電話越しの子どもの願いは裏切られ…(2)
あの日、姉のゆりと二人でどうにかして平凡な日々を、子どもなりに守ろうとしていた。それなのに、今、辰雄がしている事は子どもに、あの日の苦しみを味合わせること以外何物でもない。
今の自分と子どもの頃の自分…。あの日、この思いを誰にもさせたくないと、誰よりも強く願ったはずなのに…。
今、自分の歪んだ欲望と独りよがりな幸せのために、二人の子どもが犠牲になって、あのつらくて悲しい思いをしている。それなのに、辰雄にはもはや何もする術を持っていなかった。
「父さん、桜だよ。父さん、ごめんね。突然、家出なんかして…。でもね…。私ね、二人がケンカする所を見たくなかったんだよ。冬彦も言っていたけど、早く母さんと仲直りして、これからは毎日きちんと家に帰って来てね。そして、四人で仲良く暮らそうね」
『……』
辰雄は、桜に対して何も言えなかった。心が増々キリキリと痛んだ。本当はもう四人で一緒に暮らせない事を桜と冬彦の二人に伝えないといけないのに…。この二人はこんな自分を信じてくれている。
どうして、こんな酷い事をした父親を信じてくれるのか? そんな二人にどうして本当の事を言えようか…。辰雄は自分のことを本当に最低の親、いや、最低の人間だと思った。
「父さん、どうして、何もしゃべってくれないの? もう、母さんと仲直りできないの? もう四人で仲良く暮らせないの? ねえ、父さん…答えてよ!」
『ああ、すまん。まだ、母さんと仲直りできずにいるんだけど、どうにか、頑張って仲直りしてみるよ。桜からも、母さんに対して、父さんと仲直りするように言ってくれ…』
「わかった。そうするよ。でも、母さん、全然、電話に出てくれないの…」
『何だって?』
辰雄はびっくりした。小秋と子ども達は頻繁に連絡を取り合っていると思っていたのに…。小秋は桜と冬彦が家出をしたことで、相当へこんでいるようである。
「父さん、母さんと仲直りするために、電話で話し合っているんでしょう? だったら、母さんに私からの電話に出るように言っといてよ」
『わかった。母さんに言っとくよ。で、悪いけど、ゆりおばさんと電話変わってくれないかな?』
桜のお願いに、辰雄はまたしても嘘をついた。そして、辰雄の心はどうしようもないほどねじれて、生々しい悲鳴を人知れず上げている。せめて、ゆりには本当のことを話しておこう。
「もしもし、電話変わったよ。で、正直なところ、どうなの?」
『もう、どうにもならない。自分で言うのも何だけど、ただ、黙々と離婚に向けて話を進めているよ。姉貴と僕のように離ればなれにならないように、二人とも小秋に引き取ってもらおうと思っている。小秋もそれを望んでいるから…』
ゆりは弟の言う事を聞いて悲しくなった。結局、弟は自分のために家族を犠牲にする道を選ぶらしい。二八年前に体験した悲劇が全く生かされていない。
「そうか…。桜ちゃんと冬彦君の二人につらい思いをさせる道を選ぶ訳ね…。二八年前の悲劇が再び繰り返されるわけか…。わかった。じゃあね!」
『おい、姉貴…。ちょっと待てよ…。あっ、電話切れているし…』
ゆりは弟の制止を振り切って電話を切った。どうやら、二八年前の悲劇は繰り返されるようである。もう、この流れは変えられそうにない。そして、そのことを子ども達は何も知らないでいる。これが夢ならどんなにいいことか…。
進むのも地獄だし、引き返すのも地獄だ。一体、どこへ進めば、辰雄は地獄から抜け出せるのだろうか…。これだけのことをしたのだから、天国へ行く事はできないだろうけど、せめて痛みのない世界へ行けたらと思う。




