんだな。少し拍子抜けだよ。」
あれだけ、怖がっていた人物が、今は土の中。月夜の後から、一人の男が近づいてくる。
「はじめまして、月夜くん。先代の後を引き継ぐ事になった、宇佐美哲也だ。私は、男色ではないから、安心してくれ。それに、兄さんほどスパルタでもない。仲良くやっていこうじゃないか。」
月夜は、哲也の顔を見て思わず吹き出す。
「弟って言うから、似たように太ったデブデブのおっさんを想像していたけど、まったく真逆だね。」
「お褒めの言葉ととっておくよ。資産は、養子である君にいくわけだが、あの豪邸は私がいただいて良いのかな?」
「ああ。好きにすると良い。だが、金はやらないぜ?」
「もちろんだ。君には、まだ怪盗シルバーをやってもらわなくちゃいけないしね。ウィンウィンでいこうじゃないか。」
「悪くないね。じゃあ、よろしく。」
二人は、握手をする。




