離婚交渉成立
しかし、彼女は養育費月五万円と言って来た。慰謝料と合わせて月七万円と譲歩する事で、確実に月七万を手に入れる作戦に出たようである。勇務と辰雄の二人にとっては願ってもない幸運であった。
「わかった。約束する。こちらはそちらの言い分を全て受け入れるつもりでここへ来たんだから…」
辰雄は小秋にきっぱり言い切った。それを見て、大和は少しだけ安心したのか、ようやく仏頂面をやめてくれた。勇務はそれを見て安心した。真智は相変わらず、チラチラと隣に座っている夫を見ている。
「もう、最初からそうしてくれたら、ここまで話がこじれずにすんだのに…。そしたら、辰雄さんもお義父さんもわざわざいらっしゃらなくてよかったのよ」
小秋の言う事は最もだが、最初の交渉内容はあまりにも一方的過ぎて、さすがに飲み込めなかった。しかし、この日は小秋も早く離婚を成立させたいのか、少し妥協してくれたから、勇務と辰雄は密かにホッとしていた。
「小秋、もう、それぐらいにしておきなさい。もう話はまとまったのよ。相手の気が変わらないうちに離婚届を書いてもらいなさい!」
「そうね、母さんの言う通りだね…」
「じゃあ、交渉成立ね。よかった…」
小秋がそう言うと、あらかじめ用意してあった離婚届を辰雄の前に出した。もうすでに、小秋の署名などが一通り書かれていた。辰雄は無言のまま、離婚届に必要事項を記入した上で最後に署名した。残りの四人は黙って見守っている。
「書き終わりました…」
辰雄が全員に対して言うと、残りの四人は黙って頷いた。それから、大和と勇務が証人の欄に署名した。後はこれを役所に提出したら、辰雄と小秋は正式に離婚成立となる。
「私はもうしばらく実家にいるから、これを出しておいてくれる?」
小秋がそう言ったので、辰雄はそれを黙って受け取った。それが合図となって、離婚交渉の話し合いはお開きとなった。勇務と辰雄は静かに急いで小倉家を出た。
そして、家を出るなり、二人して大通りまで走り続ける。外はとても蒸し暑くて、すぐに汗が噴き出した。小倉家でかいた冷や汗と混じり合って、とても気持ち悪かった。
ちょうどタクシーが見えたので、二人はタクシーを呼び止めて、勢いよく乗り込んだ。乗り込むと、すぐに勇務が言った。
「バットでぶん殴られることなく、無事に交渉が終わって何よりだな。ああ、寿命が十年縮んだよ…」
「ああ…」
辰雄は父の問いかけに短く応じた。それから家に着くまで二人は疲れのあまり一言も交わす事はなかった…。




