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03 シェアハウス0日目

 

 シェアハウス開始前日。

 

 俺と織川は、とあるマンションの一室にいた。

 お互いまとめておいた荷物を運びこんで、マネージャーから注意点を記載した書類を渡される。

 それをパラパラとめくりながら、俺達は話を聞いた。


「お互いに、これはドラマの『プロモーション』であることを意識した生活を心がけること! 恋愛に発展するふたりの物語なんだから、まずケンカは厳禁!」


 うっ、一番最初に最大の難題を出された気がする。

 ……気のせいだろうか。


「ギスギスした空気というのは案外伝わるものだから、万が一、そういうことがあったとしても、配信では絶対に出さないように。いいわね?」

「はーい」

「……はい」


 明日香さんは、他にも注意点をいくつか読みあげていく。

 

 ファンに住んでいる所がバレないようにすること。

 友人知人、家族にも漏らさないこと。

 外での飲酒も、できる限り避けること。


 このシェアハウス期間中に炎上行為なんかやって、ドラマ自体が放送中止なんてことになったら目も当てられない。

 アイドルとして、大幅な知名度アップも狙えるが、その分、用心しなければ芸能生命を断たれる可能性すらある。


(でも、一ヵ月だけなら、なんとかなるかな?)


『織川とケンカしない』以外の注意事項は、今までやってきた部分もある。

 そ・れ・に! 正面切って飲み会を断れるのは、むしろ大歓迎。


 いまでこそ、華やかな舞台に飛び出そうと頑張っているけど、俺の本質は陰キャだ。

 お家大好き。引きこもりバンザイ。


 マネージャーの話をぼーっと聞きながら、織川との接触も最低限にすれば、ケンカしなくていいんじゃない? と安直に考える俺だった。



 **



「それじゃ、ふたりとも頑張ってね。もし問題が起こったときには、早めに連絡すること!」

「うん。わかった。ありがとう明日香さん」

「……ありがとうございました」


 ふたりで並んで、俺のマネージャーを見送る。

 玄関のドアを閉じて、彼女の姿が完全に見えなくなった。

 鍵をしっかりと閉めてから、後ろを振り返る。


 そこに立っている男を睨みつけながら、俺は口を開いた。


「織川さん。ちょっと話あるんですけど」

「……なに?」

「一ヵ月、共同生活するんだから、俺達のルールを決めませんか?」

「……それもそうだな。わかった」


 俺達は段ボールの片づけを後回しにして、一度リビングに集まる。

 既に部屋に置いてあったソファーに、ふたりで並ぶようにして座ると、織川が口を開いた。


「……それで、なにを決めるんだ?」

「そうですね。まずは配信時間でしょうか。お互いに仕事があるから、時間のズレは多少仕方ないにしても、決めておいた方が忘れにくいでしょうし」

「……だったら、夜かな。20時か21時とか、それくらい」

「俺もそれくらいなら、家にいることのほうが多いかも……じゃあ、配信時間は21時にしましょう」


 俺はそう言うと「ちょっと待ってて」と声をかけ、立ち上がった。

 廊下をパタパタと歩いて、自分の部屋の中に入る。

 段ボールを開けて、持ってきていたノートとマジック、テープを取り出し、リビングに戻った。


 そして、ノートにマジックで『配信は21時』と大きく書いて、ビリッと破る。


「……それ、どうするつもりなんだ?」

「こうするんです、よっ!」


 その紙を、目につきやすい場所にバンッと力強く貼り付けた。

 それを見て、よし! とうなずいて、俺は織川を見る。


「じゃ、この時間以外は、俺に話しかけてこないで下さい」

「……は?」

「要は、配信のときだけ仲良く見えればいいってことですよね? 俺、それ以外では関わるつもりないんで」

「ご飯や掃除なんかは、どうするつもりなんだ?」

「自室の掃除とご飯くらいは、自分でやれるでしょ? 共同部分は……そうですね。一週間交代、なんかでどうですか?」

「ああ……わかった」


 返事を聞いて、俺は自室へ戻ろうと踵を返した。

 そしてリビングから廊下に続くドアを開けようと、ドアノブに手をかけようとしたとき、織川から声をかけられる。


「ねぇ、ひとついいかな? なんで、そんなに俺のこと嫌ってるの? 俺って、藍沢君になにかしたかな?」

「……は?」


 振り返ると、織川は気だるげに髪をかき上げながら俺を見ていた。

 そんな何気ない行動も様になっていて、まるで映画のワンシーンのようだ。

 

 ──腹立つ……!


(腹が立つのは、この男の顔がいいとか、そういうことじゃなくて……!)


「なにかしたっけって……覚えてないの?」

「え、俺、本当に君に何かしたの……?」

「五年前のこと……覚えてない?」

「五年前……?」


 織川は腕を組んで、それから右手であごの先を軽く摘まんだ。

 記憶を辿るような動きをしていて、俺はじっと返事を待つ。


 目の前にいる男は天井を見上げたり、床を見たりして、それから俺に視線を合わせた。


「ごめん、思い出せない。五年前、俺達、会ったことあった? 全く覚えがないんだけど」

「──はぁ!?」

「教えてくれ。俺は、五年前、藍沢君に一体なにをしたの?」


 思わず、拳を握りしめた。

 力を込め過ぎて、ブルブルと震える。


(ふっざけるな! こっちはトラウマになってるんだぞ!?)


 ギッと思いっきり睨みつける。

 首を傾げる織川に向かって、俺は大声をあげた。


「お前なんかに、教えてやる義理はない!!」


 踵を返してリビングを出る。

 自室のドアをバンッと強く閉めた。

 

 手に持っていたノートやペンケースを、先ほど開けた段ボールに投げるように突っ込むと、俺はベッドにダイブした。


(俺なんか眼中に入っていなかった! 気にも留めるほどの……記憶に残すほどの存在なんかじゃなかった! やっぱり、そういうことかよ……!!)


 悔しさで涙が出そうになる。

 もう一度、握り拳を作った俺は、ふかふかの枕に鉄槌(てっつい)を落としたのだった。

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