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06 シェアハウス2日目

 

 シェアハウス二日目。


 まだ外は暗闇の状態を保っている朝4時頃、俺は目を覚ました。


 昨晩は初めての配信で、自分でも知らない間に疲れていたらしい。

 早々にシャワーを浴びて、すぐに寝てしまったのだ。


(……ヤバい。今日の撮影分のセリフ覚えてない)


 昨晩のうちにやるべきだったことを思い出し、ガクリと頭を垂れる。

 バッグの中から台本を出して、ついでに段ボールに突っ込んだペンケースからボールペンを取り出した。ベッドサイドに置いておいた眼鏡を手に取って、それを掛ける。

 

 ぐっと背伸びをしてから、部屋を出てリビングに向かう。

 濃いめのブラックコーヒーを淹れてから、テーブルに着いて、俺は台本を開いた。


「『このピアスは、あの人の形見なんだ』……っと、うーん。ここは、一回『フッ』っと笑ってみるか?」


 自分にだけわかるメモを、セリフの横に添えていく。

 ぶつぶつと呟きながら、時折、コーヒーを飲む。

 そうして集中すること一時間。


 コトッという音が聞こえて、台本から顔をあげた。

 向かい側に織川が立っている。

 音を立てた物の正体はマグカップ。

 その中身はコーヒーで、ふわりと良い香りと湯気を立てていた。


「……え?」

「もう、それ冷えてるみたいだから」


 指さした先には、もう冷え切ったブラックコーヒーのマグカップ。


「あ、ありがとう」

「……どういたしまして」


 手を伸ばして、それに口をつける。

 あったかい。


 織川はその場を動かず、こちらをじっと見ている。


「なに? 視線がうざいんだけど」

「……家の中では眼鏡してる人?」

「えっ? ……あ」


 そう言われて、自分が眼鏡をしていたことに気づく。

 今まで、家の中では眼鏡姿ってのが当たり前だったから、指摘されるまで気づかなかった。

 この眼鏡との付き合いも長い。それこそ高校のときからの相棒だ。


 眼鏡の存在を確認すべく、持ち上げた右手がツル部分に当たる。

 素の自分を見られたようで、それがなんだか気恥ずかしくなって、誤魔化すように口を開いた。


「わ、悪い? 眼鏡してたら悪いわけ!?」

「そんなこと一言も言ってないだろ?」

「……っ! まだセリフ覚えてないから、邪魔しないで」


 俯くように台本に目を落とす。

 その後、またぶつぶつと呟きながら、自分のやるべき仕事に集中する。

 集中していたら、もう織川の視線は気にならなくなった。

 だから──


「その眼鏡……」


 ──ぽつりと零した彼の言葉、俺の耳はそれを素通りしていた。


 **


 インターホンがピンポンと鳴る。

 玄関のドアを開けると、そこにはマネージャーが立っていた。


「おはよう。愁、和也君」

「おはよう。明日香さん」

「……おはようございます」


 今日の撮影場所はスタジオ。

 俺のマネージャーがそこまで送ってくれることになった。


 いつもなら、電車で移動なのに……と思っていたら、このシェアハウスしているマンションの場所がバレないようにするためらしい。

 キャスケットを深く被って、眼鏡とマスクをしてから、駐車場に移動する。

 

 俺は助手席に乗り込んで、織川は後部座席に乗り込んだ。

 運転しながら、明日香さんが話しかけてくる。


「昨日の配信見たわよ。いい感じじゃなーい!」

「本当? 良かった~!」

「服で相手のことを匂わせるなんて、やるじゃない? そこは話し合って決めたの?」

「あ、あはは、ま、まぁ……そんなところ」


(ただの偶然です──なんて言えないっ)


 気まずい。窓の外を眺めることで誤魔化した。


「今後もアイテムを使うってのは、いいかもしれないわね。今度はペアのマグカップとか、服もいっそお揃いにしてみたらどう?」

「そ、そう、だね」


 口元がヒクヒクと引き攣る。

 頬を両手で挟んで揉みながら、その後のマネージャーの話にも適度に相づちを打った。


 

 現場に入って、衣装を合わせ、髪をセット。

 もう一度、台本を目でさらって、今から撮るシーンを確認する。


「よーい。スタート!」


 監督の声が聞こえて、カチンコの音が鳴った。

 

 俺は、織川の顔を見上げる。

 いまにも泣きそうな顔を浮かべながら、左耳にあるゴールドのピアスを触って、セリフを紡いだ。


「──このピアスは、あの人の形見なんだ……」



 **



「──カット!」


 監督の声が聞こえて、俺はモニターの前へ行く。

 自分の演技を確認し、監督からOKをもらって、ようやく今日の分の撮影が終わった。


 衣装を脱いで、私服に着替えると、だらっとした状態で椅子に座る。

 マネージャーが撮影所の出入口前に、車を回してくる間、ちょっとだけ座り込んだ。


「あー……しんどい」


 これ、マンションに帰った後、配信しなきゃいけないのか。

 結構ハードかも……と思っていたところで、自分の頬になにかがピタリと当てられる。ひんやりとして冷たい。

 頬にあるものに目を向けると、その正体はスポーツドリンクのペットボトル──織川がそれを俺に差して出していた。


「……はい」

「あ、ありがとう」


 朝と同じ。デジャヴ。

 さりげない気遣いが嬉しいと思う。

 その反面、あまり優しくしないで欲しいとも思う。


 見返したい相手に優しくされると、どんな顔していいのか……わからなくなりそうだ。


 ペットボトルを受け取って、蓋を開けると、グッと煽った。

 ゴクゴクと喉を鳴らして飲むと、息をはーっと深く吐く。


 適当に距離を取り、だた黙る。

 ペットボトルを両手に持って、ベコベコと音を立てながら、マネージャーが来るのを待った。


 車を回してきたマネージャーが控室にやってきて、俺達に声をかける。

 俺達はその声に従って、車へと移動した。


 薄暗くなった外の景色を眺めながら、シェアハウスのマンションへの到着を待つ。


(……確かブラックコーヒーだったよな)


 スポーツドリンクのお礼に、また配信のときにでも淹れてやるか、なんて考える俺だった。



 **



 ──21時07分。


 今日もふたり並んで、配信をする。

 ノートパソコンの前に、ブラックコーヒーの入ったカップと、カフェオレの入ったカップが並んだ。

 

「え? あ、うん。そうだよ~! ペアのマグカップ! よく気づいたね! 実はマネージャーがプレゼントしてくれたんだ」


 配信コメントの指摘に、俺はそう答える。


 ドラマ撮影の帰り道に、マネージャーが雑貨店に立ち寄って、買ってきてくれたマグカップをさっそく配信で使ってみたんだ。


 俺は本当のことしか言ってないのに、配信を見てくれているファン達は、『マネージャーがプレゼントということにしたのね』と勘違いをしてくれる。

 

 さて、この勘違い。否定するのと、そのまま笑って放置するのと、どっちがより効果的なんだろう?

 そんなことを考えながら、隣にいる織川に「な? そうだよな?」と同意を求めた。


「……ああ、コイツの言う通り。マネージャーが買ってくれたんだ」


 口角をほんの少し、ほんの少しだけ上げて、笑みを浮かべながら織川が俺を見る。

 その行動に、コメント欄は『きゃぁああああああ!!』と悲鳴をあげていた。


(うっ! ……やるじゃん!)


 100点満点の答えに、俺は動揺を抑え込んで、にっこり笑った。


 言葉は否定、行動は肯定。

 これはふたりの関係の匂わせに説得力を増した。


 さすが、人気急上昇中のアイドルをやってるだけのことはある。


 俺は素知らぬふりをして、コメント欄の悲鳴を見ながら、「和也が笑うなんて、珍しいもんね」と少しズレた回答をする。

 今日も、ドラマのプロモーションとして、有効な配信ができただろう。


 約一時間ほどの配信を終えて、俺はノートパソコンを閉じたのだった。

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