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黒猫は操られる

 李の元に、ある依頼がきていた。赤いバラを、月夜に渡す。

「今回のターゲットは、傀儡師(くぐつし)が持っているドール、”白鳥の乙女”の胸元に飾ってあるピンクダイアモンドよ。その傀儡師は、この男。名前は、小坂晴臣(こさかはるおみ)。各国を放浪して周り、今回日本に拠点を持ってしばらく滞在するみたいよ。」

 月夜は、晴臣の写真を見る。髪は白く、ロングヘアーで、サングラスをかけている。歳はさほどいっていないのに、どこか風格がある。

「傀儡師ねぇ。ただの、人形使いじゃねぇか。大そうな名前を名乗っているもんだな。」

「油断しないでね。晴臣の近辺で、幾人もの行方不明者が出ているから。」

 李の忠告に、月夜は、ウイッと苦い顔をする。

「また、そのパターンかよ!ラブファントム野郎で、お腹一杯なんだけど…。」

「今回は、格が違うわよ。密かに、指名手配されているからね。」

 月夜は、背中を向けて溜息をつきながら出口の方へ歩いていった。

「へいへい、分かりましたよぉ。」

 手紙をヒラヒラさせながら出て行く月夜の後ろ姿を見て、李は嫌な予感がした。そして、その予感は的中してしまうのだった。

 不思議なことが起きた。一条探偵事務所に、不穏な空気が漂う。

「…おかしい。怪盗シルバーが、予告した日時に姿を現さないなんて…。」

 一条は、顎に手を当てる。そして、何より街中で多数の行方不明者が出ている。それも、20代前後の人間が10人もだ。そして、その中に月夜と菖蒲も含まれていた。

「一条君。これは、一大事だぞ!まるで、神隠しが多発しているようではないか!」

 轟警部が、緊迫した雰囲気で一条に言う。

「ええ。10人とも、突然何事もなかったかのように、忽然と姿を消した。神隠し。その表現が、ピッタリですね。」

「悠長なことを言っている場合か⁉異常事態だぞ!我々も、出来うる限り包囲網を敷いているが、今のところ有力な情報は入っていない。」

 一条は、冷静を装いながらも、ある記事に目を通していた。それは、傀儡師である小坂晴臣の記事だ。

「妙なんですよね。彼が日本に来てから、神隠しが始まった。前回の、ラブファントム然り、です。」

「小坂晴臣がどうかしたのか?シルバーが、姿を現さなかったことと、何か関係があるとでも?」

 一条は、雑誌をデスクに置いて、窓の外を見た。

「彼の操る人形を目にしましたが、まるで生きている人間のようにリアルな作りでした。そして、手を触れようとした時に、大きな声で怒鳴られました。」

「それが、どうかしたのかい?」

 一条は、上着を取り轟を促す。

「警部。もう一度、彼の元へ行ってみませんか?」

「ん?」

「どうも、匂うんですよね。鼻につく感じで…。」

 一条は、人形に触れようとした時の感覚を思い出し、鼻を拳で覆う。

             ※

 月夜は、いつものように潜入し、お目当ての宝を目指して走っていた。そして、いつものようにお宝を手にするため、壁にかけられているドールに手を伸ばしピンクダイアモンドを奪おうとした。だが、体が動かなくなり、伸ばした手が止まる。

「一体、なんだってんだ⁉」

 伸ばした右腕を引き戻そうと力を入れるが、腕の中心に糸のようなものが刺さっていて動かすことができない。すると、後ろから声がした。

「待ちわびていたよ、怪盗シルバー。君も、この白鳥の乙女のように人形にしてあげよう。」

「ふっざけるなよ!」

 シルバーは、右腕に刺さった糸を取ろうとするが、ピアノ線のように頑丈な糸は力づくでも取ることができず、間髪入れずに左腕にも糸が通される。自然と、両腕が上に持ち上がる。

「なっ…!なんだこれ⁉」

 すると、晴臣はシルバーの目の前に立つ。

「考える必要なない。これからは、君は僕のお人形になるのだから。」

 晴臣が片手をあげると、シルバーの脳天に糸が通され思考が停止する。途端に、シルバーは意識が遠のく。

「っ…‼」

 シルバーが抵抗を止めたのを見て、晴臣は声を上げて笑う。


 一体、何時間が経ったのか。シルバーは瞼を開けた。

『…一体、何が起きた…?』

 声を出す事も、体を動かすこともできず、少しの思考と瞼だけが動かすことができた。両手は、上に挙げられて体が浮いている状態になっていた。どうにか体を動かそうと力を入れるが、少しも動かない。どうやら、脳天を貫いている糸が、体を動かす信号を無効にしているようだった。かろうじて動かすことができた目を左右に動かすと、目の前に一人の若者が逆さに吊るされていて、晴臣が内臓を取り出していた。不快な光景と匂いに、シルバーは目を細める。晴臣は、横に置いてあった大きなバケツに内臓を捨てると、ホウスを持ってきて体の中にこべりついた血を洗い流す。そして、綺麗になった後に体の中に綿を詰める。後は、肉が腐らないように液体を塗る。

『狂ってやがる!これが、傀儡人形の正体かよ!』

 シルバーは、出来うる限り何か助かる方法がないか視線を巡らせる。だが、どこを見ても吊るされた人形ばかりで、出口は見つからない。

『くそっ…!何か、助かる方法は…。』

 焦りを見せると、気を紛らわせていたせいで、目の前に晴臣が立っていたことに気が付くことができなかった。

「おや、意識が戻ってしまったのかい?目覚めないほうが、楽になったんじゃないかい?」

『っ…!』

 シルバーは、冷や汗をかく。晴臣の体は、先ほど解体していた若者の血でべっとり汚れていた。不快な臭いが鼻をつく。体が拒否反応を示して、意識がしっかりしていたら嘔吐していただろう。

「君の存在は、実に興味深いと思っていたのだよ。どれ、顔を拝ませてもらおう。」

 晴臣は、シルバーのサングラスを外す。シルバーは、抵抗しようとするが、少しも体が動かない。ゆっくりとサングラスが外され、冷や汗だけが垂れ落ちる。サングラスを外され、晴臣の気色の悪い顔がよく見えるようになる。晴臣は、笑顔だった。

「…これは。なかなか、整った顔をしているじゃないか!白鳥の乙女よりも、美人なんじゃないか?それに、この体格の良い線…。すばらしい!」

 晴臣が、ゆっくりと腹から上に向けて指を滑らせる感触を感じ、瞼を閉じる。

『…こいつ!目が、完全にイッてやがる‼』

「心配しなくても、君は僕が大切に使ってあげよう。だから、もうお休み。」

 晴臣は、右手の指を軽くクイッと下に引くと、シルバーの頭に刺さっていた糸が上に引かれ、再び意識が遠のく。シルバーは、頭が下に下がる。

「小坂さん!小坂さん、どちらにいらっしゃいますか⁉」

 突然、誰かの声が建物の入り口から聞こえ、晴臣はチッと舌打ちをする。

「邪魔な客が来たか。」

 晴臣が買い占めた小さな劇場の入口に、一条始め、轟と警察数人が中に入る。

「小坂さん!どちらです‼」

 外からの風が入ったと同時に、劇場の中から漂ってくる生臭い臭いを嗅ぎ、全員が鼻を覆う。

「っ…!これは…‼」

 轟たち警察は、嗅ぎ慣れている臭いに、目を見開く。もちろん、一条も公務員として警察に勤務していた時に、この臭いは嗅ぎ慣れていた。途端に、押さえていた焦りが溢れ出し、足が中へと勝手に進んだ。

「一条君!一人では…‼」

 劇場の中の扉を開けると、同時に一体の人形が襲い掛かってきた。手には、刃物が握られていた。一条は、かろうじて身を避ける。右頬に、少しの傷がつく。

「こ、これは…!」

 劇場内には、更に数体の人形が吊る下がっていて、臨戦態勢をとっていた。轟たち警察も中に入ると、入ってきた扉が勝手に閉まる。

「小坂!貴様…‼」

 吊るされている人形の中の数体は、行方不明になっていた青年少女たちだった。中には、菖蒲の姿があった。それを見て、一条は眉を歪める。

「くっ…!」

「しばらく、僕のドールたちと遊んでいてください。僕は、今身なりを整えているところなのでね。」

 晴臣の声が聞こえたと思うと、吊るされた人形たちは一斉に襲い掛かってくる。一条と轟たち警察は、座椅子の陰に隠れる。そして、気を見て警察たちが銃を構える。

「止めろ!拳銃は、許可しない。人形の手に持っている武器を落とせ!」

「はっ!」

 警察たちは、人形が持っている刃物を県棒で落とす。一条も、背中に隠しておいたカッターナイフで応戦し、人形たちを動かしている糸を切り落とす。すると、人形は急に動きを止め、下に落ちる。

「警部、糸です!」

 轟は、頷くと手で合図する。警察たちは、人形を動かしている糸を、叩き落した刃物で切っていく。一条は、無表情で向かってくる菖蒲をかわし、体についている糸を切り落とす。すると、菖蒲はドサッと腕の中に落ちる。

「菖蒲君!」

 一条が様子を伺うと、菖蒲は小さいが呼吸をしていた。それを見て、ひとまず安堵する。

「ハハハ、なかなかやるじゃないですか。ただのドールでは、役に立たなかったみたいだ。」

 晴臣は、身なりを整えて燕尾服を着ていた。

「ふざけるな!貴様は、重大な犯罪を犯した。逮捕する‼」

「貴様ら無能な警察ごときが、僕のドールに敵うはずがないだろ。」

 晴臣が手を挙げると、カーテンの中からシルバーが姿を現した。

「なっ!怪盗シルバー‼」

「この、最強のドールに敵うかな?」

 晴臣が手を動かすと、シルバーはいつものように軽業を見せて、一条や警察たちをなぎ倒していく。

「くっ!これほどとは…‼」

 轟は、シルバーのかかと落としをくらい、左腕がボキッと鈍い音をたてる。

「警部、糸です‼」

 一条が叫ぶが、シルバーの軽業に誰も糸を切れない。

「無駄無駄!僕のドールは、完璧なのだ‼」

 一条は、身を隠して晴臣の視線が警察に向いている隙に、会場裏に行った。

「ひるむな!」

 轟が、なぎ倒されていく警察たちを鼓舞する。

「け、警部、無理です!シルバーが、強すぎます‼」

 警察たちは、体のあちこちに一撃を受け、動けなくなっている。轟同様、骨に異常をきたしていた。

「ハハハ、死ね!お前ら、貪欲な警察などに、僕が捕まるわけがないだろ⁉」

 すると、突然会場の明かりが消える。

「なっ、なんだ…⁉」

 晴臣や轟たち警察は、一斉に動きを止める。すると、晴臣の所に一つの影が襲い掛かってきて、両手の平を傷つけ糸を切る。途端に、シルバーの体がゴトンと下に落ちる。

「くっそ!」

 晴臣は、切られた両手を握りながら、床に倒れているシルバーを回収する。糸が切られたと同時に、シルバーの意識がぼんやりと戻る。

『…ん?一体、どうした…んだ。』

 重たい瞼をゆっくりと開けると、ボロボロになった体を引きずられていることに気が付く。だが、体は思うように動かせない。

「こ、このドールだけは…!こいつの、”血”だけは…‼」

『血…?一体、なんのことだ?』

 シルバーは、目を左右に動かす。

「途絶えた、一族の血…‼」

 晴臣が、何か言い終わる前に、プシュッという音と共に晴臣はドタンとその場に倒れる。シルバーが音がした方向に目を向けると、拳銃を持ったバスクの姿が見えた。

「おっと、危ない危ない。それ以上、おしゃべりするんじゃねぇぞ。」

 バスクは、ゆっくりとシルバーに近づいてくる。

「バ…スク…?」

 バスクは、シルバーにこべりついた糸を取ると、サングラスを外す。

「正体がバレたらヤバイだろ?だから、宇佐美月夜に戻って寝とけ。お宝は、俺が回収した。」

「そ…か。」

 シルバーは、バスクの言う通り目を閉じて意識を遠のかせた。




「…くん。月夜君!」

 月夜は、体を強張らせて目を大きく開けた。目の前には、一条が顔を覗かせていた。

「い…ちじょうさん…!」

 辺りを見渡すと、そこは病室だった。

「良かった!もう、二日も目を開けなかったんだよ?」

 一条の安堵の顔を見て、月夜は状況が把握できずにボケッとする。

「は…い。あの、僕は…?」

 言った後に、自分の格好を確認する。

『良かった。バレてはいないようだな…。』

「どうしたんだい。まだ、体が思い通りにいかないのかい?どうも、神経を操られていたらしいからね。感覚がおかしいだろ?」

「あ、いやぁ…。まあ、はい。」

 月夜は、慌てて答える。

「それでも、良かったよ。なんとか無事でいてくれて。」

 一条は、月夜を抱きしめる。

「はい、心配をおかけしました。」

 月夜は、一条の背中に手を回す。

「もう、心配はいらないからね。小坂晴臣は、誰かの仕業で頭を貫かれて即死していた。残念ながら、行方不明になっていた内の何人かは助からなかったけど、御遺体は遺族の元に返されたよ。」

 月夜は、それを聞いてあのおぞましい光景がフラッシュバックして、急に恐怖心が蘇ってきた。一気に汗が噴き出してきて、体が小刻みに震える。

『…俺、もう少しで危なかったんだ…!』

 月夜の様子に、一条は更に抱きしめる手に力を入れる。

「もう、心配はいらない。奴は、この世にいないよ!」

「…こ、怖かった…!」

「私が、側にいるよ。」

 一条は、月夜は眠りにつくまで、ずっと抱きしめていた。月夜は、ようやく安心した顔をして眠りについた。

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