勇務の宗教的解釈
父と二人きりになったところで、僕は意識を失っていた時に見た夢と、岡川遥のことについて話した。勇務は驚きながらも、静かに僕の話を聞いてくれた。母と離婚してから、ずっと仏門修業を続けている彼なら、僕がこの夢をみた意味を理解してくれるかもしれないと思ったのだ。
「俺にとって、唯一分かっているのは事故で大ケガをしなかったなら、夢で見たようなことが現実で起こった可能性が高いと言うことだけだよ。それにしても、事故一つでこんなにも人生が変わるなんて…」
「そうだな…。そう言うのが人生なんだ。もし、緑と離婚して、浮気相手に捨てられなかったなら、私は仏門修業をしなかっただろう。人生は、辰雄の言う通り、本当、常に紙一重…」
勇務がしみじみと言うのを聞いて、これも夢のどこかで見たようなやり取りだな…と思った。ただ、意識が戻ってからいくぶんか時間が経っていたので、細かいことは思い出せなかった。
「多分、お袋が天国に行く前に、最後の一仕事をしてくれたんじゃないか…。お袋、私と緑が離婚した時、すごく悲しんでいたもんな…。子どもの時の、ゆりとお前だって、すごくつらかっただろう。そんな思いをさせたくなかったんだよ。きっと…。ちょっと、手荒い方法だけど、辰雄を事故に遭わせることで、浮気から家族がバラバラになるのを、防いでくれたに違いない」
僕は頷いた。勇務の説明はかなり乱暴なものだったけど、そう考えるとなぜか合点がいくのである。ばあちゃんは、僕を事故に遭わせてでも、この家族を守りたかったのだろう。
まあ、僕は、バチが当たっても仕方のないことをやっていた訳だし、そもそも浮気なんかしなければ、こんな目に遭わなかったような気がする。あの時点で、僕が交通事故に遭う以外に家族を守る手段がなかったからか…。
「それから、夢についてだけど…。その夢は本来だったら、生まれて来るはずだった赤ん坊が、どうにかして自分の存在を知らせたくて、辰雄に見せたものじゃないか? だって、お袋にやるメリットがない。でも、赤ん坊にはやる必要があった。大人の身勝手な欲望に付き合わせて、生を授かったのに…。今度は大人の身勝手な都合で一人の人間として、生まれることができなくなったからな…。やり切れなかったんだろうよ」
これも暴論であったが、なぜか説得力があった。珍しく、父の宗教的解釈をすんなりと受け入れた。岡川遥を除いて、誰一人として受け入れてくれなかったものを、父は素直に受け入れてくれた。そのことがただ嬉しかった。まるで、初めて己の存在をみとめてもらえた日のように…。
「辰雄、祈ろう! 私達のため、犠牲になった赤ん坊のために祈ろう。そして、赤ん坊のために誓え! もう二度とこんな馬鹿なことはしないと…。これから死ぬまで家族を大切にしないと、次はこんなものでは済まないかもしれんぞ。まあ、浮気して、離婚した奴が言っても、全く説得ないけど…」
そう言って、勇務は乾いた声ではかなく笑った。それがとても悲しくてやりきれなかった。
「親父、どうやったら、この思いが伝わるかな…。俺、御経上げられないし…」
「何を言っているんだ。要は気持ちだろう? 気持ちがあれば、どんな形であれ、その思いは必ず伝わる。形なんて後からついて来るもんよ。初めから形にこだわるな。私だって、最初はろくに御経を上げられなかったけど、どうにかして己の心を鍛えたいと思ったから、今みたいになったんだ。気持ちがあったから、形になるんだよ。どんなに立派な形があっても気持ちが入ってなければ、何もないのと同じこと…」
この時、僕はハッとした。そうか、僕は形ばかりにこだわり過ぎていたんだ。そのせいで、本当に大切なものをずっと忘れていたんだ。こんな目に遭うまでずっと思い出せなかった大切なもの…。
今からでも遅くない。これからは目に見えないものを、もっと大切にしていこうと思う。そうしないと、また、たくさんのモノを傷つけ、壊してしまうだろうから…。もう、そんなモノはまっぴらである。




