04 先輩、後輩
──織川和也。
アイツは……あの人は、俺の初恋相手。
手ひどく振ってくれた男だ。
同じ高校の学年がいっこ上の先輩で、俺はあの人に恋をした。
入学したばかりの頃、次の移動教室の場所がわからず、迷子になっていた俺を助けてくれた人だったんだ。
すごくカッコ良くて、優しくて、そのときに一目惚れしてしまった。
それをきっかけに、たまに挨拶を交わしたりして、徐々に仲良くなっていったんだ。
好きで好きで、どうしようもなくなって、溢れた気持ちを手紙にする。
朝イチで学校に行って、それを下駄箱に入れた。
放課後に屋上で待っていると、そのときに返事を下さいと、そう付け加えて。
チャイムが鳴り、放課後になった。
心臓が爆発するんじゃないかと思うほど、ドキドキしながら、屋上に続く扉を開けた。
下を向いたまま、俺はもう一度、勢いをつけて告白をする。
「織川先輩! 好きです……!」
一瞬、シン……とした静寂の後、ギャハハと大笑いをする声が複数聞こえた。
びっくりして顔を上げると、いつも先輩と一緒にいるグループの人達がそこにいる。
男のひとりが右手で、白い紙をひらひらと揺らしていた。
「髪ボサ眼鏡の陰キャ君、お疲れ様~! 織川は忙しいからさ、代わりに俺達が来てやったよ」
「……え、な、なんで」
揺らしていた白い紙は、もしかして俺が書いた手紙……?
なんでそれを、織川先輩じゃない貴方達が持っているんだ。
手紙を見て驚いている俺に気づいたのか、それを持っていた男はニヤニヤと笑っている。
それから、その手紙をビリビリと破り始めた。
溢れた気持ちを綴った手紙。
何度も書き直して、見直して、ようやく書き上げた手紙。
それが目の前で破られていく。
まるで自分の恋心ごと、破られているようだ。
──胸が、痛い。
あまりにも心が痛くて、立っていられなくなった。
ガクリと屋上の床に膝をつく。
ショックを受けている俺の姿を見て、もう一度彼らは笑い声をあげた。
そして、こちらに向かって歩いてくる。
「お前みたいな、もっさい芋野郎と織川が釣り合うわけないだろ? 鏡見て出直してこいよ」
「そうそう。織川も迷惑してたぞ」
「……先輩が?」
織川先輩が迷惑に思ってた?
本当に?
「こういうの困るって言ってたぞ」
「だから、さっきも言っただろ? 代わりに来てやったんだって」
「俺達は優しいからな~」
すれ違い様に、白い紙吹雪が降ってきた。
破られた手紙が、俺の頭上に散らされる。
屋上の扉が、ガチャンと大きな音を立てて閉まった。
俺はその場にうずくまって……動けない。
「は……はは……直接言うほどでもない、って……そういうこと?」
振られるにしても、せめて本人の口から聞きたかった。
直接、織川先輩の手で、俺の想いを断ち切ってほしかった。
(こんなのって……ない……)
喉が引き攣った音を出す。
眼鏡を取って、両手で顔を覆った。
──ひどい、酷いよ!
体中が痛い。
泣いても、声をあげても、その痛みから逃れることはできなかった。
ポツ、ポツと、涙以外に頬を伝うものがある。
それは頭にもポツリと当たった。
いつの間にか、空には重苦しい黒い雲が広がっていて、俺に寄り添い、共に泣いてくれたのだった。──……
(あー……くそっ! 思い出したらムカムカしてきた!)
もう一度、枕を鉄槌を落とす。
部屋の中で、ぼすっぼすっと音が響く。
俺はあの後、織川に振られた精神的ダメージで、学校へ行かなくなった。
もうあの人の顔を正面から見ることなんてできない。
そう思った俺は、親にお願いをして転校させてもらった。
距離を置いて、時間を置く。
そしたら段々と悲しみよりも怒りの方が強くなってきたんだ。
『お前みたいな、もっさい芋野郎』
──芋だなんて言わせない!
変えてやる! 変わってやる!
そして、先輩なんかより、もっといい人を捕まえてやる!!
そう決意して、苦節二年。
その努力が実った。
眼鏡をコンタクトに変えて、もっさりとした頭は、お気に入りのシャンプーとの出会いで髪質が変わってサラサラヘアに。
身体もしっかりと鍛えて絞ったら、周りの目が明らかに変わっていった。
そして街中でスカウトされ、現在に至る。
(周りの反応がこれだけ変わったんだ。織川先輩の反応も変わるだろうと思ってたのが間違いだった……!)
ちょっとだけ、ちょっとだけ、期待した。
『五年前』ってキーワード出せば、思い出してくれるのかもしれないって。
それで「お前だったのか」って気づいてくれるんじゃないかって、心の片隅でちょっとだけ期待した自分がいて──恥ずかしい。
(最悪、最悪だ。なんて……カッコ悪い)
「もう、やだ。ほんと嫌だ。最悪すぎる」
それまで殴っていた枕に、顔をボスンと埋める。
俺の脳裏に、先ほどの織川の姿が浮かんでいた。
五年前よりも、もっとカッコ良くなった先輩。
そんな彼とドラマの中とはいえ、恋人同士になれる。
(勘違いするな、勘違いするな、勘違いするなッ!)
もう一度、過去の痛みを思い出す。
そうして、自分の心を再確認する。
俺は、あんなヤツなんて──大っ嫌いだ!!




