03 シェアハウス0日目
シェアハウス開始前日。
俺と織川は、とあるマンションの一室にいた。
お互いまとめておいた荷物を運びこんで、マネージャーから注意点を記載した書類を渡される。
それをパラパラとめくりながら、俺達は話を聞いた。
「お互いに、これはドラマの『プロモーション』であることを意識した生活を心がけること! 恋愛に発展するふたりの物語なんだから、まずケンカは厳禁!」
うっ、一番最初に最大の難題を出された気がする。
……気のせいだろうか。
「ギスギスした空気というのは案外伝わるものだから、万が一、そういうことがあったとしても、配信では絶対に出さないように。いいわね?」
「はーい」
「……はい」
明日香さんは、他にも注意点をいくつか読みあげていく。
ファンに住んでいる所がバレないようにすること。
友人知人、家族にも漏らさないこと。
外での飲酒も、できる限り避けること。
このシェアハウス期間中に炎上行為なんかやって、ドラマ自体が放送中止なんてことになったら目も当てられない。
アイドルとして、大幅な知名度アップも狙えるが、その分、用心しなければ芸能生命を断たれる可能性すらある。
(でも、一ヵ月だけなら、なんとかなるかな?)
『織川とケンカしない』以外の注意事項は、今までやってきた部分もある。
そ・れ・に! 正面切って飲み会を断れるのは、むしろ大歓迎。
いまでこそ、華やかな舞台に飛び出そうと頑張っているけど、俺の本質は陰キャだ。
お家大好き。引きこもりバンザイ。
マネージャーの話をぼーっと聞きながら、織川との接触も最低限にすれば、ケンカしなくていいんじゃない? と安直に考える俺だった。
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「それじゃ、ふたりとも頑張ってね。もし問題が起こったときには、早めに連絡すること!」
「うん。わかった。ありがとう明日香さん」
「……ありがとうございました」
ふたりで並んで、俺のマネージャーを見送る。
玄関のドアを閉じて、彼女の姿が完全に見えなくなった。
鍵をしっかりと閉めてから、後ろを振り返る。
そこに立っている男を睨みつけながら、俺は口を開いた。
「織川さん。ちょっと話あるんですけど」
「……なに?」
「一ヵ月、共同生活するんだから、俺達のルールを決めませんか?」
「……それもそうだな。わかった」
俺達は段ボールの片づけを後回しにして、一度リビングに集まる。
既に部屋に置いてあったソファーに、ふたりで並ぶようにして座ると、織川が口を開いた。
「……それで、なにを決めるんだ?」
「そうですね。まずは配信時間でしょうか。お互いに仕事があるから、時間のズレは多少仕方ないにしても、決めておいた方が忘れにくいでしょうし」
「……だったら、夜かな。20時か21時とか、それくらい」
「俺もそれくらいなら、家にいることのほうが多いかも……じゃあ、配信時間は21時にしましょう」
俺はそう言うと「ちょっと待ってて」と声をかけ、立ち上がった。
廊下をパタパタと歩いて、自分の部屋の中に入る。
段ボールを開けて、持ってきていたノートとマジック、テープを取り出し、リビングに戻った。
そして、ノートにマジックで『配信は21時』と大きく書いて、ビリッと破る。
「……それ、どうするつもりなんだ?」
「こうするんです、よっ!」
その紙を、目につきやすい場所にバンッと力強く貼り付けた。
それを見て、よし! とうなずいて、俺は織川を見る。
「じゃ、この時間以外は、俺に話しかけてこないで下さい」
「……は?」
「要は、配信のときだけ仲良く見えればいいってことですよね? 俺、それ以外では関わるつもりないんで」
「ご飯や掃除なんかは、どうするつもりなんだ?」
「自室の掃除とご飯くらいは、自分でやれるでしょ? 共同部分は……そうですね。一週間交代、なんかでどうですか?」
「ああ……わかった」
返事を聞いて、俺は自室へ戻ろうと踵を返した。
そしてリビングから廊下に続くドアを開けようと、ドアノブに手をかけようとしたとき、織川から声をかけられる。
「ねぇ、ひとついいかな? なんで、そんなに俺のこと嫌ってるの? 俺って、藍沢君になにかしたかな?」
「……は?」
振り返ると、織川は気だるげに髪をかき上げながら俺を見ていた。
そんな何気ない行動も様になっていて、まるで映画のワンシーンのようだ。
──腹立つ……!
(腹が立つのは、この男の顔がいいとか、そういうことじゃなくて……!)
「なにかしたっけって……覚えてないの?」
「え、俺、本当に君に何かしたの……?」
「五年前のこと……覚えてない?」
「五年前……?」
織川は腕を組んで、それから右手であごの先を軽く摘まんだ。
記憶を辿るような動きをしていて、俺はじっと返事を待つ。
目の前にいる男は天井を見上げたり、床を見たりして、それから俺に視線を合わせた。
「ごめん、思い出せない。五年前、俺達、会ったことあった? 全く覚えがないんだけど」
「──はぁ!?」
「教えてくれ。俺は、五年前、藍沢君に一体なにをしたの?」
思わず、拳を握りしめた。
力を込め過ぎて、ブルブルと震える。
(ふっざけるな! こっちはトラウマになってるんだぞ!?)
ギッと思いっきり睨みつける。
首を傾げる織川に向かって、俺は大声をあげた。
「お前なんかに、教えてやる義理はない!!」
踵を返してリビングを出る。
自室のドアをバンッと強く閉めた。
手に持っていたノートやペンケースを、先ほど開けた段ボールに投げるように突っ込むと、俺はベッドにダイブした。
(俺なんか眼中に入っていなかった! 気にも留めるほどの……記憶に残すほどの存在なんかじゃなかった! やっぱり、そういうことかよ……!!)
悔しさで涙が出そうになる。
もう一度、握り拳を作った俺は、ふかふかの枕に鉄槌を落としたのだった。




