岡川の告白
土曜日、辰雄は岡川とこっそり会っていた。家族には休日出勤だと言って出て来た。別に休日出勤だからと言って、変に勘ぐっている妻は別として、二人の子どもは別に気にも止めていない…。桜も、冬彦も、近所の子どもたちと遊ぶ約束をしていて、
それに、休日出勤は半分本当である。午前中は確かに会社で仕事していたのだから…。
昼から午前中に一緒に仕事をしていた岡川と会社から最寄り駅のファミレスで落ち合った。そこから車で二時間ほどのシティホテルまで行った。その後、二人でイタリアレストランに寄って夕食を食べる。
今の人生の中で唯一、心の底から楽しいと思える時間であった。この時間のためだけに生きていると言っても過言ではなかった。これが道徳上いけないことだって言うのは、既に分かりきっている。そのリスクだって…。しかし、それを差し引いても、今の辰雄には必要な時間である。
万が一のことを考えて、部下には家からの電話を全て辰雄の携帯にかけ直すように伝えてもらう手はずを整えていた。変な所で勘が鋭い小秋のことだ。今日はきっと会社に連絡すると踏んでいた。
その電話がかかって来たのは夕食を食べ終えて、岡川を今から送って帰ろうとした時であった。それは帰りが何時になるのかを聞く、本当にささいな電話であった。だが、その電話をきっかけにして、岡川から衝撃の事実を聞かされることになる。
「ねぇ、もう奥さんと別れた方がいいんじゃないの? だって、全くうまくいっていないんでしょう…」
「そんなことないよ。それに最初に約束したじゃないか…。二人の関係は割り切った関係にしようとね。お互いに必要以上に干渉しないと…」
「確かにそう言ったよ。でも、状況が大きく変わったのよ。だって、今、私のお腹の中には…」
「まさか、子どもがいるとでもいうのか!」
「そうよ。そのまさかよ。あれが三ヶ月来ないから、産婦人科で確認したの。三ヶ月だって…。責任取ってくれるよね?」
全てが音をたてて崩れていくような気がした。いっそのこと、交通事故でもおこして、今すぐ死ねたらどんなに楽だろうかと思った。そのような殊にならないように、細心の注意をしていたはずなのに…。まあ、避妊も百%万能でない以上、このような事は当然起こるだろう。
それとも、岡川がコンドームに細工でもしていたのだろうか? 煮えたぎらない辰雄を追いつめ、自分の立場を有利にするためにやったのかもしれない。ただし、それも推測の域に過ぎない。
もう、何もかもが面倒くさくなっていた。でも、辰雄にはそんな勇気はなかったし、岡川を巻き込んで心中できるほどの度胸もなかった。ただ、心の動揺を全く隠すことができずに何度も信号無視などの運転ミスをしそうになった。思わず車を路肩に止めた。今、ここで事故死などしたら、それこそ大変だ…。
「おろす気はないのか? それとも本当に産むつもりでいるのか?」
「何てことを言うの…。私は産みたいの! この子さえいれば、例え辰雄さんが一緒になってくれると思うから…。だって、このままじゃ、辰雄さんはいずれ妻や家族のいる所に戻ってしまうから…」
「……」
「大丈夫。あなたには一切迷惑をかけないから…」
どうして、産むこと事態が迷惑であることに岡川は気付いてくれないのか? 辰雄は今まで岡川だけは自分のことをわかってくれると思っていたが、それは全て自分の勘違いであることに気付いた。
女性は全て、自分の子どもの味方にはなるが、けして愛する男の味方にはならないと言うことに…。まあ、どこへ行くかも分からない男よりも、お腹を痛めて産んだ子どもの方がはるかに強く自分とのつながりを感じられるのかもしれない。